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メイキュウ攻略  作者: ウォメスト
東都編
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第八話 遠征の準備

「ぬわあぁっ!」


 右側50センチメートルを槍のようになった土の塊が通り過ぎ、激突した木がミシミシと音を立てて大きく揺れる。

 シンヤは今、大型の魔物と生死をかけた――かけているのはシンヤだけなのだが――追いかけっこを繰り広げていた。



 予定通り東都を出発したシンヤたちは、馬を走らせチェックポイントの予定地に到着、テキパキと設営し、一夜を明かした。

 そして2日目、効率よく進めるために二手に別れ、ちょうどシンヤが3体目の魔物を狩り終えたときに事は始まった。


 両者が互いの存在に気づいたのはほぼ同時、寧ろシンヤの方が早かったのだが


「あ、ヤバっ」


 シンヤがそう思った頃には、もうすでにその魔物は走り出していた。


 魔物の名はクレイベア。特徴は名前の通り粘土の熊である。とは言え、体全てが粘土というわけではなく、硬質化した粘土の鎧を身に纏っているという方が正しい。

 熊本来の力や走力はそのままに、簡単な土属性の魔法を自在に操ることができる。冒頭シンヤの横を通り過ぎた土の塊は、これによるものだ。

 クレイベアはレベル4の魔物に指定されている。レベル5の冒険者であるシンヤからすれば、格下であることは間違いないのだが、ここは森の中であり剣を大きく振り回せるほどのスペースはない。

 魔物に付けられたレベルは「同レベルの冒険者が相対したときに生き残れるかどうか」を示したものであり、この状況は全く芳しくない。


 スタートの差を埋めようと、申し訳程度ではあるが水の弾を幾つか作成し後ろに放っておく。そして身体強化をふんだんにかけ、何も考えずただただ前へ駆けだす。



――グオォォォ



 シンヤの魔法が命中し、後ろでクレイベアの雄叫びが響く。

 探査魔法による推定距離は30メートル。周りの木を吹き飛ばし、剣を振り回せるだけのスペースを作るには時間が足りない。


 とは言え、熊の走る速さは時速50〜60キロメートル。100メートルを6秒台で走れるような奴らだ。魔物という強敵がいるこの世界では、地球人に比べればヒトの走る速さも上がっており、身体強化をかければ熊よりも速く走ることはできる。できるのだが、これ以上差を広げるには些細な差でしかなく、結果的に鬼ごっこが始まってしまうわけだ。



 木を避け、時折横に曲がるなどしながら走り抜けていく。

 既に自分が魔の森のどの辺りに居るのかなどわからなくなっている。

 相当な距離を走ったが、距離は少し開いただろうかという程度。足には乳酸が溜まり、口の中も血の味がしている。これ以上この状態で走るのは厳しいと、体全身が訴えかけてくる。



「イチかバチか……だっ!」


 身体強化によって強化された脚力をめいいっぱい使い、上へ跳躍。三角跳びの要領で木を蹴り森の上空へと飛び出す。地上から30メートル強といったところで、体を反転させ、火属性の爆裂するタイプの魔法を何発か放つ。



