第四話 模擬戦
合図と同時に2人の男子生徒が縦一列となりシンヤの方へと飛び込む。
どちらも金髪で身長はシンヤと同じくらいだろうか。身なりが他の生徒に比べて綺麗なことから貴族出身だと考えられる。後ろから走ってくる方は特にプライドがかなり高そうな印象を受ける。剣を構え、こんなやつ全員でかからなくても2人で十分だ、という思いが滲み出ている。
今回指定された模擬戦はシンヤ対特待生クラス21人全員という構図となっている。使用する武器の種類は自由だが、模擬戦用に作られた物を貸し出して使用している。最初は不利すぎると考えていたシンヤだが、前の二人を見てこんなものかもしれないなという気持ちに変わってきている。
ちなみにこの模擬戦用の武器は簡単に作成できる魔道具であり、常識外れのパワーや技量がなければ、打撲や打ち身といった軽い怪我ですら与えることができないという性能を持つ。さらに、このグラウンドには致命傷となるような攻撃を受けると、外へ強制的に弾かれるようになっている。
もちろんシンヤが思いっきり剣を振れば相手に傷を負わせることは可能であるが、それほどの力で当たった場合場外へ飛ばされるのが関の山。気兼ねなく剣を振るえることに変わりはない。
勝利条件はわかりやすく致命傷を与えたとき、つまりは場外へ全ての敵を弾くである。
シンヤは抜刀せずに2人を待つ。やがて前を走っていた方が間合いに入り、右手に持っていた剣を振りかざす。
「――――ッ!?」
力の入った真っ直ぐな上段から降ろされた剣を身体を軽くひねるだけでかわし、カウンターに蹴りを1発加えてくの字に体を折り曲げさせる。その様子を横目に見ながらシンヤは、軸足と同じ方向へ飛び出してきたもう一人へ意識を移す。
蹴りを入れた方の足を地につけて重心移動、体を突き刺そうとしてくる剣先を同じように数ミリ単位で躱して広い場所へと離れる。
すると待ってましたと言わんばかりに後ろから矢が飛んでくる。しかし事前に感知していた彼は、矢を落としながらさっと周りを見渡して他の生徒の動きを確認する。
前方奥側では4人ほどが大規模な魔術を組むために固まって詠唱し、その両脇に2人の剣士と盾を持った重装兵が1人、魔術師を守るように構えている。向かって右側はアーチャー2人と魔術師1人を囲み、中衛に槍を使える者がいる、という相手をするには少々面倒な一団。後方からは突っ込んできた2人組のパーティーが飛び出した2人を追いかけて前進中といったところか。7人パーティが3つの総勢21人、遊撃に出た者はいないようだ。
この世界において魔法は基本的に無詠唱で、全くの予備動作なしで放たれる。ただし、自分の技量――この場合で言うと体内にある魔力や大気中に多く含まれる魔素と呼ばれる魔力元素の扱い――では発動できない高レベルの魔術や、複数人で行う場合においてのみ詠唱やルーンが用いられる。また魔力伝導性の高い、つまりは魔力元素の通りが良いものを持つことで魔法を発現させやすくするといった方法もある。魔術に特化した者以外持つことは少ないが。
シンヤは迷わずにこちらへ向かってくるパーティに狙いを定め突進する。先程渾身の突きを躱された生徒が驚きの表情を浮かべながら、シンヤの突進を阻止するために近づいてくる。それを即座に魔法で作成した風の刃を飛ばし、足に切り傷を入れ相手のバランスを崩して撃退し、殴打の構えをとる。腕に魔力を流し、相手の腹を殴り飛ばす。
「あぐぅ!?」
ガギャンという音と共に殴り飛ばした生徒は外へと弾き出され戦闘不能となる。
そのまま足を止めずに直進、タンクの前へと移動する。剣を抜かずにアタッカーが倒されたという事実に怯えたのか、2人の盾の隙間から垣間見えた顔は歪んでいた。
タンクがそんなにも怖がっていて大丈夫なのか、と考えながら前に立つ2人の足元へと魔力を流し周囲の地面の高さを50センチメートルほど高くする。
急に高さが変化したただけでなく、装備も無視できないほどのの重さがあったらしく、ぐらりと体勢が崩れる。なんとか倒れずに済むが、言うまでもなくシンヤと対峙するには致命的な隙ができてしまう。
