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第4話 パッカーの正体は

 その一方――エルメリアは、タルシャの国王・ユルマズと謁見していた。

 謁見と言えば聞こえはいいが、実際は顔を合わせるだけだ。ユルマズの衰弱は酷く、わずかに身体を動かすのがやっとの状態だからだ。なので、その席も王の寝室で行われている。

 死の気配すら漂う重い室内に、金色の天蓋だけが重く輝く。

 それでも、ユルマズは弱さを見せようとせず、エルメリアと対面した時は『かのような美しい女神と会えると分かっていれば』と、気恥ずかしげにボサボサの白髪頭を撫でた。その指は鳥の足のように乾いていた。


「王は生きねばなりません」


 エルメリアはまずそう言うと、魔法で生み出した水をグラスに注いだ。

 初めて見る魔法に目を丸くしたユルマズだったが、グラスとエルメリアを交互に見つめるだけで、それを口にしようとはしなかった。


「民のために死ぬのも王の務めでしょう。しかし、それは今ではありません。

 彼らには心の拠り所を、王が必要です。指導者を失えば、それこそ彼は砂漠を彷徨います。そして、自分たちのために我が身を犠牲にしたとあれば、彼らはずっと罪の意識に苛まれ続けてしまうでしょう。

 ……ユルマズ陛下、どうか民のために水をお飲みください。貴方は生きねばなりません」


 その言葉に圧され、ユルマズは大きくグラスをあおった。

 喉にしみるのか、固く目をつむる。

 一滴もこぼすことなく、あっという間に空になったグラスから口を離すと、ふうと小さく息をついた。目に力が戻り、じっとエルメリアを見据えている。


「人の欲は底を知らぬぞ?」


 これまでとは違う、ユルマズは王としての顔つきでそう訊ねた。

 しかし、エルメリアは動じず「その欲が人を生かすのですよ」と、口元をわずかに緩めながら返す。

 ユルマズはそれに口角を上げると、目線をすっと寝室の壁――鮮やかな刺繍が施された壁布へ目を向けた。

 部屋の横で聞き耳を立てていたのだろう。

 すぐに寝室の入り口に影が差したのに気づき、エルメリアは振り返った。


「あ……」


 互いに言葉を忘れてしまっていた。

 現れたのは、白い衣装に身を包んだ褐色肌の男だった。すっきりとした線を描く輪郭に、彫りの深い眼を際立たせる凛とした眉、印象強くする黒真珠のような瞳……しかしそれでいて、どのパーツも自己主張していない。

 くるくると渦巻く黒髪には艶があり、総じて言うならば――“美男子”である。


「は、初めまして……」


 エルメリアの搾り出すような声に、男もハッと我に返り、すぐに頭を垂らした。

 彼もまた目の前の“女神”に目を奪われていたらしい。

 ユルマズはその光景に目尻を下げ、声をやや明るくした。


「女神エルメリア、ここにいるのが我が息子・ハサンであります。

 ハサン、話は聞いておったな?」


 ハサンと呼ばれた男は「はい」と短く応え、左腕を腹に当てながらおじぎをした。


「新たな水源の確保。計画は粛々と進めております」



 ◇ ◇ ◇



 またその頃、ティラたちはカルラを伴い、パッカーの下を訪ねていた。

 パッカーは城内の通路脇で、エクレアの《スパイク》と共に待機している。

 主の気配を察すると、すぐに黒い面をその方向に向けた。


「カルラ。これが――」

「うおおおおおっ! こ、これっ、プロトタイプじゃないかっ!」


 ティラを放って大興奮の声をあげたのは、ドワーフのカルラだった。

 持ち主のティラの許可も取らず、彼女は一目散に駆けた。こうなるとドワーフは止まらない。


<イラッシャイマセ>


「おおおお!」カルラはその音声を聞くや、感極まったように矢継ぎ早に言葉を投げかけた。


「喋るってことは……まさか!!

 おいっ! 私はカルラ・アイドゥンって言うんだ!」

『――登録完了しました』

「お前、型番は! SLYから始まるのかっ? なっ? なっ?」

『はい。型式番号:SLY-00-A2 です』

「ふわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!

 やっぱり《スレイヤー02》だ!! やった! やったああーっ!!」


 カルラはパッカーの胴体に飛びつくと、獣がマーキングするかのように頬ずりをし始めた。

 状況がさっぱり分からないティラたちは、ただ呆然とそれを見守るしかできない。

 しかし、パッカーから離れたかと思うと、今度はティラに飛びつきだした。


「ちょっ、ちょっと!?」背骨が折られそうなほど強く抱きしめられ、ティラはもがいた。

「ティラーっ! アタシはお前が大好きだーっ! もう抱かれてもいいぞー!」

「わ、私にそんな趣味はないわよっ!?

 ってか、いったい何なのよ!? パッカーが何なワケ!?」

「何ってお前……知らずに使ってたのか!? これ、最古・最高のゴーレムなんだぞっ!

 製造されたは三体だけ……その内、この世界に現存するのは二体だけだ!

