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22・王城での企み

 エルノワ帝国にいるフィニアスから送られてきた手紙を読み終えた俺は、冷や汗をかいていた。

 そんな俺を、冷めた目で見つめる妻のセレスティーヌ。


「陛下の策が裏目に出てしまいましたね」

「……ああ」

「ああ、ではございません! 危うくルネが戻ってしまうところだったのですよ!」


 目を吊り上げたセレスティーヌから俺は目を逸らす。

 フィニアスなら喜ぶだろうと思っていた俺の考えが甘かった。

 それは認めよう。非は俺にある。


「……だがな! 思い詰めた挙げ句、皇帝陛下に頼んで転送の宝玉を使ってもらおうなど、誰が考えると思う!?」


 あのフィニアスだぞ! と続けると、セレスティーヌは押し黙る。

 彼女から見ても、フィニアスは冷静に物事を考えられる人物であると見えていたようだ。

 だからこそ、手紙に契約書に施された呪術を利用して、ルネを元の世界に戻して死ぬつもりだったと書かれていたのを見たときは背筋が凍った。

 あいつは理性的で国を思う誠実な男だと思っていたから尚更だ。


「……ですが、フィニアス殿下をそこまで追い詰めたのは陛下です」


 それを言われると何も言えぬ。


「尤も、フィニアス殿下がやけを起こさないだろうと陛下が思う気持ちも理解はできます」

「セレスティーヌ……」

「だからこそ、帰国されたら真っ先にフィニアス殿下とルネに謝罪をして下さいませ。陛下の策のせいでベルクヴェイク王国は柱を失うことになっていたのですよ?」

「分かっている」


 国内がまとまりつつあるとはいえ、思いはひとつというわけではない。

 だからこそ、王家の結束力を貴族達に見せる必要があるのは俺も分かっている。

 なのに、ここでフィニアスとルネを失うのはまずい。


「それで、どうなさるおつもりなのです? 手紙には、ルネの出自の件も書かれていたのでしょう? 話が漏れれば、結婚どころの騒ぎではなくなりますよ?」


 あらかた不満を言い終えて満足したのか、落ち着いた様子のセレスティーヌがジロリと俺を見る。

 非常に冷たい目で見られるのは、かなり堪えるが、ここで彼女の満足のいく回答を出さなければ夫婦関係にヒビが入るだろう。

 それは困るし、フィニアスとルネに顔向けもできない。それに新たに判明した問題に対処もしなければならんのだ。


「二人が帰国したら、フィニアスとルネを早急に婚約させる。それから、ルネを国内の貴族の養女にする」

「……それは良い案だと思いますが、養女にするにしても、せめて侯爵の養女でなければ貴族は納得しませんよ?」


 平民だからと反対する貴族を黙らせるには、ルネを彼らよりも位の高い貴族の養女にする必要があるのは分かっている。

 我が国の貴族でなければならない。いや、そうしなければならなくなった。

 俺とフィニアスが揃ってエルノワ帝国の皇族の血縁者と結婚するわけにはいかぬのだ。


「だから、あちらには内々に話をしてあった。それで、今日、この場に来るようにと伝えている」

「あら、もう話は通してあったのですね」

「まあ、誰を養女に、とは言わなかったがな。夫人は察しが良い方だから、あの文面で分かってくれただろうが」


 当主の方はどうだろうな。

 自分の興味がないものに関しては聞き流す傾向があるからな。

 夫人から話をされても、生返事をして理解していない可能性がある。


「……引き受けて下さるかしら?」

「さあな」


 不安そうなセレスティーヌを安心させてやりたいが、どういう返事をしてくるのか予想がつかぬ。

 会話が途切れ、重苦しい空気が流れる中、部屋の扉をノックする音が響く。

 どうやら、目的の人物達が来たようだ。


「入れ」


 入室の許可を与えると静かに扉が開き、思っていた通りに目的の人物達が現れた。

 気怠げな様子で部屋に入ってきた当主を小突いている夫人。

 まあ、つまり、グラナート侯爵夫妻である。

 二人が入室すると部屋の扉が閉まり、グラナート侯爵夫妻が頭を下げた。

 

「面を上げよ」


 俺の言葉に二人はゆっくりを顔を上げる。

 その表情からは俺の申し出を受け入れるのか、断るのか判断ができない。


「忙しい中、呼び出して申し訳ない」

「いえ、大事な話だと妻から伺っておりましたので」


 ハハハ、と笑ったグラナート侯の足を夫人が思いっきり踏みつけ、彼は苦悶の表情を浮かべた。

 これは、夫人に話をした方がよさそうだ。


「グラナート侯爵夫人。単刀直入に申すが、其方らにルネ・ドージマを養女として迎え入れてもらいたい」


 ギョッとしたグラナート侯に対して、彼女は至って涼しげな表情を浮かべていた。

 やはり、彼女は誰を養女にして欲しいのかを察してくれていたと見える。


「その前に、陛下に伺いたいことがございます」

「なんだ」

「フィニアス殿下と聖女様は想い合っていらっしゃるのですね?」

「ああ、周囲の者から確認は取れているし、一目瞭然だ」

「陛下は、聖女様を王弟妃になさりたいと」

「無論」


 国に貢献した聖女であるルネを囲い込めるのならば、したい。

 おまけに想い合っているのならば、万々歳だ、と思っているのだが、グラナート侯爵夫人の表情は変わらぬ。


「なぜ、グラナート侯爵家なのです? 我が家よりも力のある家は他にもございます」


 確かに、ベルクヴェイク王国内に侯爵家はいくつかある。

 だが、グラナート侯爵家でなければならないのだ。


「ひとつは、そちらに女児がいないこと。もうひとつは、其方らがルネを高く評価していること。権力欲のない其方らからしたら面倒事を頼まれたと思うかもしれぬが、王家と縁続きになったとしても、権力を振りかざすような真似はせぬだろう? だから私は其方らを選んだ」


