第7話 パッケージオープン(1)
ユーザー登録に四苦八苦していた、まさにその時であった。
「――あら、随分と楽しそうなことをしてますわね」
パッカーを囲っていた女たちは、ぎょっとした表情でそちらに振り返った。
その中にはエルメリアも含まれていたが、ティラだけは訝しむように眉をしかめた。
寮の門を背に、異様ないでたちをした女とゴーレムが立っている。
「何あの珍獣……」
どちらも、“奇抜”との言葉だけでは形容し難い。
ティラは思わず口にすると、エルメリアは「え、エクレア先輩っ!?」と慌てふためき始めた。
覚えのある名前を耳に、ティラは「ん?」首を傾げた。
「エクレア? どっかで聞いたことあるような……」
「よ、四年のエクレア先輩だよ! ほら、バルドル家の!」
「バルドル……? ああ、あの成金の、ムゴッ――!?」
「し、しーッ!」
エルメリアに口を覆われたティラは、むごごと抗議の声をあげ続けた。
どうして『成金』と言ってはならないのか。その意味が伝わったのか、エルメリアは低い声で囁き始めた。
『き、嫌われたら学校に居られなくなる人だよっ!』
ティラはしばらく考え、ようやく思い出した。
人間界との交流が盛んになると、私腹を肥やす貴族が現れるようになった。その中でも非常に多くの財を成したバルドル家は、次第にエルフの里でも強い発言力を持つようになったのだ。
その高慢さたるや目も当てられぬほどで、気に入らない者は徹底的に排除することで有名だと聞いている。
その娘が目の前にいて、不足そうな顔でティラを見据えていた。
(変な格好してるからすぐに分かるって聞いてたけど……)
なるほど、と頷く。
黄と黒のトラのようなドレスもさることながら、それよりもまず目に飛び込むのが、頭を中心に放射線状に広がっている髪型だろう。黄と緑の二色は、目と頭が同時に痛くなりそうだ。
そしてまた、後ろにそびえるゴーレムも同様であった。
「あれって、第四世代の《ジュピター》、よね?
スピードを売りにした機体のはずだけど……」
「おほほっ! そこに気づくとは高ポイントですわ。
元のスピードは若干落ちましたが、その分パワーを上げておりますの。
このデザインも私が考案したもの――どうです、素晴らしいでしょう?」
同意を求める口調に、ティラはきゅっと唇を結び、顔を俯かせた。
そして、何かを堪えるように、ふるふると小刻みに震え始める。
それを見たエクレアは、勝ち誇った表情を浮かべた。
「ふふふ、庶民の方には悔しいでしょうが、誰が偉いかこれで――」
ティラはついに「ぷぷ……ッ!」と、唇から小さな唾を飛ばした。
「な、なにあの、だっさいカラーリング! あっははははっ!
《ジュピター》は黄色と白のコントラストがいいのに、あんな青と赤の色を足したら台無しじゃないの! しかも、あのマークは星? ヒトデ? だ、ダサすぎ……あははははっ!
ねぇ、エルメ――あれ、どしたの?」
他の女たちは呆然と立ち尽くし、エルメリアは『名前を呼ぶな、こっちを見るな』との目を向けている。
いったいどうしたのか、ティラはパッカーの方を再び見上げた。
『地雷を踏み抜きました。
虎の威を借る白豚、親の七光り女、芽が出たジャガイモ、と陰で呼ばれていることから、エクレア様の容姿・ご自身のセンスなどを貶す言葉はNGのようです』
周りに居る女たちは、ずざざっと一斉に距離を取った。
エクレアは顔をうつむかせ、飛び出した黄と緑の髪を小さく揺り動かしている。そして、その背からは、どんよりとした“負のオーラ”が揺らめき立っていた。
「な、なかなか面白いことをおっしゃってくれ、ますわね……!
しゃ、喋るゴーレムが居ると聞き、どのようなのかと見に来てみれば……」
つかの間の沈黙を置き、エクレアは急に「ふ、ふふふふ……」と不気味な笑いを浮かべ始めた。
「ふふふ……な、なかなか、命知らずなガラクタのようですわ……!」
『命については存じております。命とは――』
「じゃかましいいッ!」
エクレアは両腕を突き出した。「繰り手もろとも、この場でブッ潰してくれるわッ!!」
ティラは抗議の声をあげるよりも早く、ゴーレムの目が赤く光り、低い音を唸らせながら石畳をぐっと踏みしめた。
右腕を振り上げたまま、ずんずんとパッカーに迫ってゆく。スピードが売りの機体と言うだけあり、起動から初速が速い。
「パッカー! 避けて!」ティラはすかさず命じる。
『…………』
しかし、パッカーは微動だにせず、ただ静かに立ち尽くしている。
「パッカーッ!?」
ガンッ――と鈍く大きな金属音が鳴り、小さな地響きが起きた。
パッカーは背中から落ち、四肢を投げ出したまま、ジジッ……と音をあげている。
「おーほっほっほ!
私の《スパイク》の速さについて来られなかったようですわね!
スピード×パワー! これに勝る機体はありませんことよ!」
《スパイク》と呼ぶエクレアの機体は、吹き飛ばされたまま動かないパッカーに向かって、ゆっくりと歩み寄ってゆく。
ティラは「どうして!」と叫びに似た声をあげた。
『私は――』
頭部の黒い面をティラに向けた。
『戦うことを許可されていません』
その言葉に、ティラは息を呑んだ。
「どうしてよ! アンタはあの時――」
『しかし、モンスターと戦うことは許可されています』
「へ……?」
『私は作業用ですが、有事に対応できるよう造られています。
しかし、仲間と戦うことは許可されていません』
「仲間って……アイツは、アンタを殴ってきたのよ!
