第8話 パッケージオープン(2)
「な、何なのよこれ!」
『当時の技術では、要求された装甲が作れなかったようです』
無くても僅かな時間であれば持ちますが――』
「~~~~ッ!」
ティラは苦虫を噛みつぶしたような表情で唸りだした。
「ええいっ! 勝てるなら何だってやってやるわよッ!
アンタが指定する場所、背中にやればいいのねッ!」
『はい。それで使用できます』
パッカーの背はガコンと音を立て、ティラは「もうなるようになれ!」と叫んだ。
『パッケージオープン:《ブレイズドラゴン》』
そんな音声が発せられる。
すると、突如として排熱用だと思っていた筒がごうと音を立て、深紅の炎を噴きだし始めた。
観衆はどよめき、エクレアは目を剥いた。
「な、何ですのそれはっ!?」
ティラは歯を食いしばるだけで、何も答えなかった。
それもそのはずである。何が起こっているのか、本人ですら理解できていないのだ。
理解できているのは、いつ融解・爆発してもおかしくない炎であること。なのに、金属はまるでそんな素振りを見せないこと。……そうならないのは、繰り手である自分の魔法〈コーティング〉おかげである、と言うことだ。
【背部に“耐火と耐熱”のコーティングをお願いします】
これこそが、パッカーの示した方法であった。
空気が揺らぎ、筒の中はマグマのように赤く煮えたぎってゆく。
――自分はやはり“保護”の魔法の使い手なのか
ティラは現実を思い知らされ、強く奥歯を噛みしめた。
「こうなりゃもう、トコトンまでやってやるわ!
パッカー! 要求したからには、ちゃんと結果を出しなさいよ!」
『了解しました。マスター』
パッカーの右足を引き、上半身をぐっと沈ませた。
筒から炎が消え、暴風のような音だけが起こっている。
気を抜けば、たちまち周囲を巻き込む大爆発を起こすだろう。
だが、その爆発を一点に集められれば――ティラは視界に映る《スパイク》をロックオンすると、背部の炎がドンと音を立てた。
「ん゛な゛――っ!?」
ゴーレムが飛んだ。
その信じられない事実を前に、エクレアは驚愕の声をあげた。
「これを名付けて……〈アトミック・ファイア〉よ!」
『四十点です』
パッカーは振りかぶった右腕・クローアームを突き出した。
僅かに遅れて、激烈な音が響き渡る――。
エクレアは目には絶望に近い色を漂わせながら、ただ呆然と立ち尽くしていた。
分かっていても避けられなかっただろう。ゆっくりと流れゆく世界の中で、宙を舞う愛機の頭部を、地面に向かって引き寄せられてゆく身体を、ぼうっと見つめるしかできなかった。
観衆は静まり返り、ティラもまた『これが、パッカーの力なの……』と立ち尽くしている。
唯一の音は、主の下に戻ってくるゴーレムの足音だけであった。
「……さっきの点数は何なの?」
『ネーミングの採点です。百点が最高です』
ティラは戻って来たパッカーの脚を蹴った。
緊張感のない二人を前に、観衆の女たちがほっと気を緩めたのもつかの間――今度は学校側から、血相を変えて駆け寄ってきていた者がいた。
「――貴女たちっ!」
身体を強張らせる声が響き、そこは一瞬にして空気が張り詰めた。
薄紫のスーツに身を包んだ、三角眼鏡の女……生徒指導も兼ねる、誰もが恐れる存在である。
「しゃ、シャイア先生……ッ!?」
「寮の前でゴーレムを使った喧嘩が勃発したと聞けば……。
ティラミア! エクレア! これはいったいどう言うことか説明しなさい!」
ティラはすかさず「こ、この女が一方的に――」とエクレアを指さす。
エクレアは「ち、違いますわ!」とティラを指さし返した。
「この方と、そのゴーレムが、わ、私を侮辱したんですの!」
シャイアは真偽を訊ねるかのように女たちに顎を向けた。
しかし、女たちは顔を伏せ「えっと、その……」と歯切れの悪い言葉を並べるだけに留まっている。
もし不利な証言をすればどうなるか――シャイアの後ろで、エクレアは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
