24・婚約発表の場は荒れる
婚約発表がされる場所は、いつも議会が行われている場所なのだそうだ。
まず最初に陛下がフィニアス殿下の婚約が決まったと告げ、フィニアス殿下が呼ばれる。
そうして、相手が私であると発表するらしい。
ちなみに私は、貴族達が婚約を受け入れた時点で登場する手筈となっている。
私が出れば攻撃の的になってしまうと陛下とフィニアス殿下が懸念していたから。
だから、それまでは控え室で待機していなければならない。
「では、行って参ります」
「行ってらっしゃいませ」
神妙な顔をしたフィニアス殿下を安心させるため、私は出来る限り笑顔を作る。
「絶対に、婚約を認めさせますから」
頷いた私を確認したフィニアス殿下は、ゆっくりと控え室から出て行った。
「ルネ様、紅茶でもいかがです?」
「さすが、王宮ですね。かなり良い茶葉が用意されていますよ」
「当たり前でしょう」
なんというか、ジルもシャウラもいつも通りだよね。
緊張していたけど、体から力が抜けるよ。
でも、今はありがたいかも。貴族達がどういう反応をするのか、不安で仕方ないから。
「もう、婚約が発表されている頃かな」
「でしょうね。まあ、テュルキス侯爵にシュタール侯爵。おまけにグラナート侯爵もいらっしゃるのですから、大きな騒動にはならないと思いますよ」
「そうだといいんだけど……」
どうなるんだろ? と考えていると、婚約発表が行われている部屋から誰かの怒号が聞こえて来て、私は飛び上がる。
「い、今のは?」
「ああ、オイゲン様ですね。もう良いお年なのにお元気だこと」
「あんなに大きな声を出さなくてもよろしいのに……。血管がプチッといっちゃいますよ」
ね~と言い合っているジルとシャウラ。
呑気にそんなことを言っている場合!? 最初から揉めているじゃない!
気になって気になって仕方なかった私は、そっと控え室のドアから婚約発表が行われている部屋を覗いてみる。
上段にいた陛下とフィニアス殿下の姿は確認できたけれど、緞帳みたいなものに遮られていて声を上げているオイゲン様と思しき方は確認できない。
「私は反対です! 平民を王弟妃になさるなど、陛下は正気なのですか! 八百年も続いた歴史ある王家の血が汚れます!」
「……オイゲンよ、ルネは、すでに平民ではない。そこにいるグラナート侯爵の義娘となっている」
「それも小賢しい平民の娘の策略でしょうに! 陛下もフィニアス殿下も騙されているのです! 目を覚まして下され。国のことを考えれば、国内の貴族から本物の令嬢を選ぶのが筋というもの」
まったく意見を変えないオイゲン様に陛下が大きなため息を吐いた。
隣にいるフィニアス殿下は笑っているものの、貴族から見えないところで貧乏揺すりをしている。あれは相当イライラしているに違いない。
「国のことを考えた結果だ。ルネがこの国にもたらしたものは、とてつもなく大きい。クレアーレ様から気に入られ、聖水を作り、エルツの再利用の研究にも一役買っている。その娘をフィニアスが見初めたのだ。反対する理由などなかろう」
「たとえクレアーレ様に気に入られようと、その娘に流れる血は平民のもの。貴い貴族とは全く違う血が流れております。それに、いくら肩書きがあろうと、貴族としての振るまいができるとは思えませぬ。それも王弟妃としての振る舞いなど……」
「それは、これから覚えていけば良いだけのこと。大体、この間まで滞在していたエルノワ帝国からは振る舞いに問題があったとは言われておらぬ。きちんとした作法はできていると私は思っている」
「……どうして分かって下さらないのですか!」
ダンッ! と大きな音が鳴る。
どうやらオイゲン様が机を叩いたらしい。
しかし、私、酷い言われようだ。本当は貴族だったんだけど、一般市民として育ったというのは事実だし、振る舞いにおかしな点があるのは自分でも分かっているので、意外とダメージは少ない。
「それはこちらの台詞です」
立ち上がったフィニアス殿下は笑みを消して、オイゲン様がいるであろうところに鋭い視線を向けている。
「オイゲン卿は、平民だ、平民だと言っていますが、貴方はルネの何を知っているというのですか? それ以外に反対する理由がないのですか? まあ、ないのだと思いますが。それだけルネが素晴らしい女性だということですが、聞いている私は不愉快で堪りません」
「……フィニアス殿下は、あの娘に騙されていらっしゃるのです! 私は、先日まであの娘の出身だというナバートにおりましたが、どこを調べてもあの娘の痕跡はございませんでした。つまり! あの娘はフィニアス殿下に嘘を申していたということです。騙しているのですよ! あの娘は王弟妃の座を狙っているのです! どこの誰とも知れぬ者を王族になさるなど……」
すみません。召喚されたので、そもそもナバートの人間じゃないんですよ。
いや、本当に、わざわざナバートまで調べに行っていたのに、何も無くて申し訳ないくらいです。
なんというか、言っていることが事実と違いすぎるせいか、逆に冷静になる。
「ルネは王弟妃の座など狙っていません。これ以上、彼女を侮辱するのは止めてもらいたい」
「ですが、あの娘が何者なのか分からぬ以上、王家に迎え入れるのは危険すぎます」
「はぁ、もういいです。陛下、許可証を」
何を言っても無駄だと思ったのか、フィニアス殿下はなげやりな態度で椅子に腰を下ろした。
バトンタッチした陛下がクレアーレ様からの結婚許可証を取りだし、まるで印篭をかざすように貴族達に向かって広げた。
途端に、貴族達がざわめき始める。
「クレアーレ様の許可を頂いたのですか!?」