向かって右側に立っていた方の足を払って倒し、先に後衛陣の方へと走り込む。あっさり突破されたため、後衛陣の準備は整いきっておらず慌てている。それを好機と捉え殴りかかろうとしたその瞬間、3時から6時方向にかけて察知していた大きなマナの奔流が収束していくのを感じとる。
構成していた魔術の完成を意味するそれは、予想よりかは完成度が低いものの、受ければ跡形もなく消し去るであろう一撃。また、レーザーのような一点を突くようなものではなく、広範囲に攻撃できるタイプな上に、周りで壊滅しかけのパーティーを巻き込むことに一切の抵抗は見られない。
「この状況だからこそ使える方法だな。さて、どうしようかな……?」
ボソリと呟き逡巡する。今放たれようとしている攻撃程度であればは、防ごうと思えば簡単に防げるようなものだ。しかし、これを真正面から防いでもあまりメリットはない上に、巻き込んで倒せるのは周りにいる4人程度。率先して取るような選択ではない。
「……身代わり使うか」
身代わりというのは魔術の一種で、身代わりを生み出すというよりは分身体を作成し動かすというもので、言い換えれば分身の術のようなものだ。マナも多く使わなくて済む上に、動く分身体は魔法の行使はできないもののオリジナルである術者より少し劣るくらいの精度で動ける。問題なく他の生徒たちを相手どることもできるだろう。
さっきまで交戦していた一団のメンバーを中央へ適当に無理やり寄せて、魔術の発動を待ちつつ、早い段階で死角になる位置を通ってその場を離れる。そして自分をこれまた魔術を使い隠蔽し、着弾するタイミングと同時に魔術を構築し始める。
――ドゴォォォォォォン!
耳を劈くような轟音と共に溜められていた魔術が発動し、そして着弾する。
魔術の衝撃で砂埃が大量に舞い、霧のように辺りを隠す。砂塵は風に流されて生徒たちがいる方向へと流れていく。手で目元を覆いながらそちらの方を見つめ警戒する。
しばらくすると霧が晴れ中に様子を確認できるようになる。地面に大量の亀裂が入り中心にはポッカリと穴が空いている。また炎系統の魔術だったということもあり、少し砂が赤くなっているところもチラチラ見える。中には誰も居なさそうだ。
生徒たちは勝ったと確信し場外を見渡す。殴り飛ばされ最初に離脱した生徒など、先程に直撃した生徒たち全員が外に出ているのを視界に捉えるが、肝心のシンヤの姿が見えない。慌てて大穴の方を見ると、そこにはゆっくりと登ってくるシンヤの姿があった。体には全くの外傷がなく、服ですら破けているところがない。
歴代でみても最強と謳われるアリシアとアルフ。そんな二人の弟子である。一筋縄ではいかないだろうという予想はあった。しかし今の状況はどうだろうか。傷をつけることもできず、魔法も簡素なものしか使っていない。さらに主力武器である剣でさえまだ抜かせることでさえできない。
これ程にも一方的になるとは考えていなかった生徒たちは戦慄し、一瞬固まってしまう。
「ビビっちゃダメだろが……」
表情の強張り具合などから素早く生徒たちの心理状態を読みとる。表にわかりやすく畏怖のような感情を出している訳ではないが、見るものが見ればその状態は容易に見抜くことができた。
少し呆れながらシンヤは分身体をどちらに送り込むか考える。 個人個人の技量だけで見ると優秀な方は先程魔術を行使したパーティーだ。しかし、役職のバランスで見ると厄介なのはもう一つの方であろう。
「うーん。あの2つが合同になって混戦になれば捌ききれなくなる気はするけど……。ま、そんときは後ろから叩けばいいか。槍使いがいる方に行ってもらうかな」
場外ギリギリのところで隠れているシンヤはそう呟くと、言葉通りに分身体を送り込みしばらく分身体の操作に集中する。
分身体はゆっくりとした足取りでパーティーの元へと歩いていく。その堂々とした歩き方が周りの生徒の焦燥感を煽ると同時に、恐怖心を植え付けていく。
あと5メートルくらいという所で一瞬立ち止まる。身を少しかがめ、地面を蹴り飛ばす。一気に間合いを詰め交戦を始める。
武闘家の猛攻を掻い潜り、突き刺さんと放たれた槍をひらりと躱し、迫りくる炎弾を相殺しながら、左から詰め寄ってくるレイピアを使う男子の懐へ入り込む。そのまま顎に掌底をいれ気絶させると、倒れ込む彼をドワーフの方へ押し出し時間をつくり、猫人族に狙いを定めて交戦を始める。
