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第6話 面倒な設定

 いくらエルフの里のある森が広くとも、とんでもない火柱が上がれば気づかないはずがない。

 ほどなくして、重厚な防具で固めたタルタニアの騎兵が一挙に押し寄せてきた。

 だがその現場を目の当たりにするや、兵士たちは思わず手綱を引き絞り馬を制止させてしまう。

 馬の両脚を高くあがり、嘶く声が響き渡った。


「これはいったい……」


 先頭の兵士が思わず声を漏らし、兜のバイザーを持ち上げた。

 周囲の兵士とは一線を画す金色の武具は、相応の地位があると思わせる。

 老いを恥と思うエルフが多いが、兜からはそれを思わせない、壮年の男の顔が覗いていた。

 焼け焦げた大地、環状にえぐられた遺跡の瓦礫や台座――ここであることは間違いであろうが、と困惑気味に述べた。


「この焼けていない部分……やはり誰かが対峙した、ということか?」


 眉間の皺がより深くなった。

 そこはティラが《ブレイズドラゴン》のブレスを凌いだ場所である。注意深く周りを観察しようと前のめりになったその時、焦げた土の中に何かが広がっていることに気づいた。


「あれは――」光の魔法を唱え、周囲を明るく照らし出すとたちまち、その男だけでなく列を並べる兵士たちもどよめく声をあげた。


「これは、血か!? ――お前たち! 周囲を徹底して探すのだ!」

「さ、探すとは……ドラゴンの方をですか?」


 動揺からか、兵士の一人がとんちんかんな言葉を口にした。


「馬鹿者! このおびただしい量を見れば、《ブレイズドラゴン》はもうやられておるわ!

 探すのは倒した者の方だ! それと、ドラゴンの亡骸もだ! なんとしても捜し出せ!」


 兵士たちは短く返事すると、一斉に馬を駆けさせた。

 全員が光の魔法を唱えたため、パルカ遺跡は夜明けまで昼間のように明るくあった。



 ◇ ◇ ◇



 その日の夜明けはもちろんのこと、日を追うごとに《ブレイズドラゴン》の話題で持ちきりとなっていた。


 ――死骸は見つからなかったが、何者かによって討伐されたと見て間違いない


 調査にあたった軍の報告を受け、エルフ里に住まうそれぞれの代表者たちで形成される“評議会”がそう結論づけた。

 ではどうして未だに話題になっているのか?

 それは、調査中に発見された、一人のエルフの女が中心となっているのである。


「ねー、ねー! シャイア先生、やっと目を覚ましたらしいよ!」


 エルメリアがそう言いながら、ティラの下に駆け寄ってきた。


「へぇ」ティラは雑誌に目を落としながら、気のない返事をした。


「もう! 担任が英雄になろうかって状況なんだよっ!」

「えー……だって、ただ森で倒れていただけだし、ドラゴンと戦ったワケじゃないんでしょ?」

「そ、それはそうだけど……でも何で、先生が魔力使い果たしてたんだろう……。

 もしかしたら、《ブレイズドラゴン》の他に、魔力を吸う何かが――」

「あ、あはは、そ、そそ、そんなのいるわけないでしょ!

 さ、今日も授業にならなさそうだし、部屋に戻ろっかなー」


 乾いた笑いをしながら、ティラはそそくさと席を立った。

 エルメリアも「あっ」と声をあげ、急ぎその後を追う。

 あの晩、パルカ遺跡に足を踏み入れたのは自分だけではなく、何とシャイアもそこに居たのだ――。

 しかし、パッカーと《ブレイズドラゴン》との戦闘は見ていない。それよりも前に、森の奥で魔力を使い果たし気を失っていたからだ。


「でも、先生が目覚めたら……ゴーレムの申請しなきゃいけないのでしょ?」


 エルメリアは心配そうな顔を向けた。

 軍の報告に、評議会は『シャイア・キュルクスは、探索中に《ブレイズドラゴン》と遭遇し、全魔力を持って撃退――』と、強引に結論づけた。

 他に“何か”がいるかもしれない、とは考えたくはないようで、彼女をスケープ・ゴートとすることで事態の収束を図ろうとしたのだろう。

 作り上げられた英雄――そのため、ティラがゴーレムを連れてきたことなど、誰も気にも留めようとしなかった。せいぜいクラスメイトが驚きを見せたぐらいである。


(そのゴーレムが、先生の魔力を吸い尽くしてた……なんて思いもしないだろうな)


 その真実を知るのは、持ち主となったティラだけである。

 ゴーレム――パッカーは『私の影に驚き、魔法を撃ち続けたのです』と話した。(どさくさに紛れて吸い尽くしたようだ)


「――ティラ、聞いてる?」

「え、あ、ああ、何だっけ?」

「もうっ、先生が起きたらすぐに追試があるけど、大丈夫なのかって言ったの!

