表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/82

25・ユルヴァン様の来訪

 私がフィニアス殿下の婚約者と認められた後、正式にグラナート侯爵家の義娘となったことで、結婚まではグラナート侯爵家のお屋敷に移動することとなった。

 初対面であった侯爵の息子さん達も歓迎してくれて、割と至れり尽くせりな生活をさせてもらっているのが何となく心苦しく感じながら、礼儀作法の勉強などで忙しくしている中、フィニアス殿下とエルノワ帝国から来ていたユルヴァン様が私を尋ねてきた。


「お久しぶりです、ユルヴァン様。お元気でしたか?」

「ええ。貴女も元気そうで良かった。それと、婚約おめでとうございます」

「ありがとうございます。今日は、そのためにこちらへいらしたのですか?」


 お二人の顔を交互に見ていると、言いにくそうにユルヴァン様が話し始めた。


「祝福の言葉を贈るためではあるのですが、当事者である貴女に報告しなければならないと思い、フィニアス殿下と共に参りました」

「報告したいことですか?」

「はい。イヴォンのことです」


 イヴォンの名前を聞いた私は、真顔になってしまい口を閉じた。

 報告ということは、彼に判決が下ったということだよね。


「先代皇帝陛下に毒を盛っていたことや関係者の殺害などにより、イヴォンは死刑となりました」

「まあ、そうなるでしょうね」


 淡々と話しているユルヴァン様とフィニアス殿下。

 やったことがやったことだから、死刑になるんじゃないかと思っていたけれど、実際に聞くと動揺してしまう。


「か、れは……反省していたのでしょうか?」

「いいえ。これっぽっちも反省はしていませんでした。最後まで恨み言を口にしていましたよ。皇帝という地位に執着していましたからね」

「ルネ、大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ?」


 様子の違う私に気付いたのか、フィニアス殿下が優しく声をかけてきてくれた。

 犯罪者とはいえ、捕まえる切っ掛けを作ったのは私だもの。

 なんとか笑おうとするけれど、上手く笑えない。


「イヴォンが死刑になったのは、貴女のせいではありません。いずれ捕まって同じように死刑になっていました」


 震える私の手をフィニアス殿下が握ってくる。


「……大丈夫です。それは分かっています」

「まあ、すぐに気持ちを切り替えるのは無理でしょう。ああ、そうだ。母上から手紙を預かってきていたのを思い出しました。どうぞ」

「ベアトリス様からですか?」


 ユルヴァン様から手紙を受け取った私は、重い気持ちのまま封を開けた。

 ベアトリス様の手紙には、婚約おめでとうという祝福の言葉と近況報告が書かれている。

 明るい話だけが書かれていて、少しだけイヴァンの件を忘れることができた。


「……ご家族で、避暑地にお出掛けされたのですね」

「ええ。静かなところで、時間がゆっくりと過ぎていくので仕事の疲れが取れました。新婚旅行にもおすすめですよ」

「では、新婚旅行はそちらに行きましょうか? 楽しみですね」


 優しく微笑むフィニアス殿下に私はぎこちなく笑みを浮かべた。

 まだ気持ちの整理はつかないけれど、なるべくしてなったのだと無理矢理自分に言い聞かせるしかない。

 ふぅ、と息を吐いた私は、心配そうにこちらを見ているフィニアス殿下と視線を合わせた。


「……気が早いですよ。結婚式はアルフォンス殿下の魔力が安定して、王太子となられてからでしょう?」

「間際になって焦るよりも今から予定を立てておいた方がいいでしょう? 結婚後は忙しくて、時間も取れないだろうと思いますし。最初にこちらの予定を決めて、ごり押ししてしまいましょう」

「それは、そうですけれど」


 そんなにあっさりと新婚旅行先を決めていいのかな?

 エルノワ帝国に旅行に行くのは楽しみだし、良いのだけど。


「まあ、新婚旅行の件はお二人でゆっくりと考えて下さい。あと、ルネ」

「はい」


 ユルヴァン様に視線を向けると、彼は口元に手を当てて視線を彷徨わせていた。

 どうしたの?


「ユルヴァン様?」

「あ、いえ。少し尋ねたいことがありまして。ですが、どう切り出せば良いのかと悩んでしまって」


 若干、頬を染めているユルヴァン様に私とフィニアス殿下は顔を見合わせる。

 何度か深呼吸をした彼は、覚悟を決めたように真剣な表情で私を見てきた。


「貴女はエレオノーラ嬢を御存じですか?」

「ユルヴァン様が仰っているのは、シュタール侯爵家のご令嬢のエレオノーラ・シュタール様のことですか?」

「ええ」

「エレン様のことでしたら、友人ですので存じ上げております。彼女がどうかなさったのでしょうか?」

「……どのような女性なのでしょうか?」


 ……え?

