第十七話 シンヤくんの状態
サボってました。
7/8シンヤの身長を修正しています。
最初は言い出すのを躊躇っていたようにも見えたけど、話し始めると饒舌そのものだった。
「俺が着いた時、あいつはもう血だらけで、なぜ戦えていたのかわかららねぇ……、って程だった」
語られたのは凄惨な光景と、
「……できることなら手助けしてやりたかったが、あれはどう頑張っても無駄死にするだけだ。チッ、目では追えるがそれだけ、何もできやしねぇ。技のへったくれもねぇ化物同士のぶつかり合い、ふざけんじゃねぇ……」
圧倒的で野生的な高次元の争いの様子、
「……クソっ。思い出すだけで身の毛がよだつ。出鱈目な殺気の応酬に、押し潰されそうなプレッシャー。あんな場所に居て生きて帰れる気がしねぇ」
どうしようもない恐怖心だった。
話しながら握りしめている拳が小刻みに揺れている。声も心なしか震えているように思えた。
今さっき初めて喋った先生だけど、きっとフーゴ先生はこういうこと言わない性格だと思う。思っても言わない、心に留めて糧にしようとするタイプ。
特にこうやって助けた人の前では尚更そうなんじゃないかな。
だから、こんなこと言うってことは余程のことだったってことだよね。
でも何よりも、さっきまで助けてくれていた先生が、どうしようもないという戦い。
それが本当に理解できなくて、私は口を噤むことしかできなかった。
「にゃぁ。ってことはシンヤはあいつともやりあえるってことかにゃ? 同い年のはずにゃのに意味が分からないにゃ」
ステフが独り言のように呟く。
それも本当にその通りだ。私たちは逃げ出すことすらままならなかったのに、身を投げうって助けに入ってくれたなんて。
正直申し訳ないとか有難いとか通り越して理解できない感じ。
だから話がどこか他人事のようで上手く飲み込めない、のかな。
「無事だと、いいですね」
漸く口にできたのはそんなありきたりな言葉だった。中身のない薄っぺらな言葉。
でもそれは本心でもあって……。
「……ああ、そうだな」
前を歩くフーゴ先生から声がかかる。
握りしめていた拳を解きながら放たれた声は、悔しさが滲み出ていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私たちはなんとなく喋り辛くて、しばらく静かに歩き続けた。
そんなに森の深いところじゃなかったのもあるんだろうけど、魔物に遭遇することもなく平和な道のりだった。
歩いた時間はものの数分。3人とも森の中を歩くことに慣れてたから、特に速かったと思う。
「森を抜けるぞ」
先生の言葉通り、少し先の木々の奥側が明るく広がっているように見える。
やっと抜けれたという実感が湧いてきて、嬉しさよりも疲労感が襲ってきた。
そんなに長い時間の出来事って訳じゃないだろうけど、やっぱり気を張り詰め続けないといけないのは大変。
周りも鬱蒼としてて森の中なのに息苦しかったし、何よりも短時間ですごく濃い体験をした。
疲れるどころの騒ぎじゃない気がする……。
ふと前を歩く先生の背中を見上げる。
とても今まで走って戦って……ってしてたようには見えないくらいしゃきっとしてる。
何が違うのかな、もう私は大分へとへとなのに。
よく言う鍛え方の違いってやつなのかな、だとしたら何してるんだろう。
ってめっちゃ気が抜けてるじゃん。ちゃんと拠点まで帰るまで頑張らなきゃ。
気を引き締め直す。そして先生の後ろをついていく。
なんてことをしようとしたら森を抜けた。
流石に拠点もこの近くにある、なんてことは無かったけど、ここから見えない位置にあるって程ではなかった。
広い空間。何だかとっても久しぶりな感じがする。
もう少し歩かないといけないってことなんか吹っ飛ぶような安心感。思わずため息が出ちゃった。
ちょっと睨まれた。すみません。
チラッとステフの方を見ると、疲労困憊って感じだ。すごく拠点に対して無感動だ、目が死んでるよ。
でも、気を抜いてるって感じじゃなさそう。
……駄目だなぁ。すぐこうやって気を抜いちゃう。今日何回目だろ。
先生はもっと大変だったのにしっかりしてる。ステフだってそうだ。
私だけこんなんじゃ駄目だよね。
はぁ、もっとしっかりしなくちゃ。
せめてここからだけでも気を抜かずに頑張ろう。
まずは森から距離を取らないとね。
魔の森の魔物たちは森から出ることをすごく嫌がるから、ちょっと外に出るだけで襲われにくくなる。
これをするかしないかじゃ大違い! なんだって。
……そもそも拠点自体も森からちょっと距離があるから、結局離れないといけないんだけど。
ま、細かいことはおいとこう。
せっかく抜けれたんだしさっさと離れちゃおう。
そう思って歩き始めると、先生が急に立ち止まって横に避ける。
驚いて先生の顔を見ると、先にいけって感じで促された。
どうしたんだろう、何かまだあるのかな?
