表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/58

第6話 迷宮と豚

 タルシャの城の裏に、地下通路への入り口がある。

 ティラたちはすぐそこに向かった。

 しかし、向かったのはティラとエルメリア、ハサンだけで、エクレアやカルラの姿はない。カルラが『いま大事な所なので、少し《スパイク》の修理に集中したい』と言い、持ち主と共に残ったのだ。

 入り口に設けられた朽ちた格子扉に手をやると、蝶番が重い軋みをあげた。するとすぐに、埃と砂が堆積した階段が視界に飛び込んでくる。

 幾多もの足跡があるのは、先発した兵やオークたちのものだろう。闇の底に向かって真っ直ぐ伸びる階段を前に、全員の顔が強張った。


「ティラ、本当に大丈夫……?」


 エルメリアは心配を極めた表情で、ティラの顔を覗き込んだ。

 今回ばかりは、確たるものがなく気弱になってしまう。


「う、うーん。どうだろう……。

 パッカーの言うことだから、多分大丈夫だと思うけど……」

「申し訳ありません。我が国の失態を、あなた方に任せてしまって……」


 ハサンの申し訳なさそうな声に、「まったくね」とティラは言う。


「神の思し召し、ではないけれど私たちの間では『窮地に立たされた時、天から遣いが送られる』と言われてるわ。いわゆる運命ってやつね」

「では、あなたが……」


 そう言うや、ハサンはエルメリアの方を見た。

 すると彼女はまんざらでもない様子で、頬を染めながら顔を伏せる。

 ティラは思わず「おい」と声をあげた。


「前線に赴く奴じゃなくて、何でそっちなのよ……。

 まぁ、アンタにとっちゃ女神様だからしょうがないけどさ」


 ぶつくさと文句を言いながら、ティラは相棒のパッカーの方を向いた。


「私への遣いはアンタなのかしらね」

『ゴーレムは使われるために造り出されました』

「意味が違うわよ。

 ま、そろそろ行きましょうか――パッカー、準備はいい?」

『はい。いつでも大丈夫です』


 ティラは目を閉じると意識を集中し、両手を前に突き出す。

 落ち着いてやるのは初めてだ。眉間に意識を集めるように、とエクレアよりアドバイスをもらったおかげか、すっとパッカーに()()()()()気がした。

 そっと目を開けば、目線がずっと高くなっており、広い視界の左右には様々な数字や記号が映し出されていた。


「よし、できたわね」


 手足や首、腰などが自由に動き、「よっ、ほっ、ほいっ!」と体操をすれば、パッカーはその通り動く。

 これは以前、エクレアと戦闘した時にしたものと同じである。


 ――マスターとリンクし、地下に降りるのです


 見る者すべてを石化させるような存在が相手だ。

 それも、真っ暗闇が続く狭い地下通路である。闇に乗じて奇襲など受ければ、あっと声をあげる前に彫像が出来上がってしまうだろう。

 その上、パッカーにはゴーレムと戦えない制約が存在する。

 厳密には『ゴーレムのような形をとるだけ』であり、ゴーレムそのものではないのだが……万が一も想定しておかなければならない。

 ティラはまるで悪魔が口を広げているような階段を眺め、喉を小さく上下させた。


「よ、よしっ……」


 ティラは第一歩を踏み出した。


「てぃ、ティラっ!? 貴女は足を出さなくていいのよ!?」

「え、あ、そ、そっか……っ」


 パッカーの視界で動いているが、感覚はまるで自分の手足であった。

 腰には生存者に与える水袋がぶら下げられているが、その重みは感じない。

 ずん、ずん、と視界を揺らしながら、階段に足をかけた。もうここまで来れば後戻りはできない。

 五段ほど降りた所で、ティラは一度だけ躊躇うように振り返った。


 ・

 ・

 ・


 そこは、地下通路と言うより“地下迷宮”であった。

 平積みにされたブロック壁が、闇の奥に向かって果てしなく伸びている。

 いったいどのようにして作られたのか、天井と床は継ぎ目のない石の通路である。それは固い岩盤を真四角にくり抜き、作り上げかのようにも見受けられる。

 ティラは“高い目線”で周囲を観察し続けた。


(トロールや巨人族になった気分ね)


 パッカーの“目”はこのように見えているのか。

 光が一切ない真っ暗闇の中でも、五メートルほど先までハッキリと見渡せた。

 目を凝らせば更に倍の距離が見渡せるものの、目が疲れる上、輪郭までぼんやりとしてしまう。一長一短であるようだ。

 敵を警戒するように、視界の中では白いサークルが忙しく動き回る。


『あまり、おかしなものターゲットしないでよ』


 ティラは頼むような声で言った。

 パッカーは動くものに反応するようだ。何もない宙を、白いサークルがふらふらと追うたび顔を引きつらせてしまう。

 複雑に入り組んだ通路であるが、横に地図が表示されてため遭難することはないだろう。

 全体で六層の構造らしく、底に向かって四角錐状に狭まってゆく形となっている。


(これ、一介の城が持つような地下道ではないわね……。

 この瘴気からして、きっと遙か昔……何か封じていたはずよ)


