21・クレアーレ様へのお願い
こうして、帝都を立って馬車を走らせ、途中にいくつかの街に立ち寄って休みながら、私達はクレアーレ神殿のある領地へと到着した。
いざ、クレアーレ様に会いに行こうと神殿に行くと、入り口にテュルキス侯爵とクリスティーネ様が待ち構えていた。
手紙が届いたにしては対応が早すぎると思い、私は身構えたが、お二人は私達を見ると、深々と頭を下げてきたのである。
「帰路の途中でクレアーレ神殿を通ると思いまして、お待ちしておりました。お二人が一緒ということは、覚悟が決まったと思ってよろしいですかな?」
「随分と早い到着ですね。手紙が届いてすぐに神殿に?」
「手紙は途中で受け取っておりました。ですが、王城内でフィニアス殿下が他家の令嬢と婚約するという噂を耳にしましてな。これは、何がなんでも阻止するためにフィニアス殿下は、きっとルネを王弟妃にしようとして、こちらに立ち寄るだろうと予想していたのですよ」
王城内で、そんな噂話が出回っていたの!?
私の耳には全く入ってこなかったのに。
フィニアス殿下の行動を読んで神殿に来てくれたのは嬉しいけれど、今の会話だけではテュルキス侯爵が私達に協力してくれるのかどうか判断がつかない。
すると、彼の隣にいたクリスティーネ様が頬を膨らませた。
「そのようなことを仰っておりますが、ずっと、神殿の入り口でお二人が到着するのを待っていらしたではありませんか」
「これ、クリスティーネ」
「お祖父様は、ルネが王弟妃になることを望んでいますから、フィニアス殿下が勇気を出してルネと共にこちらに来るだろうと思っていたのですよ?」
「クリスティーネ……!」
孫娘であるクリスティーネ様から暴露され、テュルキス侯爵の顔が赤くなる。
「ということは、テュルキス侯爵は味方になって下さるのですか? フィニアス殿下の隣に私がいても良いと思っていらっしゃると」
気まずそうに咳払いをしたテュルキス侯爵は私から視線を逸らしている。
「……現状、ルネ以外にフィニアス殿下の妃になれる器の娘はいませんからな。それに、陛下もそれを望んでいらっしゃいます」
陛下から、そのように評価されていることは嬉しいけれど、問題は山積みだ。
まずは国内の貴族達の説得。それが第一。
陛下が味方に付いてくれているのは心強い。でも、それで全てが上手くいくものでもない。
「フィニアス殿下は他家の令嬢と婚約するという噂が流れておりましたので、ルネを婚約者にするとなると混乱することは必至でしょうな」
「……面倒なことになりそうですね」
フィニアス殿下はガックリと肩を落としている。
「それらは、陛下が上手く説明してくれましょう。ですが、オイゲン卿がいらっしゃいますからな。彼の選民思想を変えるのは骨が折れますよ。まあ、フィニアス殿下がルネを選んだ、ルネに選ばれたという状態ですので、やりやすいとは思いますが」
「それに至るまでに、エルノワ帝国で色々としでかしてしまいましたけれどね」
しでかした? と首を傾げたテュルキス侯爵に、フィニアス殿下はエルノワ帝国であったことを説明する。
全て聞き終えると、彼は、うわぁ……という表情を浮かべていた。
「無事にルネがこちらに残ることになってようございました」
本当にね!
私がヴェレッド家の娘じゃなかったら今生の別れになっていたところだよ!
