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第1話 憧れの舞台

 エルフの里で最も大きな街【タルタニア】――。

 初めてこの地にやって来た時、ティラミアは体の奥底から喜びがわきあがるのを感じた。

 いや、正しくは、街の中心にあるスタジアムにやってきた時、だろう。エルフで埋め尽くされた観客席。そこから起きる、揺れるような大歓声。そして、それを一身に引き受ける勝者とゴーレム――。ティラの心は完全に、ゴーレムに奪われてしまっていた。


【第1672回 ゴーレム・ファイト ライアット杯(決勝戦)

 赤:マイファ・ラーヴ vs 青:クラリカ・エルド

 POINT 15 ━ 15

 TIME  00:37               】


 正面奥のスクリーンにはそう表示されているが、観客たちの視線はコートの中央に向いている。そこには、人型をした巨大な金属体・ゴーレムと、その後ろにいる赤と青のゼッケンを付けた少女が対峙している。

 試合は佳境を迎え、観客たちの応援にも熱がこもる。その中でも、ひときわ目を輝かせている少女・ティラがいた。光沢のある緑の外套に身を包み、高く掲げた握りこぶしを振り続ける。


「いけーっ! クラリカーッ!」


 彼女の声援と同時に、青いゼッケンをつけた少女・クラリカが左、右と素早くパンチを繰り出した。

 その動きに合わせてゴーレムが動く。ガンガンッとけたたましい金属音がスタジアム中に響き渡り、観客を大きく沸き立たせた。

 対する赤いゼッケンの少女・マイファは、肘を立て、ひたすら相手の攻撃を耐え続ける。

 ラスト二秒、僅かなポイントが青側に入った。『ウォオオオオオッ!』と轟き、観客は総立ちとなった。


 ――これが決勝点か


 誰もがそう確信した、まさにその時――目が覚めるほどの大きな金属音が鳴り響いた。

 スタジアムは一瞬沈黙した。

 中央には、一瞬の隙をつき、右ストレートを繰り出した赤いゼッケンの少女――。

 あっと口を開いたまま立ち尽くす、青いゼッケンの少女――。

 観客席のあちこちから『ああ……っ』と嘆息の声が起こり、背中から落ちてゆくゴーレムを見守っている。


 ずうん……と、土埃が高く舞い上がった。


【30 ━ 16】


 つかの間の静寂が落ち、スクリーンのスコアが決着を告げた。


〈――勝者、マイファ!〉

〈第1672回 ライアット杯王者は、マイファ・ラーヴに決定いたしました!〉


 勝ち名乗りをあげる声が響くと、スタジアム中に地鳴りのような大歓声が沸き起こった。

 名を告げられた少女はすかさず、満面の笑みでゴーレムの右腕を突き上げた。

 拍手喝采。観客席から起こる賞賛、罵倒、落胆……誰もが思い思いの声をあげ続ける中、ティラは、ふんとつまらなさそうに鼻を鳴らした。


(なあんだ……大したことないわね)


 ここにいても時間の無駄だ。

 そう思い、さっと踵を返した直後……目の前に広がる光景に、口を半開きにしたまま愕然としてしまう。この日は決勝戦のせいか、出口への通路まで観客で埋まってしまっていたのだ。

 ようやくの思いで抜け出せた頃には、外套のフードは落ち、それに覆われていたエメラルドグリーンの髪がくしゃくしゃに乱れ、着ていたチュニックシャツは大きく腹までまくれ上がるなど、目も当てられない姿となってしまっていた。


「――誰よっ、どさくさに紛れてお尻触ったやつ!」


 スタジアムから出てくるなり、ティラは出口をにらみ付けながら呪詛を吐きつけた。

 フードとシャツを整え、乱暴にかき上げた髪を尖り耳にかけると、未だ歓声と熱気がおさまらぬスタジアムを仰ぎ見た。


【第1672回 ゴーレム・ファイト ライアット杯(決勝戦)

 赤:マイファ・ラーヴ vs 青:クラリカ・エルド】


 スタジアム内と同じく、入り口に掲げられた看板にもそう印されている。


(――新進気鋭だと聞いていたけれど、マイファって奴は勢いだけのファイターね。

 それに相手は二世代前のゴーレムなのに対し、彼女のは最新型のゴーレムだし。

 あんなの勝って当然よ。とーぜん。もし同じ環境だったら、私でも勝てているわ)


 ふふん、と勝ち誇ったような笑みを浮かべると、ファイターのように腕を突き出した。

 そして、ブンブンと腕を振る。スタジアムから出てきた者は、だいたい同じようなことをするため、自分だけ変な目で見られたりしない。

 そのまま商店が立ち並ぶ通りに足を踏み入れると、ある店の前でピタりと足を止め、透明なガラス板のショーケースを覗き込んだ。


「あぁぁーっ、やっぱ最新型の《ウラヌス》いいなぁーっ!