武闘家と思われる猫人族の青髪の女子と片手剣と大型の盾を装備したドワーフの男子を中心に近接戦闘を推し進め、少し離れれば槍とレイピアが遠距離になれば弓や魔法で近接に戻すというバランスが取れた戦術。まだまだ基礎が足りていないために余裕を持って捌けるものの、このままいけば将来有望なパーティーになることは間違いないだろう。
「……さて、あの子が倒れたらそろそろもう片方も攻め落とそうかねっと」
座りながら交戦を見ていたシンヤはおもむろに立ち上がり、音をたてないようにそろそろともう片方の元へと近づいていく。
女のエルフのアーチャーと人族の修道女に大きな狼に跨った人族の男子召喚師が後衛に一人ずつ、中衛にフランベルジェを持った背の高い男が一人、前衛にアマゾネスと小柄な女のアサシンだろう者、そして斧と盾を持ったドワーフが一人ずつという個性豊かな面々のパーティ。突撃のタイミングを伺っている様子で、まだ戦意は失ってない。
補助武器として選択していたナイフを抜き、後衛職の後ろ1、2メートルといった所まで近づくことに成功する。ゆっくりとナイフをあげ押さえ込もうと手を伸ばす。
その辺りでパーティーメンバーの全員が接近を勘づく。ここまで近づかれているものの、そこは流石生徒一の技量を持つ者が集められたパーティーと言えるだろう。魔力を周囲に流して詳細な位置を確認しながらバッと振り返り臨戦態勢をとる。
しかし時すでに遅し。瞬く間に1番後ろに居た魔術師は首にナイフを突き立てられ場外へと飛ばされる。そして、アマゾネスやアサシンといった近接戦闘組が近づいて来るよりも早く、流れるように他のアーチャー、サモナーを蹴散らしていく。
「チッ……! おい急げっ、ヒーラーを守りきるぞ!」
小さな舌打ちと共にフランベルジェを持った男が駆けながら号令。他のメンバーはその号令を一切の躊躇なく追従し、身軽で俊敏なアマゾネスを中心に跳びかかる。
「おっらぁぁぁっ!」
咆哮とともにアマゾネスが風を切り距離を2メートル近くまで詰め、予想以上の速度で蹴りを打ち込む。コンマ数秒反応が遅れたシンヤは左腕を補助にしながら足をそらし受け流すも、息をつく間もなく追撃が行われる。
アマゾネス特有の驚異的な身体能力に驚かされつつもきっちり次に来る攻撃を見極め、時折振られるフランベルジュや短刀、斧をいなす。
そのような攻防を繰り返すこと数回、シンヤが一転して攻撃へと打って出る。
アサシンが一人で接近し短刀を袈裟がけに振り下ろすのを、シンヤは左手に逆手で持ったナイフを振り上げながら短刀を外へ流す。さらに背後へ周りながら首へ一突き。防御が間に合うはずもなくあっさりと退場させられてしまう。
迫るアマゾネスの正拳を躱し手首を掴む。そしてもう片方の手で肘を押さえ相手の前へ向かう力を利用し、自分の体を軸として相手を転がす。
技は完璧に決まり、抵抗なく少女をうつ伏せに寝かす。持っている腕を捻り、動けないように抑える。
投げ飛ばされたアマゾネスの少女はぼんやりと思考を巡らせる。
これほど簡単に投げ飛ばされたのは何年ぶりだろうか。しかもまだ手首は掴まれ、さらにうつ伏せに関節技を極められており動くことができない。残りの二人がこちらへ向かっているのが見えたが、次の瞬間には魔術が行使され炎弾が彼らを包み込んでいた。
こんなにも強い同い年が居るんだなぁ、と考えていると不意に手の拘束が緩む。
「えっ?」
間の抜けた声をあげつつ、手を振りほどき勢いよく振り返りながら距離をとる。
――ガァァァンッ!
突如金属と金属のぶつかる低い音が鳴り響き、ギリギリと擦り合わさる音が遅れて聞こえてくる。
位置を変えながらアマゾネスの少女は不思議に思う。もう金属製の武器を使うような者は既に倒されているはずであり、残っているとしても助けられたヒーラーぐらいのはず。そもそも、彼に剣を抜かすほどの技量を持った生徒がここに居ただろうか。
少女は、誰が彼と鍔迫り合いをしているのかという好奇心と共に再び戦場へと戻っていく。
お読みいただきありがとうございました。遅くなり誠に申し訳ございません。