だが……たった一人だけ声を上げた者がいた。
「てぃ、ティラの言葉が正しいです……!」
「え、エルメルア!」
エルメリアは声を震わせながら、友の正当性を力強く訴えた。
しかしその直後、エクレアにぎっと睨み付けられ、堅く目を瞑って身を縮ませてしまう。
『どちらの言葉も正しくあります』
すると今度はパッカーも音声を発し、シャイアの目が丸くなった。
「これが、ティラのゴーレムですか。どこかで見たような……?」
ぶるりと身体を震わせたものの、シャイアはすぐに元の厳しい表情に戻した。
「ま、まぁそれはいいとして……どう言うことか説明できますか」
『はい。マスターに命じられ、ここで待っていると――』
パッカーはコトの経緯を、最初からしっかりと話し始めた。
ゴーレムは偽りの言葉を生み出せない。
査定をしていたこと、そこにティラとエルメリアがやってきたこと。エクレアがゴーレムを連れてやってきたこと――すべて中立的立場からの状況説明を述べた。
シャイアはしばらく黙考したのち、ゆっくりと口を開いた。
「エクレア」
「は、はいっ!?」
「貴女の“日頃の行い”は、常々耳にしております。
今日のことも踏まえ、一度、生徒指導室でキッチリと確かめさせてもらいます」
「わ、私はその……!」
「お黙りなさい!」
「ひっ……!?」
シャイアの喝に、エクレアだけでなく他の女たちも首をすくめた。
「さて、ティラミア――貴女はいったい、どれだけ面倒事を起こせば気が済むのです」
ため息まじりにそう言われ、ティラは力なく「すみません……」と返した。
「そもそも、このようなゴーレムを勝手に所持し、見せびらかすようにしておくから、このようなことが起こるのです。
しかも、胡散臭い占いなぞ……このようなので遊ぶ間があるのなら、追試の件はもう大丈夫なのですね?」
「えっ!? あ……そ、その、あの……」
たじろぐティラの後ろで、パッカーは『お言葉ですが』と二人に割り入った。
『私の査定は、その者の魔力を正しく分析したものです』
「なるほど。では、『胡散臭い』と言ったことを取り消せ、と?」
『その通りです』
「ますます胡散臭い――本当にそうであるなら、わ、私のを見てごらんなさい」
『承りました。シャイア・キュルクス様に見合う方は――』
全員が息を呑み、その解を待った。
『――0人。現時点では、後に発展する可能性0%です。
己の理想を押しつけず、異性の言葉を素直に聞くことで改善されるでしょう。
希望される年下、同年代ではなく、年上にするべきです』
「バカッ!? も、もうちょっと空気読みなさいよ!?」
『気温二十六度。西北西からの風一メートル。非常に過ごしやすい一日となるでしょう』
「違うわっ!? 誰がそっちを読めって言ったのよ! こ、この人はね――」
ティラはハッとし、恐る恐る邪悪な空気を放つ“悪魔”を振り返った。
「この人は――何でしょうか?」
「え、えぇっとその……あ、あはは……」
「追試の件、お分かりですね?
告知していた通り、厳 し い 決 断 も覚悟して頂きます――。
試験内容は“火球”を真っ直ぐに飛ばすこと。さあ、今ここで始めなさい」
「え、い、今はちょっと魔力の具合が……」
「始めなさい」
「ああー、魔力使い切っちゃったみたいー」
「は じ め な さ い っ !」
「ひっ!?」
ティラは渋々、両手に魔力を浮かばせた。
両手のひらに浮かんだ熱を合わせ、こね、火の球を形成する。
「よ、よし……い、いきます!」
身構える観衆の前で、ティラは腕を大きく振りかぶった。
「や、やあああああ――ッ!」
“火球”は手から離れ、勢いよく飛んだ。
真っ直ぐ、大きくカーブを描く。
『――危険。
エクレア様、左に大きく飛び退って回避してください』
事情を知らないエクレアは「へ?」と、きょとんとしていた。
絶叫と、髪が燃える悪臭が立ちこめたのは、それからすぐ後のことである。
周囲の者が慌てて水の魔法で消火する騒ぎを前に、シャイアはそれに小さくため息を吐いた。
「ティラミア。今日中に荷物をまとめておきなさい」




