18・帰還と皇帝陛下との話し合い
あれから、私がフィニアス殿下とキールと一緒に王宮に戻って、自分の部屋にコッソリ入ってみると、暗い表情を浮かべているジルとシャウラと目が合った。
二人は私を見て、驚いた後で泣き始めてしまう。
「心配をかけてごめんね。転送の宝玉を使ってもらったんだけど、こっちに出ちゃって、ちょっとゴタゴタしてて戻ってこられなかったんだけど」
「……こうして、戻って下さって良かったです。安心しました。本当に」
「もうルネ様には会えないかと思っていましたから、また会えて嬉しいです」
駆け寄った私は、肩を震わせている二人を抱きしめた。
不安にさせてしまって、ごめんなさい。
「ですが、こちらにいらっしゃるということは、ルネ様はリュネリア様であったということなのですね」
「うん。でも、私はリュネリアにはならないよ。堂島瑠音としてこっちで生きていくと決めたから」
二人は、どういうことなのか? と首を傾げている。
「フィニアス殿下と二人で話し合ったの。それで、私がこっちに残って、フィニアス殿下と生きていくと決めたんだ」
「ということは、フィニアス殿下とご結婚されるのですか?」
結婚!?
……そうだよね。こっちじゃ、付き合う=結婚ってことだものね。
お付き合いが始まったばっかりという認識だったけど、そうなると結婚するということになるよね。
未来の話だと思っていたから、考えもしなかった。
「そ、れは、貴族達次第じゃない、かな?」
「大丈夫ですよ! 貴族の皆様もきっと認めて下さいます」
「クリスを通してテュルキス侯爵にも協力していただければ、大丈夫です」
「……だといいけど」
孫娘に言われただけで、私とフィニアス殿下の仲を反対していたテュルキス侯爵が協力してくれるとは思えない。
説得できたら大丈夫と考えていたけど、テュルキス侯爵のことも考えなくちゃ。
「最悪、クレアーレ様に頼めば良いのです。陛下のときは事情があって手紙のやり取りだけでしたが、王族の結婚は神殿に赴いてクレアーレ様から許可をいただくものなのです。幸い、帰路にクレアーレ神殿を通りますので、神殿に寄ってクレアーレ様にまずは婚約の許可をいただければ、反対している貴族は黙るはずです」
へぇ、そういうしきたりがあるんだ。
確かに貴族達はクレアーレ様を大切にしているし、そのクレアーレ様から許可が出ているとなれば、話はスムーズに進むかもしれない。
一度、フィニアス殿下にも話してみよう。
情報を教えてくれたジルにお礼を言うと、彼女は涙を拭って微笑みを浮かべた。
「私は、ルネ様とフィニアス殿下の幸せを願っているだけです」
「うん。ありがとう」
話終わると同時くらいに私が王宮に戻ってきたという情報を知った皇帝陛下から呼び出され、私は陛下の執務室へと向かうこととなった。
少しくらい休みたかったのだけれど、色々と報告することもあるし、仕方ないよね。
それに、イヴォンの処遇も気になるし、彼の話を聞きたいのかもしれない。
騎士に案内され、執務室へと入った私は挨拶が終わってすぐにイヴォンのことを尋ねようと口を開く。
「それで、イヴォンはどうなのですか?」
問いかけに皇帝陛下は難しい表情を浮かべながら息を吐いた。
「……捕まえてからずっと黙秘だ。だが、奴のやったことは証拠も揃っているし、自供がなくとも罪には問える。それよりも、其方はリュネリアだと分かったのに随分と落ち着いているじゃないか。俺はてっきり、ベアトリスから家族に迎え入れると言われているのかと思っていたのだが」
「そういったお話は出ませんでした。それに、今更私がリュネリアだと分かったところで、何も変わりません。私は堂島瑠音ですから」
「そうか。そういう一度決めたら突っ走るところはベアトリスとよく似ているな」
私の覚悟を聞いた皇帝陛下は、懐かしむような表情を浮かべている。
「私はてっきりイヴォンのことについてお話を伺いたいのだと思っていたのですが」
「それは奴を捕まえた後で他の者から聞いている。俺は、其方がヴェレッド侯爵の娘だと判明してどうしているのかと気になったので呼んだだけだ」
「どうも何も何も変わりません。ただ、私はこちらに残って、フィニアス殿下と共に生きていくと決めただけです」
「ほう」
興味深そうにこっちを見る皇帝陛下。
ギラギラとした目で見つめられ、私は落ち着かない。
「ということは、フィニアス殿下と結婚するということか。これはめでたい」
「それは、まだ分かりませんが……」
「分からんということはないだろう。恋人になったということは、結婚するのは自然なことだ。だが、其方の身分で、それが可能なのか?」
どうなんだ? と問われた私は口を噤む。
堂島瑠音として生きると決めた以上、平民上がりの聖女ではフィニアス殿下と釣り合いが取れない、ということを皇帝陛下は言いたいのよね?
