第8話 決着とEクラスの女
イザベラのゴーレムは胴体から両断され、大きく跳ね飛んだ。
床でバウンドした上半身は、持ち主の目の前でバチバチと音を立て続け、やがて動力が落ちた。下半身の方も今は静かに、リングの中央に転がっている。
しばらくの間をおいてから、イザベラはペタン……と膝から崩れ落ちた。
「しょ、勝者、ティラミア・レンタイン――ッ!!」
勝ち名乗りを受けると同時に、観客席からはまばらな拍手が起こった。
誰もが目の前で起こったことが理解できていない。とりあえず決着がついたようだから、なのが丸わかりである。
ティラは気にしていなかった。
それよりも、無残な姿になったゴーレムを呆然としているイザベラの下に、肩を怒らせながら歩み寄ってゆく。
「あ……」
イザベラはもう、抗う気力がないようだ。
恐ろしい目で睨み付ける女を前に、ただ力なく見上げるだけである。
鳥の目には、猫は化け物に映る。今、目の前にいるのは、怒れる虎である。
だが――その虎・ティラは牙を見せないどころか、小さく細く息を吐くだけであった。
「な、何で……」イザベラは動揺を隠せなかった。「思い切り引っ叩いてやろうと思ったけどね」
気持ちを整理するように、今度は小さく短く息を吐いた。
「そんな目で見られたら、こっちが悪者になるわ」
打ち萎れるイザベラの姿に、興ざめしたのは事実だ。
だがそれよりも、ティラの怒りを鎮めさせるものがあった。――イザベラの魔法を吸ったパッカーが“査定”の結果である。
イザベラの家・オークリー家は林業で栄えた。代々受け継がれてきた山や、そこにある木を守り、次に委ねてゆかねばならないと言う義務感に、それに縛られた家が嫌になったのだ。
「家業継承したくないから、グレたってのは理由にならないけど……<バーツリーの木>は、同情するわ……」
「あ、あんたに何が分かるのよッ!」
「私も山育ちなの。よりにもよって家の周りに、あの木が生えてるのよ」
押し黙ったイザベラを前に、ティラは言葉を続ける。
「……アンタ、あの“毛虫の木”が嫌なんでしょ?」
イザベラは小さく頷いた。
<バーツリーの木>は良質な資材で、エルフの里では多目的に利用されている。しかし、一年を通して、必ず何らかの毛虫が大量発生する問題を抱えていた。
それで商いをするとすれば、まず木に何の毛虫が這っているのか調べ、それにあった処置をしなければならない――つまり、常に毛虫に気を張っていなければならない、毛虫と生活を共にする木なのだ。そこで名付けられたのが、“毛虫の木”である。
イザベラは顔を伏せながら、「そうよ……」と呟いた。
「うちの山……七割がそれなのよ……」
「心底同情するわ……」
ティラとイザベラ。山育ちにしか分からない絆が芽生えていた。
不良になったのも親への反発心からだ。しかし、自分の代からそんな手間暇かかるようになったわけではない。祖先や親が苦労したからこそ、大きくなったのだと思うと文句が言えなかった。
学校という世間からは隔離された空間の中、その鬱々としたジレンマがついに爆発したのである。他人の夢や愛情が憎い。“現実”から逃避できる不良が、まさに麻薬のようになって自身を蝕んだ。
イザベラが非行に走った理由は、ティラも強く理解していた。
「でーもー。他人を傷つけていいとは限りませぇーん」
「え――っ!?」イザベラは驚き顔を上げた。「パッカー! しまっちゃいなさい!」
『了解しました』
パッカーは、右腕のクローアームを突き出す。
すると……イザベラのポケットから、モゾモゾと緑色の何かが這い出てきて――
「ちょ、ちょっとっ!? なに、やめっ、止めてっ!?」
蔓はシュルシュルと音をたて、イザベラの腰や腕、脚などの巻き付けられてゆく。
「観衆の前で緊縛羞恥プレイ喰らったのよッ!