 もう一体は何と、我らがドワーフの王・ラマザンが所持する、超レアなやつなんだからなっ!」

「は、はぁッ!? ぱ、パッカーが!?」


 ティラは仰天し、パッカーを見上げた。


『該当するデータがありません』

「おー? ああそうか、そのデータが入ってないんだな。

 いやー! こんなゴーレムが貰えるなんて、今日と言う日はなんて最高の日なんだ!」

「やるとは言ってないわよ!」


「バレたー!」大笑いするカルラに、ティラはもう疲れ切っていた。

 底抜けに明るいのはいいが、テンションが上がると非常にやかましいのだ。


「――で、こいつの整備、本当に任せてくれるのか!?」

「ええ。まぁ……キッチリやってくれるならね」

「いよっしゃあああああああっ! これからこいつを120%……いや更に引きあげてやるぞ!」

「ちょっと! 私が先ですのよっ!?」


 握りこぶしを胸に掲げるカルラに対し、エクレアは慌てて優先順位を主張した。

 いくら仕事に関しては実直なドワーフでも、このままでは数十年先になりかねない。

 事実、カルラは思い出したように《スパイク》に目を向け、「あははは……っ」と誤魔化すように笑っている。


「ま、とっとと終わらせるかー」


 そう言うと、どこかから工具を持ち出し、躊躇せず《スパイク》の装甲を剥がした。

 その複雑な内部を露わになると、ふんふんと鼻を鳴らす。


 ――ドワーフが工具箱を広げれば、そこはたちまちの内に工房となる


 そう聞いていた通りだ、とティラは仰天していた。

 整備状況などはタルアニアでも見たことがあるが、こうしてパーツの一つ一つを分解してゆく場面は初めてだ。

 “カラクリ”と呼ばれる人間の技術には目を見張るものがあり、ピストン運動する筒状の物が何の効果があるのか、その細いケーブルはどこに繋がり、何を伝達しているのか……まるで分からないものばかりだ。

 流石はマイスターと言ったところか。カルラはそれを迷いなく分解してゆくではないか。

 焦げたパーツを手にしては注意深く観察し、ポイと後ろに投げ捨てる。似たような形状であっても、微妙に異なっているのか、傍らに置いてある紙には様々な覚え書きが綴られてゆく。

 しかし、途中で手を止めると、小首を傾げだした。


「うーん……? <サンダー・ストーン>の電気に耐えきれる計算だったんだけどなぁ。

 どっかでリミッターの計算を間違えたかー……?」

「ああ……。恐らく、水に浸けたままやったのが原因、かと思われますわ……」

「水? おおそうか! なるほど、それは想定していなかった。

 けど、水中での使用に耐えるとしたら時間かかるぞ?

 耐えうる装甲や素材から厳選しなきゃならないし、国に戻らなきゃならん」

「ああ、以前の状態で構いませんわ。水中での使用なぞ滅多にないでしょうし。

 カルラの国・エルデルクまで動けるようにしてもらえれば」

「ん。それなら二時間ほどで修復できるな――よし、ちょっと待ってろ!」


 カルラはそう言うと、ぴゅんとどこかに走って行った。

 覚え書きのメモはそのままにしているが、恐らく書いている間に覚えたのだろう。

 残されたティラはまじまじと、初めて見る“分解されたゴーレム”を見た。

 両腕、胴体、腰、両脚……それぞれがある場所に合わせるよう並べられているが、それでもティラには人型に戻す自身すらない。

 それを見つめた後、パッカーへ目を向けた。


『私はこのような構造をしていません』


 言わんとしていることが分かったようだ。

 違っていていい。“超レアな機体”と呼ばれたことが、ティラは非常に嬉しくあった。

 しかし、同時に気がかりなことが一つある。


(《スレイヤー》が、パッカーの本当の名称なの?)


 元々から戦闘用に作られていたのではないか。記憶(メモリー)がないのは仕方ないことだが、もしかすれば何らかの不具合や不都合があったから消されたのではないか。そんな突拍子もない憶測ばかりが頭を駆け巡る。

 しかし、ティラはすぐに小さく頭を振り、それを振り払った。


「――ま、アンタが何であれ、今は私のもの、今はパッキングが得意なゴーレムだからね」

『その通りです』


 ティラは口元に笑みを浮かべると、周囲を見渡した。


「この辺りに散らばってる部品で、不必要なのって分かる?」

『はい。分かります』

「そう。じゃあ、ちょっと……そこの空き箱にでもまとめておいて貰える?

 人の往来がまったくなくても、散らかしっぱなしだと申し訳ないしさ」

『了解しました』


 パッカーはそう返事をすると、左右のクローアームを器用に動かし、近くの空き箱に放り込み始めた。

 コロカラと堅い音が響く。パッカーの作業を見守っていると……ふと、通路の向こう側、玉座に繋がる通路の方から、城の雰囲気にそぐわぬ声が聞こえてくるのが分かった。

 エルフは耳がいい。覚えのある女の声に、ティラとエクレアはピクピクと尖り耳を動かし続けた。

 そして、そこをじっと凝視していると――


「まぁ、そんな物がここに?」

「ええ。うちの自慢でもあります。よければ後ほどご覧に――おや?」

「ん? あ、ティラとエクレア様!」


 そこに現れたのは、エルメリアと白い衣服に包んだ男・ハサンであった。

 女たちはすぐ、手を後ろに回している彼を“査定”し始めた。


「へー」とティラ。

「ほー」とエクレア。


 足先から髪の先までじっくりと観察され、ハサンは戸惑いを隠せないでいた。

 その目はエルメリアにも向き、やがて女二人は顔を見合わせて頷いた。


「ねぇ、エルメリア――」ティラは目を細めて言う。

「な、なに? な、なんか二人とも目が怖いんだけど……」


 にこやかな笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。


「女の友情は簡単に壊れる、って知ってる?」

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