第十四話 その周りで
コロナすごいですね。
4/26フーゴの口調を訂正しています。
シンヤの異常性に気づけたのは相対するグリフォンと、息を切らしながら戦闘の現場に辿り着いたフーゴと呼ばれた虎系獣人だった。
「はぁ、はぁ……。なん、だぁ……、これ……」
リュミーカから指示を受け、全速力で駆け抜けてきたフーゴはものの数分で戦場へと辿り着いた。
荒ぶる息を整えながら戦場を見れば、明らかにおかしな挙動をとりながら戦うシンヤと、翻弄されるグリフォンの姿があった。
怪物と怪物が争っているようにしか見えず、手を出せば自身の身が危険になることが本能的に察せられた。
恐らく、この2体のうちのどちらかと戦闘になっても即座に殺されるだろう。
ジワリと手のひらに汗が滲み、飛び出してしまいたい衝動が沸き起こる。
とは言えこちらに飛び火がかかる様子は無さそうだ。
その事実がフーゴの冷静さをギリギリ保たせた。
顔の向きを外さないように目玉を動かし、グルリと周りを見渡す。
シンヤが担当していたはずの生徒の姿が見当たらない。
突発的な事態に冷静さを欠き、散り散りに逃げた可能性が高い。
しかし、子供の足であることに加えこの環境である。それほど遠くまで移動することはできていないはずだ。
まだ近くにいる。
そう考え刺激しない程度に探査魔法を広げていく。
「そこに3人……いや、合流したか。これで5人、あと2人……どこだ?」
フーゴの探査魔法では、それが具体的に誰なのかまでは判別できない。また、そもそも探索魔法といっても、そこまで長い距離を調べられるわけではない。
残りの2人はかなり離れているらしく、その範囲に入らない。
だが、魔物の群れが手早く移動しているのを発見する。
「……チッ。あの先がその2人だと不味いが」
薄く広く伸ばしていた探索魔法の範囲を直線的にし、距離を稼ぐ。
すると、魔物の進行方向に2人いることがわかった。恐らく見つかっていなかった生徒だろう。
様子を伺いながらジリジリと移動を始める。
幸いなことに2人の位置は戦場をまたいだ反対側ではない。走り出せばすぐに駆けつけられる場所だ。
だが、焦ってあの怪物2体の注意がこちらに向き、助けるどころではなくなってしまえば元も子もない。
慎重に歩を進めていく。
怪物たちの体がこちらに向く度に心臓が跳ねる感覚が襲い、冷や汗がひっきりなしに流れ出る。
なんとか気持ちを落ち着かせつつ、ある程度の距離をとったところで走り始める。
「クソッ、ふざけてやがるぜ畜生。……おっと、一応信号弾打っとかないとな」
安心のあまり、独り言が口から漏れる。
ゴソゴソと道具入れから信号弾を取り出し、救援要請を示す赤色の煙を出せるよう設定する。
魔導式なので音はほぼ出ない。グッと発射口を上に向け、打ち上げる。
問題なく上空へ向かう煙を確認してから、フーゴは先程感知した二人のもとへと走り出した。
◆ ◆ ◆ ◆
フーゴが走り出したその頃、アリシアが引率する班の近くで魔力の奔流が起きた。
空気が淀み、空間がねじれ、縦長の楕円型の穴が開く。そして穴の中から人が這い出てきた。
その突然の現象にアリシアたちは一瞬身構えるも、警戒はすぐさま解かれた。これが彼女の夫であるアルフのものであると気づいたからだ。
魔法に一切の揺らぎや無駄はない。あたかも元からそこに空間の穴が空いていたかのような安定性。
空間を操る魔法は総じて理解が難しく、難易度が非常に高い。それを平然と、そして完璧にしてのける。人の技ではない。流石は聖級の称号を得た人物である。
もちろん中から出てきたのはそのアルフだ。
彼はそのまま視線を巡らせ、アリシアを見つけると少し安堵したような表情を見せるも、それはすぐに消え去り、次には一変して切羽詰まったような表情になった。
「シンヤのとこになんかが出たらしい。信号弾を打ったからかなりの強者だ」
アリシアの悪い予感が的中した報せだった。しかもできれば起こり得てほしくなかった予感。
アリシアの表情が歪む。
「ッ! じゃあ早く行かなきゃ! 場所はどこ!?」
「いや、まだ詳しい位置はわかってねぇよ。ただ、ここからはかなり遠いな」
「救援に行ったのは誰?」
「フーゴが行ったらしい、が……」
「それじゃ助けられないじゃないっ!」
この東都の冒険者学校で働く教員は、冒険者としての格であっても非常に高い水準のものだ。他の都であれば、トップクラスの実力である。しかし、そんな彼らでもアリシア、アルフ、シンヤの3人よりかは大分劣る。つまり、この3人でも対処の難しい相手には対処の施しようがない。
「おい、落ち着け。まだ話は終わっちゃいねーよ」
グイグイと距離を詰めてくるアリシアの肩を持ち、落ち着いた調子で話しかける。
「だからアリシア。君はこのままシンヤの援護に向かってくれ」
「……へっ?」
呆気に取られた様子で口を開け、間の抜けた声を漏らす。
「何だよ、それしか方法ねぇーだろ」
「いや、でも生徒はどうするの?」
