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第2話 魔法の訓練中

 それから数日後――。

 里から少し離れた場所にある廃遺跡の中で、小さな爆発音が何度も起こっていた。


「何で当たらないのよぉぉもぉぉぉぉッ!」


 白い石柱に施された草模様のレリーフを狙っているのに、ひび割れた台座の上に破片が舞い落ちるのは、先端の天井を支える部分だけ。しかも、それが唯一近くに当たった所である。ターゲットは変えていないのに、彼女の周りには新しい石片が散乱していた。


「ああもうっ、休憩、休憩!」


 ティラは鬱々とした息を吐き、どっかりと近く瓦礫の上に腰を下ろす。

 【エルフ郷】と呼ばれる広大な森には、数多くの遺跡が存在している。遺跡と呼べば聞こえはいいが、その殆どが歴史的価値がなく、調査もし尽くされた荒れ地同然の場所だ。なので、()()の破損があっても、誰も気にしない。

 ここ【パルカ遺跡】もその一つだ。里から近いのもあってか、若いエルフたちの逢い引きの場としても利用されている。

 ティラは両足を揺り動かしながら、薄雲たなびく空を見上げた。


「魔法、どうして上手くいかないんだろうな……」


 これを何十発を放ってきたが、どう言うわけか真っ直ぐ飛ばないのだ。

 様々な魔法を扱えるエルフであるが、最初から完璧に使えるわけではない。魔法の素となる“魔力”をコントロールすることで初めて、火球や氷結、真空の刃……などの“魔法”が生じる。

 これらは“発生系魔法”と呼ばれた。

 ティラが練習しているのは、この“発生系魔法”の中では最も簡単な、“火球”の魔法であった。

 手の中で火の球を生成し、それを狙った場所に飛ばすだけ――だいたいのエルフは幼年期に覚え、遊び道具の一つともなる魔法だ。


 しかし、“火球”のような攻撃的な魔法が得意なのもいれば、補助に徹した魔法が得意な者もいる。これらは“保護系魔法”と呼ばれた。

 発生と保護。どちらに長けるかは、親からの遺伝によって多くが決定された。親を恨みはしないが、ティラは『どうして職人階級なんかに甘んじたのか』と、言いたくなる時もあった。


「あああっ、無理言って魔法学校に通わせてもらっているのにぃー……っ」


 ついに恐れていた事態が起きた。ティラは頭を抱え、足をジタバタとさせた。

 周囲には“発生系”が得意だと言ってあるが、実は“保護系”の方が得意なのだ。

 しかし、これを明かせない理由があった。


『【フラウクルの森】には攻撃の魔法を使用できる術士がいないし、何かあった時とか、それを教えてもらいたくても、教えられるのが近くにいないのはマズいからさ!

 お願いっ、タルタニア魔法学校しかないの! だから、一生のお願いっ!』


 などと、尤もらしい言葉で親を説き伏せ、馬で四日も離れたここ・タルタニアの魔法学校に通わせてもらっているのだ。

 本当の目的は違う。ここにはゴーレム・ファイトのスタジアムがあり、里では数少ない“ゴーレム操作術”が学べる学科があるから、であった。

 当初の予定では、ぱぱぱっと“発生系魔法”を取得し、頃合いを見て“ゴーレム操作術”の学科に転学する計画だった。……が、どこで予定が狂ったか、“発生系”の授業はちんぷんかんぷん。“火球”が飛べば明後日の方向――前に向かって飛べばいい方。自分の番になると同級生たちは身体を強張らせ、いつでも避けられるよう全神経を尖らせ続けた。