 それに合格しないと、“操作”の学科に移ることも出来ないんだからね!」

「あ、あー……大丈夫、じゃないかな? 多分、うん……」


 ティラはモゴモゴとしながら答えた。

 エルメリアの言葉通り、(ゼロ)点のまま転学することはできない。

 そのためには、ギリギリでも追試に合格しなければならないのだ。

 越えなければならない試験が増え、大きなため息を吐きながら寮へと足を向けた。


 学校から寮は、大きな通りを渡ってすぐだ。

 ティラとエルメリアは、今日の夕食は何だろうかと他愛も無い話をしながら、寮の門を越えると、正面玄関に人だかりが出来ていることに気づいた。

 その中心にいるのは、大きな体躯をしたゴーレム――パッカーである。


「ねぇ、ねぇ、次は私――どんなタイプの彼氏がイイと思うっ?」

『――風の系統が得意な方が良いでしょう。

 朴訥で聡明、自己主張をしない方が望ましいです』

「じゃあ、キュリオス先輩じゃない?」

「ええーっ!? あんまタイプじゃないなぁ……」

「次、私よっ――」


 女たちがパッカーに“相談”しては、彼の答えにきゃあきゃあと声をあげる。

 質問内容は碌でもないが、訊けば答える存在を前に、女たちの押しかけは後を絶たない。

「な、何やってるのよアイツ……」その光景を、ティラは呆然と見つめていた。


「占い、みたいなもの……?」


 占いが好きなのだろう。エルメリアの声にも、参加したい想いが込められていた。

 ゴーレムは疲れ知らずだ。このままでは底なしの“女の欲求”に応じ続けることになってしまう。

 ティラは人混みを掻き分け、パッカーから女たちを遠ざけた。


「アンタたちっ、人の物に何やってるのよ!」

「えー、だって魔力分析して、相性のいいの教えてくれるって言うんだもんー」

「は、ハァッ?」


 ティラは眉を寄せながら、パッカーを仰ぎ見た。


『“査定”していました』


 パッカーは淡々と言葉で応じた。

 龍退治をしたことや、魔力を吸収することは黙っておくように命じてあるが、彼が黙っているのはそれだけだ。

 恐らく、自立行動するゴーレムは珍しく、誰かが『何かできるの?』とでも訊ねたのだろう。

 査定と言う名の分析が出来ると分かれば、占いなどが好物である女たちが群がるのも無理はない。

 頭部の黒い面で読み取っているのか、じっとティラを見据えたかと思うと、急に音声を発した。


『登録をお願いします』

「私はまだいいわよ」


 ティラはかぶりを振ると、パッカーは『違う』と言うかのように右腕をあげた。


『使用者登録の方です。パスワードの設定をお願いします』

「ああ、そっか」


 そう言えば、と思い出していた。

 ゴーレムは勝手に使用されぬよう、繰り手の情報を登録しなければならないのだ。


『魔力での登録は完了しております。

 文字数字を組み合わせた八文字以上のパスワードをお願いします』


 パッカーの背中、装甲の一部が開いた。

 十五センチほどのそれに、AからZの文字と、0から9のキーが並び、その横には【Shift】【Enter】【Back】【Cancel】のキーが縦に並んでいる。


(人間が使用する文字盤、か……)


 人間が造った物が、どうしてエルフの遺跡地下にあるのか。

 そんな疑問よりも登録の煩わしさを覚えながら、一文字ずつ文字盤を押し込んでゆく。

 すべてを入力し終え、ティラは【Enter】キーを押すと――


『*E R R O R*

 頭文字は大文字で入力してください。

 名前は使用できません。生年月日は使用できません』


 ティラはパッカーの背を殴りつけた。

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