「フィニアス殿下と結婚するつもりなら、ヴェレッド侯爵の娘という地位は其方の役に立つと思うが」
「確かにそうかもしれませんが、私は育ててくれた両親をなかったことにはできないので」
私がリュネリアになるということは、両親と過ごした十九年をなかったことにすること。
それだけはどうしてもしたくなかった。
「義理堅いことだ。だが、考えてみればその方が良いだろうな」
あれ? 皇帝陛下は、ヴェレッド侯爵の娘になればいいのにと言っていたのに、どうして。
「ユリウス陛下にフィニアス殿下。お二人の妃がエルノワ帝国の者だと、あちらの貴族は反発するだろうな。それこそ、ベルクヴェイク王国はエルノワ帝国の属国になったと言われるだろう」
「そうでしょうか?」
「そういうものだ。一番良いのは、其方をベルクヴェイク王国の貴族の養女にするか、後見人にするかだろうが……」
貴族関係のことは何も分からない私は皇帝陛下の言っていることに適当に相槌を打つことしかできない。
だけど、私とフィニアス殿下だけの問題じゃないことだけは理解できた。
「ベアトリスが其方を娘として迎え入れると主張していないのであれば、それで良い。あれを説得するのは面倒だからな」
「……ベアトリス様は常識的な方だと思いますが」
「そうか? 望めば何でも手に入ると思っているような妹だぞ? 其方を娘として迎え入れるという主張をしなかったことの方が驚きだ」
皇帝陛下はそう言っているけれど、私は到底信じられない。
だって、私が見てきたベアトリス様はとても理性的な方だったから。
「まあ、それなら良い。俺の仕事がひとつ減ったということだからな。それで、フィニアス殿下と結婚するにあたって、ベルクヴェイク王国の貴族達は説得できそうなのか? どこの家に頼むつもりだ。そう簡単に頷かないと思うが。断られれば詰むぞ」
「それはこれから考える予定です。私が未だナバート出身の平民だということに反発している貴族もおりますからね」
「ヴェレッド侯爵家の令嬢だという切り札は使えない以上、難しいな」
と皇帝陛下は顎に手を当てて考え込んでいる。
私には貴族がどう出るのかは見当もつかないが、平民を見下している方々をそう簡単に説得することは難しそうだ。
私と皇帝陛下の会話が途切れ、重苦しい空気が流れる中、部屋に来客を告げる声が聞こえた。
『フィニアス殿下がいらしております』
どうやら皇帝陛下はフィニアス殿下も呼んでいたらしい。
すぐに彼はフィニアス殿下を部屋に呼び込んだ。
「ちょうど良いところにきてくれた。今、彼女にベルクヴェイク王国の貴族達の説得をどうするのかを聞いていたのだ。其方は本当に聖女と結婚したいと思っているのだな?」
「当たり前でございます。私のこれからの人生に彼女が必要なのです。彼女がいなければ意味を成さないくらいに大事に思っております。他の誰かに譲るつもりは毛頭ございません。彼女を幸せにするのは私だと思っておりますから」
答えを聞いた皇帝陛下は満足そうに頷いた。
「なら良いのだ。二人の想いが同じであれば俺が言うことは何も無い。ただ、彼女は俺の姪にあたる娘だ。傷つくのは見たくはない」
「重々承知しております。必ずや、彼女を幸せにしてみせると誓います」
「よろしく頼む」
改めてフィニアス殿下から言われると、何だか恥ずかしい気持ちになってくる。
恋人になってまだ数時間で結婚の話をしているなんて、現実とは思えない。
けれど、彼は王族なのだから、そういった話になるのは仕方がないことなのかもしれない。
「それで、二人の気持ちは分かったが、貴族達の説得はどうするのだ? ヴェレッド侯爵家の令嬢だと公表して嫁がせるのはお勧めはしないが」
「それは私も考えておりません。むしろ、公表しない方向で行こうかと思っておりました」
「そうだな。公表しない方が良いだろう。ベルクヴェイク王国がエルノワ帝国の属国になった、だの言われてしまうし、そちらの貴族からの反発も激しくなると簡単に予想できる。……だが、ではどうするつもりなのだ?」
「……そうですね」
ヴェレッド侯爵の屋敷ではどうするのか決めていなかったフィニアス殿下は考え込む。
その様子を見ていた私は、ジルから聞いていた話を思い出し、失礼とは思いながらも話に割って入った。
「あの、クレアーレ様に結婚の許可を貰えばなんとかなるのではないかと、ジル、私の侍女から聞いたのですが、どうでしょうか?」
私の提案を聞いたフィニアス殿下は顔を上げた。
「……クレアーレ様にですか? そういえば、本来は直接クレアーレ神殿に赴いて許可を貰っていましたね。確かに、クレアーレ様の許可を頂ければ、話は簡単ですね」
やっぱり有効な方法なんだ。
それならいけるかも、とフィニアス殿下は笑顔を浮かべている。
「幸い、私もルネもクレアーレ様に気に入られていますし、断られることは、まずないかと思います。帰りにクレアーレ神殿を通りますし、エルノワ帝国でのことを報告するという名目で寄れば、疑われませんね」
大丈夫だと聞いた皇帝陛下は、途端に笑顔を見せた。
「そうか。なら大丈夫そうだな。だが、もしも断られたときは、後押しぐらいはしてやるから、文を飛ばせ」
「ありがとうございます。その際はよろしくお願い申し上げます」
皇帝陛下は、優しげな笑みを浮かべ、私達を見ている。
私は心強いなぁ、と思いながら、どこか他人事のように二人を見ていた。