とりあえず指示通りに先に向かう。
ちょっと歩いたところで気になって後ろをチラッと見ると、先生は一番後ろにまわっていた。
あ、なるほど。一番森に近い方に立ってくれてるのか。
ちょっといろいろ怖いけど、やっぱり実は優しい人なんだ。
うーん、やっぱり口調とか治したほうが良さそう。本当に損してるよ。
……でもこれを言うのは怖いなぁ。うん、他の人に任せよ。
なんてことを考えながらグングンと拠点に向かって歩いていく。
ちょっと遠目に見えていた拠点も段々と近づいてきた。まだしっかりとは見えないけど、もうみんな帰ってきてそうだね。
ガヤガヤしてるのが伝わってくる。
ジャックたち大丈夫かなぁ。戻ったら謝らなくちゃ。私があの果実を取りに行こう、って言わなかったらこうはならなかったわけだし。
シンヤ君も大丈夫かな。先生の話を聞く限りじゃ本当に危ない状態だよね。助けてもらったお礼言えてないし、そもそもまだ会ってすぐなのに。何とか無事であってほしいな。
……迷惑かけちゃったなぁ、本当に。
うん、何言われても我慢しよう。それくらいはしなきゃね。
意を決して前を見ると、教員テントの近くまで来ていた。先生たちは中には居ないみたい、って当たり前か。この中で寛いでるわけないし。
とりあえずみんなのところへ行こう。
「おい、そっちじゃなくて救護テントの方へ行くぞ」
「にゃ? 私たち怪我とかないですにゃ、行く必要は……」
「念の為に決まってんだろ。お前らの班のメンバーもどうせそっちにいる。さっさと行くぞ」
もう、どうしてそんな言い方しかできないのかなぁ?
内容だけ取れば気遣いのできる好印象な教師なのに。
なんで誰も注意しないんだろう。
みんなも怖いから、かな。もしくは注意しても治らないとか。……う、どっちもありそう。
まぁいいか。みんなも居るならそっちの方がいいし。
2人でちょっとムッとしながら大人しく付いていく。
にしてもやっとみんなに会える。重ね重ねになるけどみんな五体満足だといいな。
シンヤ君は話を聞く感じじゃ、そうはいかなさそうだけど……。
だとしても死んじゃったりはしていない、はず。きっと大丈夫だよ。そう信じよう。
ちょっと歩くペースを上げて救護テントへと向かう。
なんか中が騒がしいな。何かあったのかな。
「戻ったぞ。二人は無事だったが……ってそれどころじゃさそうだな」
中に入りながら出したフーゴ先生の声は、中でされている話し合いの声でかき消されちゃったみたい。
頭を掻きながらもう一回。
「おい、戻ったぞ! 二人連れて帰った、こいつら診てやってくれ!」
そこそこの声量があったから、今度はこっちに気づいてくれた。
先生たちは円になって誰かを囲んで話し合いをしていたみたい。中央にいるのは誰だろう。うーんここからじゃ見えないな。
覗き見ようとしてる間に「こっちよ」と担当の先生に声をかけられる。
ステフが幽霊のようにふらふらとそっちへ歩き出すもんだから、びっくりして後を追う。
「え、ステフ大丈夫?」
「もうみゃーは疲れたにゃ。早く診てもらってご飯食べて寝たいのにゃ。はやくリアも行くにゃ」
「う、うん」
うわぁ、すごい疲れっぷり。こうなったらもう駄目だ、ステフは。
なんか足取りもちょっと怪しいし、担当の先生が凄く心配そうにしてるし。