「いえ、ですが、まあ、陛下が手助けして下さるのであれば、やりやすくなると思います」
「一番の問題であるオイゲン卿はナバートからまだ戻っておりませんから。ここでクレアーレ様に結婚の許可をもらえれば十分です。王都に戻ったらすぐに陛下と今後のことを話し合いましょう」
「そうですね。許可さえもらえれば、貴族は文句を言うことはできませんからね」
突然のテュルキス侯爵達の登場に驚いたけれど、陛下も手助けしてくれると分かって安心した。
最高権力者が味方という安心感は半端ない。
「ところで、オイゲン様というのは?」
以前から名前が出たけど、私は聞いたことがない。
問題になるって言っていたけど、なんで? と首を傾げていると、全員が難しい表情を浮かべた。
「すでに嫡男に爵位を譲っていますが、王国内で影響力の強い貴族です。厄介なことに彼は選民思想の持ち主なのですよ。ですので、恐らくルネとの結婚に反対するかと思われます。下手に影響力があるので、彼の味方につく貴族が出て、結婚の話が消える可能性もあるのです」
「それは、私が平民だから、ですか?」
「……ええ」
フィニアス殿下は言いにくそうに口にした。
王族に平民が嫁ぐというのは反対されるだろうなって頭では分かっていたけれど、改めて言葉で言われるとショックだ。
だからといって、ヴェレッド侯爵家の令嬢ということを表に出すこともできない。
「とにかく、クレアーレ様から結婚の許可をもらえれば、そう簡単に結婚の話は消えまい。オイゲン卿が国外にいる今なら、婚約までいくことは可能だ。さ、早くクレアーレ様にお会いするのだ」
テュルキス侯爵に言われ、私とフィニアス殿下はクレアーレ様に結婚の許可を貰いにいくことになった。
私達が神殿内に入ると、新しく就任した巫女長が出迎えてくれた。
事前に連絡はしてあったので、すぐに彼女は私達を神殿の最奥部へと案内してくれたのである。
最奥部にある大きな扉の前にくると、フィニアス殿下はすぐに扉へと触れた。
触れた箇所から光が出て、端の方へと移動していき、音と共に動く。
「行きましょうか」
「はい」
緊張しているのかフィニアス殿下に笑顔はない。
私も物凄く緊張している。
ここでクレアーレ様に結婚を許可してもらわないと、話が前に進まない。
頷き合った私達は、扉の奥へ視線を向けて中へと入った。
無言のまま長い廊下を渡り終え、クレアーレ様の部屋へと入ると、すでに部屋の主は姿を現していて私達を待っていた。
口元に笑みを浮かべて、楽しそうに目を細めている。機嫌は良さそうだ。
「お久しぶりでございます」
「久方ぶりじゃのう。元気そうで何よりじゃ」
「クレアーレ様もお元気そうで安心致しました。本日は、クレアーレ様にお願いがございまして」
クレアーレ様は、用件を言おうとしたフィニアス殿下を手で制した。
どうしたのかと心配していると、クレアーレ様は笑顔のまま口を開く。
「許可する」
私とフィニアス殿下は、同時に、は? と声に出す。
「なんじゃ。息がピッタリじゃのう」
「いや、それに感心しないで下さい。それよりも、許可するって……。フィニアス殿下が何を言うのか分かっていたんですか?」
「それを妾に問うのか?」
あ、そういえばクレアーレ様は全部見えているんだっけ?
