17・再会
「そろそろ王宮に向かおうか?」
「も、もう少し。あと少し待って下さい」
翌日、朝食を食べた後で王宮に行くヴェレッド侯爵から一緒に行こうかと誘われていたのだが、私はまだ心の準備ができずにいた。
ヴェレッド侯爵のお屋敷に出たことを皇帝陛下やフィニアス殿下に報告しなければならないのは承知している。
今後のことを話し合わなければならないことも理解している。
でも、あんなことを言っちゃったから、フィニアス殿下と顔を合わせ辛いのよ!
「何なら、もう一泊していく? 私は構わなくてよ」
ベアトリス様は私の様子が面白いのか、クスクスと笑い声を上げている。
いっそ、その案に乗ってしまおうかと咄嗟に思ったけれど、問題を先延ばしにするだけで何も解決はしないことにすぐ思い至る。
「いえ、ちゃんと王宮に戻ります。でも、まだ時間がかかると思いますので、ヴェレッド侯爵は先に向かって下さい。私のせいで遅刻したら申し訳ないので」
「では、心が決まったらベアトリスに伝えてくれ。執事に馬車を用意しておくように伝えておこう」
「ありがとうございます」
「では、いってくる。また後で」
「はい。いってらっしゃいませ。お仕事、頑張って下さい」
困ったような微笑みを浮かべたヴェレッド侯爵は、そのまま部屋を出て行った。
見送った私は、ソファに腰を下ろしてため息を吐く。
「フィニアス殿下と顔を合わせ辛いの?」
「はい。別れ際に告白まがいのことを口にしてしまいまして……。どのような態度でフィニアス殿下にお会いすれば良いのかと」
「あら、いつも通りで構わないのではなくて? それに、私からはフィニアス殿下も貴女を好ましいと思っているように見えたわ。貴女が悲しむ結果にはならないと思うけれど」
「そうでしょうか?」
「ええ、そうよ。私の勘を信じてちょうだい」
軽くウィンクしたベアトリス様を見て、私はちょっと心が軽くなる。
「そうですね。逃げてばかりいても、どうにもなりませんものね」
「頑張るのよ」
「はい……!」
ベアトリス様に励まされた私は強く拳を握りしめた。
すると、部屋の扉が開いて、執事が部屋へと入ってきた。
「奥様、王宮よりフィニアス殿下がいらっしゃいましたが、いかが致しましょう?」
「あら、待ちきれなかったのかしら? 随分と性急だこと。まあ、よろしいわ。すぐにお迎えしましょう」
フィニアス殿下を出迎えるために立ち上がったベアトリス様の手を私は咄嗟に掴んだ。
ちょっと待って欲しいと縋るような目を向けてみると、彼女はニンマリと微笑む。
「心はもう決まっているのでしょう? 往生際が悪いのではなくて?」
優しい手つきで私の手を離したベアトリス様は、颯爽と部屋から出て行ってしまった。
「ああ、どうしよう。言ったそばからいらっしゃるなんて……!」
情けなくも私は部屋をウロウロと歩き回り、頭を抱えていた。
そうこうしている内に扉がノックされ、フィニアス殿下がやってきたことを知らされた。
ガチャっと音が鳴り、人が入ってくる気配を感じたが、私は扉に背を向けたまま振り向けない。
汗が噴き出てきて、呼吸が速くなる。
「ルネ」
その声に私の体が震える。
紛れもなく、部屋に入ってきたのはフィニアス殿下。
だけど、彼がこっちに近づいてくる気配はない。
「昨日、キールにヴェレッド侯爵のお屋敷を見に行ってもらっていたのです。ですので、貴女がこちらにいるのは分かっていました。本当は、貴女が王宮に戻ってくるのを待つべきだと思っていたのですが、どうしても会いたくなってしまって」
「いえ、すぐに戻らなければならないとは思っていたのですが、心の整理がつかなくて……。申し訳ありません」
「その気持ちは分かります。ところで、どうして後ろを向いたままなのです?」
顔を合わせ辛いからです……! あと恥ずかしい……!
