第1話 同行者選び
選抜試験が終わってから三週間が過ぎ、うだるような暑さがタルタニアの里を襲っていた。
汗で衣服を色濃くするエルフたちも多く、食堂の席についているティラもまた、緑のチュニックの襟首や腋染みを作っていた。目の前には冷たいライム水が置かれ、グラスに残っているそれを一気にあおる。
「あ゛ー……今年の夏は特に暑いわね……」
机にはエルメリアやエクレア、そしてドワーフのカルラもついている。
エルフたちは同意するように頷いたのに対し、ドワーフは「えー?」と眉を寄せた。
「ドワーフの国に比べりゃ、こんなのまだまだだろ?
夜とか風邪引いちまうかと思うぐらいだぞー?」
「そりゃそうだけど、あっちはどっちかと言うと火の熱さじゃないの。
と言うか、アンタ下着姿でうろうろするの止めなさいよね」
「ん? どうしてだ?」
きょとんとした目を向けるカルラに、横からエクレアが「男共が複雑な顔をしてますのよ……」と答えると、カルラは「複雑ぅ?」と声を裏返しながら言った。
「これだけ長く居てまーだ、エルフだー、ドワーフだーって言ってんのかぁ?」
それにティラは「それほどまで頭固いのよ」と、半ばうんざりした顔で答えた。
「過去の確執とか恐らくどうでもいいんだけど、幼少期から『ドワーフは悪い奴だ』とすり込まれてるしさ。一日や二日で引っこ抜けるほどの根じゃないのよ」
「まー……南部の奴らは無茶苦茶やってたからなー……。
で、エルフのお坊ちゃんどもは、アタシのそれ見てムラムラしてんのか?」
「平たく言えばそうね」
カルラは「ムッツリだなぁ」とカラカラと笑った。
エルメリアは旅をしたことで少し耐性がついたのか、顔を赤くしただけに留まっている。
これまでは、女たちの猥談になるだけで慌てふためいていたのだ。
「でもさ、ティラにも男の人が言い寄ってくるよね」
エルメリアがおずおずと言う。
「一時期に比べりゃ減ったけど、相変わらず鬱陶しいわ……。
ああ、この前『エルメリア様にこの愛を伝えてください』って言うのいたわ」
「え、えぇぇっ!? それで、ど、どうしたの?」
「ぶん殴った」
ティラは拳を突き出すと、横でカルラが「よくやった!」と、大きな口を開けて笑った。
仰天するエルメリアであったが、下手なこと言われなくてよかったと安堵の息を吐く。
エクレアも笑みを浮かべていたが、「そう言えば」と何かを思い出したように口を開いた。
「シャイア先生にも、イイ人がいるようですわね」
「へぇ……ってっ、ま、マジで!?」
驚きの声をあげたのはティラである。
「それ、みんなも口にしてるね」と、エルメリアも相づちを打つ。
するとカルラも「シャイア……シャイア……」と誰のことか思い出そうとし、一拍子を置いてそれに行きついた。
「――ああ、ティラのクラスのゴーレム直してたら、アタシに礼を言ってきた女だなー」
「礼って、何が?」
「さあ? 『力添えして頂いたおかげで、この学校の風の通りがよくなりました』つってたけど……この前、通風口直したからじゃないか?」
ティラは「んん?」と小首を傾げたが、“女の興味”が移るほどのものでは無かった。
「でさ、シャイア先生のお相手は誰なのっ!」
ティラが訊くと、エクレアは「それが」と声を潜め、上半身を前に傾けた。
噂を聞いていたエルメリアも相手までは知らず、その場にいた全員が同じように身体を傾ける。
面白くなりそうだ。ティラはライム水のおかわりを取ってくると、それに合わせてエクレアが話し始めた。
「軍属の方らしいですわ。齢五百七十歳だとか」
「えぇっ、そんなオッサンなの!?」
「まだ調査中ですが、私が予想している通りの方であれば、確かに惚れるのも判りますわ。何人もの女がとりこにされていますもの」
驚くティラの横で、カルラが考える仕草をした。
「五百七十ってぇと、人間で言えば五十七歳ぐらいか?
ま、あの手の女は年いった男、落ち着いたのにコロっといくし、おかしくはないか」
「言い方悪いけど、若作りしてるように見えたのって……そっか、なるほど……」
エルメリアは顎に手をやって頷いた。
クラスの女の化粧など横目で見たり、『若者は化粧なんてせずとも』と小言のついでに、今時のメイク方法などを探っていたのを思い出していた。
服装もやや若くなり、これまであまり見なかったアクセサリーもつけ、肌つやもよくなっている。
「これが最後のチャンス、ってわけね……」
「うーん、私もできるだけ応援し――あ!」
エルメリアが声をあげ、全員がそちらに振り向いた。
噂をすれば何とやらである。シャイアが食堂に入って来ていたのだ。
白とすみれ色のワンピースに身を包み、腰に細身のベルトを巻いている。『確かに若作りしているな』と、ティラたちは苦笑を浮かべ合った。
そうとは知らないシャイアは、入り口でキョロキョロと周囲を見渡している。
ティラたちを見つけると、真っ直ぐに向かってきた。
「――ティラ、エクレア。少しお話があります」
「は、はい!」
「人払いした方がよろしい話ですの?」
「いえ、この者たちなら大丈夫でしょう」
シャイアはエルメリアやカルラに目を向けながら言うと、淡々とした声音で言葉を続けた。
「先日の、選抜試験の結果ですが――」
ついに来た、とティラは固唾を飲み込んだ。
「あなた方二人に、同行を願いたいと思います」
「ほ、ホント――っと、本当ですか?」
ティラは口元を抑えながら、ボソボソと小さな声で訊いた。
それにシャイアは小さく頷くと、目線をカルラに向けた。
「本当です。とは言え、ティラが選ばれたのは、ドワーフの者がいるからですがね――」
「お、アタシも行っていいのか! どこに行くか知らないけど、アタシはどこでも行くぞー!」
ティラは「カルラが、いるから……?」と頭を傾けた。
「二人に共通するメカニックがいた方がよろしいでしょう?
それに、獣人の地・ビスト地方は深い森の中……山や森に長けた、北部のドワーフがいた方が、何かと頼りになるかとの判断したのです。それと――」
「それと?」
「これ以上、校内の風紀を乱されては困ります」
カルラを除いた全員が「ああ……」と納得の声をあげた。
下着姿で(しかも時々きわどい)校内をうろつき、若い思春期の男たちを刺激させないようにするためなのだろう。授業中にそれを思い出して股間を膨らませ、獣の目ではけ口となる異性を見る――これでは若者の純粋な心が歪んでしまう。
ようは体のいい隔離措置をとったのだ。
「あっはっはー! そう言うことかー!
でも、感情のままに求め合うのは若者の特権だぞ?」
「ば、場所をわきまえてくださいっ!」
「生ける者は全員ケモノ、ヒトやエルフは理性でそれを抑えてるだけ。
本能と欲求が爆発すれば、理性なんて簡単に吹っ飛ぶんだぞー?
お前もスカートまくって、想い人に迫ってみたら――ムガ!?」
ティラは慌ててカルラの口元を抑え、恐る恐るシャイアの顔を見上げた。
この後、金切り声で怒られる――そう思い身構えたのだが、
「え、い、いや、あの方は……いやそんな……でも、ああ……いやいや……」
顔を真っ赤にして手をぶんぶんと振る姿に、全員が顔を見合わせ『重度の恋の病だ……』と、頷きあった。




