第7話 ゴーレム・スレイヤー
先に動いたのは、イザベラの《ノエル》だった。
右腕を大きく振り上げ、真っ向から突っ込んでくる。その様は『お前ごときに戦法なんて不要』、にも受け取れた。
ならば。対するティラのゴーレム・パッカーは、左足を引いて腰を沈めて待ち構える。
イザベラはそれに、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「根性だけは認めてやるよ、ポンコツッ!」
イザベラの《ノエル》は、パッカーの頭めがけ腕を振り下ろす。
するとティラは左のクローアームを広げ、ぶつけ合うようにしてその拳をガッチリと掴んだ。
「な……ッ!?」
「うちのパッカーを見くびらないでもらえるかしらッ!」
ティラはすかさず、パッカーの右のアームを腹部へと叩き込む。
その勢いで、《ノエル》の紫の身体がくの字に曲がった。しかしすぐに体勢を立て直し、前蹴りで捕らえられている腕を強引に振りほどいた。
打撃を受けた腹部は、大きくひしゃげている。ベースとなっている第五世代・《サターン》は、装甲がやや薄めなのが難点なのだ。
《ノエル》はコアのある上半身を守るように、両腕を高い位置で構え、膝でリズムを取るように小刻みに動かし始めた。――その姿は、初動とはまるで印象が違っている。
「一発喰らって、目が覚めたってわけね」
イザベラが動揺した顔をしたのは一瞬で、今はまた不気味な笑みを浮かべている。
《ノエル》はそのまま、すり足気味ににじり寄っては、左、右と素早いパンチを繰り出し、さっと距離を取る。大きく踏み込まず、ちくりちくりとポイントを稼ぐファイトスタイルのようだ。
小回りがきくので、こちらの攻撃はなかなか当たらない。
最初は大きく動き、あとは時間まで逃げる……基本はこの戦型か、とティラは思った。
(しかし、エクレアに比べて弱いって見立てだけど……)
相手の方が強いかもしれない、と感じている。
パッカーの視界に映る《ノエル》は【レベル4】と表示される。
ティラが首を傾げると、その疑問を感じ取ったのか視界に何かが表示され始めてゆく――。
「【ティラミア 1】……? 何でよッ!?」
ティラは思わず突っ込んだ。
「え、まだある? えぇっと……【1+(0.5+0.5)=X】?」
どう言うことだ、と思ったその時だった。
「んん……?」太ももに奇妙な、何かが撫でるような感触がした。
何かが這っているような感じがし、意識と視線を向けた瞬間――ガンガンッと硬い金属音が響いた。
観客席から『ああっ』と声が上がる。ティラはハッと顔を上げると、そこには頭部にワン・ツーを貰ったパッカーと、さっと距離を取る《ノエル》が映った。
「くっ……油断したわ……」
《ノエル》はタイミングを見計らうかのように、付かず離れずの距離を保っている。
一歩前に出れば一歩下がる。思い切って前に踏み込もうとすると――
「んひっ!?」
ティラは素っ頓狂な声をあげ、身体を震わせる。
同時にパッカーの動きも止まり、それを見逃さず《ノエル》はパンチをお見舞いする。
歓声が上げる観客席から、「何をしているんですの!」とのエクレアの激が飛んだ。
そんなこと言われても。ティラは苦虫を噛んだような表情を浮かべるしかできない。
「な、何なのよこれ……!」
何がなんだか分からないのだ。
ティラは太ももを擦った。これは気のせいなんかじゃない、キュロットパンツの中に、確かに“何か”が這っている。小指ほどの太さをし、ムカデかヘビのように長い。しかし、それと違うのは産毛らしいものがあることだ。
