第二話 冒険者学校へ
遅れてすみません
2
シンヤとアリシアは、長い廊下を抜けて食堂の前へ到着する。金属のL字型のドアノブを回して扉を開け、先にアリシアを中に入れる。
入るとすぐに、トーストの焼けた香ばしい匂いと、ハムエッグから来るハムの食欲をそそる香りが2人の鼻孔をくすぐる。その匂いにつられて食卓に目を向けると、ハムエッグの横にキャベツのような野菜が盛り付けられた皿が3人分食卓に並んでおり、真ん中あたりには、ジャムなどが入った箱が置かれている。
このメニューは、一見どうということもない朝食に見えるが、この世界では裕福な家庭でしかなかなか見られないものだ。
基本的に地球のような普通の豚や牛などはおらず、肉は魔物から得るのだが、その魔物は一番脅威が低いとされているものでも、ただの農民では3人がかりで1体倒すのがやっと、というようなレベルのものばかりである。
そのため、肉を買おうと思えば値段が張ることになり、一庶民には手が出にくくなる。
ごく稀に、普通の野鳥や鹿などの野生動物が狩られるなどといったこともあるが、もちろんそういった食材が農民などに回ることは難しいため、朝からハムを食べれるなんてことは少ない。
それはさておき、朝から大変な事態というほどでもないが、それに近しいことがあったアリシアはその朝食へ飛びつく。
「おお! 今日もおいしそうだね!」
と声を出しながら、近くの椅子にもたれかかるようにして眺めるアリシア。そんな彼女にシンヤが追いつくと、
「起きたかシンヤ、おはようさん。それと起こしに行ってくれてありがとうな、アリシア」
と横から声がかけられる。振り向くと、25歳ぐらいの男性がそこに立っていた。
彼の名はアルフ・ポズウェル。アリシアの婚約者でもある。容姿は、細めの体型で、身長は180センチメートルぐらいだろう。右頬に縦の大きめの傷があるものの、綺麗な顔立ちをしており、むしろ傷が良い味を出している。また、彼は聖級魔術師という今代の最強の魔術師に贈られる称号を20歳にして得ている。
ちなみに、なぜ婚約者でもなく使用人でもないシンヤがここに住んでいるのかというと、一番弟子だからということに加えて、二人の息子だからという2つの答えがある。
しかし息子と言い切るには大きな語弊がある。というのも二人の年齢で息子が15才、なんてことはあり得るはずもなく養子であるからだ。
また、養子と言っても正式な手続きは踏んでおらず、2人もシンヤが養子だと明言したこともなく、シンヤ自身も自分が養子という立場であるなど全く思っていないので、微妙な関係であるためだ。強いて言うなればシェアハウスに住む同居人といったところだろう。
それはさておき、2人、そのうちアリシアは満面の笑みを浮かべながらだが、アルフにおはようと返す。
「じゃあはやく食べようぜ。他の人たちは一足先に食べてもらってもう仕事を始めさせているから、はやく食わないと台所関係の人たちに悪い」
そんなアルフの言葉に頷きながら席へ着き、いただきますに似たことをして朝食を食べはじめる。いくらか食べるとアリシアが今日の予定を確認したり、朝食のどこが美味しいなどを話し合い顔を綻ばせる。
そんななか、シンヤは1人浮かない顔をしていた。
今日目覚めた時からなんとなく心にのしかかっている「ごめんね」という一節が、頭から離れない。
大切なことを忘れているような気がして仕方がない。
また、なぜ謝っているのか、そもそもこれを言っているのは誰なのかなど疑問はつきず、そしてたちの悪いことに答えが喉元まで出てきているような気がするため、余計に止められない。
その様子を見かねたアルフが訊ねる。
「ん? どうしたシンヤ、腹でも痛いのか?」
「……いや、特に何かある訳じゃないんだけど、気になる、いや、なんか引っ掛かることがあるってだけだかな」
「なんだか煮え切らないな……。あまり詮索するつもりはないが、今朝のことか?」
「うーん、まあそんなとこだな」
と曖昧な返答を返し、視線を落とす。そして小さく、やっぱわかんねぇーやと呟いて口角を上げる。
心なしか気分が晴れたようなな気がして、無理に作った笑みが本当の笑みに変わっていく。
「まぁ本当に重要なことならまた思い出すだろうし、夢の話だから深く考えなくてもいいや。心配かけて悪い」
