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6・皇帝陛下との謁見

 翌日、午前中に港の事務所の視察を終え、私達は役人から調査報告を受けた。

 それによると、倉庫で保管されていたエルツがいくつか、エルツと似た鉱石と入れ替えられていたとのこと。

 犯人は分からないが、ブライと名乗っていた魔術師の可能性が高いとあちらは見ているらしい。


 報告後、犯人捜しはエルノワ帝国の人達に任せ、私達は帝都へと移動となった。

 陸路での移動のため馬車に乗るのだけれど、フィニアス殿下はテオバルトさんと同じ馬車に乗り、私はジルとシャウラと別の馬車に乗ることになったのである。

 フィニアス殿下は、見た限りだといつも通りにしているように見える。

 ユルヴァン様との会話もちょっと笑顔が少なかったくらいでおかしなところはなかった。

 悩んでいるだろうに仕事はキッチリこなすなんて、さすがだなぁと思うけど、心配なことに変わりはない。


 こうして馬車から見える他国の風景にテンションが上がり、私一人が内心ではしゃいでいる中、私達は帝都の王宮へと到着した。

 出迎えてくれたのは、エルノワ帝国の宰相であるヴェレッド侯爵。

 ユルヴァン様のお父さんなのだそうだ。

 彼の見た目がどう見ても日本人だったので、私は驚きのあまり言葉を失う。

 本当に久しぶりに見る日本人顔だったからね。

 え~と、確かヴェレッド侯爵のお祖母さんのウメさんが日本人だったんだよね。

 もしかして隔世遺伝ってやつ?

 何にせよ、懐かしいし落ち着く。

 私がヴェレッド侯爵を凝視していると、視線に気付いた本人と目が合う。

 彼は私を見て、驚いたように何度も瞬きをして、側にいた息子のユルヴァン様に視線を向けて何やら頷いていた。


「貴女がベルクヴェイク王国の聖女様ですね」

「……はい」


 聖女という肩書きだけは慣れることができないが、一応事実なので私は肯定した。


「瑠音・堂島と申します」

「…………ヴェレッド侯爵家当主、マクシミリアン・ヴェレッドと申します」


 見た目が日本人で名前が外国名だと、一瞬混乱してしまう。


「では、皆様をお部屋へとご案内致します。夕食の時間までは庭園や図書館などをご覧になっても構いませんが、皇族の皆様の住まわれている区画や政治に関わる区画の立ち入りはなさらぬようお願い申し上げます。王宮内の侍女を付けますので、不明な点があれば彼女達にお尋ね下さい」

「了解致しました。ところで、皇帝陛下との謁見は明日のいつ頃になりそうですか?」


 部屋まで案内されている最中に注意事項を説明されて必死に聞いていた私と違い、フィニアス殿下はもう明日のことに意識を向けている。


「予定通りにいけば午後からになるかと。なるべく早い時間にとは思っております。謁見の後、フィニアス殿下は別室にて陛下との話し合いがあります。……ああ、こちらが聖女様のお部屋となります」


 私達が立ち止まると部屋の扉が使用人によって開けられる。


「フィニアス殿下はこちらに。では、聖女様。失礼致します」


 挨拶の後でヴェレッド侯爵とフィニアス殿下は私の部屋の前から去って行った。

 さて、と私は開けられた扉の奥、つまり部屋をその場から見てみる。

 廊下から見ているだけでも、ソファやら棚やら高そうだ。


「ルネ様。お部屋に入りましょう」


 ジルから声をかけられ、私はとんでもない部屋に通されたのかもしれないと思いながら部屋へと入る。

 結論として、とんでもなく豪華な部屋であった。とてもじゃないけど落ち着けない。


「……部屋、変えてもらうのは無理かな?」

「無理ですね」


 間髪入れずにジルから言われ、私は肩を落とす。

 部屋にいたエルノワ帝国の侍女達は、私達の会話を聞いてオロオロとしていた。

 彼女達の存在を忘れていた私は、慌てて声をかけた。


「あの、ベルクヴェイク王国より参りました、瑠音・堂島と申します。しばらくの間、よろしくお願い致します」


 軽く頭を下げると、侍女達も慌ててその場で頭を下げた。

 すると背中を突かれ、ジルから小声で囁かれる。


「へりくだりすぎです。もう少し偉そうにして下さい」


 そんな無茶な。

 振り返って反論しようとしたけれど、再びジルに背中を突かれた。

 ジッとしていろということなのかな? と思っていると、侍女の一人が一歩前に出て頭を下げた。


「侍女のアンヌと申します。聖女様がいらっしゃるのを心待ちにしておりました。滞在中は快適にお過ごし頂けるよう努めますので、何でもお申し付け下さいませ」

「ええ。よろしく」


 ジルからの注意を受けて、私はなるべく偉そうに見えるようにしてみた。

 ちゃんと偉そうに見えているかは分からないけど。


 その後、他の侍女と挨拶を交わし、庭園に案内されたり侍女のアンヌからエルノワ帝国の歴史を軽く教えてもらいながら、王宮初日を終えた。



 翌日、皇帝陛下との謁見があるので、綺麗なドレスに着替えさせられ髪とメイクをセットしてもらう。

 首元まで襟があるデザインの薄いミント色のドレスは、可愛いというよりも清楚に見える。


「ルネ様に良く似合っておいでです」

「ありがとう」


 お世辞だとしても、嬉しい言葉だ。

 少しして準備が終わり、ソファで待機しているとフィニアス殿下がテオバルトさんを連れて私を呼びにやってきた。


「そろそろ行きましょうか」

「はい」


 フィニアス殿下と謁見の間に向かうが、会話がない。

 緊張しているから無言の私と同じようにフィニアス殿下も緊張しているのだろうか?