――ズガアアァァァァァァァン



 凄まじい爆音と爆風が地上を吹き荒れ、爆心地付近の木を根こそぎ吹き飛ばす。


 魔法で落下の勢いを殺しながら爆心地付近に降りる。その際に風を起こしたため、舞った粉塵が消え去り、見通しは良くなっている。



 この爆発で倒せていると楽なんだけどな、と考えながら剣を抜き、周囲を警戒する。


 自分が走ってきた方向を中心に探知魔法を流し、目視でも確認しようと顔を向けると、


「……あれ?」


 吹き飛ばされた木が散乱しているその一角に、明らかに木ではない物体が転がっている。白いものが所々に見えるクレイベアに似た何かが。


「あ、あれ? こんなに脆かったっけ?」


 拍子抜けではあるが、今のでとどめを刺せているのであれば、幸運であることには違いない。

 首があらぬ方向へ曲がっており、生きているとは到底思えないが、念には念を入れ警戒しながら残骸の元へと向かう。


 粘土の鎧は砕け散っており、鎧の中の熊の身体が見え隠れしている。

 爆発で死んだというより、吹き飛ばされ木と衝突したり、倒れてきた木に押しつぶされたりしたのが死因のようだ。



 積み重なった木をどかし、クレイベアの腹を上に向け中を開ける。魔物の心臓部にある魔石を取り出すため、慣れた手付きでサクサクと切り分けていく。


 魔石とは、魔物の動力源そのものである。色は濃いものがよく、大きさは、大きければ大きいほど価値の高い物として扱われる。

 よく魔石を食べると莫大な力が得られる、というような話があるが、ただ魔素が蓄積し固まったものでしかないため、食べても魔力が回復するくらいの効果しかない。魔物が食すとその限りではないのだが。

 用途は、魔力回復薬(マナポーション)という物の原料にしたり、魔力で動く魔道具という物の動力源にしたり、といったところだ。魔物からしか手に入らないため、冒険者ギルドを介して鍛冶職人などへと売られる。



 中から出てきた魔石は、10センチメートル弱の黄土色。所々色が透けており、価値としては中の中が妥当なところだろう。


「ま、こんなもんか。ちょっと休憩してから……」


 先程の全力疾走の疲れを癒やそうと腰をつけたその時、



――グルラアアァァァァン



 耳を刺すような咆哮と共に、爆発でできた空き地に翼竜(ワイバーン)が降り立つ。その眼は鋭く光り、自分のテリトリーを破壊されたことに激怒していた。

 グルリと辺りを見渡し、シンヤを見つけるともう一度咆哮。周りの木を薙ぎ倒しながら、真っ直ぐシンヤの元へ猛進し始める。



「嘘だろ……。ええい、くそっうるせぇぇぇっ! 少し休ませろぉぉぉ!」


 雄叫びと共に、攻めかかる翼竜(ワイバーン)に斬りかかる。


 まだまだシンヤがゆっくり腰をつけるには時間がかかるようだ。





◇    ◇    ◇    ◇





 突如轟音と共に地面が揺れ、建てようとしていた丸太がふらつく。どうやら爆発があったようだ。


「今のなにアルフ?」


「たぶんシンヤの魔法だと思う。かなり派手にやってるみたいだな」



 場面はチェックポイントの設営をしているアリシアとアルフに移る。


 現在、2人は魔の森を入った所から64キロメートル地点、3つ目のチェックポイントの設営をしていた。

 残りのチェックポイントは3つで、非常に良いペースで進んでいる。この調子でいけば今日中に終わらせることができるだろう。


 設営の仕方は単純で、半径20メートル周囲の木をなぎ倒し、地面を短期間で木がまた生えてこないように固めるというものだ。

 魔の森に群生する木は成長速度も繁殖する速度も異常に速く、根さえ残さずに取り払ったとしても、1週間もあれば元の姿へと戻ってしまう。木材の調達、木の実などの食料調達の面での利点は大きいが、魔物の活動範囲を広げることにも繋がるため、このような処理は魔の森の外周ではよく行われている。



 先の揺れで倒れかけた目印代わりの丸太を建て直しながら、少し心配そうにアリシアが口を開く。


「大丈夫かな。すごく大きな音だし、強めの魔物を倒したってことでしょ? いろんな魔物集めちゃっ……」


 突然途中で話すのを止め、視線を爆心地へ向ける。竜人族は人族よりも数倍基礎身体能力が高く、人族には聞き取れない音でもわかる。特有の縦に長い尖った耳が小刻みに揺れ、何かを聞き取ったことを示した。