と、笑う。その様子に顔を見合わせるも、すぐに二人も笑みを浮かべる。
「ならいいさ。でも何かあったら必ず言えよ。同じ屋根の下に住んでる者同士なんだからな」
「そうそう無理は体によくないよ?」
「ああもちろんさ」
二人の優しさを噛み締めながらそう告げるとまた食べ始める。今度は明るい顔をして。
◇ ◇ ◇ ◇
それから10分ほどで残りの朝食を平らげ、食器類を洗い場に持っていき外へ出れる服装へ着替える。季節はもう春ということもありとても暖かく薄着でも問題なさそうだ。
蛇足だが、この国の冒険者学校には生徒にも講師の方にも決められた服装はなくフランクな格好で授業をする。だが、実技の授業の方が多いために動きやすい物を着る人の方が大半で、その手の種類の服はバリエーションが乏しいこともあって結果的には同じような感じに落ち着くのだが。
着替え終わり準備も整う――準備といっても愛用の剣や杖を持つだけだが――と、3人は使用人たちに見送られて屋敷を出発する。学校まではだいたい徒歩で20分強といったところ。住宅街のような車1台半ぐらいの幅の道を生徒や職場の人たちの様子を、種族的にこのような行為はタブーであるなどシンヤに伝えながら歩いていく。
「やっぱり、獣人とかのしっぽとか触るのもアウトかぁ」
「ああ、やめといた方が身のためだぜ? 馬鹿高い店の品物を奢るか、魔法なしの決闘で負けた方は言うこと1つ何でも聞くっていうやつの2択になる」
「……人族に勝ち目じゃねーか、っていうかその言い方アルフやったのかよ」
アルフはニヤリと笑って首肯する。そこ笑うとこかよ、と思いながら苦笑いをうかべ、心の中で絶対にやらないでおこうと決心する。
私はいつでもウェルカムだよ、というアリシアの声が聞こえるような気がしたがきっと空耳であろう。
しばらく進むと横に長い、4階建ての多く窓が取り付けられた白い大きな建物が姿を表す。入り口には門があり、警備兵と思われる男性が2人前に立ち、細身ながらも立ち振舞いから練度の高さがよく読み取れる。横手には「東都冒険者学校」と書かれた木製の立て札が備え付けられている。警備兵はシンヤ一行を見つけると笑みを浮かべて話しかける。
「おはようございますアリシアさん、アルフさん。おや、こちらの方は……」
「おはよう警備員さん。今日からお手伝いで入るシンヤ・イワキリ君だよ。私たちの一番弟子でもあるから身元は大丈夫」
「了解しました。念のため、冒険者カードなどの身分証明書をご掲示願います」
今のアリシアの話だけで中に入れると考えていたシンヤは、警備しっかりしてるんだなぁ、と少し驚きながら冒険者証明書を差し出す。
警備兵はそれを受け取ると、急いで隣にある待機場所のように見える小屋に入っていった。
入校が許可されている人物のついて書かれた書類が大量に詰まっているファイルを開き、シンヤのことに関して書かれたページで止める。
ちなみに冒険者カードとは、その名の通り持ち主が冒険者であることを示すカードぐらいの大きさのものである。
名前やどこの国の出身なのかが書かれ、持ち主、または特定の魔力を通すと発光する仕組みとなっている。そのため、盗まれたりしても他の人が使うことはできないのでパスポートや身分証明書のような役割も果たす。
また、冒険者にはランクというその者がどれくらいの強さや技量、経験といったものを積んでいるのかを表すシステムがあるのだが、それを色によって識別できるようにもなっている。
ランクは「レベル1」のように表記され、レベルの後ろの数値が高くなれば高くなるほど白から他の色に変化していき、最終的には黒になる。まだ、黒の冒険者カードを手に入れたものはおらず冒険者にとって一つの大きな目標となっている。
しばらくすると、警備兵は機械にカードをかざすことで魔力を流し、発光することを確かめる。
「はい、確認できました。レベル5冒険者、シンヤ・イワキリ様ですね。どうぞお入りください」
ありがとう、と告げてカードをもらい貴重品を入れるポーチにしまう。そして、アリシアたちに促されて学校の門をくぐり校舎の中へと入ってゆく。
芽生えたての小さな芽は、春の心地よ日の光に照らされて、力強く伸び始めていた。