嫌いな毛虫に近い。ティラは嫌悪感を感じ、モゾモゾし続けた。
その間、またもパッカーの操作を忘れてしまっており、また再び打撃音が鳴った。何度も体勢を立て直そうとするが、そのたびに“何か”が動く。集中が途切れる隙に、パッカーは攻撃を貰う――その繰り返しである。
しかも、細く長い物がだんだんと伸び、巻き付いてくる――。腰、太ももに巻き付き始めたその時、観客席から「そうだった!」と、ひときわ大きな声が響き渡った。カルラの声だ。
「おーい、ティラー! そいつ、<オートパイロット>搭載してるぞーッ!」
「お、<オートパイロット>なんて、今ごろ知っても……って、な、何ですってェッ!?」
「事前に言おうと思って忘れてた! あっはっはっー!」
カルラの笑い声は運動館によく響く。それに混じり、イザベラの舌打ちが聞こえた気がした。
<オートパイロット>とは、繰り手が命じずとも行動できる“自立行動機能”のことだ。
パッカーのそれとは違うのは、決められた行動しかできない。古くに開発されたものであり、流動的なゴーレム・ファイトにおいての有用性は低く、以降の発展は望めなかった。
(ワン・ツー、から距離を取る。一定の距離を保つため、近づかれたら下がる――。
この一連の行動が<オートパイロット>としても、イザベラはそんなのを使って、いったい何を……)
ティラは『まさか』と思ったと同時に、下半身にキリッとした痛みが走った。
「うぐッ!? ちょ、ちょっ、や、やめっ!?」
腰、両太ももをギリギリと締め上げている中で、柔らかい何かが尻や股ぐらを撫で上げる。
腰をくねらせ逃れようとするも、それはキュロットパンツの中にあるので効果がない。観客の男たちの鼻を伸ばさせるだけだ。
ついにはショーツの脇に潜り込もうとし始め、ティラは思わず声をあげた。
「ぱ、パッカー! ちょっと何があるか見て!?」
接続を切ると、パッカーは黒い面をティラに向けた。
『<アイビー>のツタが巻きついています』
「<アイビー>!? 何でまたそんなの――」
喋ったゴーレムに周囲が驚いたが、ティラは巻きついている物に驚いていた。
<アイビー>のツタは、成長の早いつる植物だ。ちょっとでも管理を怠れば、すぐに壁や木などを覆い尽くす厄介な品種であり、茎から生える根を這わせてよじ登る。
何もないところから、そんなものが生えるはずがない。ただのツタが、辱めるような動きなんてするはずがないのだ。……となれば、該当するのは一つしかない。
「イザベラ、アンタッ……んひっ!?」
ティラは思わず内股になり、両手で股ぐらを抑えた。
「あらー? こんな所でもよおしたの? それとも発情? やぁねぇ」
「う、く……っ」
イザベラは舌なめずりした。
そして、ティラの股の間にあるものが、舐めるようにして動く――。
――やはり魔法だ
これで確信に至った。魔法を使用すれば、このように発芽・急成長させことは容易い。
そして、イザベラの得意な属性は“木”である。
しかし、種がなければ花は咲かない。その種はいったいどこでついたのか――。
(ま、まさか、あのお尻を掴んだ時に……!)
あれは挑発ではなく、そう思わせておいてキュロットパンツに種を植え付けたのだろう。
しかし今更、侵入経路や方法が分かったても意味がない。
ショーツの横から、するりとツルの先端が潜り込んで来る。
イザベラの“真の目的”も分かった。皆の前で“女”を突き破り、辱めようと考えているのだ。
悪女の笑みを浮かべているところからして、降参しても止めるつもりはないに違いない。
(この女……どれだけ冒涜すれば気が済むの……ッ!)
