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23・直談判

 巫女長から結婚許可証を受け取った私達は、予定よりも早く王都へと戻った。

 そのまま王城へ行き、陛下の執務室へと急ぐ。

 事前に約束を取り付けていなくて大丈夫なのかと思ったが、フィニアス殿下は早いにこしたことはないと笑っていた。


「陛下、フィニアスです。ただいま戻りました。入りますよ」


 言い終わる前にフィニアス殿下はドアを開ける。

 扉の前にいた騎士は、彼の行動に驚いて反応が遅れたのか慌てふためいていた。

 私は心の中で騎士に謝罪をして、フィニアス殿下に続いて執務室へと足を踏み入れる。


 部屋に入ると、呆れた表情を浮かべて椅子に座っている陛下、それにテュルキス侯爵、グラナート侯爵夫妻が待ち構えていた。


「なぜ、テュルキス侯爵とグラナート侯爵夫妻がいらっしゃるのですか?」

「証人が必要だからだ」


 椅子から立ち上がった陛下が私の疑問に答えながら、こっちに近づいてくる。

 私達の前まできた陛下は、私とフィニアス殿下の肩に手を置いた。


「私のせいで迷惑をかけた。済まなかった。無事に戻ってきてくれて安心したぞ」

「……自分のことばかり考えていた私のせいでもあります。陛下が謝罪する必要はありません」

「それでもだ。其方なら喜ぶ、ルネを説得できると思っていたのだからな、非はこちらにある。それから、ルネ」


 肩から手を離した陛下が、視線を私へと向けてくる。


「ベルクヴェイク王国に留まると決断してくれて感謝する。それと、フィニアスをよろしく頼む。これからも弟を支えてやって欲しい」

「り、了解致しました!」


 陛下が賛成してくれているのは知っていたけど、歓迎されるなんて思ってなかったから驚いてしまう。

 それだけ、陛下は私を評価してくれているってことなんだろうけど。

 私の返事を聞いた陛下は、笑顔を浮かべてくれた。


「で、フィニアス。結婚許可証はあるか?」

「こちらに」


 フィニアス殿下は、手を伸ばして催促する陛下に、クレアーレ様から頂いた結婚許可証を手渡した。

 それに目を通した陛下は、満足そうに頷く。


「"フィニアス・ベルクヴェイク・アイゼンとルネの結婚を許可する"。確かに確認した。これで貴族は表立って文句は言えまい。さて、では、ルネをグラナート侯爵家の養女にする手続きに移ろうか」

「え? 証人として呼んだだけではなかったのですか? というか、グラナート侯爵夫妻に決まっていたのですか?」


 王国内の貴族の養女になるか、後見人になってもらうかという話は聞いていたけれど、こんなに早く決めるなんて、思ってなかった。

 知らない間に話が進められていたことに、私は付いていけない。


「諸々の事情を考えて、グラナート侯爵が適任だと私が判断した」

「……どうしても養女という形でないといけませんか?」


 お母さんは名字くらいなんだと言っていたし、私も名字が変わったことで両親との関係が消えてなくなるわけではないと思っている。

 それでも、堂島姓に愛着があるんだもの。可能であれば後見人でお願いしたいんだけど。

 少し考え込んでいた陛下は、難しい表情を浮かべ、でもなぁ、と口にした。


「其方が、ただのルネ・ドージマであれば、後見人でも大丈夫だっただろうが、エルノワ帝国の貴族令嬢だったと分かった以上、事実が漏れてしまえば、貴族から反対されるのは目に見えている。我々がエルノワ帝国の属国に成り下がった思われるのは困るのだ」


 ダメ元で聞いてみたけれど、後見人になってもらうのは無理っぽい。

 フィニアス殿下と結婚できるんだから、これ以上は我が儘を言うべきではないと分かっているけれど、少し残念に思った。


「それに、侯爵令嬢という立場になれば、其方を貴族の嫌味から守れる。グラナート侯爵家が守ってくれる。後ろ盾が大きければ大きいほど、其方を守る盾がより強固になるのだ。分かってくれ」


 これは仕方のないことなのかもしれない、と思っていた私の肩に、そっと優しく手が置かれた。

 そちらを見ると、フィニアス殿下が優しげな笑みを浮かべて私を見ていた。


「ドージマであろうとグラナートであろうと、私は貴方と結婚します。大事なのは貴方がルネであるということのみ。後悔しない方を選んで下さい。敵は私が蹴散らします。知っていますか? 私、こういう見た目でも結構強いのですよ?」


