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第3話 エルフの少女とゴーレム

「い、今のなに……?」


 振り返ったティラだけでなく、二体のオークも揃って目を向けた。

 火の球が消えたその場所、その地の底から、ガシン……ガシン……と重厚な足音が近づいてくる。

 その音に覚えがあった。

 いや、週に一度はスタジアムで観戦をしているのだ、絶対に間違えるはずない。


「――ゴーレムの足音だッ!」

「な、何だとだブ!?」

「あ、アニキ、ヤバいブ!?」


 オークたちの顔は、みるみる内に青ざめてゆく。

 いくら強靱な肉体を持っていても、ゴーレムはそれを容易く粉砕するのだから当然だろう。

 重い足音は、着実にこちらに向かってくる。

 二歩、三歩後ずさりしたオークたちを見て、ティラはここぞとばかりに声をあげた。


「――ふ、ふふふっ! 何を隠そう、私はゴーレムの繰り手なのよ!」

「な、何だとだブ!?」

「アンタたちがその気なら、私も手向かわせてもりゅわよ!

 か、覚悟なさい! 痛い目に遭いいたくなかたら、尻尾まいて帰りなさいよ! 早くっ!」


 ティラは舌をもつれさせながら、精一杯の言葉を発した。

 もちろん嘘だ。ゴーレムは所有者・繰り手に従うため、最悪の場合、オークともども吹っ飛ばされかねない。

 ハッタリなのはバレバレだが、目の前のオークたちにへの効果か絶大だったようだ。


「ど、どうやら我々は、み、みみ、道を間違ったようだブね……!」

「そうだブ! いやー、まさかエルフの里に来るとは思わなかったブよ……!」

「あ、あはははっ、我々としたがことが――いざ、撤収だブッ!」

「あっ! ま、待ってアニキッ、置いてかないでくれだブッ!?」


 オークは一目散に、反対側の森に向かって駆けた。

 それはまさに風の如き速さであり、あっという間にティラだけが取り残された。


「よしっ!」


 ティラは、ぐっと握りこぶしを作った。


「で、どうしよう……」


 ほぼ真後ろ、一段高くなっている石の台座をじっと注視している。

 今すぐ逃げ出したいのはやまやまだが、足がまったく動かない。ゴーレムは恐らく、階段を上がっているのだろう。それがついに()()()のところまで来たのか、ゴッ……と鈍い音がした。