 でしょうね、とグラナート侯爵夫人が呟く。


「選ばれた理由は納得致しました。が、私は、聖女様が侯爵家の養女でなくとも、陛下がそう命じれば、フィニアス殿下に嫁がせられると思っておりますが。もしやオイゲン様を心配していらっしゃるのですか?」

「そうだ。オイゲン卿は必ず口を出す。あの者に追随する貴族が出ると、まとまる話もまとまらぬ。それに、ひとつ問題があることが判明したのだ」

「問題ですか?」

「ああ。先ほど、フィニアスから手紙が届いてな。それによると、ルネはエルノワ帝国のヴェレッド侯爵家の令嬢だったということが判明したのだそうだ」


 ヴェレッド家と聞き、グラナート侯爵夫妻は目を瞠った。

 あの家はエルノワ帝国が王国を建国したときから続く最古参の家だ。それに、現皇帝の妹姫が嫁いでいる。驚くのも無理はない。

 ルネがヴェレッド侯爵家の令嬢、すなわち現皇帝の姪だということが知れ渡れば、兄弟揃って妻がエルノワ帝国の皇帝の縁者と結婚したということになる。そうなると、エルノワ帝国の属国になったと思われかねない。王家に不信感を持たれてしまう。

 いくら秘密にしていても、いずれどこかから漏れる。

 だからこそ、知れ渡る前に国内の貴族の養女にして、その家から嫁がせる必要が出てきたのだ。

 たとえ、その後に知れ渡ったとして、こちらとしては出自がどうあれ、ルネはその家の令嬢だと突っぱねることができる。

 この考えに思い至ったのか、グラナート侯爵夫人は納得したような表情を浮かべた。


「そうであれば、国内の貴族の養女にする必要がありますね」

「頼まれてくれるか?」


 俺の問いに、彼女は微笑んだ。


「そのような事情であれば、グラナート侯爵家がそのお役目を引き受けたいと思います」


 彼女の言葉に、グラナート侯は、え? と口にする。


「今のは私が答えるところでは?」

「貴方では頼りになりませんもの」


 ため息交じりに言われ、グラナート侯は狼狽えていた。

 この夫婦の力関係が分かるやり取りである。この場に夫人も呼んで正解だった。

 俺は引き受けてくれたことに安心して、息を吐く。


「断られるかと思っていたぞ」

「実を申しますと、最初から断るつもりはありませんでした」


 しれっと言われ、俺は椅子から転げ落ちそうになる。

 そのような雰囲気は微塵もなかったではないか。


「元から私は聖女様に好印象を持っておりましたし、フィニアス殿下とお二人でいらっしゃる姿をお見掛けして微笑ましくも思っておりましたのよ? それに、聖女様はとても優秀だと主人から伺っておりましたから、ささやかでもお力になれたらと」

「……ならば、最初の質問はなんだったのだ」

「ただの確認でございます」


 ホホホと上品そうに笑っているが、俺からしたら全く笑えぬ。

 乾いた笑いを出しながら、俺はグラナート侯に視線を向けた。


「其方は良い伴侶を得たようだな」

「いつも尻を叩かれておりますがね……」


 諦めたような彼の表情が全てを物語っている。

 まあ、あれだ。其方にはぴったりの伴侶だと俺は思うぞ。

 慰めには全くならぬだろうがな。


「それで、陛下。フィニアス殿下と聖女様は、いつ王都にお戻りに? 養女の手続きは早く済ませる必要があるのでしょう?」

「数日中には王都に着くだろう。報告のために王城へと来るだろうから、そこでグラナート侯爵家の養女にする手続きと婚約の手続きを同時に行う」

「ならば、グラナート侯爵領近辺の貴族に、それとなく噂を流しておきましょう」

「噂?」

「ええ。近辺の貴族は口が堅く、信頼の置ける者ばかり。幸い、どの家の令嬢も嫁ぎ先は決まっておりますので、文句は仰いません。たとえオイゲン様が文句を仰っても、御存じである貴族が複数いれば、それ以上は突っ込まれないかと」


 限られた者しか知らぬのであれば、秘密裏に行われたことだと婚約の無効を言い出すだろうが、複数の貴族が知っていたとなれば、大っぴらに文句を言うことはできぬということか。

 オイゲン卿を黙らせるには良い案だ。


「そういうことなら、テュルキス候やシュタール侯にも協力してもらおう。明らかな味方に対してだけな」


 自分でも自覚できるほど悪そうな笑みをを浮かべている俺に、グラナート侯爵夫人はニンマリと微笑みを返してきた。

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