「私の顔など見たくないということでしょうか?」
「違います!」
思わず振り返ったことで、私はフィニアス殿下とまともに目が合う。
しまったと思った私はすぐに下を向いた。
「とりあえず、座って話をしましょうか。ルネ、そちらに座って下さい」
ああ、もうどうにでもなれ! という心境になり、私は彼の向かいのソファに腰を下ろした。
改めてフィニアス殿下の顔を見ると、彼は普段と同じように穏やかな表情を浮かべている。
気まずいとか顔を合わせ辛いとか思っていた私が自意識過剰だったのではないかと恥ずかしくなる。
でも、やっと私はフィニアス殿下の顔を正面から見ることができた。
「貴女がこちらにいるということは、リュネリア・ヴェレッド嬢であったということなのですね」
「はい。実感はありませんが、そうみたいです」
「そうですか……。生まれた場所という条件なら貴女を元の世界に戻せると思っていたのですが、もう使えませんね。それと、ひとつ貴女に謝罪を」
謝罪? 謝られるようなことをされた覚えはないんだけど。
「貴方に何の説明もなく承諾も取らずに、皇帝陛下に転送の宝玉を使って欲しいと頼んだことを謝罪します。申し訳ありませんでした」
椅子に座ったまま、フィニアス殿下は私に向かって頭を下げた。
いや、ちょっと待って下さいよ!
「お願いですから、顔を上げて下さい! 元の世界に戻りたいと最初に申し上げたのは私です! フィニアス殿下は私の願いを叶えようとして下さっただけじゃありませんか」
「いえ、ルネの願いを叶えてあげたいと思っていましたが、皇帝陛下に頼んだのは私の勝手な理由によるものでした。……実は、今回の訪問が終わったら、私と貴女を婚約させると陛下から言われていたのです。貴女がこちらの世界に残ると言っていないのに、そうして良いのだろうかと悩んでしまって……。だから、ルネに元の世界に戻りたいか? と尋ねたのです。そしたら貴女は許の世界に戻りたいと言ったので、暴走してしまいました」
「え? 婚約?」
「はい。……ですので、ルネの願いを叶えた後で、契約書の呪いで死のうと思っていたのです。貴女のいない世界で生きる意味などなかったので」
お、思い詰めすぎ!
うわぁ、契約書を分解できて良かった。本当に良かった。
私の気持ちを優先させるために、そこまで思い詰めているなんて思いもしなかったよ。
「ですが、ルネの言葉で目が覚めました。死ぬ理由にルネを使うな、というのは、心に突き刺さりました。まったく、その通りです。思い詰めて愚かなことを考えてしまいました。気付かせてくれて、ありがとうございます」
「いえ、思い直してくれて良かったです。本当に」
「ご心配をおかけしました。ということで、私はルネを元の世界に戻したかったわけなのですが、貴女はリュネリア・ヴェレッド嬢で確定してしまった。戻れるであろう条件は、今のところ思い浮かびません」
確かに、生まれた場所であれば確実に元の世界に戻れたよね。
私が何者なのかは知れたけど、振り出しに戻ってしまったわけだ。
「それで、ルネはどうしたいですか? このまま、こちらに残ってリュネリア・ヴェレッド嬢として生きますか? それとも、元の世界に戻ることを望みますか?」
どうするのかという決定権を委ねられ、私は口を閉ざす。
自分は異世界人で異分子だから、元の世界に戻った方が良いと思っていた。
でも、実際はこちらの人間で、元の世界じゃ私は異世界人。
だったら、こちらにいるのが自然なことじゃないのだろうか。でも、両親に会いたい。顔を見たい。話をしたい。
ということを考えてしまい、戻ろうか残ろうかという決断ができない。
どうするのがベストなの?
自分じゃ答えを出せないし、フィニアス殿下に意見を聞いてみようかな?