忘れていたとはいえ、馬鹿なことを言ってしまった。
「妾のお気に入りの者達が結婚するというのに、どうして反対せねばならぬ。喜ばしいことではないか。それに本人達が申し出たのに反対するなど野暮というもの」
クレアーレ様は口元に手を当てて、ふふふと笑っている。
一方、フィニアス殿下はあっさりと許可を頂けたことに唖然としていた。
「して、式はいつじゃ? 久方ぶりに皆の前に姿を現してやろうか? むしろ、式は神殿で行ってはどうじゃ? ああ、ドレスはお主らが決めて構わぬぞ」
矢継ぎ早に言われ、私はとんでもないと慌てて首を横に振る。
この世界でクレアーレ様の影響力はとてつもなく大きい。
五十年も王族が神殿に行かなかったことを考えると、恐らく陛下と王妃様の結婚式のときは何もしていない可能性がある。
なのに、私達の結婚式でそんなことをしたら、面倒なことになりかねない。
「お気持ちだけ! お気持ちだけで結構ですから! 本当にお気持ちだけで。ええ、お気持ちだけで十分です!」
「なんじゃ、つまらんのう。久方ぶりに楽しめそうじゃと思うたのに」
肩を落としたクレアーレ様は、それはそれは残念そうだ。
でも、テンション高くなりすぎて、はっちゃけられても困る。
大体、理由が楽しめそうだからって……。神様は自由すぎるよ。
「で、式はいつじゃ? もう決めてあるのかえ?」
よほど、私達の結婚式が気になるようで、クレアーレ様は再度口にした。
すると、ようやく唖然としていたフィニアス殿下が復活したようで、首を横に振る。
「まだ決めておりません。ですが、アルフォンス殿下の魔力が安定して、王太子となった後ぐらいになるのではないかと」
「別に待たずとも、さっさと結婚してしまえばよかろうに」
「そうしてしまいたいのは山々なのですが、色々と事情がございまして」
「人の事情というのは、いつの時代も面倒じゃのう。では、巫女長に命じて結婚許可証を作らせよう」
あっさりと問題も無く結婚許可証を貰えることになり、私は胸を撫で下ろした。
「仮に結婚に異を唱える者がおれば、妾がルネの体を借りて、前のように反対する貴族共を叱ってくれよう。心配するな」
「それは逆の意味で心配になります!」
前回のように流れ弾をくらわすのはご免だよ!
結構本気で言っているのに、クレアーレ様は愉快そうに笑っている。
「まあ、それは最終手段として取っておこうかのう。で、用件はそれだけか?」
「はい」
フィニアス殿下が肯定したことで、話を切り上げられそうになる。
私はクレアーレ様に頼もうと思っていたことを思い出して声を上げる。
「あ、あの! クレアーレ様にお聞きしたいことがあるのですが!」
突然声を上げた私をクレアーレ様が怪訝そうに見つめてきた。
断られるかもしれないという不安を押し殺して、私は口を開く。
「クレアーレ様のお力で日本にいる両親と話をすることは可能でしょうか?」
「……それは、お主を元の世界に戻すということか?」
怖い表情を浮かべて低い声で話すクレアーレ様を見て、私は冷や汗をかく。
「違います! ここにいながら両親と会話ができるのかどうかと伺っているのです」
決して戻りたいというわけではありません! と強調する。
これで、この世界を滅ぼされたらたまったものではない。
私の問いに、クレアーレ様は顎に手を当てて何かを考え始めた。
「こちらにいながら異世界と繋ぐ。これまで考えてもみなかったが……」
ブツブツと呟いていたクレアーレ様は、何か案が浮かんだのか、あっと言って顔を上げた。
「そうか! その手があったか! 喜べ、ルネ。お主を両親と会わせてやることができるぞ」
「できるのですか!」
「ああ、水鏡を使えば可能じゃ」
聞いたことのない名称に首を傾げていると、クレアーレ様が、ある場所を指差した。
そっちを見てみると、井戸のようなものがあった。
「あれが水鏡ですか?」
「左様。妾はあれで、世界の色々なものを見ておる。あれなら異世界と繋ぐことができよう。ルネ、あちらへ」
