第七話 遠征へ向けて
いやね、地理の設定とか馬の速度とか調べるのに時間がかかりまして……。テスト期間も挟まったんです。
とりあえずはすみません。
時は模擬戦から1週間程が経過した日まで進む。7日ある1週間のうちの3日目、感覚的に言えば水曜日にあたる日の朝のことだ。
「準備は……できてそうだね。じゃあそろそろ行こうか」
いつものように朝食を食べ終え、シンヤたち3人は学校へ向かおうとしていた。
まだ始まって1週間ではあるが、シンヤは学校生活を謳歌している。
恵まれた容姿と少々荒っぽいものの真摯な性格が作用し、シンヤが学校の生徒たちや教員たちと良好な関係を結ぶのに時間はかからなかった。
すでに数人の女子から人気を得て――まだ公には一切なっていないが――おり、何人かの男友達と放課後に出かけることもある。この日の前日も、街の外へまで狩りに行くという生徒たちに飛び入り参加していた。
話はそれるが、この狩りは一種のアルバイトのようなもので、捕った獲物から素材や肉などを売却してお金を得ている。
東都があるイーサン君主国には同規模の都市があと4つ存在する。魔法により輸送機関が発達しているものの、食糧不足問題が起こることも少なくない。
そのため、野生動物や魔物を狩ることのできる冒険者は重宝されることとなり、ここの生徒たちもその例外ではない。
また、生徒たちからすれば、下宿生活を送る者にとっての貴重な収入源であり、習ったことを実際に試せる数少ない機会でもある。学校側も奨励せざるを得ないという状況だ。
シンヤが参加したグループの狩りは後者の目的が主であった。グループのメンバーからすれば、いつもより安全かつ効率よくできたり、普段は手を出しにくい肉食系の野生動物の狩りも行うことができたりと嬉しいことだらけというわけだ。快諾しない理由がなく、非常に喜ばれたのは言うまでもない。
閑話休題。
3人が玄関前まで来たところで声がかかる。
「お嬢様、アルフ様、シンヤ様、少しお時間よろしいでしょうか?」
声の主はここの使用人の長であるヴィルヘルム・ヴァルストレームだ。120歳――人族の年齢に換算すると60歳を少し越えた辺り――になる身長180cm超えの、青藤色の瞳をした蜥蜴人族の男性である。
ヴィルヘルムはアリシアの父の代からヘンドリー家に仕えており、アリシアのことは生まれた当初からの付き合いになる。アリシアが剣聖となり、名誉貴族となったときにアリシア専属の使用人となった。この家での彼への信頼は言うまでもなく厚い。
また話はそれるが、蜥蜴人族は魔物であるリザードマンとは別物である。
蜥蜴人族とは会話することができ、彼らの容姿はほとんど人族と変わらず、むしろ竜人族と区別する方が難しいのに対し、リザードマンは、会話不可能な巨大なトカゲが二足歩行主体で移動しているというものである。
そんなヴィルヘルムの言葉に、3人は揃って振り返る。
「どうしたのヴィル爺?」
「食料費に回せる資金の件でございますお嬢様。残り2週間半ほどで底をつくと思われます」
「あー、わかったよ。うーん……どうしようかな?」
当主が超一流冒険者ということもあり、財産は貴族と比べても遜色ないほど大量にある。それこそ普通に生活するだけならば働かなくても10年近く暮らせるほどに。
しかし、この屋敷で雇用している人数は2桁に及ぶにも関わらず、なるべく待遇は良くしようという方針であるため、人件費がかさみ前述したようなことはできない。
教職の賃金はこれを賄えるほど高くはない。定期的に狩りに出かけるのだが、ここ3か月ほど出られなかったため、底をつきかけてしまったのだろう。とは言え、貯蓄の話は早いうちにするように言っているので、まだ全体の貯蓄としては半年分は残っているだろう。
「そういえば、遠征の準備ってどうなってるのかな? チェックポイントとか設営しないといけなかったような……?」
「……あー、あったなそういうの。まだできてないんじゃないか? あんまり早くにやっても残るかわかんねーし」
例年通りの遠征であれば、期日までに各地に設置されたチェックポイントを辿りながら、東都の近くにある高度1000メートルほどの山の頂上を目指すはずである。
今年は難航しているのか、残り2週間半ほどに迫っているにも関わらずまだ何かの作業に追われている。要項も配られており、概要も説明されているためもう問題ないはずなのだが。