「何のための俺だよ。俺が転移魔法で連れて行く」
生徒たちを指し示しながらアルフが言う。
「だけど……」
「ま、ギリギリってとこだろな。シンヤのとこまでお前を送る魔力を含めて、な。
なぁに、心配しなくていいさ。これくらいはやり遂げられるよ」
一人で移動するだけならそれ程多くの魔力は必要ないのだが、1回の移動に6人動かさなければならない。それを生徒全員するとなると、馬鹿にできない量の魔力を消費することとなってしまう。
魔力切れで死ぬことはないが、しばらく動くことはできない。少なくとも1日は魔法は使えなくなる。
「……。でも怪我の治療はどうするの?」
「そっちの心配もいらないぜ。4級ボーションがたんまりあるからな」
ポーションとは、魔力と野草や魔物の素材などから作られる怪我の治療薬である。幾つかの等級に分けられており、数字が小さくなるほど大きな効力を持つ。第一級の万能薬と呼ばれる代物となると、切り落とされた体の部位が繋がる、服用すればありとあらゆる病が治ると言われているが、これはまだ作成されることも発見されることもなく、伝説の物として扱われている。
今回アルフが持ってきている4級のポーションは、部位欠損を治すことなどはできないが、それでも捻挫や縫わなければならない傷であれば治癒することができる。
これより酷い傷を負った者がいるのであれば、救援信号が出ていておかしくない。このポーションで事足りるはずだ。
「だからお前は気兼ねなくシンヤの所へ行け。ま、帰りは徒歩だがな」
「……なら、行けるね」
「だろ?」
敵わないなーとアリシアから笑みがこぼれる。
そして、先程浮かべていた歯痒い気持ちはどこへやらというほどの覇気が溢れ出した。
ニヤリと笑い、アルフはさささと手を動かす。
戦場へと繋ぐ穴が形成された。
「ほい、できたぞ」
「ん、いろいろありがとう」
「お安い御用ってやつだぜ」
「あはは、そりゃありがたいや」
ニコッと爛漫な表情で笑いかける。
しかしその表情はすぐ引き締められた。
「……じゃあ、また後でね。その子たちのことよろしく」
アルフが返事する間もなく彼女はその穴へと飛び込んだ。
ビリビリと周囲が唸り、保有魔力の減少を感じ取る。転移が成功したようだ。
「おう……って、あ? もう行ったのか、ったくせわしない奴だぜ」
ポリポリと頬の辺りを指で掻く。苦笑のようなものが浮かぶが、その顔もすぐにどこか思案顔なものへと変わる。
どれだけ強かろうと、駄目なときはどうしても駄目だ。同じ強者であるからこそ、そして周りで何人もそうやって去っていった人を見ているからこそ、わかる拭いようがない事実。愛する人ともなれば不安は尽きるものではない。
だが、これでなんとかなるだろうという安心感が溢れ出たのも事実である。
未だ切迫した状況ではあるが、これで少なくともマシな結果に向かうことは間違いない。
不安を拭い去るように小さくホッと一息つき、生徒たちの方へと向き直る。
「大丈夫ですか?」
「ああ、問題ないさ。最強が向かったんだ。これで無理なら端から無理さ」
「たしかにぃ、それはぁ、そうですけどぉー」
その言葉に生徒は押し黙る。
少し心許なげなのは、未だアルフが自信を持ちきれていないからだろう。
子供というものは敏感に感じ取るものだ。
仕舞ったな、という思いつつも至って強気に、それでいて明るく努めて声をかける。
「ほら、こんな陰気臭い場所、さっさと出るぞ。暗い顔しててもしょうがねぇって」
「……そうですけど」
「誰も死にゃーしねーって。切り傷になるか骨折になるかの違いさ」
「……それ大きな違いなような気がしますけど」
「んなことねーさ、どっちも致命傷じゃないし」
「いやそういう問題じゃ……」
と言いながら生徒のうちの1人が口篭る。
「ま、真面目な話、ここにいたってできることなんかねーよ」
「……そうですけど」
「ああ、だからさっさと帰るぜ。引き際を見誤らないのも大事な能力だ」
「……わかりました」
若干の不安を感じ取ったものでしかなかったためか、こんなやり取りでも納得してくれるようだ。
自分の教師としての能力不足を再認識しながらも、今度はそれを表に出さないように努めつつ、帰還用の転移魔法を組み上げる。
できあがった穴に生徒たちが入っていき、転移が成功する。その様子を眺めながら、現在も戦っている身内二人へと思いを馳せる。
どうにも不安な気持ちが拭えない。
1番納得しきれてしないのは自分だな、と精神的弱さを自嘲する。いや、せざるを得ない。
魔法は想像を具現化する力である。精神の不安定さ
はそのまま魔法の精度に直結する。
魔術師としても、教師としてもこの状態は戒め、早急に治さなければならない。
「ふぅ……」
無理やり心を落ち着かせ、次の生徒たちの元へ繋ぐ魔法を組み立てる。
生徒たちを今回の拠点へと運ぶ重要な使命を受けているのだ。
そんな使命感で心を満たし、自分の仕事へと集中していくのだった。
お読みいただきありがとうございました。