「フィニアス殿下は、どうするのが良いと思われますか?」
「私ですか? 決めるのはルネですよ? 他人の意見を聞いてどうするのです?」
「え?」
いつも優しかったフィニアス殿下から、突き放されるようなことを言われ、私は目を見開いた。
冷静な彼の目に射貫かれて、私は膝に置いていた手を握る。
「ルネは他人の意見を聞いて決める方ではないでしょう? いつだって、貴女は自分でこうすると決める方でした。私が言って、じゃあ、そうするというような方ではないはずです。何を弱気になっているのですか」
「だって……私はこちらの人間で、元の世界じゃ異世界人になるし。戻ってもいいのかなって」
「環境がこうだから、どうしようと悩むのは筋違いですよ。大事なのはルネがどうしたいかということだけです。貴女の最初の目的は何でした? 元の世界に、ニホンに戻ることではなかったのですか? その思いは状況が変わったことくらいで揺らぐような軽いものだったのですか?」
違う。
そんな軽い気持ちで日本に戻りたいと言っていたわけじゃない。
お父さんとお母さんに会いたいという強い気持ちがあったからだ。
それが揺らぎ始めたのは、私がフィニアス殿下を好きになってしまったから。
ここにいたいという感情が日増しに強くなって、どうすればいいのか分からなくなってしまっていた。
フィニアス殿下は、私がどうしたいのかが大事だと言っていた。
思えば、理由をつけて元の世界に戻れないからと言い訳をしていたにすぎなかったのかもしれない。
戻るか残るか悩んでいた時点で、私の心はすでに決まっていたようなもの。
両親が私の決意を聞いたら、きっと呆れる。
でも、ちゃんと説明をしたら呆れた後に笑って背中を押してくれるに違いない。
だって、もしも逆の立場だったら、私もそうするもの。
文句を言いつつも、仕方ないねって言う。二人の幸せをきっと願う。
二人に育てられたからこそ分かる。両親はそういう人達だ。
もう会えないということは悲しい。会って、今まで育ててくれたことへの感謝を言いたい気持ちもある。
戻りたい気持ちもゼロじゃないけど、私はフィニアス殿下と一緒にいたい。
私の中でフィニアス殿下を想う気持ちは、とてつもなく大きくなっている。
それこそ、離れがたいくらいに。
だから、お父さん、お母さん、ごめんなさい。
自分がどうしたいのかが決まった。後は言葉にするだけ。
心が決まった私は口を開こうとしたが、不意にフィニアス殿下が声を出した。
「……今から言うことは聞き流してくれて構いません。どちらを選ぶのかはルネの自由ですから。本当は、ルネが口にするのを待つべきだというのは分かっていますが、どうにもこらえ性がないみたいです。自分でも忍耐力のなさに呆れます」
「どういうことですか?」
フィニアス殿下が何を言いたいのか分からず、私は首を傾げる。
でも彼は私の問いには答えてくれなかった。
「これは、ただの一意見です。私の意見に流されずに、ルネの心に従って下さい」
そう前置きをしたフィニアス殿下は緊張した面持ちで話しだした。
「私個人は、ルネに残って欲しいと思っています。できればずっと側にいて欲しい。貴女のこれからの人生を私に預けて欲しいと思っています。貴女の望む物は何でも差し上げます。だから、どうか私を選んで下さい」
ある意味、プロポーズとも言えるようなことを言われた私は、予想もしていなかったこともあり、狼狽えてしまう。
ううん。言われている内容とか、フィニアス殿下を選んで欲しいと言っていることから、きっとこれはプロポーズだ。
……ということは、ベアトリス様の言う通り、フィニアス殿下も私を好きだってこと?
ちょっと待って! 両思いだったの!? いつから!?
外国人だからスキンシップが激しいのかと思っていたけれど、あれって私を好きだったからやっていただけだったの!?