手招きされた私は井戸のようなものがある場所へと近寄る。
中を指差されて、恐る恐る私は中を覗いくと、水面がゆらゆらと波打っていた。
「では、始めるとしよう」
クレアーレ様が手を前に出し、何か呪文を唱え始める。
すると手のひらの上が光り出し、クレアーレ様の右手に転送の宝玉、左手に召喚の宝玉が現れた。
「どうして、宝玉が」
「少し借りただけじゃ。これが終われば、すぐに元の場所に返す」
ということは、クレアーレ様の手にあるのは、ベルクヴェイク王国とエルノワ帝国の宝玉。
バレたら大騒ぎになるね、と思いながら、私はクレアーレ様の行動を見守っていた。
クレアーレ様は別の呪文を唱え始めると、今度は水面から光が発せられる。
呪文を唱え終えたクレアーレ様は、私に中を覗いてみるようにと言ってきた。
大丈夫なのかな? と思いながらも、私はそっと覗いて、見えたものに言葉を失う。
水面に映っていたのは、まぎれもなく私を育ててくれたお母さんだった。
化粧の途中だったのか、ファンデーションを片手に驚いた様子でこっちを見ている。
位置から察すると、見ていた鏡からの視点なのだろう。
「……お母さん」
絞り出すように声を出すけれど、お母さんは口を開けてこっちを見ているだけだった。
「お母さん! 私だよ! 瑠音だよ!」
身を乗り出して大声で叫んだ。
お母さんはやっと我に返ったようで、私を見て顔を泣きそうになっている。
『瑠音。本当に瑠音なのね? 今までどうしていたの? いきなりいなくなって心配していたんだよ? 元気なの? ちゃんと食べてるの? ちょっと痩せたんじゃない? 怪我はしてない?』
ああ、いつものお母さんだ。
「元気だよ! 怪我もしてないし。心配かけてごめんね。ちゃんと元気にしているから。……それとね、信じてもらえないかもしれないんだけど、実は今、異世界にいるの」
お母さんは、異世界!? と言って絶句した。
そりゃ、そうだ。いきなり異世界と言われたら驚くよね。
私は、ベルクヴェイク王国によって召喚されたこと、王国の危機を救うために行動したこと、神殿であったことをお母さんに伝えた。
最初は信じられなかったみたいだけど、こうして鏡ごしに会話をしているのだから、嫌でも信じるしかないようで、はぁと長いため息を吐いている。
『頑張ったんだね』
お母さんはしみじみとした様子で呟いた。
その一言でこれまでのことが全て報われたような気がした。
「それでね、この間までエルノワ帝国ってところにいたんだけど」
私はエルノワ帝国にいた実の両親のことについて話をする。
静かに聞いていたお母さんは、話を聞き終えると安心したように微笑みかけてきた。
『本当の両親に会えたんだね。良かった……。本当に良かった。瑠音を両親に会わせてやりたいとずっと私達も探していたからねぇ。まさか異世界にいたとは思いもしなかったけど。でも、安心したよ。ということは、そっちで家族と暮らすんだね』
「ううん。私は堂島瑠音として生きるって決めたから、堂島瑠音のままだよ」
『え!? 本当の家族と暮らせるのにどうして?』
「だって、堂島瑠音じゃなくなったら、私はもうお父さんとお母さんの子供じゃいられないでしょう?」
『…………馬鹿じゃないの! あんたは本物の馬鹿だよ!』
大声で怒鳴られ、私は体を引いた。
この怒りは相当のものだと、実体験で良く知っている。
『せっかく本当の家族に会えたのに、どうして堂島家の娘に拘るの!』
「……だって私は、お父さんとお母さんの娘でいたかったから!」
『馬鹿だね! 遠く離れていようが名前が変わろうが、私達と過ごした十九年はなくならないでしょうが! 私達は、そんなにすぐに忘れられるほど、適当にあんたを育ててきた覚えはないよ!』
「お母さん……」
『あんたは、瑠音は、私達の娘なんだよ……。血の繋がりだけで家族になるんじゃない。お互いがそう思って家族になる場合もあるんだから。だから、私は瑠音を今も娘だと思ってる。そう思っているのは私だけだったの?』
