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第1話 出戻り

 ティラは心地よい微睡みに浸っていた。

 掛け布団を脚に挟み、だらしなく口元を緩めている。

 外から物売りの声が聞こえることから、時刻は十時を回った頃だろう。もう少し眠ろうか、と抱き枕のように布団を抱え込んだその時――


『あらー、パッカーちゃんはお利口さんねー。

 働き者だし、誰かと違ってちゃんと言うことも聞くし、なんて出来た子なんでしょー』


 下の階から当てつけがましい声がし、ティラは目を閉じたまま眉をしかめた。

 もう少しいいではないか。ベッドの上で小さく唸ったが、下の階に聞こえるはずもない。

 間接的な方法として床を殴ることが浮かんだが、そんなことすれば物理的な返事がくることになるだろう。

 ティラは諦めたように、もぞりとベッドから這い出した。


「ふぁ、あぁぁぁ……」


 大あくびに合わせ、爆発した髪の毛が揺れ動く。

 寝間着から小さなヘソを覗かせ、ぼりぼりと柔らかそうな腹を掻いた。

 顔はむくみ、目も腫れぼったい。もし恋人がいれば、千年の恋も冷めるぐらい酷い姿である。


「んんーっ、やっぱ実家は落ち着くわね。眠りの質が違うわ」


 ここはティラの実家だった。身だしなみを気にする必要のない気楽さを堪能しながら、とんとんと階段を下りてゆく。

 一度、中腹のあたりでピタリと足を止める。じっと耳をこらし、誰も来ていないのを確認し、「よし」小さく声をあげると再び階段を下ってゆく。客と鉢合わせすると面倒なのだ。

 下の階に降り立つと、ティラはすぐ右の部屋へ顔だけ覗かせた。


「お母上、ご機嫌麗しゅう!」

「一発殴られれば、ちゃんと目が覚めるかしら?」


 カウンターに立つ、恰幅のいい女――母親からの間髪入れないカウンターに、ティラは「じょ、冗談よ……」と狼狽した。

 客からはよく『親子そっくりね』と言われるが、マジの目はこれほどなのかと不安になってしまう。


「――ったく、突然帰ってきたかと思えば、『退学になりましたー』と言い。

 店の手伝いもしなければ、ぐうたら遅くまで起きて、遅くまで寝て!

 うちもそんなに余裕ないんだからね、思 わ ぬ 出 費 の せ い で !」

「うっ……わ、分かってるわよ……」


 そんなネチネチ言わなくても、と指を絡ませながら呟いた。


「ま、これで身の程を知ったんだし、性根を入れ替えなさい」

「うー……」


 それにはハッキリと返事せず、母親の手伝いをしているパッカーを見上げた。

 赤い花柄が描かれた白いエプロンをかけ、せっせと花束をまとめ上げている。

 つまり『店を手伝え』と言うことだ。こんな四メートル四方しかない小さな建物の中で、“防腐”のコーティングをした包装紙で花などを包む、刺激のない毎日を送ることになる。

 ティラは考えただけでもゲンナリしてしまう。そもそも、それが嫌だから“発生系”の魔法が得意なフリをして学校に行ったのだから。


「――女の花盛りを、他人が持ち込んだ花を包む日々にあてる……拷問ね」

「なら、その前に貰われなさい」


 よしきた。そう言わんばかりに、母親は戸棚からポートレートの山を取り出した。

 それが何であるか、ティラにはすぐに察しがつく。


「まだそんなつもりはないわよっ!?」

「あら、結構イイ人も多いわよー?

 ほら、道向かいの果樹屋の息子さん、レオニーだっているし」

「い、嫌よっ!? あんな、虫除けの“保護”魔法使いの家なんて絶対に、嫌!」

「パッカーちゃんだって『相性がいい』って言ってくれてるのよ? ねぇ?」


 その言葉に、作業中のパッカーは黒い面だけをティラに向けた。


『はい。どちらも媒体に施す“保護”の魔法に長けております。

 肉体の相性はデータがないため判別できません。

 ですが、二人の子供は、優れた“保護魔法”が使用できるでしょう』

「ほらね。向こうの家に取られちゃうのは残念だけど、私が土に還るまでパッカーちゃんがいるし、ゆくゆくは二つの店が合併して――」

「な、何でそれで話を進めてるのよ!? しかも、パッカーは私のなの!」


 冴えない顔つをしたエルフの男を一瞥すると、ぽいとカウンターに投げ置いた。

 そびえ立つポートレートの山は、恐らくここ・フラウクルの森の若い男全員だろう。

 唇を尖らせ、手にしては投げるティラのその姿に、母は目を釣り上げた。


「働く気がないなら、ゴーレムを置いて嫁に行け!