 そして今度は、自分のお尻に火をつけることとなった――。


「このままじゃホントにマズいわね……よっし、もう一回やってみよう」


 ティラはすっくと立ち上がると、再び手のひらに意識を集中し始めた。 

 手に“火球”の源を作るのは簡単だ。手のひらに“火”が浮かぶイメージをするだけである。

 次第にチリチリと手のひらを焼くような熱が生じ始め、これが“生地”となった。

 そこからパンのように丸くこねると、煌々と輝く“火球”が完成する。


「――よしっ、と」


 手のひらに浮かぶ赤い球体に、ティラは小さく頷いた。

 あとはボール投げの要領だ。教師は『球技ではないのだから、振りかぶらなくてもいい』と顔を引きつらせながら指導するが、こちらの方がよく飛ぶ気がする。

 ティラはターゲットのレリーフをじっと見つめ、くっと小さく唾を飲み込んだ。


「おりゃあぁぁぁぁ――ッ!」


 高いかけ声と共に、ぶんと鋭い風切り音が鳴った。

 手のひらから離れた火の球は、今度こそ真っ直ぐに飛んだ。

 ……と、思えたのは、火の球がふっとかき消えるまでであった。


『ブイィィィィィ――ッ!?』

『あ、アニキィッ!?』


 そのターゲットとは真逆の、真後ろの瓦礫から動物の断末魔のような鳴き声が響く。


「や、やば……っ!?

 だ、誰かに当たっ――ん? でも人やエルフの声ではなかったような……」


 ティラには、その鳴き声に覚えがあった。

 実際にはお目にかかったことはないが、生物学科の授業で聞いた“ある種族”のものだ。


『あちちちっ、アチィーッ!?』

『やっぱりエルフのワルモノに気づかれていたんだブよ!?

 背後から襲って、あわよくば正義の鉄槌をねじ込むなんて考えるからだブ!』

『く、くそうっ! こうなれば、一気に叩きのめしてやるブ!』

『だ、ダメだブっ!? ここは退くべき――』


 やはり、と思った瞬間だった。

 ティラが振り返ったと同時に、ボロボロのこん棒を手にした“人型の生き物”が飛び出してきていた。


「オーク……ッ!」


 ティラは顔を引き締め、それに向かって忌ま忌ましく睨みつけた。

 それはエルフの天敵、宿敵とも言えるモンスター――豚と言うより、豚鼻をした悪魔のようで、多少の攻撃なぞもろともしない屈強な身体を持つ存在である。

 鉄板を貼り合わせただけの粗雑な胴鎧には、真新しい傷がいくつかついている。

 先ほど放たれた火の球に焼かれたのか、灰色の頭がぷすぷすと焼け焦げていた。


「ぐ、ぐへへへっ……やっぱイイ女ブ……!」


 下卑た笑みを浮かべるオークに遅れ、もう一体のオークも飛び出してきた。


「アニキッ、やっぱり危ないから帰ろ――おおぉ、だブ……」

「な? オレの見込み通りだブ?」

「うむ……だブ」


 ティラは少し気をよくしたものの、すぐに顔を引き締めた。

 オークは頑丈であっても、魔法に強いわけではない。たとえ二体と対峙したとしても、落ち着いて戦えば勝てない相手ではない。


「え、エルフの里に足を踏み入れるとは、い、いい度胸じゃないッ!」


 だがこれは、ちゃんと魔法が使えてこそ、である。

 ティラは腰から貧相な短刀を抜き身にし、精一杯の強がりを見せた。

 一か八か。ティラは左手を後ろに回し、手のひらに“火球”の素を浮かばせている。


「ぐへへ……!

 獅子の子を得るには、巣穴に潜り込む必要が……って、え、エルフの里だってだブッ!?」

「あ、アニキッ、人間の領・【アースワン】と逆方向だブッ!?

 もしかして道を間違えたんじゃ、だブッ……!?」

「コンパスが東を指す方だって言うから、その通りに進んでたはずだブッ!」


 すると、オークの片割れは少し思案した。


「ひょっとして……。

 アニキ、コンパスの赤い方が指すのは、北と南どっちだブ?」

「南に決まってるブッ!」

「…………」

「その、バカを見るような目は何だブッ!?」


 二体が揉めているのを、ティラは唖然と見守っていた。

 オークたちは人間たちの国にゆこうとしたが、国境のあたりで進路を間違ったのだろう。

 とは言え、国境警備隊はいったい何をやっていたのか。そしてオーク探知の結界はどうなっているのか。この体たらくに、思わず眉を潜めてしまう。


(よ、よし……この隙に!)