お母さんの言葉に私は勢いよく首を横に振った。
「私だって、お父さんとお母さんと家族だと思っているよ! 当たり前じゃない! 今の私があるのは二人のお蔭なんだから。二人が私を愛してくれたからだよ」
『そう思っていてくれて私も嬉しい。だったら、分かるでしょう? 互いがそう思っているなら、問題は何もない。それに、そっちで暮らすことを決めたんじゃないの? だから、こうしてわざわざ顔を見せてくれたんでしょう?』
あっさりとこっちで生きていくことを言い当てられ、私は何で? と狼狽える。
お母さんは豪快に笑った後で、目元の涙を拭いながら口を開いた。
『何年、あんたを見てきたと思っているの? 行動パターンと考えていることくらいすぐに分かるよ』
「ごめんね」
『何を謝るの。瑠音がそっちで生きることを選んだんでしょうが。だったら私は応援するよ。瑠音は昔から間違った選択はしない子だった。だから、瑠音の選択を私は否定しない。……でも、その選択をして幸せになれそう?』
お母さんの言葉に私は力強く頷いた。
「幸せになれるよ! あのね、こっちで好きな人ができたの! あ、好きな人っていうか、恋人っていうか、恋人なんだけど。すごく良い人でね。優しくて誠実で、私に甘すぎるってところが短所というか……。とにかく大事にしてくれる人なの」
『恋人!? ……どこの男なの!? 身元はちゃんとしているの? 借金があったり、女に暴力を振るうような男じゃないだろうね!』
「借金なんてないよ! 物凄く大事にしてくれるし、それに彼は王子様だから、身元はちゃんとしてる」
王子様? と言ってお母さんは固まった。
ああ、うん。王子様なんておとぎ話の中のお話だものね。
「あの、フィニアス殿下」
埒があかないと判断した私は、離れて見ていたフィニアス殿下を呼ぶ。
彼は大丈夫ですか? と言いながら来てくれて、中を覗き込んだ。
「この人が私のこ、恋人のフィニアスさん。ベルクヴェイク王国の王弟殿下で公爵なの。あ、王弟っていうのは、王様の弟っていう意味でね」
『わ、分かっているよ! 王子様!? 王子様ってあの王子様? あんた騙されているんじゃないの? どうしてあんたが王子様と恋人になれるのよ』
娘を信じてくれなさ過ぎて、別の意味で涙が出そう。
あと、さりげなく娘をディスるのやめて、お母さん。
「騙してはいません。私は本当にルネを愛しています。そこは安心して下さい」
『喋った!?』
「生きている人なんだから喋るよ!」
フィニアス殿下を何だと思っているのよ!
私とお母さんの掛け合いを見ても全く動じないフィニアス殿下は、水面に浮かぶお母さんの顔を見ている。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ベルクヴェイク王国、王弟のフィニアス・ベルクヴェイク・アイゼンと申します。ルネを妻にしたいと思っております。どうか結婚の許可を頂きたいのですが……」
『……結婚!? 失礼ですが、瑠音とお付き合いしてどれくらいで?』
「まだ数日です。ですが、彼女が召喚されてからずっと彼女と過ごしてきました。期間が短いとご心配なのは分かります。ですが、彼女の優しさや勇気に私は救われてきました。勝手に暴走をし始めるので目が離せないときもありますが、色々な面を見て、私は彼女を好きになったのです。彼女もそうだと私は思っています」
こっちに視線を向けてきたフィニアス殿下に対して、私は笑顔を向ける。
「私は彼女を、ルネを愛しています。この想いは死ぬまで変わりません。貴女が心配するようなことにはならないと誓います。ルネを守りきってみせると誓います。だから、結婚する許可を頂きたい」
お願いします、と頭を下げたフィニアス殿下を見て、お母さんは大きなため息をひとつ吐いた。
『フィニアスさんは、瑠音のことをよく見ていらっしゃるのですね。ええ、そうです。あの子は度々暴走することがあって……。苛められていた子を助けて、逆に苛められるなんてことは何度もありました。正義感の強い子なんですが、真っ直ぐすぎるのが短所で』