「……どうしたんだ?」


翼竜(ワイバーン)の怒号が聞こえる。すごく怒ってる、たぶんさっきの爆発が原因かな」


「なろほど。つっても、あいつ一人でもどうに……」


 バッと手を上げ、喋りだしたアルフの言葉を遮り耳を澄ませる。

 その様子は真剣そのもので、少し楽観的に見ていたアルフは、アリシアの様子に驚きつつも、すぐにでもシンヤのもとへ迎えるように意識を変える。


 しかしそれは杞憂に終わり、数秒後、くすっと笑いながら安心した声色でアリシアが話し始める。


「1人で倒せそうな感じだよ。ふふ。休憩させろぉ! って叫びながら斬りかかって行ったみたい」


「お、それなら大丈夫だな」


「うん。シンヤも本当に強くなったよね、出会ったときとは大違い」


「……ああ、確かにそうだな。よし、シンヤの無事も確認できたし、残り3つをちゃっちゃと片付けに行こうぜ」


 馬のもとへと戻るアルフの背を追いかけるようにして、アリシアもその場を離れる。


 次の目的地はここから約30キロメートル離れた、4つ目のチェックポイントの予定地。渡された地図を片手に馬を走らせるのであった。





◇    ◇    ◇    ◇





 突き出された銀色に煌めく1本の剣が翼竜(ワイバーン)の目を真っ直ぐに貫き、剣の根元まで中にのめり込む。

 断末魔があがり、剣が抜かれると同時に血飛沫が舞う。脳に損傷を負った巨体がフラフラと揺れる。

 さらに追撃として首元を一閃。大量の血が宙を飛び交い、ついに支えていた足が縺れ、巨体が倒れ込む。


 弱々しいうめき声をあげ、目から光が消える。鉄錆の臭いが辺りに広がり、戦闘による騒音の消失と共に静寂が訪れる。



 ふぅと一息つき、張り詰めていた緊張を軽くほどく。体の至るところから一挙に気怠さの波が押し寄せ、気を抜けばそのまま座り込んでしまいそうだ。


「……魔石だけ取ってどこかで休憩するか。あんまりもたもたしてるとまた寄ってきちまう。……ほらもう少し動け、自分」


 自らを叱咤しつつ、翼竜(ワイバーン)の死体に近づき、クレイベアのときと同じように、比較的柔らかい腹の方から切り開く。



 出てきたのは黒色の20センチメートルの魔石。このレベルの魔物であれば一級品の品質で、自然と口元が緩む。


 ポーチに採った魔石を仕舞い、漂う血と魔物の独特の臭いに顔をしかめながら立ち上がる。


 日はいつの間にか高い位置まで昇っており、あと2、3時間もすれば南中しそうだ。戦闘により周囲の木が倒されたことで暖かい日差しが差し込み、シンヤの達成感と疲労を程よく助長する。



