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第4話 目覚めと侵入者

 ティラは眩い光に顔をしかめ、小さく唸った。


「――ティラミア! 気がつきましたのね! 分かりますか!」


 頬をパシパシと叩かれ、ティラは更に唸った。

 声だけで厳格な女だと分かる。視界を覆う霞の中で、どうしてこのような目に遭わなければならないのか、まずそう思った。

 霞が晴れてくると、真っ白な漆喰の天井を背にした、銀縁の三角メガネをかけた女の姿がハッキリと見えるようになってゆく。レンズの奥にある、鳶色の瞳が厳しく光っている。


「シャイア、先生……?」

「ああよかった……」

「何で部屋に……あ、あれ?」


 身体を起こそうとしたが力が入らず、ふわふわのベッドが小さく揺れた。


「じっとしていなさい!」


 厳しい声音に、起き抜けのティラは小さく息を呑んだ。

 目の前にいるのは、生徒指導員であり、若くして魔法学科の最高責任者であり、それが自身の担任であり、教員の中でも特に厳しいことで有名なのだ。(ティラより二倍ほど齢を重ねているが、未だ独身である)

 身体は上手く動かないが、頭はかろうじて動く。その厳しい目に耐えきれず、顔を背けると……視界に、たくさんのベッドが並んでいるのが飛び込んできた。


「ここ、医務室……?」

「そうです。パルカ遺跡で貴女が倒れていたのをエルメリアが見つけ、運んでくれたのですよ。

 まったく、魔力を使い切るなんて何を考えているのです!」

「ま、魔力を使い――っ!?」


 ティラは言葉に詰まり、ようやく身体が動かない理由を理解した。


 ――人間の身体は水分で満たされ、エルフの身体は魔力で満たされている


 そう語られるほど、エルフにとって魔力は身体の一部、生きてゆくのに不可欠なものだ。

 それを使い切ることは自殺行為に等しい。自身の無鉄砲さは自覚しているが、魔力を使い果たすような真似なんてしない。

 それに、これまでだって三分の一も使用したことがないのだ。いくら尻に火をつけられたと言えど、限界まで近づけば心が先に折れているはずである。

 ではいったいどうして……ティラは押し黙った。


「――まぁ、お説教はこれまでにしておきましょう。

 危機感を覚え、自主的に訓練をすることは叱れませんからね。

 ですが、しばらくは外出と魔法の使用を禁止します。

 あと二、三日はは動けないでしょうが、謹慎もかねてじっとしていなさい」

「はい……」


 シャイアは厳しい表情を崩さないまま、さっと踵を返した。

 カッ、カッ、と性格を表したような堅い足音は、部屋を出てからもしばらく響き続けた。


(相変わらず、だな……)


 足音が聞こえなくなると同時に、ティラは小さく息を吐いた。

 何度あのつり上がった目で睨み付けられ、迫られ、叱られたのか分からない。

 じっと天井を見つめながら、どうしてこんなことになったのか思い出していた。


(確か、魔法の練習をしてて――)


 直後、ティラはハッと目を見開いた。


「そうだっ! あそこにゴーレム――ッ!」


 がばっと起き上がろうとしたが、首しか動かず、ぐちっと音を立てた。


「――ッ~~……」


 枕に頭を擦りつけながら悶絶した。

 だがそのおかげで、どうしてこのような目に遭ったのか、それがハッキリと理解できた。


「あ、あのゴーレムッ、私から魔力を全部吸い取ったわね――ッ!?」


 理由がハッキリと分かったが、話したところで信じてはもらえないだろう。

 夢か現実か、()()()()自分でもあやふやなのだから。

 それに、こんな結果になるとは想像もつかなかったが、自分の意思で魔力を与えたのは確かである。不平を口にしたところで『自己責任だ』と言われるのが関の山だ。

 ティラは荒々しく鼻を鳴らした。


「もしかしたら、アイツは、ああやってエルフから魔力を吸って生きながらえてきた……?」


 馬鹿馬鹿しい、とティラは自身の考えをすぐに否定した。

 そのようなゴーレムなど聞いたこともない。

 だが、気がかりでもある。もうパルカ遺跡から離れているかもしれないが、身体が動くようになったら調べてみようか。

 早く魔力が回復することを祈りつつ、ティラは再び真っ暗な闇の中に意識を投じた――。


 ・

 ・

 ・


 三日ほどで身体は動くようになったが、調査の時はしばらくやって来ないと分かった。

 寮生全員に外出禁止令が出たのである。


「ぶ、《ブレイズドラゴン》が、タルタニアの里に侵入してるゥッ!?」


 見舞いに来たエルメリアの言葉に、ティラは両目を見開き、頓狂な声をあげた。


「そ、そうみたいなの!