 タウロスだろうか、とも考えていた。

 それが討伐されたか、必要が無くなったので遺棄されたのだろう。

 残された瘴気、志半ばで倒れた無念、討伐されたモンスターの憎念……悪霊が住み着くには格好の場所である。

 二層、三層と深みに足を踏み入れるにつれ、視界に表示される温度がどんどんと下がってゆく。

 四層目あたりまで来ると、あちこちで奇妙な石塊が目につくようになっていた。


『破片をつなぎ合わせたら何になるか……あまり考えたくないわね』


 そう言うと、ティラは地上に意識を戻した。


「そろそろいいかしら」ティラは頭を横に向け、地上にいるエルメリアの方を見た。


「てかこれ、どっちが正しい視界か分からなくなるわね……」


 石壁を透視しているような感覚に、ティラは顔をしかめる。

 エルメリアは用意していた広く浅い鍋に水を張ると、その縁に両手を乗せ、さするように前後に揺り動かし始めた。

 微振動に水面が波打ち始め、眩いばかりの陽の光を反射していたそれは、次第に光を飲み込む漆黒に染まってゆく。


「すごい……」


 そう感嘆したのはハサンであった。

 魔法とは縁のない種族であるので、とても珍しいのだろう。

 ハサンはエルメリアの肩越しに、食い入るように見入っている。彼女もまた気恥ずかしげにそこに目を向けた。ティラは迷宮の壁を少しえぐり取った。

 鍋の中は、いつしか黒いインクで満たされたかのように真っ黒になっている。

 しかしそれは、ただ黒くなっただけではない。


「――よし、じゃあ灯りをつけるわよ」


 パッカーのアームの中央・リボン穴からぼうっと火が浮かび上がった。

 すると同時に鍋の中にも、ぼうと橙色の灯りを映し出した。光の輪がゆらゆらと揺れ、それが転がっている石像の頭部を浮かび上がらせる。


「旧式の兜……これは私が送った兵ではありません」


 ハサンは言い淀みながらも、淡々とそう口にした。安堵した自分が恐ろしくなったのか、ぶんぶんと頭を振っている。

 灯りが消え、パッカーの足は更に奥へと進み始めた。

 石像を見つけてはそれを照らし、鍋の中に映し出す――エルメリア曰く、これは“遠水(とうみ)”と呼ばれる術であるらしく、水晶玉で遠視するのと同じものだと言う。

 誰もが扱えるわけでもなく、言わばラクアに伝わる秘術のようなものだ。

 そして、五階層に足を踏み入れた時――白いサークルが闇の向こうを捉えた。


『ひッ!?』


 ティラは思わず小さな悲鳴をあげた。

 遠くを見渡そうと視野のモードを切り替えた途端、突き当たりの丁字路に、光る獣の目が映ったのである。

 向こうは耳がいいのだろう。闇に阻まれて見えないはずだが、じっとこちらの方を見ていた。

 薄ぼやけてハッキリとした姿が見えない。向こうも警戒しているのか、身構えながらゆっくりと近づいて来る。

 背丈はパッカーの半分ぐらいで、得物は所持していない。


(ハッキリと相手が捉えられる距離まできたら、即座に切り替えて……先手必勝よ!)


 と、相手を待ち受け、身構えたその時である。

「これで終わりかブ……」急にへたり込み、両手を地につけてうなだれたのだ。

 まさかの出来事に、ティラは呆然とそれを見つめていると……白いサークルの横に、何かが書かれていることに気づいた。


『おーく……オーク!? アンタ、あの時のオークなの!?』

「へ……? ま、まさかその声!

 あの時の、エルフのワルモノだブか!?」

『誰がワルモノよ!!』


 ティラは目くじらを立てながら、火で周囲を照らし出した。

 橙色の輪の中に、半泣きのオークの顔が浮かび上がる。


「お、おぉ……た、助かったブ!

 もう、終わりかと思ってたブ……」

『あれ? アンタ、相棒は?』

「……やられたブ……」

『そう……』

「暗闇の中で、黄色い血走った目が見えた瞬間、〈ペトラ・アイズ〉だブ……。

 俺はアニキの背中にいたから大丈夫だったけれど……アニキは一瞬で石になってたブ……」


 〈ペトラ・アイズ〉とは、目を通じて石化させる魔法である。

 コーティングを施したゴーグルをしていたとしても、それを破壊されてしまえばお終いだ。

 パッカーで来て正解だった。ティラはそう思った。


「お嬢ちゃんが行くのは不味い……って、あれ? お嬢ちゃんはどこにいるだブか?」


 オークの弟分はキョロキョロと周りを見渡し、鼻をすんすんと鳴らしている。


『私は地上よ』

「痴女?」

『誰がこんな状況で自己紹介するっての!!

 地上よ! ち・じ・ょ・う・っ!!』

「ああ、なるほどだブ。

 ゴーレムを送るとは考えたブね。奴はこれと同じぐらいの、鉄の塊だったブ。

 普通に挑んだらまず勝てないブよ」

『私もそう思っているわ……。で、敵は《ゴルゴン・ヘア》って奴で間違いないわね?』

「知ってるだブか。

 奴は目が弱点だブが、頭にあるのはほぼダミーだブ。

 ホンモノは胸部にある……そのゴーレムの腕で、装甲ごとぶち抜けばいいブよ!」


 後は任せたと言わんばかりに、弟分はすっくと立ち上がった。


「ここを右に折れて、ぐるっと回った階段に下にいるブ。

 アニキが途中で石になってるブが……出来れば壊さないであげて欲しいブ……」

『分かったわ……』


 静かに眠らせておきたいのだろう。

 歩き始めたオークの背は、ずいぶんと寂しく見えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