 チラリと彼の顔を見上げてみるが、表情からは何も読み取れない。

 ただ、顔色は良くなっている様な気がするし、目に迷いがなくなったような。

 もしかしたら、悩みが解決したのかな?

 なんてことを謁見の間に到着するまで私は考えていた。


 扉の前でテオバルトさんとジル達と別れ、私達は謁見の間へと足を踏み入れる。

 真正面に玉座があり、今は空席。

 近くに騎士とヴェレッド侯爵がおり、他の貴族の姿はない。

 人の目がそれほどないだけで、緊張が少しほぐれる。


「すぐに皇帝陛下、皇妃殿下がお見えになりますので、少しの間お待ち下さい」


 ヴェレッド侯爵の言葉通り、割とすぐに皇帝陛下と皇妃殿下がやってきた。

 年齢は四十代後半くらいだろうか。

 ゆるいオールバックの金髪に琥珀色の目でガッシリとした体格の人。

 見た目は物凄く怖そうに見えるし、どちらかというと軍人っぽく見える。

 ドカッと椅子に豪快に座った皇帝陛下は、私とフィニアス殿下の顔を交互に見てニヤッと笑った。


「俺がエルノワ帝国の皇帝・フレデリク・エルノワだ。招待に応じてくれたことに礼を言う」

「ベルクヴェイク王国王弟のフィニアス・ベルクヴェイク=アイゼンです。お招き頂き光栄です」


 フィニアス殿下に小声でルネと言われ、私はその場で貴族の礼をとった。


「ベルクヴェイク王国の聖女、瑠音・堂島と申します」


 自ら聖女を自称するのは恥ずかしい。とんでもなく恥ずかしい。

 だけど、貴族に準じるという身分だから名乗らないわけにはいかない。


「俺は其方に会うのを楽しみにしていた」

「ありがとうございます」


 挨拶を終えた後も、皇帝陛下は何かを探るように私をジッと見てくる。

 何だろ? と思っていると、彼は一度目を伏せてからヴェレッド侯爵に視線を向けた。

 それが合図だったようで、ヴェレッド侯爵が皇妃殿下を紹介してくれた。


 赤みがかった茶髪を綺麗にひとつにまとめているリリアーヌ皇妃殿下は、セレスティーヌ王妃様と似たおっとりとした雰囲気の綺麗な女性。

 セレスティーヌ王妃とセドリック皇太子殿下は皇妃殿下似なのだろう。

 こうして紹介を終えると、皇帝陛下が口を開く。


「港の視察では色々とあったようだな。エルツが似た鉱石と入れ替えられていたと聞いている。色々と物申したい気持ちは察するが、今回の件はエルノワ帝国に任せて頂きたい」

「ええ。お任せ致します」

「助かる。それと、倉庫から無くなったエルツは気になさるな。全て盗人から取り返すのでな」


 皇帝陛下は、フッと笑みを零す。

 かなりやる気になっているみたいだ。

 他国で起こったことだし、私達にできることは情報提供くらいしかない。

 考えながら、ふと顔を上げると、皇帝陛下が真顔で私をジッと見つめていた。

 少しして、意味ありげに頷いた彼の口がゆっくりと動いた。

 

「娘・セレスティーヌと孫・アルフォンスの命を救ってくれたこと。イヴォンの脅威からエルノワ帝国の分裂を防いでくれたことに対する礼を言わせてもらいたい。本当にありがとう。感謝している。其方がいなければ、両国共に最悪の方向へと向かっていただろう」

