第2話 救援要請
肝心な中身にありついた時は、店舗の床が包装紙だらけになっていた。
「――こ、これ、<アクアゼリー>じゃないのっ!?」
後ろから覗き込んできたティラの母は、思わず弾んだ声をあげた。
高級感漂う木箱の中には、ぷるぷると揺れる赤・青・黄・緑色をした巨大な水滴が並ぶ。
「<アクアゼリー>……?」
「超高級名水で作られたゼリー液を、魔法で包んだ、ラクアの名物菓子よ!」
指先で触れてみると、母親の言葉の意味が分かった。動物の骨などから抽出したゼラチン液で固めるゼリーではなく、とろみをつけた甘水を、“保護”の魔法で作った薄い皮膜で包んでいるようだ。
まさに“水菓子”と言ったところだろう。少し触れただけでもひんやりと冷たく、これからますます暑くなってゆく時期にもってこいだ。
「へぇ、面白い。摘まんでも破れないのね。味は――」
ティラは宙を仰ぎ、口の中にぽとりと落とすようにして頬張った。
すると……ゼリーは口内でぷちんと弾け、それに大きく目を見開いた。
「んん゛ーっ! んん゛ーっ!」
舌の上に甘くて滑らかなものが広がると、唇を堅く閉じ、身体を左右に揺らし、手をバタバタと振り続ける。
「――んっ、く……な、何これっ!
濃厚なのに凄いサラサラしてて、後味もさっぱりしてるし、後から来るミントか何かの爽やかな後味が……ああ、これ癖になりそうっ」
「あ、こらっ! これ一箱で金貨一枚するんだから、やたらに食べるんじゃないよ!」
「え、えぇぇっ!? そ、そんな高いのこれ!?」
よく見れば、相当手間暇がかかっている水菓子だと分かった。
中のゼリー液もだが、食感を損なわないギリギリの薄さで包む“保護”の魔法技術を駆使している。
母もゼリーを口にした。すると同じことを考えたのか、味わうこともほどほどに、“保護”魔法の使い手としての悔しさを見え隠れさせた。
「唾液で溶けるようになってる、のかしらね……うーむ……」
「こんな高級なお菓子、何でまたエルメリアが?
あれ、木箱の底に何か……」
ティラはゼリーの台座の下に、三つ折りにされた紙が入っていることに気づいた。
ゼリーを落とさぬようゆっくりと抜くと、それはどうやら手紙のようであった。
【親愛なる友人、ティラへ――
お元気にしていますか?
貴女がタルタニアを去ってからと言うもの、私の胸に大きな空虚ができてしまいました。
部屋は静まりかえり、夜な夜な不安に襲われる日々――。私にとって、貴女がどれだけ大きな存在であったかと、失って初めて気づかされました。
いえ、それは私だけでありません。
クラスの皆も、貴女の復学を望む声をあげています。
ですが、シャイア先生はティラのゴーレムのように表情を固くして『認められません』と言うばかり……。
だけど、いつかきっと認めさせ、貴女をここに戻って来させてみます!
それと――『どうして、ラクアからこれが送られてきたのか』と疑問に思うことでしょう。
実は先日の一件、貴女を擁護したのが原因でバルドル家の方に目を付けられ、シァイア先生が摩擦が起こらぬようにと、私に一時帰宅するよう命じたのです。
私は大丈夫です。問題ありません。
だけど、ちょっと怖いし、家にいても落ち着かないから、遊びに来て欲しく……】
読み切る前に、ティラは手紙を畳んだ。
「ようは、『心配だからきて!』でしょ……」
タルタニア魔法学校の寮では、ティラはエルメリアと同室であった。
落ち着きのない様子に、初めて家を離れせいだと思っていたのだが――それが、生来の心配性からきているものだったと分かったのは、入学式から三日後のことだ。
『誰か来たら』
『風が強すぎて窓が割れないか心配』
『ロッカーの鍵は閉めたっけ』
と、 毎晩のように揺すり起こしてくるのである。
その度にティラは、
『寝ろ』
と言い、エルメリアを黙らせた。(彼女はいつしか、この一言を聞かねば眠れなくなってしまったようだ)
手紙にあった、『クラスの皆が復学を望んでいる』のは事実だろう。
彼女のそれを抑止できるのは、自分しかいないのだ。
しかし、ティラは一つだけ、気にかかるところがあった――。
「バルドル家ってあの、頭がスパークしてる女だったわね……」
『エクレア様です』
「あんなのに“様”はいらないの」
パッカーの声に、ティラはツンとした声を向けた。
全面的に向こうが悪いのだが、彼女のゴーレムを破壊、公衆の面前で大恥をかかされ、挙げ句にはシャイアのお説教を受けたのだ。
