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第5話 地下にいるのは?

 ちょうどその時、ガラガラ、ガタガタと賑やかな荷車の音が近づいていた。


「待たせた――って、ハサンじゃないか!

 それと隣にいるのは……お、なんだ、さっそくエルフの女引っかけたのか!

 童貞くさい顔立ちして、お前も中々やるもんだなー!」

「ち、違うっ!? 私はこの方と――」

「あっはっは! 無理しなくていいのいいの。……で、こっちのエルフは、ティラのツレか?」


 そう言うと、カルラはティラたちに目を向けた。


「いいえ。エルメリアなんて言う、天に三物も、四物も与えられた女なんて知らない」

「私も知りませんわね。本当のエルメリア様は、このような抜け駆けなんてしませんもの」

「ちょっと!?」


 まさかの言葉に、エルメリアは二人の下に寄って行ったが、そっぽを向いて突っぱねられる。


「あっはっは! お前、エルメリアって言うんだな。

 アタシはカルラだ。この王子に呼ばれて――ああそうだハサン、穴掘りはちょっと延期してくれないか? 一年ぐらい」

「んな!? そ、それはダメだ!

 一日でも早く水を得なければ、この国は死に絶えてしまう!」

「えー……だって、水源の目星すら見つかってないんだろ?

 いくらアタシでも、無駄な穴掘りはしたくないぞー?」

「それは、これからエルメリア殿と――」


 ハサンはどうやら“ドワーフのわがまま”を知らないようだ、とティラは思った。

 カルラは一秒でも早くパッカーの整備がしたいのだ。

 彼らは仕事には実直であるものの、あくまで自分のしたいこと優先にするため、指示通りに動かすには相応の物が必要になってくるのである。

 エルフに比べれば情があるが、それは心を開いた場合の話だ。“自分が大好きなもの”を目の前にぶら下げられた状態になると、たちまち優先順位が入れ替わってしまう。

 ましてや、このような環境下において水源の目星すら見つかっていないような、不確かな状態であれば尚更だろう。

 ハサンは何か言いたげに口を動かすが、カルラに返す言葉が出てこないようだ。喘ぐように口を開いては言い淀み、ガチャガチャと作業を始めた背中を悔しげに見つめている。

 そして、エルメリアは心配そうに彼を見つめている――。

 その姿に、ティラは小さくため息を吐きながらパッカーに訊ねた。


「パッカー――アンタ、水脈とか水源とか探せないの?」

『不可能です』

「あら、アンタにしては珍しい言葉ね」

『この城に、地下通路が広がっているためです。

 そこに先日のオークたちが潜入しているため、彼らを救出し、真相を聞くのが賢明です』

「オーク……って、アイツらも来てるの!?

 あーでも、何か前にタルシャがどうのって言ってたわね。

 ……てか、真相って何よ。ここでも誰かが隠し事してるっての?」

『この城の地下に、モンスターが潜んでいることを伏せています』


 全員がその言葉に、ハサンの方へ目を向けた。

 彼もまた目を丸くし、そして下唇を堅く噛んだ。

 そして観念したように、「黙っている、つもりはなかったのです……」と、ポツリと呟いた。


「三ヶ月ほど前――急に水の出が悪くなった、との訴えが舞い込むようになったのです。

 そこで占術師を呼んだところ……城の地下にモンスターが巣くっていると告げられました。

 ですが、このようなことは明かせません……。

 秘密裏に調査に向かわせたのですが、彼らはついに返ってこず、状況はますます悪化する一方。

 我々はまず水の確保を最優先に、兵士たちが万全になってから討伐に向かうべきである、と考え、準備を進めていたのです」


 そこにティラたちがやって来たため、渡りに船だと思った、とハサンは正直に明かした。


「話は前後しますが、オークたちがやって来て『正義のオークは地下に何かあると見た』とズバリ言い当てられ……」

「パッカーは『救出』って言ってたけど、アンタ……もしかして……」

「そ、そんなことは致しません!? ですが、封じようとしたのは確かです……」


 二日しても帰って来ないので、死んだと思い放置した、とハサンは続ける。


「まったく、呆れた話ですわね。

 確かに悪循環に陥っている中、優先順位をどうするかが難しいところですが……。

 発覚した時点で、エルフに救援を要請すれば傷は浅く済みましたのに」


 鼻息を荒くするエクレアの言葉に、ハサンは顔を赤くして俯いた。

 自分の足下に潜んでいたモンスターに気づかず、民が、国が滅びようかとしているのだ。

 王族として、このような失態を明かすわけにはゆかないことは重々承知している。


「ぱ、パッカーちゃん! そ、そのモンスターはいったい何なのですか……!」


 エルメリアは『心配でたまらない』と言った様子でパッカーに訊ねた。


『分かりません』

「そんな……」


 するとるとカルラは作業の手を止めて、顔だけを皆に向けた。


「――それって、《ゴルゴン・ヘア》の仕業じゃねーかー?

 アレ、どう言うわけか水を枯らせようとするしさ」


 聞き慣れぬ言葉に、ハサンを始めティラも首を傾げた。

 エルメリアもしばらく思案に耽ったが、やがて何かを思い出したように顔を上げた。


「《ゴルゴン・ヘア》って、まさか……あの悪霊のですか!?

 近づく生物を石化させるので、《ゴルゴン》の名を冠したって言う……」

「悪霊……? そんなのいたっけ?」

「あ、あー……何か授業でやった記憶がありますわ。

 遺棄された鎧とかに憑依し、中にはゴーレムのような姿もとり、暗闇を徘徊し続ける……でしたっけ?

 モンスター学は少々不得手ですの……」

「でも、それだとマズいよ……あれって、本体は肉眼では捉えにくいらしいし」


 石化対策は必須だ。

 これらは防具すべてに石化を防ぐコーティングを施せば大丈夫だが、いつかの《ブレイズドラゴン》のブレスのように、防げても一度だろう。二度目はたちまち石像になってしまいかねない。

 ハサン曰く、地下通路は幅員・高さ五メートル程度の空間。開けた場所であれば戦う術もあるが、これでは一方的に不利な状態である。

 いったいどうすればよいのか、途方に暮れかけたその時――


『マスターが戦えばよいのです』


 と、パッカーは音声を発した。

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