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16・結果

 光が収まり、私はゆっくりと目を開ける。

 どちらに出たのか確認しようとして周囲を見回した私は、そこにいた人達を見て目を見開いた。


「ヴェレッド侯爵……ベアトリス様……」


 お二人の姿を確認したことで、私がリュネリア・ヴェレッドだと確定してしまった。

 衝撃を受けている私とは反対にベアトリス様は、おぼつかない足取りでこちらへと歩み寄ってくる。

 彼女は何かを確かめるようにこちらへと手を伸ばしてきた。

 伸ばされた手が私の頬を包み、優しく撫でられる。


「本当に貴女がリュネリアだったのね? もう会えないと思っていたのに……。信じられないわ。こうしてリュネリアと会えるなんて……!」


 泣きながら言われたベアトリス様の言葉。

 娘を生かすために泣く泣く手放さなければならなかったのだから、彼女の嬉しい気持ちは何となく察することができた。


「私も、実の両親に会えるなんて思ってもいませんでした」

「ええ、そうでしょうね。私も驚いているもの」

「とりあえず、応接間に移動しよう。ゆっくりと話をしようじゃないか」


 いつの間にか近寄ってきていたヴェレッド侯爵はベアトリス様の肩を抱き寄せている。

 さあ、移動しようかとなったときに、ベアトリス様がためらいがちにこっちを見てきた。


「あの、嫌でなければ、貴女を抱きしめても良いかしら?」

「あ、はい。どうぞ」


 そう答えると、ベアトリス様は嬉しそうに微笑み、優しく私を抱きしめてくれた。

 頬ずりされ、確認するようにぎゅっと腕に力がこもるのが分かる。


「ああ、本当にリュネリアなのね……。貴女にもう一度会えることを夢見ていたのよ。こんなに素敵な子に育ってくれて嬉しいわ。あと、これは私のお願いなのだけれど、貴女の口から母と呼んで欲しいの。構わないかしら?」

「それは構いませんが、私はベアトリス様をどうお呼びすればよろしいのでしょうか? 母上? お母様? ベアトリス様はどちらが良いですか?」


 貴族の母を呼ぶ言葉といえば、母上かお母様しかないだろうと私は思ったの。

 さすがにお母さんは合わないだろうと思ったのだが、ベアトリス様は動きを止めた後で、そっと私から離れていく。


「ベアトリス様?」


 彼女の変化に何かいけないことを言ったのだろうかと私は首を傾げる。

 無言で表情を消した彼女は、何度か瞬きをすると首を振った。


「なんでもないわ。少し冷静になっただけ。気にしないでちょうだい」

「はあ」


 ベアトリス様の変化についていけない私は、なんとも間抜けな声を出してしまう。


「さあ、応接間に参りましょう。貴女のお話を聞かせてちょうだい」


 近づいてきたベアトリス様に背中を押され、私達は応接間へと移動していると、途中で屋敷にいたであろうユルヴァン様に遭遇した。


「母上、なぜ彼女が?」


 事情を何も聞かされていないのか、ユルヴァン様は困惑している。


「そうね。貴方にもお話ししなければいけないわね。一緒に来なさい」


 それ以上の言葉は言わず、ベアトリス様は応接間へと入っていく。

 ユルヴァン様は気になったのか、大人しくベアトリス様の後を付いていった。

 こうして応接間に四人が揃うと、ヴェレッド侯爵が今回のことを説明し始める。

 リュネリアが死んだと聞かされてきたユルヴァン様は最初、信じられないと言って疑っていた。

 けれど、私とリュネリアとの共通点を聞いたことや、転送の宝玉を使った結果だということ、そして、両親からの言葉ということで納得したようである。


「……まさか、聖女殿が妹だったとは驚きました」


 ユルヴァン様の言葉に私も心の中で頷いた。

 でも、思えば私がこっちの言葉を喋れたのは、元がこの世界の人間で言葉に触れたことがあったからなのかもしれない。

 文字が読めなかったのは、見たことがなかったからとか?