 どうしてユルヴァン様がエレン様のことを尋ねてくるの?

 さっぱり分からなくて私がフィニアス殿下を見ると、彼はなぜだか固まってしまっている。

 小声で「まだ紹介していないのに」などと言っているけれど、紹介する予定だったの?


「あの、ユルヴァン様はエレン様と面識がおありで?」

「……はい。数日前に王城内で。おそらく聖水製作所からの帰りだったとは思うのですが、うっとりとしながら金貨を数えていて。私がいることに気付いて慌てていたので、私もお金は好きだから気持ちは分かると話を合わせてしまったのです。それで、貨幣の話で盛り上がりまして。彼女は随分とお金を好んでいるご様子でした」


 ……迂闊過ぎますよ、エレン様。

 遠い目をしている私に構わず、ユルヴァン様は話を続けている。


「最後に身分を明かしたのですが、私の名前を聞いた彼女はひどく驚いていて。今のことは忘れて欲しいと言って、その場から立ち去ってしまったのです」

「それで、どうしてユルヴァン様がエレン様のことを尋ねるという流れになるのですか?」


 今の話のどこに興味を引かれる部分があったのか分からない。

 でも、ユルヴァン様は頬を赤らめたままだ。


「あそこまでお金を愛している女性はそういません」

「だと思います」

「ヴェレッド侯爵家は大貴族ですから、お金目当ての女性が近寄ってくるのですが、彼女は清々しいほどにお金を愛していることを隠そうともしていませんでした」

「確実に事故だと思いますけれどね」

「だからこそ、尚更信用できると思ったのです」


 待って、話の流れが飲み込めない。

 何がどうして信用できると思ったの?

 呆然としていると、隣にいたフィニアス殿下が身を乗り出した。


「つまり、ユルヴァン殿はエレオノーラ嬢を妻にしたいということですか?」

「有り体に申し上げれば、そうです。お金が好きなだけであれば、無駄な買い物はしないでしょうし、話からは金銭感覚もしっかりとしておいでのようでヴェレッド侯爵家の妻として支えてくれると思うのです」

「そうですか。とても良いお話だと思います。では、エレオノーラ嬢に話を通しておきますね」

「助かります」


 なんだか、あっという間に話がまとまりかけているけれど、エレン様のお気持ちは?


「あの、フィニアス殿下。エレン様のお気持ちが大事ですから。勝手に決めてしまっては」

「その点は大丈夫です。彼女もきっと頷いてくれると思いますから」


 なぜかは分からないけれど、フィニアス殿下は自信満々だ。

 でも、エレン様は嫌なことは嫌だと言う方だし、ユルヴァン様も誠実な方だし、上手くいくならこれ以上の縁談はないよね。

 ということは、エレン様がユルヴァン様と結婚したら、血縁上は私の義姉ということになるってこと?

 他国に嫁いで行くのは寂しいけれど、これは嬉しいかもしれない。

 イヴォンのことで気が重くなっていた私は、幸せな報告が聞けるかもしれないことに、ちょっとワクワクしてしまう。


「確か、ユルヴァン殿は一月ほど滞在予定でしたね。できるだけ早く面会できるようにしますので」

「よろしくお願いします。では、私はこれで」

「王城までお送りしますよ。ルネ、また後で会いに来ますから」

「はい。お待ちしています」


 玄関までお二人を見送った私は、閉じられたドアをジッと眺めて息を吐いた。


「ちょっとワクワクしちゃったけど、一日で色んなことが起こりすぎだよ……。あ、そうだ。ベアトリス様に返事を書かなくちゃ!」


 イヴォンのこととかあったけれど、まずは手紙の返事を書こう。

 別のことに集中すれば考えずに済むもの。

 私は侍女に頼んで一式を用意してもらい、ベアトリス様への手紙を書き始めた。



 後日、エレン様とユルヴァン様がお会いしたとのこと。

 立ち会ったフィニアス殿下によると、エレン様の食いつきがかなり良かった、とのことだった。

 本性がバレているからって取り繕う気なかったんですね、と私は乾いた笑いしか出てこなかった。

次で終わりとなります。

読んで下さり、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