11・庭園でのお茶会
翌日、部屋にやってきたキールから無事にテオバルトさんの協力を取り付けることができたと聞いて、力強い味方が増えたと私は安堵した。
そのまま、王宮で開かれたお茶会に出席したのだけれど、そこで出席していた貴族令嬢やご婦人から質問攻めに合う破目になっていた。
「それで、その聖水は荒れた心を癒やしてくれるのでしょう?」
「あら、私は好きな方を振り向かせることができると伺いましたが」
「私は夫婦仲が良くなると評判だと伺っておりましてよ?」
で、どうなの? という視線に晒された私は、彼女達の誤解をひとつずつといていく。
「聖水というものは、心を落ち着かせる効果がございます。それだけです。男性を振り向かせることはできませんし、夫婦仲が良くなるというものでもありません。尤も、ご主人が癇癪持ちという場合でしたら、効果はございますが」
私の説明にいきり立った皆様は意気消沈している。
そんな万能なものじゃないんですよ。すみません。
申し訳ないと私が思っていると、同じテーブルにいたベアトリス様が、ホホホと笑い声を上げた。
「簡単に殿方の心を射止めることはできませんわ。相手が何を望んでいるのかを調べて、相手の好みに合わせて振る舞うのです。さすれば、皆様に夢中になりましょう」
「本当ですか?」
「でも、どのように殿方に話しかければ」
「あら、お相手の方に直接話しかけなくとも、友人だとかご家族とかにお話を伺えば良いのですよ。私はそうやってマクシミリアン様にお近づきになりましたから」
口元に手を当てて、優雅にベアトリアス様は微笑んでいらっしゃる。
というか、意外と肉食系ですね。ちょっとビックリしました。
驚いている私とは違い、同じテーブルにいた令嬢達はあれこれとベアトリス様に質問を投げかけている。
彼女達のバイタリティーは凄まじい。
これ、アドバイスがなくても大丈夫なんじゃ。
すっかり話についていけなくなった私は、紅茶を飲みながら周囲を見回してみると、少し離れた場所で貴族達と話をしているフィニアス殿下を見つけた。
笑みを浮かべて楽しそうに話をしているフィニアス殿下。
二人っきりになったら皇帝陛下と話していたことを伝えようと思っていたのに、未だにチャンスは無い。
来て早々にベアトリス様や貴族令嬢達に囲まれてしまったので、仕方ないといえば仕方ないんだけど。
でも、早めに話しておきたいよ。
はぁ、と息を吐いた私は、同じテーブルの面々が恋バナから最近流行っているドレスの話題に移行していることに気が付いた。
「最近は、ミレーヌ・バルテルの仕立屋が良いと評判なのですよ」
「私も、この間の夜会のドレスを仕立てて貰いましたの。これまでにないドレスを作ってもらって大満足でした。とても良かったです。お勧めですわ」
「あら、本当に? では、今度の夜会のために私も仕立てて頂こうかしら」
「ぜひ。ミレーヌは独創性に溢れた方なので、きっと気に入るドレスを仕立てて頂けると思います」
へぇ、そんなに凄い人なんだ。
一度、会って見たいかも。それに王妃様にお土産を買うって言っていたし、一度、町に行ってみたいと思ってたし、お店を覗いて見たいな。
「あの、ミレーヌ・バルテルさんのお店は町にあるのですよね?」
「そうです。近くに自然公園のある場所なのですけれど、聖女様も気になりますか?」
「はい。お土産を買いに町に参りたいと思っていたので」
「まあ、それはようございます。そういえば、ミレーヌは随分と聖女様のことを貴族に尋ねていたので、お店に伺ったら喜ぶのではないかしら」
私のことを? 聖女と言われている人間を一目みたいとか、そういう理由なのかな?
こんなのだなんてってガッカリされる可能性の方が高そうだけど。
「ミレーヌといえば、最近綺麗になったと思いませんか?」
「ああ、良い人ができたらしいですよ? 私は拝見したことはございませんが、かなりお綺麗な男性なのだとか」
「まあ、羨ましいですわね」
あっという間にミレーヌさんの恋バナになってしまったわ。
でも、どこの世界でも恋バナは盛り上がるのね。
「随分と盛り上がっているようですが、何か面白いお話でもありましたか?」
ミレーヌさんの恋バナで盛り上がっていたら、いつの間にかフィニアス殿下が側に来ていた。
彼の登場に令嬢達は色めき立つが、フィニアス殿下の視線は私に向けられている。
これは、私が何か失敗をしているのではないかと心配しているのかもしれない。
「み、皆さんに町にあるミレーヌ・バルテルさんという方の仕立屋を教えて頂いていたのです。素敵なドレスを仕立てられると伺いまして」
「有名な方なのですね。ルネはそこのお店が気になっているのですか?」
「ええ。町に行ってお土産を購入したいと思っておりましたので、一度、お店に足を運んでみたいと」
「でしたら、一緒に行きましょう。エルノワ帝国の仕立屋でドレスを作ってもらうのも良い思い出になるかもしれません」
微笑みながらフィニアス殿下は言っているけれど、思い出という言葉に私は表情が強張る。
フィニアス殿下の中では、私はもう元の世界に帰るものだと思われている。
「まあ、お二人でお出掛けですか? なら、馴染みのお店に話を通しておきますわ」
「ありがとうございます。そうして頂けると助かります」
「うふふ。楽しみにしておいて下さいませ。とびきりのお店をご紹介致しますわ」
上機嫌なベアトリス様は、いくつか評判のお店を私達に教えてくれた。
「輸入品を取り扱っているお店とガラス製品のお店、それと小物のお店ですね。ベアトリス様がお勧めして下さったのですから、素晴らしいお店なのでしょうね。楽しみです」
「とは申しましても、夫がお土産に買って帰ってきてくれるだけですから、あまり期待はしないで頂戴ね」
そんなことを言っているけれど、ベアトリス様の表情は自信に満ちている。
これは相当、良いお店なのだと自信があるのだろう。
お店に行くのが楽しみになってきた。
……それにしても、私が本当にリュネリアだったら、このベアトリス様が実母ということになるのよね?