実感すると、一気に嬉しさと恥ずかしさが襲ってくる。
「おかしなことを言って申し訳ありません。今のは忘れて下さって結構ですので。私の言葉に惑わされず、ルネがどうしたいのかを答えて下さい。どのような結果になろうとも、私は貴女を責めたりしませんから」
どのような結果も何も、残ると言おうとしていたのよ。
だから、私は自分の心に従う、と私はさっき言おうとしていた言葉を口にした。
「私は、ここに残ります」
答えを聞いたフィニアス殿下は、目を閉じて息を吐き出した。
再び開いた目は揺らいでいて、彼がどう思ったのかが気になる。
「……ということは、ルネはリュネリア・ヴェレッド嬢として生きるということですね」
「そっちじゃないです!」
言葉が足らなかった! と私は思わずソファから立ち上がった。
私の大声にフィニアス殿下はビックリしたのか目を瞠っている。
あ、驚かせてごめんなさい。
そういえば、残るか戻るかを聞いてませんでしたね。
リュネリア・ヴェレッドとして生きるか元の世界に戻るか、と聞かれていたことを私は思い出した。
「私は、堂島瑠音としてこちらの世界に残ります。フィニアス殿下のお側にいさせて下さい」
私の言葉を聞いたフィニアス殿下は、しばらく呆然としていた。
「あの、もしかして断られることを前提として、先ほどの言葉を口にしていたのでしょうか? だから困っているんじゃ」
「……いいえ。いいえ!」
ソファから立ち上がったフィニアス殿下は、信じられないといった様子でゆっくりと私の方に近寄ってくる。
私に向かって、ゆっくり伸ばされた手が途中で止まった。
「本当に……本当に残ってくれるのですか? 元の世界に戻らなくても良いのですか?」
「戻りたい気持ちは、まだあります。でも、それ以上に私はここに、フィニアス殿下の側にいたいんです」
「ルネの意見も聞かずに、勝手に事を進めようとした私の側にですか?」
「それはちゃんと謝って下さったじゃありませんか。考え直して下さいましたし。私は、これまで支えてくれたフィニアス殿下のことを知っています。親身になってくれて、いつも助けてくれて、不甲斐ない私を叱ってくれるフィニアス殿下の側にいたいんです」
信じてもらおうと思い、必死に言ったら、フィニアス殿下は嬉しそうに微笑んでくれた。
私を見て目を細めながら、そっとこちらに手を伸ばしてきて、その大きな手に頭を撫でられた。
大事なものを触るような撫でられ方に、私は恥ずかしくなってくる。
「……ヴェレッド侯爵はきっと貴女を引き取るだろうと思っていました。本当の家族の元にいるのが幸せなのだと言い聞かせていたのです。貴女がリュネリア・ヴェレッド嬢になってしまえば、きっと帝国内の貴族の元に嫁ぐことになり、二度と会えなくなる。私は、それだけは嫌だったのです。他の男に渡すことなど、できないと」
「私は初めからリュネリアになるつもりはありませんでしたよ」
「ルネがそう思っても、ヴェレッド侯爵と皇帝陛下が決めてしまえば覆せません。結局、貴女に決めてもらいたいと言いながら、自分の気持ちを押しつけてしまいました。忍耐力のない卑怯で弱い人間です」
私がフィニアス殿下の言葉で決めたと思っていることに腹が立って、私は彼の頬を両手で掴んだ。
「私は自分の意志で残ることを決めたんです! フィニアス殿下に言われたからじゃありません! 私だって、フィニアス殿下が他のご令嬢と結婚するのは嫌です。仲の良さそうな姿を見ることになるのは耐えられません。でも身分違いだからって諦めようと思っていたんですよ! なのに、両思いだって知って、どれだけ私が嬉しかったか分かりますか!?」
「りょ、両思い……。そう、そうですよね。側にいたいと言ってくれたということは、そういうことなのですよね」
私から視線を外したフィニアス殿下は、顔を真っ赤にさせていた。
ルネが私のことを好き? と言いながらはにかんでいる。
何、その可愛い反応!?
いつも冷静で穏やかなところしか見たことないから、ギャップが半端ないよ!
あ、でも、酔ったときはこんな表情をしていたかも。
途端に、あの夜のことを思い出して、私まで真っ赤になってしまう。
これ以上近くにいたら色々と耐えられない! とにかく早くフィニアス殿下から距離を取りたい。
「そういうことで! 私はフィニアス殿下が好きということです!」
はい! 終わり! と私がフィニアス殿下から距離を取ろうとすると、彼の手が伸びてきてギュッと力強く抱きしめられた。
逆効果だった!?