おどけたように口にしたフィニアス殿下を見て、私は思わず吹き出してしまった。

 失礼だと思いつつも、笑いが止まらない。

 フィニアス殿下が怒るかと思ったけれど、彼は笑っていた。

 

「失礼ですね。そんなに貧弱そうに見えますか?」

「申し訳ありません。フィニアス殿下がお強いのは分かっております。何度も助けてもらいましたもの。だから心配しておりません」


 そう、大事なのは名字じゃない。自分がどう思うかだ。

 形が変わっても私は両親の娘。中身は堂島瑠音なのだから。

 今のフィニアス殿下を見ていたら、自分でそう思っていれば、どんなことがあっても大丈夫だって思えてしまった。

 彼のお蔭で心が決まった私は、陛下へと向き直る。


「陛下、グラナート侯爵の養女になるという件ですが、お受け致します」

「感謝する」


 陛下に頭を下げた私は、続けてグラナート侯爵夫妻にも頭を下げた。


「ご迷惑をお掛けしてしまうこともあるかと思いますが、よろしくお願い申し上げます」

「こちらこそ、よろしくね。うちは男しかいないから、娘ができて嬉しい限りだわ」

「これからは、グラナート侯爵家が君の実家になるが、気負うことは何も無い。うちは割と大雑把だからね」

「それは、貴方だけです」


 ピシャリとグラナート侯爵夫人に言われ、彼は苦笑している。

 やっぱり、お母さんに似ているなぁ。

 お父さんとお母さんの関係も似ているし、グラナート侯爵夫妻で良かった。


「ルネ、こちらに来て書類を確認してくれ」

「あ、はい」


 陛下に呼ばれ、私は書類をマジマジと見つめた。

 そこには私がグラナート侯爵家の養女になる旨が書かれている。


「確認したな? 異論はあるか?」

「ありません」


 そう答えると、陛下がサラサラと手慣れたように署名をした。


 今、このときをもって、私は堂島瑠音からルネ・グラナートとなったのだ。


 不思議とこみ上げてくるものは何もない。後悔もない。

 ただ、グラナート侯爵家に迷惑をかけないようにしようとは思っている。

 これで、私は貴族となったのだ。下手な行動をとれば、グラナート侯爵家の評判を落とすことになりかねない。

 これまで以上に、気を引き締めていかないと。


 ……これまでも気を引き締めていたのかと聞かれると返答に困るけど。


「こちらも確認を。……ルネ、ルネ!」


 陛下の声に、考え事をしていた私は飛び上がった。

 

「な、なんでしょうか?」

「こちらの書類も確認してくれ、と申した」


 ああ、もう一枚あるのですね。オッケーです。確認します。


「ちなみにそれも養女になりますよ、という書類ですか?」

「いや、其方とフィニアスの婚約を認めるという書類だ」

「え!? もう婚約してしまうのですか!?」

「当たり前であろう。厄介な人間が帰国してくる前に済ませておくのだ。国璽を押してしまえば撤回は難しいからな。それにクレアーレ様の結婚許可証もある。押し切ってみせる」


 陛下は自信満々に言い放った。

 そこまで陛下が口にするのだから、本当にオイゲン様という方は厄介なのだろう。


「確認したか?」

「はい」


 私の返答を聞いた陛下は、再び書類にハンコを押した。


「これで、フィニアスとルネの婚約が成立した。おめでとう」

「ありがとうございます、陛下。迅速な対応に感謝します」

「何、この国のためだ」


 フィニアス殿下は冷静な感じだけど、私はなんだか落ち着かない。

 本当にフィニアス殿下と婚約したんだよね? 夢じゃないよね?

 いきなり、この場面が終わって起きたりしない?

 気付いたらベッドの上だったとか有り得る。

 夢見心地のまま、私は自分の手をつねってみた。


 ……痛い。

 ということは、夢じゃなくて現実。

 そっか、私はフィニアス殿下と婚約できたんだ。結婚できるんだ。


 こうして、ニヤけるのを抑えきれずにいる内に、陛下との話は終わった。



 それから、すぐに私がグラナート侯爵の養女になったことが国内に知らされたの。

 結婚するまでの間、私はお世話になっていたフィニアス殿下のお屋敷からグラナート侯爵のお屋敷へと移動していた。

 グラナート侯爵家の人達は皆私を歓迎してくれて、私は義理とはいえ家族が一気に増えたのである。

 このまま、婚約が発表されるときも上手く行けばいいと思うけれど、オイゲン様がどう動くのかが気になる。

 すんなりいくのかな? と不安に思っている内に、婚約発表の日を迎えた。

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