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第31話 妖精狩り

第三章にあたる【三日目 朝】パート5です。仮面を剥がれた細目の男、その狙いとは。

  5  妖精狩り


「……くっ」

 ルピニアは弓を手放し、矢筒を肩から落とした。エルムも杖を床に捨てた。

「大変よろしい。最初からそうしていただければ、お互い楽でしたのにねえ」

「アトリをどうする気だ!」

 魔法に縛られたままのジャスパーが叫ぶ。

「そう大声を出さなくとも聞こえていますよ。耳はいいほうですからね。さて、どうするかと言われると少々迷いどころですが……まずは確認といきましょう」


 細目の男は腰を落とし、剣を突きつけたままアトリの襟首に手を伸ばした。身をよじるアトリを押さえつけ、ローブの首元を掴み刃を当てる。

 刃が背中の布を縦に裂いた。

 アトリが悲鳴を上げた。

 露になった白い背中には、薄緑色に輝く何かがあった。左右の肩甲骨の下辺りから、薄く平たい何かが二つ生えている。端の方はちぎられた布のように不規則な輪郭をしており、左右の形は不揃いだ。

 ジャスパーはちぎれた蝶の羽を連想した。

 背中に蝶のような羽を持つ、エルフに似た種族。

 思い当たるものが一つだけあった。


「……フェアリー」

 ルピニアが呆然とつぶやく。

 フェアリー。羽妖精とも呼ばれ、かつて妖精の代表格とされた古い種族。その最大の特徴が背中の羽だ。彼らはその羽に風の精霊の加護を受け、自在に空を飛ぶことができるという。

 いかなる理由によるものか、近年では彼らを見かけることすら稀になっており、ジャスパーも本物のフェアリーを目にするのは初めてだった。


「ひどいちぎり方をしたものです。ここまでされると粉が採れませんね」

 細目の男が呆れたように肩をすくめた。

「粉が採れたら死体でもよかったのですが、こうなると血に期待するしかありません。生きていてくれて本当に良かった」

 アトリの肩がびくりと震える。


「粉とか血とか、いったい何を――」

 問いかけたジャスパーも嫌な予感しかしなかった。

「妖精狩り。フェアリーの羽から粉を採って売る連中や。フェアリーが減ったんもこいつらのせいや」

 ルピニアが吐き捨てるように答えた。

「なかなか勉強している。もっとも、その粉がいくらで売れるかまではご存知ないでしょうねえ」

 細目の男は笑みを崩さない。

「魔法の触媒として優秀で、手に入れるのが困難な材料ですからね。五人分もあれば一生遊んで暮らせます。魅力的だと思いませんか。……まあ、このお嬢さんからは、いささか価値が劣る血をもらうしかありませんが」

 弾かれた杖に伸びたアトリの手を、細目の男が踏みつける。アトリの悲鳴が響いた。


「おとなしくしてください。手荒な真似はしたくありません。お嬢さんには当分の間、元気に血を生み出してもらわないといけませんからね。なに、少しずつですから心配は要りませんよ。半年かそこらはもつでしょう」

「てめえ……!」

 ジャスパーは歯を食いしばり、光る縄をちぎろうともがいた。拘束されているのは腿から上だ。膝から下は動くものの、立ち上がって歩くことはとてもできない。

「アトリに触るなクズ野郎! お前に比べたら吸血鬼のほうがまだマシだ!」

「はいはい。ちゃんと聞こえていますよ、安心してください。君には吸血鬼以下のクズ野郎がお友達をどうするか、しっかり見届けてもらいましょう」


「もうやめて! やめてください!」

 細目の男を見上げ、アトリが叫ぶ。

「わたしの血がほしいならあげます! せめてそのひとたちは助けてください!」

「それでも良かったのですがねえ。顔を見られてしまってはどうにも。表向き、妖精狩りは重犯罪ですので」

 細目の男は肩をすくめた。

「お嬢さんが無闇に逃げ回るからですよ。いくら逃げる力がほしくとも、あの司教に弟子入りしたのは間違いでしたねえ。冒険者にさえならなければ、こんなにお友達を巻き込むことはなかったでしょうに」

「あ……」

 アトリが蒼白になり、言葉を失った。


「……違う。逃げる力なんかじゃない」

 ジャスパーの脳裏に怪我をした五人の姿がよぎる。

 アトリは危険を背負う覚悟で彼らを助けようとした。自らの巻き添えになったかもしれない者たちを、見捨てることができなかったからだ。

 司教とやらが誰かは知らない。誰の弟子でも関係ない。アトリがほしかったものは、断じて逃げる力ではない。あの男に負けない、誰も巻き添えにしないための力だったはずだ。

「アトリをバカに――」

「ところで狩人さん。その脚、痛くないの?」

 場違いに軽い声が割って入った。

パート6「背教の誓約」へ続きます。【三日目 朝】はパート13まで続きます。

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