それに、クラスメイトやらのゴーレムを壊し、夢を踏みにじった罰はちゃんと受けなさいッ!」
紫のローブに、身体の膨らみがハッキリと浮かぶ。
その様はまるで、エルフ女を然るべき場所に送り込むための“荷造り”だ。
そこに、然るべき場所への“配達人”が、ゆっくりと荷受けしにやって来ていた。
「――そこから先は、私が預かりましょう」
「しゃ、シャイア先生ッ!?」
「イザベラ。行き先はどこか、分かりますね?」
「へ、部屋……」
「懲罰室ですッ!!」
シャイアにひょいと掲げられたイザベラは、『懲罰室は嫌だッ! お願い許してッ!』と、悲鳴を上げ続けていた――。
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四日後。その一件があってからと言うもの、ティラを取り巻く環境が大きく変化していた。
まずは人間関係だ。廊下を歩いていると、エルフの男が急に片膝をつき『おお、我が月よ――』と、自作のポエムを披露しようとする。それは、男エルフが想いを告げる行為である。
ティラはすかさず、「帰れ」と吐き捨てる。
寮への移動中の今も、男が立て続けに片膝をついた――。
「ああもう、下心丸見えだし鬱陶しい……」
「あ、あはは……下着丸出しにしたからね……」
一緒に廊下を歩くエルメリアも、これには苦笑するしかない。
とにかく数が多い。最初は少し気をよくしたティラも、ゲンナリしてしまっている。
ティラが目をつけられた理由は至極簡単だ。イザベラの罠から逃れるため、履いていたキュロットパンツを脱ぎ落としたことが発端である。ようは、『ヤりたい』『抱きたい』が彼らの原動力なのだ。
中には、『私が選んだ下着を着けて欲しい』とド直球に言い、ティラの右ストレートを受けた者までいた。
「原因となったイザベラは、自主退学だしさ。なーんかなー……」
「確か、実家の家業を継ぐんだっけ?」
ティラは「そうみたい」と肩をすくめる。
懲罰室から戻ってきた後、イザベラは嫌がらせを行ってきた生徒に謝罪に回った。
無論、謝ったからすべてが帳消しになるわけではない。
それはイザベラも重々承知しているが、しなければ気が済まなかった。
――私、家業継ぐことにしたよ
ティラの下にも訪れた時、イザベラは自身の“決心”を告げた。
二人の間にはわだかまりが消え、『見合いして地に足つけるよ』とイザベラが言うと、ティラは『イケメンがいればいいわね』と、口元に笑みを浮かべた。
他の不良女たちも謹慎を言い渡され、Eクラスの後列には空席が並んでいる。
その時、後ろから「あの、ティラミアさん……」と、声をかけられた。
振り返ると見知らぬ少女が立っていた。おどおどと落ち着かなく、髪や顔のどこかを触っている。
「誰かしら?」ティラは首を傾げると、少女は意を決したように口を開いた。
「わ、私、同じクラスの……」その言葉に、ティラはピンと来た。
「私、ずっと休んでて、その、勉強とか凄くできるって聞いて、色々教えてもらいたくて……」
「構わないわ! 私でいいなら、いつでも頼ってきて!」
それに少女は顔を明るくすると、「お願いします!」と、ぺこりと頭を下げて走り去った。
“加害者”が排除されたことで、“被害者”たちがクラスに戻ってきている。
ティラはこれにニコニコ顔であったが、エルメリアは心配そうな顔で覗き込んだ。
「ティラ……貴女、勉強教えられるの?」
「勉強? そんなの余――あ゛っ!?」
「やっぱり……」エルメリアは額に手をあて、呆れたように大きく息を吐いた。
鳶が鷹を産んだ。学力最低のEクラスの女が、上級生用のテストで二位を取ったことも知れ渡っているのだ。
「カンニングなんてするから……」
「……次、テストで赤点の山取ったらどうなるかな?」
「『下着見せた女』に加えて、『メッキが剥がれた女』って目線が追加されるよ、きっと……」
「やっぱりEクラスの女ね……」
どん底である。
エルメリアに勉強教えてと言うべきか、パッカーに教科書の内容をすべて記憶させるべきか。
ティラはしばらく、腕を組んだまま真剣に思案していた――。