 全部、臆測だけど。


「それで、彼女をどうするつもりです?」


 ベアトリス様は、少し考え込んだ後で私の方に視線を向けてきた。


「貴女はどうしたいの?」

「私は……」


 実の両親を知ることができれば、と思っていただけだから、その後のことは何も考えていなかった。


「正直に申し上げますと、実の両親のことを知りたい、私が何者なのか知りたいというだけで、後のことは何も考えてはおりませんでした」

「そうね……。いきなり私達が両親だと分かって、貴女も混乱しているでしょうし、考える時間が必要よね。このままベルクヴェイク王国に戻るという道もあるし、リュネリアとしてこの屋敷で暮らすという道もあるわ。もしくは、兄上に頼んでもう一度転送の宝玉を使ってもらって、戻るという道もね」


 実の両親のことを知れたけど、それで全てが終わったわけではない。

 その後のことを考えなければならない。自分の身の振り方を。

 現時点で、どうしようかと悩んでいる。答えが出せない。

 考え込んでいる私を見ていたベアトリス様はクスリと笑う。


「悩むということは、貴女は沢山の人を愛しているのね。選べないのは、どの立場でも愛する人がいて、選べないから。どれを選んでも、誰かを諦めなければならないのが辛いのでしょう?」

「……はい」

「選択肢が沢山あるのは恵まれているけれど、その分、捨てなければならないものが人よりも多くなるものだもの。でも、それは良いことだと思うのよ。だって、どの立場でも貴女を必要としてくれる人がいるということだもの」


 必要としてくれる人。

 両親は私がいなくなって心配していると思う。フィニアス殿下やキール、シャウラにジルも離れがたいと言ってくれた。

 そっか、それは必要とされているから、好かれているからなんだ。

 私、自分のことばっかりで、相手のことを考えていなかったな。


「勿論、私もね。私はね、本当に貴女のことを愛しているのよ。今でも貴女が生まれたときのことを鮮明に覚えているわ。夫と同じ黒髪を見て、私がどれだけ嬉しかったか。ああ、勿論、ユルヴァンも愛しているわよ? 貴方は私とマクシミリアン様の両方に似ているもの。成長するにつれて、両方に似ている貴方を見て、マクシミリアン様の子供なのだと実感できたのだから」

「母上。母上が私を愛してくれているのは分かっておりますから。話が横道に逸れています」

「あら、いけないわ。私ったら、つい」


 うふふ、と笑ったベアトリス様は目を細めた。

 妖艶な美女でいて、時折、可憐な少女のような雰囲気のベアトリス様。

 ……私、本当にこの方の娘なのよね?

 どうして、もっとベアトリス様の要素が入らなかったの……!


「だからね、私は貴女の成長を見守ることができないから、いつも想像していたの。初めて歩くときのこと、初めて言葉を話すときのこと、私を母と呼ぶ貴女のこと。お淑やかな子なのかしら? それともお転婆な子なのかしら? 好きな人はできたのかしら? 泣いてはいないかしら? ってね」

「想像と違いましたか?」

「とんでもない。想像以上よ! 貴女は優しくて謙虚でいて、自分の考えをしっかりと持っている素敵な女性よ。そういう女性に育ってくれて、私は本当に嬉しいの。二十年の空白を埋めることはできないけれど、これからの貴女を見ていたいと私は思うのよ」


 彼女は私に残って欲しいと思っているのだろう。

 

「貴女の方こそ、私達が両親でガッカリしたかしら?」

「いいえ! どうして、こんなにも綺麗な人から私が生まれたのかと疑いました。似ているところが見当たらなかったので。それに、お二人は立派な方だと思いましたし、私の実の両親がヴェレッド侯爵夫妻で良かったと思っています」

「あら、ありがとう。でも、私は貴女の顔が大好きよ? 可愛いらしいし、何より性格の良さが顔に表れているもの。顔が綺麗でも中身が腐っている人なんていくらでもいますからね。だからこそ、私達は貴女を育ててくれた方達に感謝しないといけないわ。こんなにも素敵な女性に育てて下さってありがとうございます、って」