「ま、下見も兼ねて今週末あっちの方に行ってみようか。1日かけちゃえば十分なくらい集まるだろうし」
「俺は意義なし、だな。シンヤはどうだ?」
シンヤはただただ無言で頷き、肯定の意を示す。
「じゃあヴィル爺、いつものように戻ったら換金とかお願いできる?」
「もちろんでございます、お嬢様」
頼もしいヴィルヘルムの答えに、愛らしい笑顔を浮かべ、ありがとうと告げる。
そして、頭を下げ家の奥へ戻るヴィルヘルムを横目に家を出発するのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
「どんな感じだ、だいぶ難航してるみたいだけどよ……?」
シンヤたちは、学校に到着するとすぐに職員室へと向かい、遠征の準備の進捗を聞きに行っていた。
部屋の右側、今日の予定が書かれた黒板付近の机が、今年度の遠征準備係の作業スペースだ。相変わらず4、5人ほどの職員が必死に仕事を進めており、そのうちの一人にアルフが話しかけている。
「……おう、アルフか。ま、なんとか終わりそうってところだな」
「そうか、ならいいけどよ。でもらしくねぇな、いつもならさっさと終わらしてんのに。何かあったんだ?」
「……そうなんだ聞いてくれよ、お前の言う通り……」
アルフが話しかけた職員から愚痴がこぼれ始める。そしてそれを皮切りに、周りで苦しんでいた他の準備係からも愚痴が漏れ始める。
何でも、イーサン共和国で3本の指に入るような大商会、「ミダヤ」の東都への物資輸送が行われることに加え、定期的に開かれるイーサン共和国の各都市長会談の開催日が変更となり、当初の予定がすべて破棄になったようだ。
他の行事との関係で日時は変えられないため、遠征の進行方法、目的地などは全て考え直しとなった。
この変更されることが決定したのはちょうど1週間前。予備プランを用意していたためまだ被害は少なかったものの、プランの許可申請に他の職員への変更の説明、作り直しとなった生徒用の要項、使用する備品の継ぎ足しなどを、残っていた予算でやらなければならない。
もちろん予算は足りるはずもなく、学校側からも捻出できない。其の癖「質を落とすなんて言わないよな、自分たちで稼げ」の一点張り。1週間食事と睡眠の時間を削り、なんとかここまでやってきたらしい。
部屋の空気がいたたまれないものに変わり、全員が視線を他へ逸らす。
「……あー、うん。災難だったな……なんか外での作業があるならやっとくぜ? ルート確認とか間引きとかさ」
「……もう少し早くに言ってほしかった言葉だな。
ま、でも頼む。……ほら、これが道順。距離とかが違うだけで内容は同じだから中継地点を作っといてくれ。森の間引きの方も頼む、っていうかむしろこっちをメインでやってくれ。正直、今の体調じゃ戦っても陸結果になる気がしねぇ」
「おう任せとけ。んじゃ、今週末に行ってくるわ」
「ああ、助かる。距離あるしブラスで1、2日ぐらいはかかるだろうから、休みの申請はこっちで出しとくな。
あと、お前らに限ってないとは思うが気をつけてくれよ。いつもより気が立ってて凶暴だ、って言う話をちらほら聞く」
「おおマジか、ありがとな。……じゃ、あとちょっと頑張れよ」
手を上げ仕事に戻る担当の様子を見てから、その場を離れる3人。今愚痴を吐き出せたことで少し活力が戻っていそうだ。
「……とりあえず帰ったらルートの確認をしよう。ちょっと早めに出発して、丁寧にやったほうがいいかな?」
「そうだな、これでやらかしちまったら目も当てらんねぇしな」
シンヤも苦笑いを浮かべながらコクリと頷き、予定変更が確定する。
始業5分前のベルが鳴り響く。授業に遅れるわけにもいかないので、細かい打ち合わせは帰宅してから行うこととなり、この場は解散となるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
帰宅後、3人は予定通り貰った資料を広げ、打ち合わせの続きを始めていた。
大雑把に描かれた東都周りの地図には、チェックポイントの設置予定地や目的地が示されており、別紙に位置の詳細などが事細かに書かれている。
ここで東都について詳しく触れておく。
縦長のひし形を右に回転させたような形の島にあるイーサン君主国。その最東端に東都は位置している。
