19・話し合いとイヴォンのその後
皇帝陛下との話し合いを終えた私とフィニアス殿下は、テオバルトさんにも協力してもらおうと彼を呼び出す。
人払いをした後で、私達が恋人となったことと、結婚するにあたり、貴族達の説得をしたいことを彼に伝えると、なんとも難しい表情を浮かべていた。
「……難しいのではないでしょうか? 貴族の中には、あのオイゲン様もいらっしゃいますからね。まず、確実に反対されるでしょう」
消極的なテオバルトさんの言葉に、私はガックリと肩を落とした。
オイゲン様という方がどれほどの方かは知らないけれど、貴族達に影響力があるらしいというのは、彼の言葉で何となくは分かった。
「大体、ルネの身分はどうなさるのです? いくら貴族に準じると申しても、手放しで賛成してくれる者がどれだけいらっしゃるか」
「あ~……その件に関してなのですが……。実は」
言いにくそうにフィニアス殿下が、私がヴェレッド侯爵家の娘・リュネリアであったことを説明してくれた。
話を聞いた彼は目を見開いて絶句している。
まさか、異世界から召喚した私が、こっちの人間、それも貴族令嬢だったなんて聞いたら驚くのも無理はない。
何度か深呼吸をした彼は、私に視線を向けてくる。
「……実は、前からルネには品があると思っていたのです」
「なんて嘘くさい台詞!」
「まさか、それがエルノワ帝国の貴族令嬢だったからとは……。私の目も中々のものですね」
「自画自賛し始めましたよ! ちょっと、フィニアス殿下! なんとか仰って下さい」
急にボケられ、対処できなくなった私は、対応をフィニアス殿下に丸投げしてしまう。
「テオバルト。あまりルネをからかうのは止めてあげて下さい」
フィニアス殿下は苦笑いしている。
真面目な表情を浮かべていたテオバルトさんも、フィニアス殿下の言葉だったからか口を閉じてくれた。
「今は冗談を口にしている場合ではありませんでしたね。確かに、ルネがリュネリア様だということは驚きましたが、今の問題はそこではなく、まずは、国内の貴族から反対されないようになければなりません。ルネが王弟妃になれるように説得しなければならないのですね。ですが、正攻法では上手くはいきますまい」
「いえ、それが、反対するであろう貴族達を説得できる手段がひとつだけあるのです。私も先ほどルネに言われて思い出したのですが」
「何をなさるおつもりで?」
「帰国する途中でクレアーレ神殿に寄って、クレアーレ様から結婚の許可をもらうのです。結婚許可証があれば、陛下も貴族も反対することはできないでしょうから」
なるほどと頷いたテオバルトさんは。
「報告のために寄ったと言えば疑われませんね。ちょうど帰り道にクレアーレ神殿があって幸いでした」
「ええ、本当に。それと、陛下に私から手紙を出しておきます。婚約の件やルネと想いが通じ合ったこと、ルネの出自の件は事前に知らせておかないと、あちらも混乱するでしょうから」
「では、私はテュルキス侯爵に連絡をしてみます。味方になって下されば、勝率はぐんと上がりますから」
テュルキス侯爵の名前が出たことで、私は体に力が入る。
「あの、テュルキス侯爵は協力して下さるでしょうか? 一度、フィニアス殿下とのことで釘をさされたのですが」
真っ先に反対しそうだと心配する私に対して、フィニアス殿下は大丈夫だと口にした。
「テュルキス侯爵はルネを高く評価していました。それに、王弟妃の器であるとも。ですので、きっと協力してくれると思いますよ」
「私の知らないところで何があったのですか!?」
あんなにツンだったのに、知らない内にデレられてたなんて……!
