第三話 初授業
ありゃ全然進んでない
アリシアたちに促されて校内へ入っていくシンヤ。
「他の教員たちに挨拶しに行かねーとな。もちろん最初は学長だ、もう来てるはずだからすぐ向かおうか」
アルフの言葉に頷き職員室へと向かう一行。2人の話によると目的地は2階にあるようだ。靴を脱ぐ習慣はないため土足のまま教師用の玄関を通り、さっき通った門に一番近い棟に設置された螺旋階段を使って2階まで登る。踊り場を出て左へ曲がり少し歩くと、階段とは反対方向へとのびた「職員室」と書かれた札がぶら下がっている部屋の前に着く。横開きの不透明ガラスが張られたドアを開けて中に入る。
部屋は引き出しの多くついた机が部屋の中央に横並びで並べられ、机の上は綺麗に整理されているもの、授業で使うと思われる資料や道具が散らかっているものなど様々だ。壁側には教室の鍵や日誌、生物や植物や魔物の図鑑、礼儀作法についての書物などが入った棚などが並べられており、窓も多く取りつけられているため日の光がよく差し込んでいる。数人ほどの教員であろう人が忙しそうに机に向かって手を動かし続けており、シンヤたちが入ってきてことには気づいていない様子だ。
「近々、上級クラスだけで遠征のようなことをするんだが、あいつらはそれのルート作りや予定づくりなんかで切羽詰まっててな……。もう少し落ち着いてからの方がいいだろう。学長の部屋は左側の奥のあれだ、パパっと済ませて学校内を回ろうぜ」
そう言って先を促すアルフに
「あー、待って。私は今日の授業の集合場所変える連絡をしてもらうように言ってくるよ。すぐ戻るけど、先行ってて」
と言い、黒板のようなものの方へと歩いていく。そこには今日の予定であったり連絡事項だったりが「遠征予定〆」というように単語で書きこまれており、第三者が見ると全く意味がわからないような事柄も少なからず書きこまれている。
アルフからボソッとあのレポート書くの忘れてた、と隣に居るシンヤがなんとか聞き取れるぐらいの声で呟くのを耳にする。ちらっとアルフの方に目を向けると、一瞬焦った様子を浮かべるが、諦めたらしくもう歩き始める。なんだかアルフらしいな、と考えながら後を追って歩きだす。
唐突に前を歩いていたアルフが会議室へとつながる廊下の手前で立ち止まり振り返る。右手には目的地である学長室と書かれた部屋が見える。
「ここだ。身だしなみはしっかり整えて礼儀正しくしてくれ、学長そこだけはなんかちょー厳しいからよ」
わかったと頷いてザッと服装を確認していく。とは言えもともとラフな服装であるため、特に注意するよな箇所もなく、少し服を引っ張るだけにおさまる。
「……こんなもんでいいか?」
「ああ、大丈夫だろう。じゃあ入ろうぜ」
そう言って扉を2回ノックして返事を待つ。すると中から、入りなさいという60歳ぐらいと思われる男性の声が聞こえてくる。2人はその返事を合図に、失礼しますと一礼しながら部屋の中へと歩み入る。
中には先程の声の主と察せられる男性が椅子に腰を掛けていた。予想通り60代前半といったところだろうか。シンヤは種族的な特徴を見つけられないことから人族だろうとあたりをつけ、アルフより1歩下がった位置で立つことにした。
「アルフ君か、おはよう。ここに来るとは珍しい、今日は雪だったかの?」
「……用事があるときは伺いますよ、昨日もこの部屋に入ったじゃないですか」
「ははは、冗談じゃ冗談。そんなに嫌な顔をするでない、その後ろの子のことじゃろ? 今日からお前さんたちの手伝いに入るとか言っておった……名はなんじゃったかな?」
そう尋ねられると、アルフが目配せするよりも先に前へ進み、
「初めまして、今日から補佐兼学生としてお世話になりますシンヤ・イワキリと申します。唐突の編入、雇用を認めていただきありがとうございます。至らぬ点は多々あると思いますが、どうぞよろしくお願いします」
と言って頭を下げてからもう一度グリシャをよく見てみる。机に隠れていて良くは見えないが背丈はあまり高くなさそうだ。肩幅は広く、逞しい体つきをしており、立ち振舞いや小さな動作に無駄がなく、現役時代は腕利きの冒険者だったことが伺える。
対するグリシャも、シンヤの力量を量り取り、そしてその丁寧な動作にほぉ、と感嘆しつつニコリと微笑む。
