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第29話 ニセモノ

第三章にあたる【三日目 朝】パート3です。ダンジョン脱出の決意を固め、踏み出した先には…。

  3  ニセモノ


「開けるぞ」

 扉に耳を押し当て、通路の気配を探っていたエドワードがささやいた。

 それぞれ武器を手にした四人がうなずく。

 ジャスパーの前にはアトリがいる。ただでさえ小柄な彼女の背中は、目を離したら消えてしまいそうなほど儚く見えた。

 ――こんな背中を追いつめた奴がいる。

 静かな怒りが湧き上がる。抜き身のショートソードを手にジャスパーは身震いした。


 エドワードがゆっくりと扉を引き開ける。

 通路から流れ込む空気にジャスパーの嗅覚は異常を感じなかったが、エルムが耳を動かしてささやいた。

「誰かいるよ。足音がする」

 エドワードは壁に身を寄せ、慎重に外を覗いた。彼はエルムの警告を微塵も疑わなかった。人間に感じ取れない危険を獣人の感覚が捉えたなら、最大限に警戒すべきだと彼は知っていた。




 エドワードの目は薄暗い通路を歩いてくる何者かの姿を捉えた。

 上層でそのシルエットに類似した魔物には心当たりがない。おそらく大柄な人間、あるいは獣人だ。片手に抜き身の剣らしきものを持っている。明かりを持っていないところを見ると夜目が利く可能性もある。

 一方こちらは扉の内側からたいまつとランタンの光を漏らしている。気づかれていないわけがない。奇襲は不可能だ。正面から迎撃するしかない。


 背後の四人に「停止」のサインを送り、エドワードは腰の短剣を抜きながら通路に出た。手を離した扉がかすかに軋みながら閉まっていく。

「誰だ」

 エドワードは左手でたいまつをかざし誰何した。

 返事はなかった。人影は剣を提げて接近してくる。

 ――問答無用かよ。

 エドワードはたいまつを落とし、左手首に留めていた小盾の取っ手を握った。

 敵の得物は自分より長尺だ。避けるか受け流し、懐に入らなければ勝負にならない。

 人影はもはや殺気を隠すことすらしていない。

 十五メートル。十二メートル。十メートル。

 人影がたいまつの明かりの中へ踏み入った。

 浮かび上がったその姿にエドワードは目を見開いた。


「ケイン――」

 驚愕するエドワードに構わず、ケインが剣を振るう。

 飛び下がったエドワードの鼻先を刃が通過した。剣筋が鋭い。まったく手加減なしの一撃だ。

「てめえ、なんのつもりだ」

「お前こそ何者だ」

 剣を構え直したケインの顔は怒りに歪んでいた。

「もう逃がさん」

 ケインは躊躇なく踏み込み、長剣を振るった。

「何を――うおっ」

 鋭い剣がうなりを上げてエドワードをかすめていく。エドワードはかろうじて攻撃を避け続けた。

 どれも短剣や小盾で受け止められる一撃ではない。ケインは本気で殺しにかかっている。


「化けの皮をはいでやる」

 ケインが剣を後ろに引いた。突きの構え。

 エドワードの背筋を冷たいものが走る。

 あれはケインの得意技だ。その鋭い剣閃が中層の魔物を貫く様を、これまで何度も目にしてきた。それが自分に向けられるとは思いもしなかった。

「本気かよ」

 エドワードは小盾を前面に構えた。

 金属製ではあるが、せいぜい手のひら二つ分の面積しかない小さな盾。こんなものでケインの突きを受け止めるのは不可能だ。彼の突きは小さな盾など押しのけて敵を貫く。避けきるか、どうにかして受け流すしかない。


「覚悟しろ。偽者!」

 ケインが鋭く踏み込み、剣を突き出す。

 光の筋を引いて剣先が迫った。速い。鋭い。身体の中心線を狙った無駄のない直線軌道だ。

「ちいっ」

 エドワードは身体をひねりながら右へサイドステップし、左腕を全力で横に払った。

 小盾が剣の腹を捉えた。

 金属同士がこすれ合い、嫌な音を上げて火花を散らす。

 ケインの剣は軌道を逸らされ、エドワードの脇腹をかすめて壁に突き当たった。

 体勢を崩されたケインの首筋に冷たい刃が当たる。エドワードの短剣だ。

「まだやる気か」

 ケインはぎょろりとエドワードの顔を睨んだ。

「……お前、本物のエドか」

「さっきから何を言って――」

 その瞬間、猛烈な眠気が二人を襲った。

 万全の状態であれば耐えられたかもしれない。しかしダンジョンの中で警戒を怠らずに寝ずの番を務め、ケインとの死闘で気力を削られたばかりのエドワードに、その術は抗いがたかった。

