13・お出掛け先での襲撃
翌日、私とフィニアス殿下は馬車に乗って町へと出掛けた。
時間もないので馬車の中で話を切り出そうとしたのに、フィニアス殿下はイヴォンのことが気にかかるのか、ここではちょっとと言って止めてしまう。
以降、彼はずっと窓の外を眺めて、話しかけられることを拒否している。
居心地の悪い中、私達は最初のお店に到着した。
最初から仕立屋に行くとイヴォンに怪しまれるということで、お土産を買う目的も果たそうと、いくつかのお店を見てから向かう予定になっている。
ベアトリス様から教えてもらった雑貨のお店は貴族御用達のお店らしく、店内に並べられている商品数は少ない。
とんでもないお店に来てしまった。
私は、並べられている品物から距離を取って見回してみる。
アラビアンな感じの香水瓶やペルシャ絨毯風のもの、高そうな燭台。
値札がないから値段が分からないが、かなり高そうということは分かる。
ビクビクオドオドしている私とは違い、フィニアス殿下は普通に店主と話をしていた。
さすが王子様。こういう場所は慣れていらっしゃる。
「ルネ」
「あ、はい」
呼ばれた私は、品物にぶつからないようにフィニアス殿下へと近寄ると、正面にいた店主がニコリと微笑み、私に声をかけてきた。
「ご旅行でエルノワ帝国にいらしたと伺いました。お土産を探していらっしゃるとか」
旅行? と思ってフィニアス殿下を見ると、彼は無言で頷いた。
どうやら話を合わせておいた方がよさそう。
「はい。記念になるようなものを探しております」
「左様でございますか。でしたら、こちらの香水瓶などはいかがでしょうか? こちらは西方の細工職人が作ったものでして。西方は、こういった細工が有名なのです。きっと記念になると思いますよ」
「へぇ」
差し出された香水瓶は至るところに細かい装飾がされている。
なのに派手ではなく、とても上品であった。
穏やかで品のあるセレスティーヌ王妃様を思わせるようだった。
「気に入りましたか?」
「はい。イメージにピッタリです」
「なら、それを買います。あと、あちらの絨毯と封蝋を」
「畏まりました」
店主は従業員に指示をして、フィニアス殿下が差した商品を持ってこさせる。
「品物はいかがなさいますか? 宿泊している場所まで送りますか?」
「いえ、馬車に乗せて下さい」
指示された従業員が品物を馬車へと詰め込み、私達は店を後にする。
その後もベアトリス様お勧めのお店を見て回り、行く先々でフィニアス殿下は目についた物を買っていた。
「さて、ついにミレーヌ・バルテルの仕立屋ですね」
「ええ。ですが、本当にイヴォンは現れるのでしょうか?」
「奴の目的が貴女であれば、必ず現れるでしょう。採寸の場に立ち会えないのが心配ですが」
「側にキールがいてくれるので大丈夫だと思います。それにフィニアス殿下もいらっしゃるし」
だから、不思議と昨日のときのような恐怖はない。
フィニアス殿下とキールを信頼しているから。きっと守ってくれると信じているから。
私の気持ちが伝わったのか、フィニアス殿下は笑みを浮かべていた。
「勿論、貴女は私が守ります。けれど、イヴォンに関しては、さほど心配はしていません。奴は魔術師としては優秀だとは思いますが、こちらを脅かすほどの強さはありませんからね。大体、私にキール、それにエルノワ帝国の騎士がいますから」
「はい。……あと、これが終わったら話したいことがあるのです。大事なお話があるのです。聞いて下さいますか?」
私がリュネリアかもしれないという件と、それを確認するために転送の宝玉を使う件。
フィニアス殿下には話さなければいけないから。
「……分かりました。帰った後で貴女の部屋で話をしましょう。私も貴女に話しておきたいことがあったので」
「ありがとうございます!」
良かった。これでゆっくり話せる。
「では、行きましょうか。もうじき夕暮れどきになりますから、暗くなる前に終わらせないと」
「はい、早く行きましょう」
私達は足早にお店を後にして、ミレーヌ・バルテルの仕立屋へと向かった。
その店は大通りから少し外れた場所にあった。
人通りはあまりなく、不気味に思いながらも私達は店内へと足を踏み入れる。
出迎えてくれたのは黒髪の妖艶な美女。
彼女は、この店の女主人であるミレーヌ・バルテルだと名乗った。
「本日はドレスを仕立てにいらっしゃったのでしょうか?」
「ええ。彼女に似合うドレスを仕立てていただきたい」
「畏まりました。では、採寸させていただきますね。聖女様、どうぞこちらへ」
ついにきた、と私は奥の部屋へと歩いて行った彼女の後を追いかけていく。
案内された部屋はドレスの生地やトルソーが置かれている比較的小さな部屋であった。
すぐに私は、皇帝陛下から聞いていた路地裏へと続くドアの位置を確認する。
あそこから路地裏に出ればいいのね。
「……聖女様」
本当にイヴォンが現れるんだろうかと緊張していた私は、ミレーヌさんに話しかけられ、慌てて彼女に向き直る。
「なんでしょうか?」
「あの、聖女様は……その、吸収と分解の半能力半魔法属性なのですよね?」
「え、ええ」
いきなりなに?
というか、今気付いたけれど、私、ミレーヌさんに聖女だって名乗ってないよね。どうして私が聖女だって分かったの?