 肉固いし調理しにくいんだけどなぁ、とぼんやり考えながら倒れている巨体を見下ろす。


 もしもこの翼竜を昼食に食べるとすれば、大きさ故の血抜きや解体、調理などの手間が非常にかかるためそろそろ準備しなければならない。

 確かにワイバーンの肉は美味ではある。だが、極上の味ということはなく、なんとしてでもこの肉を食べた方が良いということはない。


「寧ろこれを使っておびき寄せた方が良いな」


 これだけの血と肉の臭いに先程までの戦闘音、間違いなく他の魔物たちがこちらへ向かっているはずだ。


 魔法を使い、体についた臭いや汚れなどの身を潜めるのに障害となるものを取り除く。


「木の上……いや、普通に裏でもいいか。そこの茂みもありだな。穴を掘るっていう手段も。あえてワイバーンの近くに居るのもいいかもしれないな」


 様々な考えが頭をよぎるが、結局、無難に少し離れた茂みの中に隠れることにしたシンヤ。

 ガサゴソと草や蔦を掻き分け、藪や蔓系の植物が生い茂る一角へと入り込み身を隠す。もちろん、トレントなどの植物に擬態した魔物が紛れていないことは確認済みである。



 約40分ぶりの休憩に思わずふぅ、とため息をつく。

 この辺りは陽に晒されておらず、少しヒンヤリとした空気で満たされている。フルタイムで動き続け火照った体を心地よく冷まし、眠気を誘う。



「アルフたちと会ったときもこんな感じだったんだろうか……」



 ふとシンヤに郷愁の念が沸き起こる。普段は抱かない感情に少々驚きつつも、今はこの感情に身を委ねてみる。


 シンヤはあまり当時のこと、というよりも2人と出会う前のことは覚えていない。


 覚えているのは、人為的なものも含め多くの傷を全身に抱えた満身創痍の自分を2人が助けてくれたこと。名前も思い出せない自分に名をくれたこと。そして自分を手を引く2人の手の温もりが、安心感と共に、鉛のような重みを感じさせたこと。


 それ以外は、思い出そうにもポッカリと穴が空いているように記憶が欠落し、一切を思い出すことはできないでいる。



 ふわりと風が通り過ぎ、木々を揺らす。その揺れに合わせて陽の光が煌き、ざわざわと木の葉が擦れる音が鳴る。



 アルフたちとシンヤが出会ってから約2年。その前の記憶、つまり14年間もの記憶が無いことになる。

 もちろん気にならないわけはない。自分の本当の名、家族、あの場所にいた経緯、時折湧き上がる猛烈な罪悪感の正体。1つの手がかりもなく、もどかしさを感じることもある。

 だが、それ以上に今の生活は充実しており幸せそのものだ。今のシンヤにとっては些細なことでしかないと思えるほどに。



 シンヤの視線の瞳に肉につられた複数頭の魔物の姿が映り込む。レベル3相当の魔物、フォレストオークの群れだ。



 しんみりとした気分に別れを告げ、体を起こし愛剣を携える。


「もういっちょ頼むぜ、相棒」


 2年間ずっと握りしめ振り続けてきた、アリシアがくれた超一級品(オーダーメイド)

 シンヤの言葉通り、まさに相棒と言えるその剣に一言声をかけ、ゆっくりとオークたちに向かって動き始める。


 フォレストオークは他のオークよりも知能が高い。シンヤの力量を感じとられた場合、彼らは迷いなく逃亡という選択肢を取るだろう。

 もうしばらく走りたくないシンヤは、不意打ちで倒すことに決める。


 音を立てないように茂みを抜け、オークの横手に回り込む。

 1体は見張りをし、残りの3体が肉に食らいついている。武器は手に持たず、近くにおいている。


 息をつき一拍、居合いの構えで飛び出し、急速に距離をつめ、一閃。


 美しく剣線が煌き、血と共にオークの首と胴が別れる。


 仲間の一人が突如として血を噴き倒れたことに、一瞬呆けつつも慌てて武器を構えるオークたち。だがその抵抗は虚しく終わり、一体、また一体とその姿は変わり果てる。


「うし、いっちょあがりっと」


 時間にして1分経つか経たないか、非常にあっさりと4体のオークを狩ることに成功する。

 そのうちの1体をズルズルと引きずり、少し離れた位置まで移動させる。縄を取り出し、足に固く括り付け、傷口が下に向くようにしながら高めの木の枝に吊り下げる。


 オークの肉は少なくともワイバーンよりは美味しい肉であり、是非とも昼食にしたい、そんな気持ち一心に後の作業も終わらしていく。


 そして、奇跡的に数回の魔物の襲撃で済んだこともあり、約2時間ほどで調理までの工程を終わらせる。

 調理と言っても簡単に火を通し、持参の調味料を振っただけのものではある。だが、苦労した後の飯と言うものは何よりも美味いものだ。

 オーク1体分の肉は相当な量があるはずなのだが、シンヤは10分と経たないうちに完食するのであった。

お読みいただきありがとうございました。

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