「結果的にお二人の命を助け、イヴォンの企みを阻止できただけでございます。それにフィニアス殿下を初めとするベルクヴェイク王国の皆様の協力があったからでございます」

「……左様か。ベルクヴェイク王国は良い人材を手に入れたのだな。羨ましい限りだ。あれが逆であれば、こちらが其方を手に入れていただろうに。残念なことだ」


 皇帝陛下が召喚の宝玉のことを言っているのだと気付き、私の表情が引きつる。

 フィニアス殿下に視線を向けた皇帝陛下がフッと笑みを零す。


「心配せずとも、ベルクヴェイク王国から聖女殿を奪おうなどと考えていない。そうであったなら、と言ったまで。世間話だ。冗談だ」

「存じ上げております」


 ん? と思ってフィニアス殿下に視線を向けてみるけれど、彼の表情はいつも通りで何も変わらない。


「さて、本来であれば、エルノワ帝国から其方に何か礼をしなければならないのだが……。そうだな。其方の唯一の望みを叶えてやろうか?」


 さっき、宝玉のことを仄めかしたことを考えると、皇帝陛下は転送の宝玉を使おうか? と聞いているのかもしれない。

 どう答えようかとまごついていると、フィニアス殿下が先に口を開いた。


「それは、王弟という立場ではなく、一人の人間としての私が願い出ても叶えて下さるのでしょうか?」


 皇帝陛下は面白いものを見つけたような表情を浮かべてフィニアス殿下を見た。


「……ほう。フィニアス殿下はそれを望まれると」

「はい」


 迷いなく言われたフィニアス殿下の言葉に私はショックを受けた。

 残って欲しいと言われたことはないし、彼は私を元の世界に戻す手伝いをするという契約を交わしているものの、少なくとも彼との間に確かな信頼関係を築いていると信じていたから。

 私が元の世界に戻ることを彼は選択するとは思っていたけれど、迷いなくあっさりと言われるのは想像していなかった。

 やっぱりフィニアス殿下は私のことなんて何とも思っていない。

 こんなにあっさり言うなんて、もしかして本当は嫌だったの?

 保護している立場が嫌なんだったら、そう言ってくれれば良かったのに。それか陛下に私を任せれば良かったのに。


「そうだな。聖女殿が同じ気持ちなのであれば、叶えよう。俺はそれしかできないからな」

「感謝致します」


 私の意見を聞くこともなく、フィニアス殿下と皇帝陛下との間で話がまとまってしまった。


「さて、謁見はこれにて終わりだ。二日後に催される夜会までゆっくり過ごしてくれ。ではフィニアス殿下。別室に行こうか」

「はい」


 フィニアス殿下と皇帝陛下が出て行っても私はその場から動けない。

 気付いたときには皇妃殿下も退室しており、私の目の前にヴェレッド侯爵が立っていた。

 彼は心配そうにこちらを見ていて、私は咄嗟に笑おうとするけれど上手くいかない。


「歩けますか?」

「……なんとか」


 か細い声しか出なくて、自分で驚いてしまう。

 ヴェレッド侯爵は、こちらですと言って、私を謁見の間から移動させてくれた。

 廊下で待っていたジルとシャウラは私の顔を見て、どうしたのかと尋ねてきたが、何も言えなかった。


「少し陛下が失言なさっただけです。後でキッチリ謝罪に向かわせますのでご容赦を」

「ヴェレッド侯爵」

「嘘は言ってませんよ」


 笑ってウインクをするお茶目なヴェレッド侯爵を見て、私はようやく笑うことができた。


「やはり、女性は笑顔が一番ですね。ところで、明日のご予定はもう決まっていますか?」

「明日の予定ですか? 特に決まってはおりませんが」

「でしたら、我が屋敷に招待したいのですが。妻が貴女に会いたいと言っていまして」


 ヴェレッド侯爵家に!?

 奥様が私に会いたいって、どうして?

 ………………あ、そういえば、前にセレスティーヌ王妃様が、ヴェレッド侯爵家に皇帝陛下の妹姫様が嫁いだって言ってたよね。

 奥様が皇女殿下だったのなら、お身内の危機を助ける手伝いをした私に会いたいのかもしれない。

 それに、もしかしたら召喚されてヴェレッド侯爵家に嫁いだっていうウメさんのことも聞けるかもしれないし。

 危険もないだろうから、断ることもないかな。


「伺います」


 返事を聞いたヴェレッド侯爵はホッとしたように微笑んだ。

 明日のことを話し合い、ヴェレッド侯爵と別れた私は部屋に戻ってソファに深く座り込む。

 様子が違う私を見て、王宮の侍女達は目に見えて狼狽えている。


「聖女様、お疲れになったのでしょうか? 寝室で休まれますか?」

「いいえ。大丈夫よ。少し気疲れしただけだから、座っていれば回復するわ」

「でしたら、心が落ち着く作用のあるハーブティーをご用意します」

「ありがとう」


 用意してくれたハーブティーを飲むと、体の中が温かくなってくる。

 ホッと一息という言葉が身に染みる。


「聖女様、明日のご予定はお決まりでしょうか?」

「ええ、ヴェレッド侯爵のお屋敷に伺うことになっているの。準備をお願いできるかしら?」

「え? ヴェレッド侯爵家にですか?」

「はい。何やらヴェレッド侯爵夫人が私に会いたいと仰っているとか」

「ベアトリス様が!?」


 目を大きく見開いた侍女は、信じられないと呟く。

 ヴェレッド侯爵家にいくことは、そんなに驚くことなの?


「あの、どうしたの? 何か問題があったの?」

「……いえ! 問題は何もございません。ただ、ベアトリス様は二十年ほど前にお子様を亡くされて以来、屋敷に閉じこもって社交の場にも一切いらっしゃらなかったもので。そのベアトリス様からお会いしたいと伺って驚いただけなのです。みっともない姿をお見せしてしまい申し訳ございませんでした」

「気にしてないわ。でも、そのような事情がお有りだったのね」


 知らないまま屋敷に伺って、地雷を踏んでしまう可能性もあったから、事前に話を聞けて良かったかもしれない。

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