身を守るには立ち向かう、やられっぱなしじゃカモにされるだけなのよ!」
『彼は同族、仲間です。彼は命令に従って動いているにすぎません』
仲間と呼ばれた《スパイク》であったが、横たわったままのパッカーの前に立つや、無慈悲にもその拳を振り上げた。
「や、止めてっ! お願いっ!」
「おっほほほ! 私に逆らえばどうなるか、思い知らせてあげますわ!」
ティラの懇願は空しく、拳が叩きつけられる音でかき消されてしまう。
高い金属の残響が、いつまでも耳に残る。
パッカーの装甲は厚いが、表面には薄らと凹凸が浮かんでいるように見えた。
<イラッシ イマセ>
<スプーン カ ドラゴン マ ナ モ パックイタシ >
拳が何度も打ち下ろされ、パッカーの音声も途切れ途切れになってゆく。
それは誰もが目を背けてしまう光景だった。
造り手の“命”に忠実な姿は、“命”を感じさせる。それが余計に痛々しく思わせた。
対して、繰り手の“命”に従う存在は、ただの無慈悲な人形のようだ。
仲間とは戦えないから何なのだ。ティラの胸がぎゅっと締め付けられ、泣き出しそうになってしまう。
――《スパイク》は命じられて動いているにすぎません
ティラはパッカーの言葉を思い出し、ハッとした表情をパッカーに向けた。
「アンタ、私の指示で動いていたでしょ!
今日に限って、何で言うこと聞かないのよ……!」
『利用者登録が完了していません。それにあれは、私がモンスターと戦っていたのです』
「じゃあ、私のあの指示は……?」
『一人で何を言っているのか、その解は出ませんでした』
ティラは思わず足下にあった小石を投げつけた。
カンッと硬い音がした。
「私一人、バカみたいじゃないのよ!」
『――学力は平均より下回っております。学園の中で最下位です』
ティラは龍のような雄叫びをあげた。つまり、“バカ”と言うことだ。
もし自分が龍であれば、天を破るほどの炎を吐いていただろう。
「なら、登録とやらをすれば、私の言うことを聞くのよねッ」
『それが命令とあらば』
その言葉に、ティラはふんと鼻息を荒げた。
「そこの黄色いブタっ、ちょっと待ってなさい!」
ブチ切れてもおかしくない言葉なのに、気圧されたエクレアは「は、はい!」と返事した。
そして、ティラは肩を怒らせながらパッカーの下に向かってゆく。
背後に回るとすぐにその背中のパネルを開き、キーをタンッタンッと乱暴に押し、最後に【Enter】をターンと叩いた。
わずかな間を置き、パッカーの頭部が持ち上がった。
『利用者登録完了しました。不定期に送られるお得な情報を――』
「いらないわよ! さっさと立ち上がりなさい!」
『了解しました』
パッカーはティラの命を受け、驚くほど簡単にその身を起こした。
その後ろでは、ファイターのように両腕を前に突き出すティラの姿があった。
(こ、これがゴーレムの操作……)
“世界”が二つ、半透明に重なり合っている。
一つは【エルフが見ている世界】、もう一つは【ゴーレムが見ている世界】だ。
意識すれば、どちらかが濃くなってゆく。
自分であるが自分じゃない。その感覚に、ティラは思わず身震いした。
「お、おぉぉ、歩ける――!
けど、この高い目線や揺れは、慣れるまで大変そうね……酔いそ……」
クローアームの開閉、その場で足踏み……自分の手足を動かす感覚で、パッカーが動く。
視界の中央には、白い二重丸に捕捉された《スパイク》が映し出されている。
視線をズラせば、それを操作するエクレアに切り替わった。
「ふ、ふふふっ……さーあ、覚悟はいいかしらね」
その言葉に、エクレアは顔を引きつらせた。
「ちょ、ちょっと待って下さいまし!? 状況の説明を――」
「私がゴーレム操作できるようになった、以上で説明終わり! さあ、行くわよ!」
「ひっ……!?」
ずんと歩みを進めたパッカーに、《スパイク》は二歩、三歩、後ずさりした。
パッカーに与えらたダメージは、既に機能停止していてもおかしくないはずだ。
なのに――
「そりゃああああああっ!」
「きゃああーッ!」
ティラのかけ声と共に、パッカーの腕が伸びる。
平然と腕を上げ、その閉じた三本爪が《スパイク》の胴体を突いたのである。
『ダメージが浅いです』
「わ、分かってるわよ!
アンタの操作感覚が分からなくてフワフワしてるの!」
《スパイク》は大きくよろめいたものの、エクレアは何とか踏みとどまらせた。
胸を小突いた程度なのだから無理もないだろう。それに、相手は“ゴーレム操作術”に籍を置いているだけあり、相応の経験値が蓄積されているようだ。
操作がおぼつかない状態では、こちらが圧倒的に不利な状況であった。
(ゴーレム・ファイトだと、あと一本ダウンしたら負けね……)
正規のルールでは二本ダウンするか、機能停止に追い込まれれば敗北となる。
野良試合なのでルールなぞあって存在していないようなものだが、パッカーは一度ダウンを奪われている。
「パッカー、何か必殺技みたいなのないの?
なんかこう、ガツーンと強烈な一発をお見舞いするのとかさ」
『ある、にはあります』
「アンタにしては歯切れが悪いわね。それの使い方を教えなさいよ」
『それには、マスターの協力が必要になるのです』
言い終わると同時に、ティラの視界に“通知”が送られてきた。