「恐らくですが、ルネに対して冷たい態度をとったことに罪悪感を持っているのではないでしょうか? ですが、テュルキス侯爵の性格上、素直になれないのかもしれませんね」
テュルキス侯爵ってツンデレ属性だったんだ。
でも、思えば、あのクリス様のお祖父様なのだから、納得かも。
「ですので、テュルキス侯爵を味方につけて、クレアーレ様に許可をもらう方向で行こうと思っています。できれば味方をもう少し増やしたいところですが」
「どなたに頼むか悩みますね。シュタール侯爵は味方になってもらえそうですが、対価を求められる可能性が高いですし、グラナート侯爵はご夫人が取り仕切っておいでですから、どう転ぶかが分かりません」
「クレアーレ様に気に入られたことや聖水の件でルネに好意的な貴族は増えましたが、結婚となると話は違ってきますからね。まあ、まだ時間はありますから、テュルキス侯爵からの返事を待って、再度考えましょう」
フィニアス殿下の提案に私とテオバルトさんは頷き、その場は解散となった。
それから、私とフィニアス殿下は貴族の屋敷にお呼ばれしたり、皇族の方と交流したりと忙しく過ごしていた。
勿論、ヴェレッド侯爵のお屋敷に向かい、ベアトリス様達と過ごしたりもしている。
合間にイヴォンの情報が耳に入ることもあったのだけれど、彼は取り調べをしていた者に味方だ、貴方を皇帝にすると言われ、追い詰められていたこともあったのだろうが、あっさりと味方を自称する者に気を許し、自供を始めたとのこと。
元はペシュカード王国の出身であったイヴォンは、祖母から若い頃に亡くなった祖父がエルノワ帝国の皇太子であったと聞かされて育ったのだそうだ。
色々と証拠を見せられ、平民とは思えぬ魔力量を持っていたことから、彼は話が事実だと信じたのである。
よって、本来自分が座るはずだった皇帝の地位に就こうと考えたらしい。
奪うではなく、就くと考えられることが私には理解できなかったけど。
で、先代の皇帝陛下の食事に少量の毒を入れたのはイヴォン。
気が弱くなった彼の心に入り込み、信頼を得て好き勝手をしていた。
そして、国璽を使ってエルノワ帝国やベルクヴェイク王国の貴族を寝返らせていたのもイヴォンであった。
従わなかった者を自分の手で殺したり、人に命じて殺させたりしていたのだという。
あと、港で使われていたベルクヴェイク王国の国璽は、限りなく似せて職人に作らせたものを使ったらしい。先代皇帝の側にいたんだから国璽を見る機会も、押された書類を拝借することも可能だったのだろう。
「……あれと少しでも同じ血が流れているのかと思うとゾッとするわ」
吐き捨てるようにベアトリス様が嫌悪感を隠すこともなく口にした。
イヴォンの祖父が元皇太子ということは、私と彼ははとこ同士の間柄になるということ。
……正直、かなり嫌だ。
彼の考え方は理解できないし、やったことは重罪。犯罪者だ。
まさか親戚から犯罪者がでるという体験をしてしまうなんて……。
「捕まった後に、貴女は一度、あの男に会ったのでしょう? 何もされなかったの?」
「取調室の小窓からこっそり覗いただけですので、何もされませんでした。向こうは気付いていなかったと思います」
そう。私は何度かイヴォンと対峙していたため、念のために本当にイヴォンかどうかをもう一度確認して欲しいと頼まれたのである。
顔を確認するだけだったから、すぐに終わったのだけれど、自信満々で余裕ぶっていた姿とは打って変わって、意気消沈し、下を向いてゲッソリとしていたイヴォンがいたので、たった数日でこんなにも変わるのかと驚いてしまった。
「随分と様子が違っていましたが、これまで彼のしてきたことを考えれば同情する気持ちにはなれませんでした」
「それはそうでしょうね。これから、あの男は自分の行ってきたことの報いを受けなければならない。どのような罰を受けるのかは、兄上達が話し合われて決めるはず。後はエルノワ帝国の仕事ね。さ、暗い話はこのくらいにして、貴方のお話を聞かせてちょうだい」
イヴォンのことで私ができることは、もう何もない。ベアトリス様はそう言いたいのかもしれない。
サッと表情を変えた彼女は、目を輝かせて私の話を待っている。
私はイヴォンのことを頭の片隅に追いやって、日本でどういう風に暮らしていたのかを話し始める。
ベアトリス様は異世界の話を興味津々といった様子で聞いていて、時折質問されながら、和やかな時間は終わった。
そんなこんなで、エルノワ帝国で残りの日数を過ごし、ついに帰国する日がやってきた。