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第6話 決闘

 Aクラスのキザ男は、浮かされたような目をイザベラに向けている。

 おおかた『女の子の胸、触ったことある?』と餌を見せられ、テストの答案に【イザベラ・カリア・オークリー】と書くように指示されたのだろう、とティラは推測していた。


(報酬は、前揉みで左、後揉みで右……の計二揉みかしらね)


 近年、エルフの男は清廉高貴&プライドが先走った“エリート童貞”が多いせいか、女の色香にめっぽう弱いのだ。(店員に話しかけられる、おつりを受け取る手を包むようにして渡される、間接キスなどで簡単に惚れる)

 なので、このイザベラのように利用する女も少なくない――。

 得意げな笑みを浮かべる彼女を前に、試験会場から教員が出てくると、再び事務的な説明をし始めた。


「結果はご覧になりましたね。次は実技試験に参ります対戦相手は――」


 教員が試験結果表に目を向けると、全員が固唾を呑んだ。

 そこに表示されるようで、上から二名ずつ魔法の赤い線で結ばれてゆく。


「――1位と2位、3位と4位……と、若い数字から二名が対戦相手です。以上」

「ハァ!? 何よそれ!?」


 ティラだけでなく、あちこちで頓狂な声が起こった。

 エクレアが言っていたのはこのことか。それにしても適当すぎると、周囲に乗じて抗議の声をあげる。


「――試験は二十分後、運動館で行います。遅れたら失格です」


 ここでも教員は聞く耳を持たず、さっと踵を返して廊下の向こうへと消えていった。

 こうなってしまっては仕方ない。生徒たちは嘆息しながら、ゾロゾロとゴーレムを置いてある実習棟へと向かい始める。

 ティラもその波に乗っていた時……突然、尻たぶを鷲づかみにされ、小さな悲鳴をあげた。


「あんたは股でも開いたのかい?」


 嫌味な言葉でそう言ってきたのはイザベラであった。

 ティラはその手をパシっと叩くと、返す刀に


「おあいにく様。私は誰かみたいに自分を安く売らないの」

「ふん。値引きしないと、売れ残っちまうよ?」

「手垢つきまくった中古品はもっと悲惨よ」


 女たちの声音は穏やかであったが、目線は静かに火花を散らし合っていた。


「ふふ、まぁせいぜいイキがってな。

 実践形式の試合では、何が起こるか分からない。

 あのポンコツゴーレム、あんたに相応しい姿にしてやるわ」


 イザベラは鋭く睨み付けると、


「同じセリフを返してあげるわ。

 ご両親に、新しいゴーレムを買ってもらえる口実になるわね」


 ティラも負けずに睨み返す。

 気がつけば周囲の者は一メートルほど距離を取っている。しかし二人は気にすることなく、互いのゴーレムの下に向かった。


 ・

 ・

 ・


 運動館は、屋根付きの広いスタジアム状になっている。

 陸上用のトラックに囲われ、その中央にはゴーレム・ファイト用の茶色のマットが敷き詰められてあった。

 巨大な丸い円の中に、互いの立ち位置を指示する白線が引かれている。そこがリングだ。

 座席には魔法科の生徒たちがゴーレム・ファイトを観戦しようとつめかけ、知った者を見つけると激励の言葉をかけていた。

 観客の中にはエルメリアやカルラ、エクレアらの姿もあった。共通の友達・ティラを見つけるや、彼女たちは周りと同じように激励の言葉を飛ばす。

 ティラはそれに目を細め、両手を振って応じた。


「皆も来てくれ――カルラッ、ここでお酒はダメよ!?」

「あっはっはー! アタシはイイのだー!」


 これ見よがしに酒瓶をあおる彼女に、周囲の教員は見て見ぬフリをするだけだ。

 何かしらの圧力をかけたに違いないと思いながら、ティラは教員に指示に従い、三カ所ある内の、一番注目を集める中央サークルへと向かう。

 筆記試験の上位から開始される。ど真ん中に立ったイザベラの悪趣味なゴーレムと、ティラの骨董品のようなゴーレムの対面に、観客の注目度がどんどん高まってゆく。


『マスター。イザベラ様のゴーレム《ノエル》のバトルデータの収集完了しました』

「あんな女はビッチでいいの。――で、結果はどうなの?」

『あの腕に頑丈な鉄柱を仕込んでいます。両膝の装甲の裏には刺突武器のパイルバンカーがあります』

「機体に付属している機能は違反にはならないけど……小汚い戦法使ってきそうね……」


 観客席からは遠く、パッカー音声が聞こえていないようだ。

 遠巻きで『何世代前のだ』と好き勝手な会話を続けていることは、仕草で分かる。


『ビッチの戦闘記録ですが、繰り手が異常を訴えてからのリタイアが多いです』

「……繰り手に何か仕掛けてくるってこと? ルール違反じゃない」

『特に足裏に、次に臀部への刺し傷が多いとあります。警戒してください』

「分かったわ、ありがと」


 ゴーレム・ファイトにおいて、繰り手に直接攻撃することはレギュレーション違反になる。

 操作中に魔法を唱えることは出来ないので、恐らくは彼女の取り巻きが何らかの魔法を唱えたのだろうとティラは予想していた。

 足裏の傷となると、地面から()()()や岩石を噴き上げる〈スパイク〉系の魔法だ。

 不敵な笑みを浮かべるイザベラを見据えながら、ティラは足下を確かめるように、何度も靴裏で地面を擦り続けた。

 それからしばらくすると、観客席はほぼ全校生徒で埋め尽くされた。これだけでも、ゴーレム・ファイトの人気と注目の高さが伺える。

 わいわいがやがやと思い思いの会話をしていたが、審判を務める男性教員がリングの中央に立つと、水をうったように静まりかえった。


「これより、ゴーレム・ファイト選抜、実技試験を開始する!

 第一試合、イザベラ・カリア・オークリー対ティラミア・レンタイン!

 両者、前へ!」


 それにティラは顔を引き締め、数歩前に歩み出た。

 キーン……と耳鳴りが続き、運動館中に響いているのではないか思えるほど、心臓が早く短く打っている。

 繰り手が立つサークルに向かう。そこに足を踏み入れる時、少しだけ躊躇してしまった。


「――では、双方のゴーレム、前へ!」


 ティラとイザベラは両腕を前に突き出し、パッカーと《ノエル》が前に歩み出させた。

 重い足音が運動館に響く。


(思えば、これが初めてのまともな試合か……)


 指先が痺れたような感じがしている。

 エクレアやドワーフと戦った時は、公式の対戦でもないし、向こうから勝手に襲ってきたものだ。

 こうやって面と向かい合って戦うのは初めてである。


「正々堂々と戦うように。では――」


 教員が手の先までぴんと伸ばした腕を天高く掲げ、ティラとイザベラは強く地面を踏みしめた。


「始めッ!!」


 手が振り下ろされると同時に、互いのゴーレムが地面を踏みしめた。

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