あ、貴族達に私のことを聞いていたって言うから、もしかしてそれで?
でも、何だか嫌な予感がする。こういうときの悪い予感は大抵当たるんだよね。緊張で変な汗が出てきた。
「でしたら、お願いがあるのです。私の友人の母が呪いをかけられたそうなのです。このままでは命を落とすと言われていまして……。それで聖女様に呪いを分解してはもらえないかと頼んで欲しいと友人からお願いされまして」
「呪いですか? なら、分解することは可能ですが……」
可能だけれど、その友人って実在するんだろうか。
警戒したまま、私はすぐに部屋から飛び出せるようにミレーヌさんから距離を取る。
「お願いします! 呪いを分解して下さいませ!」
必死の形相で頼み込んでくる彼女。
すると、トントンという扉をノックする音がなり、路地裏へと続くドアが開いて男性が姿をあらわした。
「話は終わりましたか?」
「いえ、まだお願いしている最中なの」
男性に近寄ったミレーヌさんは親しげに男性の腕に手を絡ませる。
私は、友人以上の触れあいをしていることに驚くよりも、男性の顔をみて固まってしまった。
あらわれた男性は、あの日、夜会で見たイヴォンと瓜二つで髪も目も同じだったんだもの。
声も、多分似ている。
瓜二つだと思ったけれど、あれは本人だ。私を狙っているという皇帝陛下の言葉は本当だった。
あらわれるかもとは思っていたけれど、こんな登場の仕方は想像していなかった私は驚いて声も出ない。
そんな私の態度など素知らぬふりをして、イヴォンは困ったような表情をこちらに向ける。
「ああ、聖女様。どうか母を助けてやって下さい」
近寄ってきた彼は私の手に触れようとしたが、反射的に触れられないように思いっきり手を動かしてしまう。
それを見て、彼が悲しげに目を伏せた。
「やはり、庶民の私の願いなど聞き入れては下さらないのですね」
イヴォンは膝をついて項垂れていると、ミレーヌさんが彼に近寄って肩を抱き寄せた。
「……ヴィオン。気を落とさないで」
「……ヴィオン……」
イヴォンが名乗っていたという偽名ということは、やっぱり目の前の男性はイヴォンで間違いない。
計画通り、私は路地裏に続くドアから逃げようと私は二人から距離を取り、イヴォンが入ってきたドアの方へと徐々に移動していると、彼が突然、ミレーヌさんを抱き寄せた。
「どうしたらいいんだ……。このままでは母が……」
言葉ではしおらしいことを言っているが、憎悪に満ちた目で私を見ている。
そして、袖口から出した小刀をミレーヌさんに向けた。
驚いて目を見開いている私に向かって、イヴォンは『大人しくしていないと、こいつを殺すぞ』と口を動かした。
ミレーヌさんとイヴォンが共犯である可能性はあるにせよ、見殺しにはできない。
逃げ道を塞がれた私は、その場に留まるしかなかった。
大丈夫、ここにはキールがいる。部屋の向こうにはフィニアス殿下もいる。
「ヴィオン。もう一度、聖女様にお願いしましょう。きっと力になってくれるはずよ」
「ああ、そうだね。……でも、貴女はもう必要ありません」
「え?」
ミレーヌさんが反応するよりも早く、イヴォンは、彼女のみぞおちあたりを殴った。
グッという声と共に彼女は力なく床に横たわり、ピクリとも動かない。
「何をしているの!」
「もう、彼女は必要ありませんからね。ああ、殺してはいませんよ? これ以上は邪魔にしかなりませんから、大人しくしただけです。さて、もう私がイヴォンだと分かっているでしょう。貴女のことを随分と探しましたよ。会えて嬉しいです」
「私は嬉しくなんてない」
「まあ、そう言わずに。私はずっとずっと貴女に会いたかったのですから。私の計画を台無しにして、犯罪者として追われる破目になった原因の貴女にね」
「それは貴方の自業自得でしょう? 罰が当たっただけよ」
ハッと鼻で笑ったイヴォンは、手元のナイフをクルクルと回している。
「私に罰が当たったのだとしたら、貴女にも罰が当たっても良いのでは?」
「何を馬鹿なことを」
「だって、私からしたら貴女は大悪人です。犯罪者です。憎むべき敵です」
「貴方だけがそう思っているだけでしょう」
「私だけであったとしても、貴方は私にとって許しがたい相手なのですよ」
ナイフをクルクルと回しながら、イヴォンが徐々に私に近寄ってくる。
距離を詰められたくなくて、私は後ずさった。
どうしよう。路地裏に出て広い場所にイヴォンを誘導しなければならないのに、路地裏へと続くドアに近づけない。
距離を詰めてくるイヴォンに焦っていると、彼の足元にどこから飛んできたのかナイフが突き刺さった。
驚いたイヴォンは立ち止まり、ナイフが飛んできた方を睨み付ける。
「それ以上、聖女様に近寄るんじゃねぇよ。クズが」
「キール!」
「イヴォンを止めておくから、聖女様はそっから外に出ろ。ここで大暴れすれば王子様も気付くだろ」
私とイヴォンの間に割り込んだキールは、もう一本持っていたのかナイフを手に持ち、彼へと突き出している。
「分かった。キールも無茶しないでね!」
「ああ」
言い終わるや否や、イヴォンとの戦いが始まったことで、私は路地裏へと続くドアから外に飛び出した。