 だが、行歩のリズムを変えようとしない。

 やがて石床が隆起し始めた。重い石が擦れ合う、地響きのような音が響き渡る。

 ティラは約二百年の短い生を思い返していた。そして、ついに地面を突き破ったそれに、ティラは小さな悲鳴をあげ、身体を縮こませた。


<イラッシャイマセ>


 粉塵と共に真っ黒な何かが姿を現し、ティラは思わずぎゅっと目を瞑った。


<スプーン カラ ドラゴン マデ 、 ナンデモ パックイタシマス>


「え……?」その声に、ティラは恐る恐る顔をあげた。

 顔にあたる部分には黒水晶のようなもので覆われ、じっとティラを見つめている。

 それが頭であると理解したのは、やや遅れてからであった。


「こ、これ……ゴー、レム……なの?」


 ティラは思わず首を傾げてしまった。


 カドの丸い四角頭。

 四角のパーツをつなぎ合わせたような上半身。

 三本爪のクローアームが取り付けられた太い腕。

 地面を踏みしめる、がに股気味の太い脚。


 ゴーレムと言えば、逆三角形のたくましい男のようなフォルムをしているはずである。

 足しげくスタジアムに通い、ゴーレム関係の雑誌や書籍を読み耽っていても、その頭の中のそれに近しいものすらないのだ。


<イラッシャイマセ>


 ティラとしばらく見つめ合っていると、ゴーレムは再び言葉を発した。


「うーん……アンタ、定型文しか喋られないの?」

<ハイ オアズカリ シマス>


 言葉は理解できているようだ、と頷いた。

 周囲を見渡しても、“繰り手”らしき者は見当たらない。


「い、一応聞くけれど……アンタのご主人様は?」


 ティラの胸に、じわじわと沸き起こってくるものが感じられていた。


<《マジックボトル》ガ アリマセン ホジュウ シテ クダサイ>


 恐らく『いない』とのことだろう。

 ティラは平素を装おうとしたが、内からの喜びが抑えきれずにいた。

 喜びの声をあげようとした矢先、ゴーレムの言葉がそれを抑えた。


<リョウキン ノ オシハライ ヲ オネガイシマス>

「は?」

<リョウキン ノ オシハライ ヲ オネガイシマス>


 ギギッと軋む音を立てながら、ゴーレムは左手のクローアームを広げて見せた。


「料金って、今は持ってないわよ。……ってか、金取るの!?」

<オダイ ハ ケッコウ デス>

<リョウキン ノ オシハライ ヲ オネガイシマス>


 金はいらないが、金をよこせと言う。

 何を言っているのか、と首を傾げたティラに、ゴーレムは少し思案するかのように沈黙を守った。


<《マジックボトル》ガ アリマセン ホジュウ シテ クダサイ>

<リョウキン ノ オシハライ ヲ オネガイシマス>


 ティラは「ん?」と、何かが引っかかった。

 ボトルがない。そして、補充・支払い……かつ、金は要求していないとなると、行き着く答えは限られる。


「もしかして……エネルギー欲して、る?」

<ハイ オアズカリ シマス>


 ティラは眉間に皺を寄せた。

 近年タイプは魔力を蓄積した魔法石と呼ばれる“コア”使用するのが主流だ。

 ゴーレムは言わば操り人形である。こうして自ら言葉を発し、自らエネルギーを要求するゴーレムなぞ聞いたことがない。

 だが、現にこうして存在している――ティラはここで初めて、この状況の異様さに気づいた。


「ま、まさかアンタ、自立行動してんの!?」

<ハイ オアズカリ シマス>


「何てこと……」ティラは口元を抑えながらそう漏らした。

 意思の疎通ができるゴーレムは、確かに存在する。

 だがそれは、【EMETH】とスペルを刻んで創造した前時代のものか、試験的に作られた作業用ぐらいだ。

 今のゴーレムができるまで、アレコレ試行錯誤が繰り返されていた。その試作機を作業用として使用し、ここに遺棄したのであれば頷ける。


「こ、これはとんでもない掘り出しものよっ!」


 ティラは握りこぶしを胸の前で掲げ、ぐっとガッツポーズをとった。


「くぅぅ~、二百四十年、生きてきて良かったぁっ!

 ……で、アンタのエネルギーって何なの?」


 ゴーレムは押し黙った。

 適当な定型文がなく返答できないのだろう。

 しばらくの沈黙の後、発した言葉は『《マジックボトル》――』の定型文であった。

 “マジック”との言葉だけあって「魔法に関連するものだろう」と思った時、先のオークの一件がふと頭をよぎる。


「魔法、ってか魔力で動いてるのは変わらない……?」


 起死回生の一発、“火球”はこのゴーレムが出てきた場所に向かって飛んだ。

 そして消え、これが目覚めた――。

 つまり、何らかの方法で魔法を吸収した。そう考えると説明がつく。


「よ、よし……」


 先ほどは“火球”の魔法を唱えたので、とりあえずそれを唱えようと両手を前にかざす。

 手のひらに生じた熱が、ゆっくりとゴーレムに向かって流れてゆく感覚だ。

 ゴーレムは黒い面をじっとそこに向けている。

 ティラはぼんやりと、ゴーレム・ファイターのインタビュー記事を思い出していた。


『最高のゴーレムと出会えた時は分かりますよ。

 運命の赤い糸、好一対(こういっつい)の夫婦、と言うのでしょうか。

 “接続(リンク)”した瞬間、糸が繋がり合う感覚がするんです』


 魔力の糸が繋ぎ合わさったかのような、パチッとした感覚がした瞬間――


「え……?」


 ティラの魔力が、一瞬にして身体から消滅した。


『省魔力モードを解除します。

 魔力残量:15%

 言語取得:完了 マスター登録:未設定

 データファイル2 作成開始――』


 エルフは一度に魔力を消耗すると、最悪は死に至る。

 ティラの視界は真っ暗になり、浮遊感に包まれた――。

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