 国境警備の人が消し炭にされてたとか、結界を食い破って潜入したような痕跡があったって!

 ああ、どうしよ……ここに来たらどうしよう……!」

「そ、そんな心配しなくても、ここには高等術士もいるから平気だって……」


 おろおろと身体を左右に振るエルメリアに、ティラは苦笑を浮かべた。彼女は心配性なところがあり、ついコトを大げさに考えてしまうのである。

 だが、今回ばかりはティラも楽観視できない。

 《ブレイズドラゴン》が吐く炎のブレスは凶悪で、生半可な防具ではもちろん、壁の裏などに隠れていても、それごと焼き尽くされると言われている。

 “耐火”の保護魔法を施した防具であれば防げるが、それも絶対ではない。

 自身が発した言葉の通り、この街まで侵入してくることはないだろうが、まず外出禁止令が出るのは必定だ。

 体調が万全になれば、あのゴーレムを探しに行こうと思っていただけに、このアクシデントは厄介であった。


「これは困ったわね……」

「でしょっ、でしょっ!?

 ああどうしよう……あっ、そう言えば、ティラはの実家って――」

「ちょっと疲れてきたから寝るわ」


 エルメリアが言い終わるより前に、ティラは布団に潜り込んだ。


「あっ、ちょっと!?

 お願いっ、ローブを〈コーティング〉してくれるだけでいいからっ!

 ね、聞いてる? 聞いてるでしょ! ねえっ、ねぇってば、お願いっ!」

「ぐーぐー」


 身体を揺さぶり、切なる声をあげる友を無視し続けた。

 やがて根負けし、不機嫌そうに鼻を鳴らして部屋を出たのを背に、ティラはほっと息を吐いた。

 実家は、ローブなどに撥水加工を施すなどの“コーティング屋”を営んでいる。

 頼りたくないわけではないが、カエルの子のように『これを機に』と言われるのが嫌なのだ。

 きっとエルメリアだけでなく、他の同級生たちも同じお願いをしてくるに違いない。

 これが、不幸中の幸いか。都合良く魔力を使い切ったものだ、とティラは神に感謝した。


 翌朝、彼女の予感は的中していた。

 動き回れるようになったのを見るや、昨日のエルメリアと同じように『“耐火”のコーティングをお願い』と言って来たのである。

 その度、ティラは『魔力はまだ完全じゃないから』と突っぱねた。

 死んだってやるものか、と決めていたが、他の“保護魔法科”の生徒たちが目ざとくそれを商売にしているのを見て、少し決心が揺らぎそうになる。

 エルメリアはと言うと……彼女の席についていた甲冑を見るなり『誰よアンタ!?』と声をあげたほど変貌していた。


 教師から『学校は安全だから』と諭されるが、誰もが同じ不安を胸に抱いている。

 そのせいか生物学の授業では《ブレイズドラゴン》の生態について、歴史学ではそれを倒した英雄憚、作法の授業ではブレスを受けたときの心得の授業になっていた。『ブレスを吐かれたら諦めろ』、と言うことだけは全員が理解した。

 そして、担任であるシャイアの授業・発生魔法学は、どうしてか自習ばかりである。

 下手に攻撃魔法を覚えてはと危惧したのだろうか。これ幸いと雑誌を広げているティラの後ろからふと、“自習”に興じている同級生の会話が聞こえてきた。


「――ねぇ、シャイア先生、めちゃくちゃ焦ってるらしいよ?」

「結婚を?」

「それはいつものことじゃない……あの《ブレイズドラゴン》のことよ。

 なんでも、“探知”の魔法網を張ってもすぐに消滅するとかで、教師としての質まで疑われ始めてるんだって」

「……え、それマジ?」

「ほら、一学年上に評議会メンバーの一人を父親に持つ子いるじゃない?

 名指しでやり玉に挙げられて、更迭しろって声まで出てるって吹聴してたわよ」

「ああ、評議会の末席どころか地べたに座るぐらいの……。

 まぁ、紛いなりにも噂の出本は確かってことね。そりゃ焦るわ」

「でさ! 見回りの余裕すらないみたいだから、今晩は私の部屋で飲まない?」

「あ、いいわねっ! 私、とっておきのワイン持って行くわ」


 などと、年相応の女子トークが延々と繰り広げられている。

 それからは恋愛話などに花を咲かせるのだが、ティラは雑誌の【今日のゴーレム】と題打ったページを開いたまま、その会話に聞き耳を立てていた。

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