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第5話 夢の舞台へ――(2)

 三人目のファイトが終わると、十五分ほどのインターバルに入った。

 本当は休憩なんてせず、立て続けに始めてほしかったところだ。と言うのも、次の試合がいよいよ自身の初舞台だからである。おかげで、キリキリとした胃に耐え続けなければならない。

 気を紛らわせようとトイレに向かう道中、ドワーフ陣営が忙しく動き回っているのが見えた。

 控え室前には、“ブルブル”と呼ばれる新たなコアを使用したゴーレムが並び立ち、『王しか戦わないのに』と、その光景に思わず苦笑してしまう。


(その王と戦うのが……私なのよね)


 そう思うと、たちまち緊張が和らいでゆくのを覚えた。

 幸か不幸か。学校の者は、不幸を哀れむような目を向けていたけれど、考えてみれば“不幸”と思うことなんて何一つないではないか。夢の舞台に立てる――これを“幸”と言う他ないだろう。

 ふっと軽く息をつく。

 周囲に立ちこめる排煙にむせながら、ティラは控え室へと戻った。そこには相棒・パッカーが待っている。


<イラッシャイマセ>


 ティラはパッカーの脚を叩き、「準備万端ね」と顔を見合わせる。

 舞台に立つ覚悟は決まった。

 それからほどなくして、〈皆様、お待たせいたしました!〉と、インターバルの終わりを告げるアナウンスが流れた。

 この大会のメインイベントが始まる、とスタジアムの空気がよりいっそう重くなったように感じた。


「よ、よよ、よしっ!」


 ぐっと拳を握り締めたティラに、エクレアが顔を向けた。


「てぃ、ティラさん、落ち着いてくださいましねっ!」


 エルフとドワーフ。両陣営のフェンスが開くと、今日一番の歓声が沸き起こった。

 戦う覚悟は決まったけれど、それとは別の恐怖が襲う。

 膝はがくがくと震え、右足を出すのか左足を出すのか分からなくなってしまう。何でもいいからとにかく足を、と思うのに動かない。焦りがより足を重くする。

 たまらず目を硬く瞑ったその時――硬いものに背中を押され、ティラはつんのめってしまった。


「え――?」

『歩く道を決めた者は、出す足を迷いません』


 パッカーはそう音声を発すると、右足を前に踏み出した。

 それに驚いたのもつかの間、ティラは「そうね」と頷き、相棒を横にスタジアムへの境界線を足並みを揃えて踏み越えた。

 ファイターの登場に観客が総立ちになり、ティラは大歓声を身体全体で受け止めた。


(スタジアムって、こんなに広いのね)


 先に戦った者は、『繰り手の立つサークルまで音が聞こえなくなって、めちゃくちゃ距離があるように感じた』と、言っていたが、まさにその通りだと思った。

 耳には甲高い音しか響いておらず、足は雲の上で足踏み続けている気分だ。

 だけど、自身の愛機・パッカーが傍にいると思うと、着実にそこに向かって歩いていると実感できる。

 灰色の地面を踏み越え、眼下にその白線を納めた時、ティラは一度足を止め、ふっと腹から強く短い息を吐いた。


「せーのっ!」


 ぴょんとサークル内に身体を納めた瞬間――耳に音が飛び込み、目に世界が描写された。

 満を持して登場するつもりなのか、対戦相手であるドワーフの王・ラマザンはまだ出ていないようだ。

 観客席に目をやると、両親やシャイアの姿が確認できる。

 手を振ってきたのに気づき、口元に笑みを浮かべながら手を振っていると、ふと人間側の様子がおかしいことに気づいた。


(誰か、中で暴れてる……?)


 薄暗くてよく分からないが、奥で赤いゴーレムが動いているようだ。

 ティラは何が起こっているのか、目を凝らして確かめようとすると――


 〈え、ちょ、ちょっと、人間側のファイトはもう終わりましたよっ!?〉


 抑えていた人間を吹き飛ばし、そこから赤いゴーレムがぬっと姿を現したのである。

 ティラはそれに首の後ろの毛が逆立つのを覚えた。そして、無意識にパッカーに接続していた。……いや、パッカーの方から接続したようだ。

 水を差された観客から、『引っ込め!』などと怒号が起こる。だがそれも、止めに入った人間の脚を踏み折った瞬間、悲鳴へと変わった。


『――見つけたぞ、我が弟よ』


 映し出された画面に、ティラはしばらく理解できなかった。


「ば、《バルログ》――ッ!?」


 パッカーと同じ機体だと思っていただけあって、最新の第六世代機であったことに驚きを隠せない。

 だがそれ以上に、視界に映る【Monster】の表示が、ティラを更なる混乱に陥れた。


『弟よ、俺の下に来い!