 学校に通わせたって言うのに、そこで勉強もせずフラフラ遊び呆けて!

 訊けば、勉強時間よりスタジアムに行く方が多いほどらしいじゃないの!」

「うっ……! な、何でそれを……まさか!?」


 ティラはパッカーを睨み付けた。


『タルタニア・中央スタジアムへの訪問回数:三十四回

 在学中の生活の、51%を占めております』

「な、何で言うのよ!? この状況を読みなさいよ、状況をっ!?」


 するとパッカーは作業の手を止め、ティラとその母親の顔を見比べる。


『マスターが圧倒的に不利です』


 パッカーの頭に、見合い相手のポートレートが投げつけられた。


 ・

 ・

 ・


 人間がイメージするエルフの家は、嫌味に感じるくらい絢爛な部屋をイメージするだろう。しかしそれは、中流以上の階級か、そこだけ気合いを入れた客間であったりすることが殆どだ。


「本当に高貴な暮らしを送ってるなら、こんなボロ家なんてないわよね」


 ダイニングに用意されたサンドイッチをほおぼり、もそもそと口を動かしながら、じっとひび割れが目立つ石壁を見つめた。

 ティラの実家は店舗併用住宅である。自分が産まれた年に住まいを移し、店をオープンしたと聞いている。それから二百四十年……痛みが目立って当然だろう。

 父親どこかに出稼ぎに行ったらしく、店は母親一人で切り盛りしている。


(そりゃあ、申し訳ないとは思ってるけどさ……)


 ティラは小さくため息をついた。

 そんな店も、入り口に【コーティング屋】と集客力皆無な立て看板を置いただけで、知らぬ者が見れば、売り住宅かと見間違いそうな店構えだ。

 ささくれ立った木製のカウンターテーブルを見ると、客も思わず『コーティングとは何なのか?』と首をひねってしまうことだろう。

 サンドイッチの最後の一口を放り込み、乾いた口の中をコーヒーで潤していると――店舗の扉が開いた音がした。


『アリーシャ、いるか――おわぁ!?』

<イラッシャイマセ>

『おや、ハンセルじゃないか。うちに届け物かい?』


 カウンターにいるパッカーに驚いたのだろう。

 訪ねて来たのは運搬屋だ。『エルメリアと言う――』と、馴染みのあるワードが聞こえると、ティラは尖った耳をぴんと立てた。


『ティラに、ってことだ』

『おやまぁ、何と出来た子だこと。それに比べてうちは……』

『連れて帰って来たのが男じゃなくて良かった、と思うべきだな』

『あっはっは! まったくだ!

 この子の方が、今どきの若いガキンチョより、遙かに役に立つね!』


 大きなお世話だ、と思いながら、ティラはすっと腰をあげた。

 運送屋が店を出たのを確認すると、すぐに店の方へと向かう。


「お母さん、私に荷物だって?」

「こう言うことは耳ざといわね……ほら、【ラクア領】のエルメリアって子からよ」

「ラクア?」


 ティラはそれを聞き、片眉を上げた。


「あそこって確か、人間界【アースワン】に近いところよね? どうしてまた?」

『ラクアの街は、エルメリア様のご実家です』

「え? あ、あー……何かそれっぽいこと訊いたような……」

「友達の出身地忘れてどうするのよ……」


 母親の呆れ顔を横に、ティラはいそいそと包みを開いてゆく。

 厚さ二十センチほどの小包は、菓子折りにしてはかなり大きい。

 だが、相応の中身をしているわけではない。防腐用の包装紙の上に、防水用の油紙……と交互に包まれているのを見て、ティラはだいたいの察しがついた。


「どれだけ心配性なのよ……」


 日増しに酷くなっているのではないか、と苦笑いを浮かべてしまう。

 五枚ほどめくると、ようやく木目が整った木箱が姿を現す。これにも当然、“防腐”の魔法が施されている。

 この厚みなら、パウンドケーキだろうか。

 期待に胸を膨らませながら、そっと木箱の蓋を開くと――


「…………」

「……あんたの友達って、まともなのはいないのかい……?」


 そこに入っていたのは、再び包装紙に包まれた小包であった――。

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