「儂はここの学長であるグリシャ・ベルンシュタインじゃ。なに気にすることではない、助け合ってなんぼじゃからな。とはいえしっかり働いてもらうつもりではあるからの、その辺はよろしく頼むぞ。そういえば学業の方もやるという話じゃったが、見たところ教養もしっかり身についている。知識についてもアルフ君たちから教わっておるのであろう? 儂が言うのもどうかと思うが、学業の方は程々でも構わんのじゃぞ?」
そう言って少し試すようにシンヤを見つめる。シンヤはそれにノータイムで
「ありがとうございます。ですが、他の視点から話を聞くというのもいい経験になるかと。なので、できる限りは頑張りたいと思います」
とキッパリ断る。グリシャはその謙遜しつつも自信に満ちた返答を聞き、誰かを思い出したのだろうか、非常に懐かしいものを見たという顔をして、楽しそうに声を上げる。
「ははは、若いのはいいの。うむ、いいことじゃ。……おっとそうじゃ、忘れるところじゃった。シンヤ君のクラスのことなのじゃが、君には特待生クラス、つまり最上位のクラスに配属となっておるからの。しっかり精進すのじゃぞ」
と言ってシンヤに視線を向ける。シンヤはそれを受け、また軽く頭を下げて元居た位置へと下がっていく。
「アルフ君、素晴らしい弟子を持ったじゃないか。まだまだ現役時代の儂には及ばんが、もう既に十分な力を持っておりそうじゃ。弟子にしたのならまだ伸びしろもあるのじゃろう? しかも君より大分しっかりしてそうではないか?」
「いい弟子であることは私も同感です。ですが、最後のは余計なお世話です……。はぁ、要件はこれだけですので下がりますね」
このまま居ても面倒くさい展開にしかなりそうにない予感がしたアルフは、即座に返答し早急にこの場を離れようとする。普段は人を煽る立場のことが多いアルフが逆にからかわれているという状況に、非常に面白いものを見たという目で見つめるシンヤ。過去に何があったのだろうかと考えながらグリシャの返答を待つ。
「これ待たんかい、まだ終わっとらんぞ。全く、そういうところが悪いと言っておるのだ……。でだ、シンヤ君。君を今日の朝礼で紹介したいと思う。なに、別に堅苦しい挨拶はいらん。軽い自己紹介のようなものを前でしてくれ。儂が少し喋った後に時間を設ける。よいな?」
あまり大勢の人の前に立ちたいと思わないシンヤだが、軽いものならと思い了承の意を示す。それを見て満足そうな表情で任せたと頷くと、「もう特に何もない下がって良いぞ」と告げて机の上にある誰かのレポートと思わしきものへ視線を落とす。その様子を見た2人――アルフはワンテンポ先にだが――一礼して退出する。
ドアの前には連絡事項を書きに行くと言っていたアリシアが立っていた。
「おかえり、ちょっと入りにくくて……。なんか楽しそうだったけど上手くいった?」
「ああ大丈夫そうだ、別に楽しくはなかったけどな。あとはそうだな、挨拶がてら学校内を見て回ったりしたらいい時間になるだろう。そっから朝礼して早速授業だな」
「ん、りょーかい。じゃあ行こうか」
その言葉に頷き、職員室を出て行く3人。どこから見ていこうか、と和気藹々と歩いていく。
「そういえば学長、シンヤの方がしっかりしてるんじゃないって言ってなかった? というかこの手の話あそこに行ったら絶対言われてるよね、何したのアルフ?」
「こっちが聞きたいぜ全く、俺は何もしてねーよ……。初めて会ったときにちょっと態度悪かったかもしれねーけどホントにそれだけだ」
「……十中八九それじゃない。初対面はとっても大事ってよく言うじゃない。でもそんなに根に持つ人じゃないのに……、何したの?」
「魔物に手こずってたみたいだから手を貸したんだよ。手こずってんじゃん、手伝うぜ? って言いながら」
アルフは当時を思い出しながら、手伝うぜ部分の声の感じを再現してやってみる。特に目立ったところはないがなぜか無性に腹が立つような言い方に少し顔をしかめる。それ見たアルフは
「……でもよ、まだ俺14とかのときのはずだぜ? もう6年も経ってるんだぜ、引っ張り過ぎなんだよちくしょう」
と言ってげんなりとした顔を見せる。