この命球最大の海洋ラジフィックを東に構え、北に数十キロメートル進むと、流れの速いケブレー川が東西に流れている。北西から真西へかけては、ケブレー川の源であるイオトス山脈が連なり、南西部は魔の森と呼ばれる、危険度の高い魔物が大量に生息する鬱蒼とした森と、キザレ火山がそびえ立つ。
魔の森を近くに持つ東都は「冒険者の楽園」とも呼ばれ、腕利きの冒険者が集まる。そのため魔物の素材の売買などで経済が成り立っており、都民の気性が少々荒いのが特徴だ。とは言え、喧嘩の頻度――主に酒場での――が高いだけで治安が悪いということはなく、節度のある生活を送っていれば、寧ろ暮らしやすいとさえ言われている。
現在、元冒険者である男性の貴族がこの街を治めている。彼は冒険者としても政治家としてもかなりの手腕で、信頼、人望ともに厚い。また国王との仲も良いため、非常に安定している都市だろう。
閑話休題。
じっとルートを見つめていたアリシアが口を開く。
「……あ、これゴール地点ってシンヤと会った場所じゃない? 懐かしいなぁ。結構深めだったよね、ここ?」
「ああ、魔の森で唯一開けた場所か。うーん、確かにちょいとばかし危険だなぁ……」
二人が危惧するように、今回の遠征ルートはかなり攻めている。
東都を出発し南西へ直進。魔の森の海岸側を沿うようにして進み、ある程度のところで森の中へと入っていく。ゴールは二人が言うように、魔の森内部の何故か開けた地点だ。
「魔物の気がたってる、っていう話が勘違いだといいけど。……でもだいたい本当のことだよね、こういうときって」
「ああ。ま、俺らが気をつけりゃ済む話だろ。今年はシンヤもいるしな」
「お、それもそうだね。ふふ、期待してるよ?」
片やニヤニヤと、片や太陽のようなあたたかい笑みでシンヤの方へ話を振る二人。何も言わず、しかし狙ってやっているのだから、仲の良さがよくわかる。
そんな二人に目線を逸らしながら小さく、善処しますと呟くシンヤ。
アリシアはそんなシンヤの真面目な反応に柔らかく、一頻り笑った後、
「じゃあ、明後日出発だね。終わったらすぐ迎えるように荷物を詰めといて、ヴィル爺たちには悪いけど門まで持っていってもらっとこう」
と顔を上げ、話をまとめるように喋りだす。そして一度言葉を区切り、2人の様子を伺う。
慣れたやり取り。アルフとシンヤは同時に頷き、肯定の意を示す。
「荷物を受け取った後は馬を借りて全力疾走。一気に平原は抜けちゃって、魔の森手前のチェックポイントを設営がてら野営しよう。2日目からは別れて行動、狩りはシンヤに任せるね。設営は私たちの方が慣れてるしね。そんなに時間はかからないはずだからすぐ合流するよ」
「わかった。残す部位は?」
「魔石だけでいいよ。拠点に近いなら他も持ってきてほしいけど、無理はしないで」
了解と頷き、話の続きを促す。
「最終日はもうほとんど帰るのがメインになるかなぁ。馬ってどれくらい進めたっけ?」
「ん? あー……。強化種の馬車でぶっ続けで走ったとしても、魔の森の半分は着けねーが、なんとかなるとは思うぜ」
強化種というのは、名前の通り通常の馬よりも性能の良い馬のことである。2頭引き積載量1トンの馬車を、時速30キロメートル以上の速度で4時間近く維持できる。通常の馬だと時速14キロメートルほどが限界であることを考えると、素晴らしい力と体力と言えるだろう。
発生ルーツなどは不明であるが、魔の森などの魔素の多い地域によく生息していることから、魔素の取り込みが増えたことによる進化だろうと言われている。
「じゃあこの感じで行こう。だいぶ時間は取れそうだから稼げそうだね!」
目がお金のマークに変わろうとしているアリシアにアルフが乗っかり、場の雰囲気が一転する。
つくづく仲の良い夫婦だなぁ、とシンヤは苦笑しながら、そっと目線を外へ向ける。
春半ばの空は青く澄み渡り、東都の所々に植えられた青い瑞々しい木の葉が風に揺られている。
魔の森へ出かけて陸な目に合わなかったことがないシンヤ。今回は平穏に終わってほしいと、切に願うのであった。
お読みいただきありがとうございました。
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この辺りを参考にさせていただきました。この場をお借りしてお礼申し上げます。