「ええ、良く知っています。やはりそちらでも、暴走することがあったのですね」
『そりゃもう、数え切れないくらいに』
昔のことを思い出しているのか、お母さんは困ったような表情を浮かべている。
フィニアス殿下は労るような目を向けているし。話題になっている私は、縮こまることしかできない。
『フィニアスさんは、瑠音のことを内面まで御存じなのですね。なら、私が心配することは何もありません。どうか、瑠音をよろしくお願いします』
「はい」
フィニアス殿下を認めて貰えたことに私は嬉しくなって身を乗り出した。
「ありがとう、お母さん! お父さんにも伝えておいてね」
『いいけど、あの人は絶対に反対すると思うよ? 娘馬鹿だからね』
「……ダメっていうかな?」
『ちゃんと、私からも言うから。最初は拗ねていても、いずれ折れるよ。そういう人だもの』
お父さんとの出来事を思い出した私は、クスッと笑った。
確かに、正当な理由であれば、お父さんは折れてくれる。
「……本当にありがとう。大好きよ、お母さん」
『何なの? いきなり』
「こっちに来てからずっと後悔していたの。私は、お父さんとお母さんに何も恩返ししてないって。育ててもらった感謝の言葉すら言ってないって」
『あのね……瑠音を引き取ると決めたのは私達なの! そう決めた時点で瑠音を立派な大人に育てる義務があるんだから、瑠音がそこまで気に病む必要は何もないんだよ』
それでも私は言いたい。
「ありがとうお母さん。今まで育ててくれて、愛してくれて。貴方達の愛がなかったら、私は今の私になってなかった。良いことをしたら褒めてくれて、悪いことをしたらちゃんと叱ってくれてありがとう。私は、二人の娘で幸せでした」
唇を震わせたお母さんは目に涙を浮かべて顔を逸らした。
『……感謝を言うのは私の方だよ』
ティッシュで目元を拭ったお母さんは視線をこっちに向ける。
『私達を親にしてくれてありがとう』
「お母さん……」
予想もしていなかったことを言われた私は、こみ上げてくるものを抑えきれない。
どんどん目に涙が浮かんできて止められない。
「お、おがあざあん」
『あ~あ~。泣くと不細工になるんだから、泣くんじゃないよ』
「この酷い言い種、久しぶりぃ……」
相変わらずだと見ていると、突然水面が揺れ始める。
タイムリミットが近いのかもしれない。
溢れていく涙を拭うこともせず、私はお母さんを見続けた。
ちゃんと目に焼き付けておきたい。
『瑠音! 幸せになるんだよ! 瑠音の幸せは私達の幸せだってことを忘れないで!』
「うん……。うん! お母さん! ありがとう! 絶対に幸せになるよ! お母さんもお父さんも元気でね!」
全てを言い終える前に水面は、最初のただの水に変わっていた。
ちゃんと伝わっていると信じたい。
「ルネ、大丈夫ですか? これを使って下さい」
フィニアス殿下から差し出されたハンカチを受け取り、私は目を拭った。
「ありがとうございます。フィニアス殿下。それとクレアーレ様もありがとうございました。お蔭でお母さんに会えることができました」
「踏ん切りがついたようで何よりじゃ。ちなみに、頻繁には無理じゃが、時間を置けば再びあちらと繋げることは可能じゃ。いずれまた、あちらと繋げてやろう」
またお母さんに会える! もしかしたらお父さんにも会えるかもと思って、私は嬉しくなる。
鏡越しであったとしても、会話ができるのとできないのとでは大違いだ。
「良かったですね、ルネ」
フィニアス殿下の言葉に、私は、はい! と元気よく返事を返した。
もう会えないと思っていたお母さんに会えて、フィニアス殿下も紹介できて安心した。
それに、フィニアス殿下との結婚を認めてくれたことも。
たとえ、名前が変わっても家族なんだと言ってくれたのは、本当に嬉しかった。
育ててくれたのがお父さんとお母さんで良かった。