「……私も両親には感謝しています。何も言えずにこちらに来たことを後悔しています」


 突然引き離されてしまい、別れの言葉が何も言えなかったことだけが心残りだわ。

 それに、私は両親に何も恩を返していない。与えられるばかりだったのに。


「できれば、私も貴女を育ててくれた方達にお会いして、ありがとうと伝えたいわ。ねぇ、あなた」

「ああ。君が誰かのために動き、見返りを求めない謙虚な子なのは、育ててくれたご両親のお蔭だからね。だから、君がどういう子供時代を過ごしてきたのか、私達に教えてくれないだろうか?」

「そうね。時間は巻き戻らないけれど、思い出を共有することはできるもの」


 それは大丈夫だけれど、ユルヴァン様はどうなのだろうか?

 あまり記憶にないだろうし、興味はないかも。

 チラリとユルヴァン様に視線を向けると、私を見ていた彼はゆっくりと頷いた。

 話しても構わないということだと判断した私は、子供時代の思い出を話し始める。

 泥だらけで過ごした幼少期、初めて自転車に乗れた日、小学校のリレーで一位になったこと。

 友達と冒険と称して遠くまで行って迷子になり、警察官に保護されて両親に死ぬほど叱られたときのこと。

 テストで百点を取って褒められたり、部活の大会で優勝したりといったこと。

 かなり時間はかかったけれど、ヴェレッド侯爵家の人達は興味深そうに私の話を聞いてくれていた。


「予想外に色々な経験をしているのね」

「聞き慣れない言葉もあったけど、私達の娘は相当お転婆な子だったみたいだね」

「きっと私は卒倒していたでしょうね」

「君の愚痴を聞く私の姿が容易に想像できるよ」

「あなた……!」


 ペチンとベアトリス様がヴェレッド侯爵の膝を叩く。

 すまないと言いながらも、彼は笑顔であったが、ベアトリス様に向けていた視線をこっちに向けてきた。

 

「随分と時間が経ってしまったね。夕食はこちらで一緒に食べていくかい? 帰りは馬車で王宮まで送るけれど」


 王宮まで戻ると聞き、私はすぐにフィニアス殿下のことを思い浮かべた。

 同時に別れたときのことも。

 最後に自分が言った台詞を思い出し、顔が一気に熱くなる。


 待って、待って、待って!

 私、告白まがいのこと言ってたよね!?

 言われたフィニアス殿下も動揺していたみたいだし。

 明らかに、やらかしたことに気付いた私は、恥ずかしさのあまりソファに顔を埋めた。


「どうした!?」

「体調が悪くなったのかしら? すぐに医者を呼んで!」

「ちがっ! 違います! 私は大丈夫ですから、お医者さんは呼ばなくても大丈夫です!」


 部屋を出て行こうとした侍女を呼び止め、私は至って健康です! とその場にいた面々にアピールした。

 私の様子を見た一同は、ホッと胸を撫で下ろしているようである。


「ちょっと、フィニアス殿下と顔を合わせ辛いと思って」

「まあ、仲違いをしてしまったの?」

「いえ、ケンカをしたわけじゃないんです。ただ、恥ずかしくて……」


 それだけでベアトリス様は何かを察してくれたのか、同情するような眼差しを向けられた。


「……なら、今日は屋敷で過ごしたらどうです? 日を置いたら気持ちの整理もつくでしょうし」


 静かに会話を聞いていたユルヴァン様からの提案に私は身を乗り出す。


「よろしいのですか?」

「良いも何も、ここは元々貴女の家なのですから、何も遠慮する必要はありませんよ」


 確かにそうなんだけど、心情的には他所様の家という気持ちが強いんだよね。

 屋敷の主であるヴェレッド侯爵はどうなんだろうと見てみると、彼もそうしたらいいと言ってくれた。

 なら、お言葉に甘えさせてもらおうかな。


「じゃあ、今夜だけ泊めて下さい」


 頭を下げると、三人の控え目な笑い声が聞こえてきた。

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