非を認めない性格であれば、鬱積した気持ちを誰かにぶつけねば気が済まないだろう。そこで、貶めた張本人の親友、そして不利な証言をしたエルメリアに目をつけた――。
担任のシャイアは、ことなかれ主義を貫くことはしない。気の弱いエルメリアを故郷に帰らせたのは、第三者が首を突っ込めば嫌がらせが更にエスカレートしかねないと考えた結果のはずに違いない。
しかし、物事には必ず発端、おこりと言うものがある。
親友に何をしたのか、考えるだけでティラの胸中が荒立った。
「――お母さん、ラクアってここからどれくらい?」
「そうね……馬で三日ぐらいかしら。パッカーちゃんと一緒だと、七日ほどかしら?」
『五日と六時間です』
ふん、とティラは鼻を鳴らした。
ゼリーをもうひとつまみ口に運ぶと、すぐに自室の方へと足を向けた
母も娘の心中を察し、引き止めようとはしない。
「ティラ、行くなら“お返し”を持っていきなさいよ」
店の奥にある金庫の鍵を手にしながら、母は娘の背にそう語りかけた。
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ティラはすぐに旅支度を始め、翌日には家を発っていた。
とは言え、白色のチュニックシャツと裾を絞った茶色のパンツに着替えただけで、他は着替えなどをリュックに詰め込むだけだ。なので、準備はすぐに終わる。
それ以外に時間を要したと言えば、パッカーによる“パッキング講座”と、エルフの見栄による“エルメリアへの進物選び”ぐらいだろう。
「荷物なんて、ただリュックに入ればいいだけだと思っていたけど……」
ティラは『入れる順番が違うだけでこうも違うのか』と、驚きを隠せずにいた。
ただ入る場所に並べたものと比べ、ちゃんと詰め込んだ方は格段に動きやすく、軽いのである。
『使用頻度の低いものから上にしてゆくのです。重いものは――』
「重さがあるのは真ん中、頻度が高いのは上やサイドなんでしょ。
でも、重いのを下にじゃなくて、軽いのを下にするとは思わなかったわ。
フラフラ揺れなくて、背中にフィットするしさ」
『重い物を下にすると、腰や肩に負担をかけてしまいます。
エルメリア様への進物もありますので、軽い寝袋などがちょうどクッションにもなるでしょう』
寝袋や着替えなどは一番下、食料品や水は真ん中に、雨具はそこ上、リュックの一番上を覆う雨蓋の部分には、クッキーやドライフルーツなどの、使用頻度の高い移動食が詰められている。
ティラの母親には『山育ちなのに知らなかったの!?』と、それがアタリマエだと言うことに驚かされていた。
鞄の中にはエルメリアへの手土産が積んである。中身は最高品質のイチゴのパックだ。
母が山のように買い付けてきたイチゴの中から、選りすぐりの三十六個をパッキングしたのである。
『エリーシャ様が『店には大ネズミがいる』と仰ってましたが、そこにネズミらしきものは見当たりませんでした』
「そんなもの探さなくていいのよ!?」
それは、ティラミアのことだ。
“防腐”のコーティングを施した袋に食料品などを入れる時があるのだが、それとは別に、いくつかが“雑袋”に入るのでそう呼ばれている。
「まったく……お礼の品は相応の、もしくは送られてきた以上の物とか誰が考えたのかしらね。
エルメリアも厄介なことしてくれるわ。うちはしばらく、くず野菜を再生野菜にする日々を送ることになりそうよ」
再生野菜とは、根菜のヘタや青菜の根などを水につけ、根と葉を伸ばす方法である。
母曰く『根も葉もあるものは信じてOK』らしく、そうして少しでも食費を抑えてきた。
「パッカー、森を抜けたら頼むわよ。最短ルートでいけるなら、そっちを選んで」
本来ならこの旅路も馬を借りてゆくところだ。しかし、ティラには先立つものがないため、こうして徒歩を選択するしかなかった。
……が、それはすべて自分の足で歩くとは限らない。
『現エネルギー残量 77%
最短ルートを使用した場合、エネルギーを11%、“火”のパッケージを15%消費することになってしまいますが、よろしいでしょうか』
「構わないわ。でも、向こうで少し補充しておくかしらね」
供給できる魔力は微々たるものだけれどね、とティラは苦笑しながら続けた。
馬は疲労するし、道中の馬替え宿で交換など、金と手間がかかってしまう。
しかし、自分にはこの疲れ知らずのゴーレムがあるのだ。歩き疲れれば彼に乗り、腕にハンモックを吊すなどすれば、夜でも眠りながら移動できる。
タルタニアからの帰路、ティラはそうして帰ってきたのである。