 このスタイリッシュかつマッシヴなデザイン、ああ、やっぱこれ欲しいぃぃ!

 リリースから三ヶ月だし、お値段はそろそろ一割ぐらい値下が――何で上がってるのよっ!?」


 ショーケースの中には、ギラギラと銀色に輝く金属体・ゴーレムが飾られていた。

 高さは三メートルほど。甲冑を纏った巨大な騎士といった風貌だ。

 それが立つ金銀のレリーフがあしらわれた白い台座には、


【第六世代機の新型《ウラヌス》がついにリリース!

 金貨(大):2,000枚-(値段交渉不可) 次期入荷日:未定】


 思わず目を剥くほど、強気な数字が並ぶプレートが掲げられている。

 ここで言う金貨は人間たちとの共通貨幣のことであり、ティラはガラス面に両手を貼りつかせながら、その数字を憎らしげに睨み付けた。


「何考えて、こんな数字つけてんのよ!

 この街に、それだけの金貨があると思ってんの!」


 すらりとした指先に力が込められ、朱色に染まる。

 しかし、いくら(ひたい)を押しつけても、その瞳で強く睨み付けても、無機質な数字は決して怯まない。

 ガラス面に顔の脂をべったりと残し、ティラはとぼとぼと石畳を見つめながら歩き始めた。


「お金、あるとこにはあるんだろうけどなぁ……」


 エルフの里で人気を博すゴーレム・ファイトは、最初から存在していたわけではない。

 人間たちの世界に蔓延(はびこ)っていた闇の眷属――いわゆるモンスターたちとの大戦争時代、ゴーレム部隊を編成したエルフ軍が、リーダーを選出するのにゴーレムを使ったジョスト(騎士の一騎討ち競技)を行ったのがきっかけ、との説が有力だ。

 戦後。ゴーレムの活躍を目の当たりにした人間たちは、“カラクリ”と呼ばれる技術を確立し、魔法を使わずしてゴーレムを造りあげた。

 人間たちはそれでショーとしての闘技会[ゴーレム・ファイト]を催し、エルフの里に持ち込んだのが始まりと言われている。


 ――野良ゴーレムでも転がっていないかな……。


 ティラはいつもこう締めくくる。

 人間で言う一ヶ月で得られる賃金は、儲かって中判金貨十枚がいいところだ。これを大判にしようと思えば、十ヶ月はかかるだろう。

 それが二千枚――いくら長寿で暇なエルフとは言え、これには目眩がしそうだ。

 青々とした空を優雅に舞う鳥を羨んでも、地を這うカエルは鳥になれない。

 スタジアムから出た者は、誰もがティラのように『私もゴーレムが欲しい!』、『ゴーレムがあれば!』と夢を見、胸を張って意気揚々と出てくるのだが……出口に差し掛かる頃には、全員が“現実”という名のレンガの道を眺め続けるのだ。

 ティラは道の上の小石を蹴った。


(ファイターになるには、“ゴーレム操作”の魔法も取得しなきゃいけないしなぁ……)


 エルフのゴーレムは、魔法操作で動く。

 なので、ファイターになるには、その操作の魔法を会得していることが必須となるのだ。

 それが習得できる建物の近くに差し掛かった時――玄関口の前で、青髪の少女がオロオロしているのに気づいた。


「――エルメリア、どしたの?」

「あ、ティラっ! どこ行ってたのっ!?」

「ん? いつものスタジアムだけれど……何かあったの?」


 そこにいたのは、友人のエルメリアであった。

 ずっと探していたのだろうか、慌てて駆け寄ってきた。


「『何かあったの』じゃないよっ、貴女、た、大変、大変なのよっ!」

「大変? ん、んん……?」


 思い当たることは何一つない、と続けると、エルメリアは少し苛立った表情を見せた。


「も、もしかしたら退学させられるかもしれないのよっ!」

「は、ハァ――ッ!?」


 今先ほど掲示板に貼り出された、とティラはその正面の建物・【タルタシア魔法学校】と掲げられた校門をくぐり、掲示板がある校庭へまっすぐ走った。

 そこは既に人だかりができており、不安げな声をあげるクラスメイトを一切無視しながら掻き分けると――


【魔法試験 追試について。

 下記の者、先日の試験において 非 常 に 芳しくない成績を残したため、追試を行うことを決定する。


 魔法部 発生系魔法科 

 (一年)学生番号:20170520  ティラミア・レンタイン


 ※もし結果が奮わなかった場合、在校の資格を剥奪する。覚悟して臨まれたし】


 自身の名が記されたそれを前に、ティラは呆然と立ち尽くしていた。

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