やっぱり信じられない。
私は、和やかに微笑んでいるベアトリス様をマジマジと見つめる。
目鼻立ちがはっきりしていて、スタイルが良くて品がある女性。
とても私とは似ても似つかない。この方から私が生まれたとは到底思えないのだ。
DNA鑑定があれば一発なのに。
「どうなさったの?」
あまりに見ていたものだから、ベアトリス様が首を傾げている。
「あ、いえ。本当にお綺麗だと思いまして」
「まあ、ありがとう。ですが、私も年を取りましたし、そこまで綺麗だというわけではありませんわ。ルネや、こちらにいらっしゃる皆さんの方が若くて可憐ですもの」
「そのようなことはございません。ヴェレッド侯爵夫人の美しさはお変わりありません」
「そうですわ。大人の色気を兼ね揃えた方ですもの。私達など足元にも及びません。それに昨日の夜会で初めてお目にかかりましたが、あまりの美しさにしばらく見惚れてしまったくらいです」
隣で私もウンウンと頷く。
ベアトリス様は、そう? と納得していないような態度だが、やはり褒められて嬉しいのか声のトーンが高めだ。
「父や母から、ベアトリス様のお美しさについて、話を伺っておりましたが、想像以上でした。本当にお目にかかれて光栄です」
「こうしてお話することができるなんて信じられませんわ。聖女様に感謝致します」
途端に、令嬢達の視線が私に向けられる。
二十年ほどベアトリス様はお屋敷に引きこもっていた彼女が公の場に出るきっかけを作ったのは私だと令嬢達は聞いているのね。
だけど、彼女達の視線は非常に好意的だった。
「私は何もしておりませんから」
「あら、ご謙遜を。ユルヴァン様からご紹介されたと伺っておりましてよ? 一目でベアトリス様に気に入られるなんて、羨ましい限りです」
「本当に。……それで、聖女様。聖女様はユルヴァン様と仲がよろしいのですか?」
「個人的に親しくしておいでなのかしら?」
身を乗り出してきた令嬢達に私は質問攻めにされてしまう。
さっきとは違い、彼女達の目はぎらついていた。
……もしや、ユルヴァン様って結婚相手として人気があるの?
でも、考えてみればエルノワ帝国の名門・ヴェレッド侯爵家の跡継ぎだものね。しかも皇太子殿下の補佐官だし。かなりの優良物件だ。
婚約者がいるという話は聞いてないし、彼女達はユルヴァン様を狙っているのかもしれない。
余計な反感を買う前に誤解は解いておかなければ。
「お会いしたら挨拶を交わす仲ではありますが、特別に親しいというわけではございません。知人、と申し上げた方がよろしいですね」
私の言葉に、令嬢達は目に見えて安心している。
ただ、ベアトリス様は笑いを堪えているのか、扇で口元を隠して肩を震わせていた。
ご子息が大人気で良かったですね、ベアトリス様。
こうして、王宮の庭園でのお茶会が終わり、私はフィニアス殿下と話をしようと彼の後を追いかけていた。
「フィニアス殿下!」
呼びかけに彼が足を止めて振り向く。
「ちょっと、お話ししたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「申し訳ありません。これから皇帝陛下と会う予定がありまして」
「でしたら、終わってからで構いません。遅くなっても良いので」
「そうですね。……いえ、やはり今日は無理です。いつ終わるかも分かりませんし、ルネを待たせるわけにはいきませんから」
そんなぁ。
早く話したいのに、と私は肩を落とす。
「ああ、でしたら、明日……は一日中予定がありますので、明後日、お土産を買うついでに話をするということでどうでしょうか?」
「明後日なら、時間が取れるのですか? なら、お願いします」
「分かりました。これから、皇帝陛下に伺ってみます。それで許可が出れば、町に行きましょう」
「はい。よろしくお願いします」
では、と言ってフィニアス殿下は立ち去って行った。