あわあわしていると、耳元でフィニアス殿下が囁いてきた。
「私もルネを愛しています。絶対に幸せにしますので」
「よ、よろしくお願い致します……」
破壊力が凄すぎるよ! と思いつつ、私は息も絶え絶えに呟いた。
「ルネ」
フィニアス殿下に呼ばれ、頭が真っ白だった私は何も考えずに顔を上げる。
少し体を離した彼は、優しげな笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
そのまま、彼の顔が近づいてくる。
恋愛に疎い私でも、キスされようとしていることは理解できた。
徐々にフィニアス殿下の顔が近づいてきて、直視できない私は目をギュッと瞑る。
脳内で奇声を上げていると、バンッという大きな音が鳴った。
驚いた私は目を開けて扉を見ると、頭をポリポリとかいたキールが気まずげに立っていた。
ていうか、何でここにいるの!?
「取り込み中に悪いが、皇帝陛下から呼び出しだ。とっとと王宮に戻るぞ。あ、王子様。折角の好機なのに邪魔して悪かったな。じゃ」
そう言って、キールはニカッと笑った。
無言で私から離れたフィニアス殿下はクッションを手に取り、扉に向かって勢いよく投げつけ、ってフィニアス殿下!?
貴方、そんなキャラじゃないでしょう!
何をしているんですか!
投げたクッションはキールに当たることなく、ボフッと扉にぶつかり床に落ちる。
しばし呆然としていると、息を乱しているフィニアス殿下が大きなため息を吐いた。
「つい取り乱してしまいました。驚かせてすみません」
「あ、いえ。それよりも王宮に戻るのですか?」
「ええ。今回の件を報告しなければいけませんからね。イヴォンのこともありますし。それと、ベルクヴェイク王国に帰る前に国内の貴族を説得する方法を考えなければなりません」
「説得できるでしょうか?」
「分かりません。損得勘定で動くのが貴族ですからね。自分達の得になると思わせれば、こちらに付いてくれますが、どうでしょうかね。最悪、子供ができたとか嘘を言って無理矢理説得する方法もありますが」
「そこは、ちゃんと説得しましょうよ!」
諦めないで下さいよ! と私は言ってみるが、フィニアス殿下は緩く首を横に振った。
「貴族のことは幼い頃から見てきた私が良く知っています。平民出身だと思われている貴女と婚約するのは難しいでしょうし、彼らの意識を覆すのは容易ではありません。だからこそ、抜け道を全て塞いだ上で、交渉に当たらなければならないのです」
あまりに真剣な表情に、私はそこまで貴族達の攻略は難しいのかと絶望する。
「……ちなみに、私ができることは」
「残念ながら」
ですよねー!
ただの庶民出身者が太刀打ちできる相手じゃありませんよね!
「ですが、ひとつだけありますね」
「何ですか!?」
「貴族達にボコボコにされるであろう私を慰めることです」
真面目な顔でフィニアス殿下は口にしているけど、ボコボコという言葉がコミカルすぎて私は吹き出してしまう。
「やはり、貴女の笑顔は良いですね。癒やされます。では、王宮に戻りましょうか」
「う、はい」
ストレートなフィニアス殿下の言葉に顔が熱くなる。早く部屋から出ようと私は早足で扉へと向かう。
だけど、フィニアス殿下に呼び止められ、私が振り返ると、額に柔らかいものが触れた感触がした。
ゆっくりと体を離すフィニアス殿下を見て、額にキスをされたのだと気付き、私は目を瞠ったまま、その感触がした場所を指でさする。
「先ほどはキールに邪魔をされてしまいましたので」
では、行きましょうか、とフィニアス殿下は言っているけれど、私はそれどころじゃない。
ほ、頬のときだって、あんなにドキドキしたのに、額になんて……!
それに今は素面で、フィニアス殿下は覚えているっていうのに!
「ちゃんと予告してください!」
「それじゃ、恥ずかしいじゃないですか」
私はフィニアス殿下の恥ずかしいという基準が分かりません!
上機嫌なフィニアス殿下の後に続いて私も部屋を出て玄関へと向かうと、満面の笑みを浮かべたベアトリス様が見送りにきてくれた。
「貴女の顔を見れば分かるわ。上手くいったのでしょう?」
「はい」
「だから申し上げたでしょう? 私の勘は良く当たるのよ」
いや、本当にベアトリス様の勘はすごい。
「色々とありがとうございました。お世話になりました」
「娘の世話をするのは当然よ。またいらしてね」
「はい。それでは失礼します」
ベアトリス様に別れを告げ、私達は王宮へと戻った。