 しかし、これは絶好のタイミングでもあった。

 ああでもないと相談し合うオークを傍目に、ティラは右手のひらにも意識を集中させる。

 このような状況だからか、いつもより格段に早く火の球が作り上げられた。


 ――今なら、真っ直ぐ飛ぶかもしれない


 ティラはそう確信し、強く地面を踏みしめた。


「これでもッ、喰らいなさいッ!」

「あ、ちょっと今はそれどころじゃ……んな゛!?」

「ふぁ、《ファイヤーボール》だブッ!?」

「おぉりゃあぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!」


 オークが気づき、慌てふためいた時にはもう手遅れであった。

 それはティラの腕が大きく振り下ろされ、火の球が手から離れた直後だ。

 二体のオークは「もうダメだブ!」と、両手のひらを眼前に構え、目をぎゅっと瞑った。

 “火球”は真っ直ぐ、オークに向かって飛んでゆく。


「や、やったっ! 真っ直ぐ飛ん――」


 だが。ティラが胸の前で握りこぶしを作ったのもつかの間、火の球は突如として軌道を変え、ぐるんとカーブを描いた。

 それを目で追い続け、遺跡の台座部分でふっと消えるまで見届けた。これで完全にバレた。


「な、何とも、ない……ブ?」

「不発だった、ブか?」

「どうやらそうらしい、ブ」

「ふむ。なるほどだ、ブ」


 オークたちが「ぐへへ」と笑い合う。

 魔法が使えないエルフなぞ、脆弱な人間の村娘と変わらないのだ。

 ティラはゆっくりと後ずさりしてゆく。こうなれば、取るべき手段は一つしかない――。


「あっ! アニキ、エルフ女が逃げたブ!」


 ティラは石畳を蹴った。

 身を翻したのに合わせ、エメラルドグリーンの髪が半弧を描く。

 そして、全力疾走しようと石畳を強く踏みつけた直後――膝に何かがぶつかり、身体が宙に浮いた。


「きゃあぁぁぁッ!?」


 それは、ターゲットにしていた石柱だった。

 悲鳴と共に地面に転げ落ち、ややあって背中や右膝がズキリと痛んだ。


「……ッ!」


 オークが駆けてくるのが見え、背に冷たいものが這った。

 距離を取ろうと、尻もちをついたまま後ろに退いてゆくが、その移動速度の差は歴然である。


「あ……ぁ……」


 二体のオークが陽の光を遮った。

 ティラの身体の一・五倍はあろうか、その身体は想像以上に大きく、屈強だ。

 その目には、絶望の色が浮かぶ。


「ぐへへへへ……」

「で、でもアニキ……ここでエルフをやってしまうのは、多分マズいんじゃないかブ?」

「う、だ、だが、ここで逃がしたら……逆に俺たちがヤバいブ?」


 なにやら困った様子で相談をし、低く唸り始めた。


「うーん……まぁ、我々からしたらエルフはワルモノだブ。

 ワルモノは成敗せねばならんっ! だろ、ナンバー2!」

「う、うん! 多分そうだ、ブ!

 ……え? 俺がナンバー2なんだブか?」


 あと数歩近づかれたら、今度は石床に水たまりを作るだろう。

 オークたちは鼻が利く。きっとその臭いが、忌ま忌ましい彼らの加虐性を高めるだろう。

 その後どうなるのか、考えたくない。

 ティラは、近くに落ちている短刀に目を向けた、まさにその時――


<イラッシャイマセ>


 火の球が消えたその場所、その地下から突然、抑揚のない声が響いた。

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