そんな会話をしながら各科目で分けられた教室やシンヤのホームルーム、体育館のような場所に非常に広いグラウンドの順で見てまわる。何人かの生徒とすれ違うものの、初めて見るシンヤを見て不思議そうにするだけで、これといった出来事は起こらなかった。
グラウンドに着くともう大勢の生徒が並んでおり、彼らの喋り声が耳に届く。すると鐘の音が鳴り響き朝礼の始まりを告げる。生徒が並ぶ前には金属製の、2人ほどの人数なら楽に立てそうな広さがある朝礼台が設置されていおり、その上で学長であるグリシャが風魔法を使い声を増幅させて喋り始めた。
そして、ある程度話し終えると、新しい先生兼生徒という扱いでシンヤの紹介が始まる。
「最後になるが、今日から新しい先生でもあり、生徒でもある特例の人物がこの学校に来ることになったのじゃ。朝見た者もおるじゃろう。その子を紹介したいと思う。出てきなさい」
言われて前へ歩み出ていく。そのまま上へと登ってグリシャの左横あたりに背筋を伸ばして立つ。すると多くの視線を意識した途端に、なぜか朝の夢のことが頭に浮かびげんなりとした気分になる。普段は起こらない現象を不思議に思うも、なんとか表には出さないようにし、生徒を眺める。パッと見ただけでも金髪から黒髪の者、獣人、森霊種、地霊種、小人族など多種多様な種族がいることがわかる。だいたい全員で300人、男女比6対4といったところだろうか。
そんなことを考えているとシンヤが話す番になる。
「あー、紹介に預かりましたシンヤ・イワキリです。主にアリシア、先生とアルフ先生の授業で補佐として入り、他の授業では特待生クラスで授業を受けます。よろしくお願いします」
よくわからない拍手が起こり、グリシャへ視線を向けるともう良いぞという意味の頷きが返ってくる。軽く会釈をして朝礼台から降りていき、アリシアたちのもとへ戻る。するとすぐにアルフが喋りかけてくる。
「なんか一個くらい笑えること喋れよシンヤ、挨拶固いぜ?」
「いや、あんくらいでいいだろ別に。むしろ何喋れってんだよ」
「あん? うんなもんいい子探してまーす、とかいろいろあるだろ」
「ただの鼻の下のばした残念なやつじゃねーかそれ!」
ヘラヘラと茶化してくるアルフに反論しながら朝礼が終わるのを待つ。そうは言ってもこの紹介が最後のプログラムであったため、すぐに朝礼は終わったのだが。
「ふふ、あっそうだ。さっき校内回ってる時にも言ったけど、次グラウンドで私たちの授業だからこの場で待機だよ。授業自体はシンヤ最初だし、実力知ってもらうためにも模擬戦やると思うよ。1番上のクラスと言っても、そこまで強いわけじゃないからあんまり張り切りすぎないでよ?」
「わかってるよ。やりすぎない程度にはっきり見せつけて、しっかりこなすさ。ところで一限目終わったあとはどうしたらいいんだ?」
「今日は午前中は私たちのお手伝い、午後からはクラスの方に行って授業だよ。流石にどの授業だったかは覚えてないから後で確認しといて、職員室に行けばわかるから」
了解、と頷いて前を見る。生徒たちがはじめに校舎へと戻っていき、それに他の教師陣も続く。段々と開けていき、グラウンドには朝礼台と特待生クラスのメンバーしか居なくなる。そんな光景を、なんだか家畜を集めているみたいだなと思いながらポカンと眺める。
「ほら、行くぞ。授業始めるぜ?」
その声を聞き、慌てて先を歩く二人の後ろをついていく。前には、興味津々といった様子の特待生クラスの生徒たちが立ち並び、まだかまだかと待ち構えている。その様子に若干気圧されつつも、しっかり前を見据える。
アリシアとアルフの説明が始まり、模擬戦をやることが伝えられる。全員に怪我を抑えるために模擬戦用の剣や道具を配布し解散させる。シンヤもそれに倣って所定の位置へと動きだす。
周りを見渡せば、好戦的に構える者、少し消極的な様子の者、これでいいのか、と疑問を浮かべている者などがおり、構える武器も人それぞれだ。それらに対してニヤッと笑い、いつもとは違う剣の柄に手をかける。
強めの風が吹き込み、全員の髪を揺らす。
風が止んだその瞬間、合図がかかり、長らくためていたものが一気に解き放たれたかのように動きだす。興味を持った何人かの教師とアリシアたちが見守る中、ついに模擬戦の火蓋が切って落とされる。
お読みいただきありがとうございます。