表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/58

第1話 同行者選び

 選抜試験が終わってから三週間が過ぎ、うだるような暑さがタルタニアの里を襲っていた。

 汗で衣服を色濃くするエルフたちも多く、食堂の席についているティラもまた、緑のチュニックの襟首や腋染みを作っていた。目の前には冷たいライム水が置かれ、グラスに残っているそれを一気にあおる。


「あ゛ー……今年の夏は特に暑いわね……」


 机にはエルメリアやエクレア、そしてドワーフのカルラもついている。

 エルフたちは同意するように頷いたのに対し、ドワーフは「えー?」と眉を寄せた。


「ドワーフの国に比べりゃ、こんなのまだまだだろ?

 夜とか風邪引いちまうかと思うぐらいだぞー?」

「そりゃそうだけど、あっちはどっちかと言うと火の熱さじゃないの。

 と言うか、アンタ下着姿でうろうろするの止めなさいよね」

「ん? どうしてだ?」


 きょとんとした目を向けるカルラに、横からエクレアが「男共が複雑な顔をしてますのよ……」と答えると、カルラは「複雑ぅ?」と声を裏返しながら言った。


「これだけ長く居てまーだ、エルフだー、ドワーフだーって言ってんのかぁ?」


 それにティラは「それほどまで頭固いのよ」と、半ばうんざりした顔で答えた。


「過去の確執とか恐らくどうでもいいんだけど、幼少期から『ドワーフは悪い奴だ』とすり込まれてるしさ。一日や二日で引っこ抜けるほどの根じゃないのよ」

「まー……南部の奴らは無茶苦茶やってたからなー……。

 で、エルフのお坊ちゃんどもは、アタシのそれ見てムラムラしてんのか?」

「平たく言えばそうね」


 カルラは「ムッツリだなぁ」とカラカラと笑った。

 エルメリアは旅をしたことで少し耐性がついたのか、顔を赤くしただけに留まっている。

 これまでは、女たちの猥談になるだけで慌てふためいていたのだ。


「でもさ、ティラにも男の人が言い寄ってくるよね」


 エルメリアがおずおずと言う。


「一時期に比べりゃ減ったけど、相変わらず鬱陶しいわ……。

 ああ、この前『エルメリア様にこの愛を伝えてください』って言うのいたわ」

「え、えぇぇっ!? それで、ど、どうしたの?」

「ぶん殴った」


 ティラは拳を突き出すと、横でカルラが「よくやった!」と、大きな口を開けて笑った。

 仰天するエルメリアであったが、下手なこと言われなくてよかったと安堵の息を吐く。

 エクレアも笑みを浮かべていたが、「そう言えば」と何かを思い出したように口を開いた。


「シャイア先生にも、イイ人がいるようですわね」

「へぇ……ってっ、ま、マジで!?」


 驚きの声をあげたのはティラである。


「それ、みんなも口にしてるね」と、エルメリアも相づちを打つ。


 するとカルラも「シャイア……シャイア……」と誰のことか思い出そうとし、一拍子を置いてそれに行きついた。


「――ああ、ティラのクラスのゴーレム直してたら、アタシに礼を言ってきた女だなー」

「礼って、何が?」

「さあ? 『力添えして頂いたおかげで、この学校の風の通りがよくなりました』つってたけど……この前、通風口直したからじゃないか?」


 ティラは「んん?」と小首を傾げたが、“女の興味”が移るほどのものでは無かった。


「でさ、シャイア先生のお相手は誰なのっ!」


 ティラが訊くと、エクレアは「それが」と声を潜め、上半身を前に傾けた。

 噂を聞いていたエルメリアも相手までは知らず、その場にいた全員が同じように身体を傾ける。

 面白くなりそうだ。ティラはライム水のおかわりを取ってくると、それに合わせてエクレアが話し始めた。


「軍属の方らしいですわ。(よわい)五百七十歳だとか」

「えぇっ、そんなオッサンなの!?」

「まだ調査中ですが、私が予想している通りの方であれば、確かに惚れるのも判りますわ。何人もの女がとりこにされていますもの」


 驚くティラの横で、カルラが考える仕草をした。


「五百七十ってぇと、人間で言えば五十七歳ぐらいか?

 ま、あの手の女は年いった男、落ち着いたのにコロっといくし、おかしくはないか」

「言い方悪いけど、若作りしてるように見えたのって……そっか、なるほど……」


 エルメリアは顎に手をやって頷いた。

 クラスの女の化粧など横目で見たり、『若者は化粧なんてせずとも』と小言のついでに、今時のメイク方法などを探っていたのを思い出していた。

 服装もやや若くなり、これまであまり見なかったアクセサリーもつけ、肌つやもよくなっている。


「これが最後のチャンス、ってわけね……」

「うーん、私もできるだけ応援し――あ!」


 エルメリアが声をあげ、全員がそちらに振り向いた。

 噂をすれば何とやらである。シャイアが食堂に入って来ていたのだ。

 白とすみれ色のワンピースに身を包み、腰に細身のベルトを巻いている。『確かに若作りしているな』と、ティラたちは苦笑を浮かべ合った。

 そうとは知らないシャイアは、入り口でキョロキョロと周囲を見渡している。

 ティラたちを見つけると、真っ直ぐに向かってきた。


「――ティラ、エクレア。少しお話があります」

「は、はい!」

「人払いした方がよろしい話ですの?」

「いえ、この者たちなら大丈夫でしょう」


 シャイアはエルメリアやカルラに目を向けながら言うと、淡々とした声音で言葉を続けた。


「先日の、選抜試験の結果ですが――」


 ついに来た、とティラは固唾を飲み込んだ。


「あなた方二人に、同行を願いたいと思います」

「ほ、ホント――っと、本当ですか?」


 ティラは口元を抑えながら、ボソボソと小さな声で訊いた。

 それにシャイアは小さく頷くと、目線をカルラに向けた。


「本当です。とは言え、ティラが選ばれたのは、ドワーフの者がいるからですがね――」

「お、アタシも行っていいのか! どこに行くか知らないけど、アタシはどこでも行くぞー!」


 ティラは「カルラが、いるから……?」と頭を傾けた。


「二人に共通するメカニックがいた方がよろしいでしょう?

 それに、獣人の地・ビスト地方は深い森の中……山や森に長けた、北部のドワーフがいた方が、何かと頼りになるかとの判断したのです。それと――」

「それと?」

「これ以上、校内の風紀を乱されては困ります」


 カルラを除いた全員が「ああ……」と納得の声をあげた。

 下着姿で(しかも時々きわどい)校内をうろつき、若い思春期の男たちを刺激させないようにするためなのだろう。授業中にそれを思い出して股間を膨らませ、獣の目ではけ口となる異性を見る――これでは若者の純粋な心が歪んでしまう。

 ようは体のいい隔離措置をとったのだ。


「あっはっはー! そう言うことかー!

 でも、感情のままに求め合うのは若者の特権だぞ?」

「ば、場所をわきまえてくださいっ!」

「生ける者は全員ケモノ、ヒトやエルフは理性でそれを抑えてるだけ。

 本能と欲求が爆発すれば、理性なんて簡単に吹っ飛ぶんだぞー?

 お前もスカートまくって、想い人に迫ってみたら――ムガ!?」


 ティラは慌ててカルラの口元を抑え、恐る恐るシャイアの顔を見上げた。

 この後、金切り声で怒られる――そう思い身構えたのだが、


「え、い、いや、あの方は……いやそんな……でも、ああ……いやいや……」


 顔を真っ赤にして手をぶんぶんと振る姿に、全員が顔を見合わせ『重度の恋の病だ……』と、頷きあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