疲れたら全部表に出ちゃうからなぁ、ステフは。無理もないけどさ。すごく頑張ってたし。
ありがとうね、ステフ。
なんとんく手を握って歩く。ちょっとびっくりして笑ってくれた。
先生の方もちょっと安心したみたい。笑顔で迎えてくれた。
頭打ったりしてない? といった問診に受け答えしながら、衝立の向こう側に居る先生たちが話している内容に耳を傾けてみる。
……うーん。断片的にしか聞き取れないし、結局誰のことかもわからない。
本当に何なんだろう。すごく気になるなぁ。
「リアさん、ちょっと聞いてますか?」
「は、はい、すみません、えっと……」
あ、駄目だ。何質問されたかわからない。ステフが話してたから当分来ないと思ってたのに。どうしよう。
「リア肩から血が出てたにゃ? それはもう大丈夫にゃのかって話にゃ。しっかり聞くにゃ」
「ご、ごめん。えっと、魔法で治しましたし、大丈夫です」
「気怠さがあったりとかもない? フォレストウルフだから毒は持ってないと思うけど」
「それもない、です。全然、はい」
「なら良かったわ
もう、話は聞きなさいよ? あなたたちのためにやってるんだから」
「……はい、ごめんなさい」
でも気になるんです、横でしてる話が。
……なんて言えるはずもなく、そこからはちゃんと受け答えをした。
と言っても、私たちは対して怪我もしてないし、疲れていること以外不調でもなんでもないから、時間はかからなかった。
「うん、大丈夫そうね。
あなたたちの班員はみんな外に居るはずよ。早く戻って元気な顔を見せてあげなさいな」
班のメンバーは外に居るってことは、横にいてるのはシンヤ君か。他の人かもしれないけど。
どういう状態なのかちょっと気になるけど、あまり先生を引き止めちゃ駄目だよね。言われたとおり戻……
「ならどうするの!? 早くしないとホントに死んじゃうよ!?」
衝立の向こう側から急に怒鳴り声が聞こえてきて、体が跳ねる。
この声は、アリシア先生かな。先生が声を荒げたの初めて見たかも。今も見てはないけど。
というか死んじゃうって聞こえてきた気がするんだけど。そんなに酷い状態なの?
でも、あれと戦ったのならそれでもマシな方なのかな。
「……どういう状態なんですか?」
「……。傷は塞がっているんだけど失血量が多いの。だから輸血しようとしてるんだけど、誰の血を輸血するんだってところで揉めてる状態よ」
あーなるほど。輸血する血の型が間違ってると病気になる、だっけ。なんでだったかは忘れたけど。
アルフ先生しか人族の先生居ないから、それで決まりじゃな駄目なのかな。
「……そんにゃのアルフ先生しかいないにゃ。なぜ揉めてるにゃ?」
「ええ、本来ならそうよ。でもポーションをかなり飲んじゃったから、今のアルフ先生の血を輸血すると中毒症状が出ちゃう。ほぼ間違いなくね」
ポーションによる中毒症状か。製造過程で使う薬草に入ってる成分が原因で発症するんだったかな。症状は軽ければ動悸や頭痛吐き気でおさまるけど、重くなると心肺機能の急激な低下とかが起こるはず。
元気な状態で軽い症状ならなんとかなるけど、もともと危篤状態だと何もかもが命の危機になっちゃうよね。
なら……
お読みいただきありがとうございました。