「許可を出された以上、反対するのは……。また、クレアーレ様の怒りを買ってしまいかねません」
「まあ、許可されたのであれば、問題はないのでしょう」
「皆、待たれよ! あの許可証は偽造かもしれん」
オイゲン様の訴えに貴族達は、いやでも、確かにそうかも、などと言って意見が真っ二つに分かれている。
「静まれ!」
陛下の大声に、その場は一気に静かになった。
「これは偽造などではない。きちんと巫女長の印がある。疑うのであれば、この場にクレアーレ様をお呼びしても構わぬが、どうする?」
静まりかえったまま、誰一人として口を開く者はいない。
皆、前回クレアーレ様がいらしたときのことを覚えているのだろう。
下手なことを言って、攻撃されては堪らないと思っているのかもしれない。
「オイゲン卿。これでも其方は反対するのか」
「反対致します」
ハッキリとオイゲン様は口にした。
全く迷いのない声である。
「クレアーレ様の結婚許可証があって、ルネがグラナート侯爵の義娘となって何も問題はないはずなのに、どうしてオイゲン卿はそこまで反対するのですか?」
「全ては、あの娘の出自が不明なことと、どうあがいても平民であること。そのような者が王弟妃となることが許せないのです」
そう言われても、召喚されたことを公表するわけにもいかない。
頑ななオイゲン様に、フィニアス殿下はギュッと手を握っている。
「では、私は王籍から離れ、一臣下となりましょう」
フィニアス殿下の言葉に、静まりかえっていた場が再び騒ぎ出す。
というか、私も目を瞠った。
「そうなれば、私はただの貴族となり、ルネは公爵夫人という立場になります。王族にはならない。これなら、オイゲン卿は納得してくれるでしょう?」
「お、お待ち下さい! 早まってはなりません!」
「早まってなどいません。いずれ臣下に降ると昔から決めていたのです。少し時期が早まるだけですよ」
「ですが……。陛下! 陛下もお止め下さい!」
必死なオイゲン様だけど、陛下の表情は変わらない。
「フィニアスが、そのような考えを持っていたのは知っていた。特に反対する理由もないので構わぬ。それに、来年には王子か王女が増えるしな」
なんと! 王妃様は妊娠中だったの!?
ここしばらくアルフォンス殿下の魔力吸収に行ってなかったから、全然知らなかった!
そっかぁ、アルフォンス殿下に弟か妹ができるんだ。
家族が増えるのって嬉しいよね。陛下も王妃様もお綺麗だし、きっと可愛らしいお子様が生まれるんだろうな。
と、考えていると、婚約発表の場は、生まれてくるだろうお子様のことで祝福ムードになっていた。
そんな中、まだオイゲン様は一人で騒いでいる。
「王妃殿下のご懐妊は大変喜ばしいことですが、問題は何も解決しておりません」
「では、皆に問うてみようか」
陛下は立ち上がり、貴族達を見回した。
「フィニアス・ベルクヴェイク=アイゼンと聖女ルネ・グラナートの婚約に賛成の者は挙手を」
どうなるのか気になった私は、緞帳みたいなものの陰から貴族達の様子を見てみると、ほぼ全ての貴族が手を挙げていたのだ。
「っな! 其方ら!」
立ち上がっているオイゲン様は、手を挙げた貴族達を戸惑いながら見つめている。
この展開は予想外だったのだろう、彼は落ち着かない様子であった。
そうして、彼の隣にいた貴族が手を挙げているのを見て、目を吊り上げる。
「コンラート! お前、父を裏切るのか!」
「裏切る? 何を仰るのか。これだけ国に貢献して下さった聖女様を蔑ろにするなど……。父上の方こそ血に拘りすぎて、目が曇っているのではありませんか?」
「お、お前……!」
「大体、今の当主は私です。父上、いくら貴方が国のために尽くした人間であるとはいえ、もう過去の人間なのです。今の貴族達は貴方を敬ってくれますが、従う義理はないのです」
隠居した人間は黙っていろ、コンラート様の目はそう語っていた。
息子にそう言われ、オイゲン様は言葉が出ないのか、顔を真っ赤にさせて口をパクパクと動かしている。
「では、多数決の結果、二人の婚約は認められた。アルフォンスの魔力が安定した後で結婚式を執り行うこととする。フィニアス、ルネを連れてまいれ」
「はい」
席を立ち、こっちに向かってフィニアス殿下が歩いてくる。
陰に隠れていた私はあっさりと彼に見つかってしまった。
「そこで聞いていたのですか!?」
「申し訳ありません。気になってつい」
フィニアス殿下は、あーと言いながら額に手を当てる。
「でも、傷ついてはおりませんから! 大丈夫ですから!」
「……それなら良いのですが。出て行けそうですか?」
「はい、勿論」
フィニアス殿下から差し出された手を取って、私は彼と共に貴族が集まっている場へと出た。
貴族達の視線が集中し、私は一気に緊張してしまう。
ぎこちない笑みを浮かべる中、テュルキス侯爵が私達に対して頭を下げてくれた。
つられるように頭を下げる貴族が増えていき、オイゲン様を除く全員が私達に対して頭を下げている。
その様子を見て、オイゲン様は呆然とした後で力なく椅子に座り込んでしまった。
「オイゲン様は大丈夫でしょうか?」
「現実を直視して処理しきれないのでしょう。これから、考えを変えてもらうしかありませんよ。ですが、これだけ大勢の方が認めてくれたのです。それを喜びましょう」
「……そうですね。これからの私を見て認めてもらえたらと思います」
「ええ。時間はありますから。それに、今は名実共に貴方が私の婚約者となったことが何よりも嬉しいです」
手をギュッと握られた私はフィニアス殿下を見上げてぎこちない笑みを浮かべると、彼は満面の笑みで応えてくれた。