ティラは寒気よりも先に、怒りがこみ上げていた。
これが対戦相手が怪我などで棄権した理由だ。イザベラがゴーレムを自動操縦している間に、こうして対戦相手を攻撃していたのである。
彼女にとって、ゴーレム・ファイトは自身の自尊心を満たすための道具の一つであり、その先にある栄光にはまるで興味がないのだ。だからルール違反でも平気で行え、踏みにじることができる。
この様な者を許すわけにはゆかない。ティラはギッと目に力を込めた。
(犠牲を払う覚悟を、決めるべきかしらね……)
その後で、どれだけボッコボコにしてやろうか、と罰を考え始めた時――
<リョウキン ノ オシハライ ヲ オネガイシマス>
ティラはきょとんとした顔を向けている。
下半身のうずきに耐えながら『いったい何だ』と考えた。
(この音声発した時って、確か魔力が足りなくなった時に……)
そしてすぐ「あっ!」と声をあげた。
「そーいうこと。
だけど、私も相応の犠牲払うと思うんだけど?」
<ハイ オアズカリシマス>
「ああ、はいはい……。じゃ、任せたわよパッカー!」
ティラが何かをしようとしたのを見るや、イザベラは辱めの“仕上げ”を実行した。
秘所を貫かれた瞬間、動けなくなるはずだ。その間にゴーレムを痛めつけ破壊してやろう、と目論んでいたが……ティラはまるでそんな素振りを見せなかった。
それどころか、何とキュロットパンツに手をかけ、大衆が見守る前で脱ぎ落としたのである。
「な゛っ!?」
自ら恥ずかしげもなく薄い若草色のショーツが露わにした女に、観客席はどよめき、男たちは前のめりになった。女教員は「何をやっているの!」と怒号をあげたが、その女・ティラには届いていない。
太ももや腰に絡みつくツタを握ると、力任せ引っ張りあげる。
ティラの“純潔”を破るどころか、自身の“カラクリ”が破られそうになり、イザベラの動揺が顕著になっていた。
「な゛……ッ、何で……ッ、何でツタが言うことをッ……!」
イザベラはもう隠そうともせず、何度も魔法でツタに命令を送り続ける。
しかし、それはティラの“女”を散らすどころか、力なくうなだれるだけ。
あられもない姿を曝すティラに、エルメリアたちも愕然としているが、カルラはまったく別のところに目を向けていた。
「おお、おお! 〈マジック・ドレイン〉だあぁっ!!
いいぞいいぞーっ! ガンガン吸えぇぇっー!!」
その言葉に、イザベラは『ドレイン?』と首をひねった。
赤髪の女の視線を追うが、そこにはゴーレムがいるだけだ。
アームを突き出たまま、じっと立ち尽くしている。
「ま、まさかッ!? そのゴーレム、魔法を吸うっての!?」
「その――まさかよッ!! あ゛ぁ゛、やっと取れたー……!」
絡まったツタを強引に引きちぎったティラは、手をパキパキを鳴らし始める。
「さぁて。好き勝手やってくれた分の落とし前、キッチリとつけさせてもらおうかしら」
「ま、まってッ!? こ、降参す――」
「問答無用ッ!!」
パッカーと接続したティラは、腕を大きく振り上げた。
このまま乗り込んでもいいが、下手をすれば自分も巻き添えを食らい、最悪はまた退学だ。
働きかけてくれたエクレアにも申し訳ないし、ゴーレム・ファイトの最中なのだから、決着はそちらで付けるべきだ。ティラはそう考えた。
「パッカー! コーティング、いくわよ!
まずは――“土”のパッケージ・〈マグネット・バインド〉!」
右腕を突き出し、ぐいっと思い切り引っ張った。
すると《ノエル》の機体が、ぐいぐいとそちらに引き寄せられだす。
「な、何で、何でッ、何で勝手に動くの……ッ!?」
イザベラは慌てて《ノエル》をマニュアル操作に戻し、後退させ続けた。
しかし、一定の距離以上は進めない。
「アンタはもう地に足つける必要ないわッ!
次は――“水”のパッケージ・〈アクア・シャワー〉!」
今度は腰部の“悪戯防止装置”の穴から、ポンポンッと水の弾が数発射出された。
それは胴体と脚部の連結部分に直撃し、僅かに遅れてバチッと音を立てる。
足の踏ん張りが利かなくなった《ノエル》は、ジリジリと引き寄せられてゆく。
「磁力の出力アップッ! か、ら、のー、“耐火”のコーティングッ!
さあパッカーッ、思いっきりぶちかましてやるわよッ!」
《ノエル》の巨大な金属体が浮き上がり、猛烈な勢いでパッカーに引き寄せられる。
<イラッシャイマセ>
こちらに向かって飛んでくるのに合わせ、パッカーの背中から豪炎が噴出する。
対峙しているイザベラはおろか、その場にいる九割九分のエルフは現状を理解していない。
「な、何なの……何なのよ、アンタたちはァァァァァ――ッ!?」
「アンタみたいな馬鹿を懲らしめる――スレイヤーよッ!!」
向かってゆくパッカーに、向かってくる《ノエル》――パッカーが地面を蹴ると同時に、そのクローアームが紫の装甲を突き破っていた。




