第十二話 その周辺にて
ものすごく短いです。
自身の軌道をなびく尾のように残しながら赤い煙が上昇する。木々を突き抜け、緑の過密地帯を抜け、空気という紙を掠れているペンが描くように縦一線に。
「あれは信号弾じゃねーか?」
役目を果たしたペンが段々と掠れていくように、その赤い煙の先端もある高さから薄くなり、途切れ始め、そしてさも当然かのように消え失せる。
「……のようだな。しかも赤色。危険と応援要請か」
「今日あの位置辺りに居るのは……、シンヤの班だけか。……え? シンヤの班!?」
とはいえペンと煙、紙と空気では明確な違いがあるように、煙が遺した自らの軌跡は拡散し、流され、次第にハッキリとした形を失っていく。しかし、ハッキリとした形を失ったとしても、危険信号という役目だけは確実に果たす。
その場にとどまり続ける赤い煙幕は、何度見直しても消えることはない。
「全体に魔の森からの撤退命令を出せ。それしかねーだろ。主力が戻らねーことにはどうにもできねぇ」
リュミーカが即座に指示を飛ばし、一人が頷きながら指令をだす。
指令はミサンガを切ることによって伝えられる。このミサンガは色によって分けられており、各班担当の教師らはすべての色のものを身に着けて活動している。さらに、リュミーカ達のいる本部にあるものを切ると、同じ色の教師が身に着けているミサンガが熱を発しながら切れるように設定され、それを指令の代わりとしているのだ。
「しかし、だ。うちの主力たちはここからかなり離れた所で活動中だ。ここまでくるのに相当時間がかかるぞ。その間どうするつもりだ、リュー?」
「……。少なくとも見守れていないはずの生徒たちだけでもこっちに戻さなきゃなんねぇ。足がはえー方はフーゴか?」
「たぶんそうだろう。よし、直ぐに出発しよう」
フーゴと呼ばれた虎型の獣人の男が立ち上がり、リュミーカの頼んだという言葉を背中に受けながら駆け出していく。
発汗し始めた手を握りしめ、彼らの無事を祈りながら本部席へと戻り空を見つめる。
魔の森での遠征の一番の懸念事項が、現実となり始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
突然手首に痛みを感じ、小さく声を漏らす。
痛みのもとを見ると、付けていたミサンガが赤く発光し、少しずつ焼ききれるように消え始めていた。
「どうしたんですか? アリシアさん」
「……撤退命令がでてる。みんな、キリの悪いタイミングだけど今すぐ森を出るよ」
撤退命令という言葉に生徒たちはそれぞれ別の反応を見せながらも、即座に進む方向を変え森の外へと歩きだす。
「やばぁいことがぁ、どっかの班でぇ、起こっちゃったぁ、ってことぉ?」
「そういうことなんじゃない? アリシア先生とかアルフ先生を使いたいってことでしょ」
「いや、例年ならそうだが今回は魔の森だ。単純に余裕をもたせてるだけかもしれない」
「それならぁ、今までにもぉ、起こってるんじゃなぁい?」
「たしかにね。……なんにせよ僕らは無駄なエンカウントを減らしながら戻らなくちゃならないね」
生徒たちの会話は、アリシアが感じていた不安を確かな危機感へと変貌させた。
彼らの言うとおり、これがシンヤ以外の教員であれば安全に配慮した結果でしかなかっただろう。しかし、シンヤ以上の実力のある教員がそれをしてしまうと人手不足になってしまう。
その判断のもと、信号弾は非常に危険な状況にならなければ打たれることはない。
「何とか耐えしのいで……」
アリシアは逸る気持ちを抑えながら天に願う。それしかできない自分を歯痒く思いながら。
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