 ――やべえ……。

 視界の端に第三の人影を認識しながら、エドワードの意識は闇に沈んだ。




 エルムは困惑していた。

 彼の耳は扉の向こう側で起こった戦闘をおぼろげに捉えていた。

 あの声はたしかにエドワードとケインだ。その二人がなぜ争う? 最後に聞こえた偽者という言葉は何だ? ひときわ激しい金属音の後に、誰かが倒れる音もした。石床を叩いた音からすると、倒れたのは金属鎧を着込んだケインの可能性が高い。勝ったのはエドワードなのだろうか?

 緊張し身構える四人の前で、扉がゆっくりと開く。


「……ひでえ目にあった。なんであいつが」

 エドワードがよろめきながら姿を現した。傷を負ったのか、皮鎧の脇腹に血がにじんでいる。

「先輩、ケインさんは」

「とりあえず気絶させておいた。あいつの治療は後回しだ。また襲われたらたまらねえ」

 エドワードが親指で後方を指す。

 開いた扉の隙間から、通路に倒れた男の脚が見えた。金属製のすね当てが光を反射して鈍く輝いている。たしかに重装備の戦士だ。


「エルミィ、すまねえが治療を頼む。あの野郎本気で斬りやがった」

 エドワードが玄室に入って扉を閉じた。

「はい、先――」

 エルムは踏み出しかけて足を止めた。

 何かがおかしい。何かがある? 違う。何かが足りない(・・・・・・・)

 躊躇するエルムをよそに、ジャスパーがアトリの前へ進み出た。

「センパイ。やられたのは腹だけ?」

「ああ。最後の突きを避けそこねた。……どうしたエルミィ、なぜ来ねえ」

 エドワードが一歩踏み出す。

 ジャスパーは剣を構えた。エルムもたいまつを落とし、ルピニアの前へ出て両手で杖を構える。

 エドワードは怪訝な顔で獣人たちを見やった。

「なんのつもりだお前ら」

「お前こそ誰だ」

 ジャスパーがショートソードの切っ先をエドワードに向ける。

「お前からはなんの匂いもしない。その血は偽物だ。それにセンパイはそんな歩き方はしない」

「あなたは足音がしなさすぎるよ。先輩ならもう少し床を蹴る音がするはずだもの」

「……おい、お前ら冗談がきついぞ。ルピニア、アトリ、お前らも何か言ってくれ」

「なるほどニセモノやな」

 ルピニアが背中の矢筒に手を伸ばす。

「エドはあれでフェミニストでな。女だけを呼ぶときは『お前さんたち』と呼ぶんや」

「幻身の術。誰かの姿をまとう幻覚魔法です。その術は光をごまかすだけで、金属鎧の重さや音は再現できません。だからケインさんではなくエドワード先輩に化けた。違いますか」

 アトリの指摘がエルムの勘を刺激した。

「分かったよ。あなたはその姿で、都合よく一人になってくれたケインさんを襲ったんだ。ケインさんを先輩にぶつけて、アトリちゃんの護衛を減らすために」


 エドワードは肩をすくめた。

「ひでえな。総スカンじゃねえか。人がせっかく」

 声が柔らかなテノールに一変した。

「……適当に全滅してくれるよう苦労していましたのに。鼻の利く獣人ばかりか、あんな戦士まで来るとは思いませんでした。うまく行かないものです」

「あなたは、やはり」

 アトリは杖を握り締め、エドワードの姿をした男をきっと睨んだ。

 男は柔和な笑みを浮かべ、優雅に一礼した。

「久方ぶりですね、飛べないお嬢さん。そこまでしてエルフになりすますとは思いませんでした」

パート4「王手」へ続きます。【三日目 朝】はパート13まで続きます。

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