 人間、エルフ、ドワーフ……生ける者すべてに、我らが怒りを思い知らせてやろうぞ!』


 《バルログ》は獣の爪のような手を動かしながら、地の底から響くような声でパッカーに語りかける。

 しかし、パッカーは『理解不能』と返すと、ティラに黒い面を向けながら言葉を続けた。


『私には、生ける者に対する恨み、憎しみはありません。

 恨みがあるとすれば――メモリーの奥底でこの言葉が浮かび上がっています』

『何だ?』

『憎むべき相手は、我が兄――』パッカーは《バルログ》を真っ直ぐに見据える。『こんな馬鹿馬鹿しい争い、さっさと終わらせましょう』と、アームを高く構えた。


『やはり貴様は使えぬ道具よ――ッ!』


 パッカーと《バルログ》は同時に地面を蹴った。

 距離は五メートル。一瞬にして双方の間合いに入るだろう。

 パッカーはゴーレムと戦うことが出来ない――それは、既に相手が“モンスター”となっていてもだ。

 だから、パッカーは持ち主を待っていた。

 自身の役目を果たすため、暗い遺跡の下で何百年と――。


「なら私も、ゴーレム・ファイターの役目を果たさせてもらうわよッ!」


 パッカーのブースターを点火し、ぐんと加速させた。

 ゴーレムなので表情の変化は分からないが、『何!?』と声を発したことからして、予想していなかったのだろう。

 それもそのはずだ。相棒の完成を、“パッケージ”の能力を見ていないのだから。

 敵は完全に不意をつかれ、攻撃のタイミングがズレた。隙だらけのその頭部に向かってパッカーのクローアームが叩きつけられる。


『――ぐ、ぉッ!?』

「パッカーは道具じゃないわよッ!」


 殴られた方向に倒れた《バルログ》を見て、すかさず悶え苦しむ仲間を救出に駆けつける人間が見えた。

 彼が持ち主だったのだろう。『何でこんな所に、何で《タイタン》が!?』、『何であんな姿に!?』と混乱した声をあげながら、引きずられるようにしてフェンスの向こうへと運ばれてゆく。

 あちこちの装甲が不自然に浮き上がっているのは、自身で改造したからなのだろう。

 それに《バルログ》は、『何故だ!』と、繰り手であるティラを睨み付けた。


『我々は道具よ!

 勝手な理由で造り、使えぬ、失敗作だと勝手に結論づけて捨てられるだけのな!

 奴らはただ恐れただけなのだ! 芸を仕込んだ犬に喉笛を噛み切られるのを、道具が反逆するのをッ!

 だから奴らは支配せねば安堵できないのだ! 人間もエルフもドワーフもすべて!』


 《バルログ》は立ち上がると同時に、ぶんと左足を蹴り上げた。

 パッカーの右腕でそれを防ぎ、左肘をお見舞いする。


「作り手、使い手に牙を剥く――それが失敗作と呼ぶ以外、何があるって言うの!」


 相手の動きをよく見る――訓練の賜物であった。

 だが、ティラは『弱い……?』と、首を傾げてしまう。

 神殿で見た隠しメッセージには、『パッカーとドワーフの《ゲートキーパー》と共に戦え』と、言っていたはずだ。

『ぐゥ……』と、ガクンと片膝をつく相手の姿を前に、何の問題もなく倒せてしまいそうだと思ってしまう。

 現にパッカーも忙しく“査定”を続けているが、その数値は他のゴーレムと同等、もしくはそれ以下である。


(だけど、何でこいつ第六世代なの……)


 しかも繰り手が存在していない。

 いったいどのようにして生き永らえ、最新の機体を得たのか?

 いや、生き永らえる方法はある。それは、今この時代でも続いている方法――コアやパーツを交換するだけでいい。

 素体は旧型であっても、現在(いま)のパッカーのように最新鋭の機体とも渡り合えるようになる。平たく言えば、製造技術が確定して生産されたゴーレムは“マイナーチェンジしただけ”となり、最終的にオリジナリティが表れるのは“ガワだけ”となるのだ。

 ドワーフの王・ラマザンから『今のゴーレムは、最初の時点で完成していた』と、教えられたことからも分かる。(最初の時点と言うのは、いま対峙している《バルログ》のことだ)

 ティラはこの時、『……ん?』と、何か引っかかるものを覚えた。

 パッカーと現在の彼らと異なるのは、“魔法石の交換が不要”なところにある。

 ティラは『まさか――!!』と、ある考えに思い当たったその時――


『作り手? 使い手? く、くくく……そんなものは――』


 《バルログ》の左肩の装甲が外れ、地面の上に落ちた。

 そこから、頭ほどの大きさをした赤く透明な球体を覗かせていることに気づいた。


 ――魔法石が“悪魔”の正体だ


 だが、それが自身に向けられていると気づいた時は、もう遅い。


『この俺には存在せぬわ――ッ』


 球体の奥底で閃光が走り、ゆっくりと膨れ上がる。

 赤と黒の光の柱が見えた瞬間――ティラの視界が大きく乱れた。

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