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3・王城にて

 久しぶりにアルフォンス殿下の魔力吸収のため王城へと来ていた私は、殿下の部屋に行く前に陛下の補佐官であるギルバート様に呼び止められ、陛下の執務室へと連れて行かれた。

 だが、部屋に入ってすぐ陛下から言われた言葉に、私の思考は一時停止する。

 頭の中で言われたことを何度も繰り返し、ようやく理解した私は困惑しながらも口を開く。


「私がベルクヴェイク王国の代表としてエルノワ帝国に行く、と仰いましたか?」


 陛下は今、何の前振りもなく、そう口にした。

 私の問いかけに、平然とした様子の陛下が軽く頷く。


「其方に会いたい、直接礼を申したい、とエルノワ帝国の皇帝陛下から書状が届いたのだ。まあ、記念式典の夜会の後からしつこく書状は来ていたのだがな」


 奥様の父親に対して、その言い方はよろしいのですか? と突っ込みたかったけど、落ち着こう。相手は王様だ。

 何も言えずに黙ったままでいると、特に何かの言葉を欲してはいなかったのか陛下が話を続けた。


「アルフォンスの魔力も徐々に安定してきたし、国もようやく落ち着きつつある。エルノワ帝国と再び手を取り合う関係になるよう交流を深める必要性があるのだ。よって、皇帝陛下からのお誘いは、こちらにとっては非常にありがたいもの」

「それで、私が国の代表として向かうのですか? 外交なんて何をすればいいのか、全く分からないのですが」


 付いてきてくれる人はいるだろうけど、私が主体となって動かなきゃいけないなら無理ですよ。

 そこら辺のことは考えているのですか? という意味を込めて口にした私を見た陛下はフンと鼻で笑った。


「素人の其方に全て任せるわけがなかろう。ちゃんとフィニアスも付けてやるから案ずるな」

「それなら安心ですね……って、フィニアス殿下もいらっしゃるのですか!?」


 まさかフィニアス殿下と一緒だなんて思ってもいなかったので、本当に驚いた。

 あと、陛下。フィニアス殿下が付属品みたいな言い方をするのは止めて下さい。

 逆です、逆。私が付属品の方ですよ。


「これから友好関係を築いていきましょう、という最初の話し合いだからな。王族を行かせるのは当然だ」

「はあ」


 政治のことはよく分からないけれど、最初が肝心だって言うものね。

 私は、なんとなく理解した。


「では、私は皇帝陛下に謁見するだけでよろしいのでしょうか?」

「行ったら行ったで、夜会やら貴族達との茶会やらの予定を入れられると思うがな。……その様に嫌そうな顔をするでない」


 皇帝陛下と会うのは緊張するけど、会うだけなら楽勝だわ! とか思ってたのに、夜会とか茶会とかにも出席しなきゃいけないなんて……。

 考えただけでも胃が痛くなるよ。そりゃ嫌そうな顔もするよ。


「まあ、良い。出発は二週間後。滞在期間は十日程度の予定だ。それと夜会ではダンスがあるから、其方にも踊ってもらう必要がある。其方に教師を付けるから、出発までの二週間の間にそれなりに踊れるようになっておけ」

「え? ダンス!? 踊るのですか!?」

「当たり前だ。国の代表として行くのだからな。恥をかかぬように、しっかりと学べ」


 冗談でしょう! と思っていたけど、私はまだ行くとも行かないとも返事をしていないことに気が付いた。


「あの~、ちなみに拒否権は?」

「あるはずなかろう」


 ですよね~と私は乾いた笑いを零す。


「皇帝陛下や貴族の応対は基本的にフィニアスがやるから、其方は隣で笑っておれば良い。簡単な仕事であろう?」


 簡単って、そうは言っても笑ってるだけで何もやらないわけにはいかないじゃない。

 でも、前に仕事をくれって頼んだのは私だしなぁ。

 心配なのはダンスだよ。ダンス。奉納祭で踊ったけど、あれは舞だったもん。

 幸いフィニアス殿下も一緒だし、貴族との応対のときは彼が対処してくれると思うから、そこは安心だよね。色々と不安はあるけどね。

 行くしかない以上は、ダンスを覚えて、やっていいこと悪いことを教えてもらって、せめてフィニアス殿下に恥をかかせないようにしないと。

 考えがまとまった私は、頬杖をついている陛下に向かって微笑みを向けた。


「頑張って参ります」

「其方が頑張ると物事が斜め上の方向に行くので、なるべく頑張るな。かといって気も抜くな」

「難しい注文ですね! それと、知らない内に物事が斜め上の方向に行ってしまうのです。私の頑張り次第でどうにかなるものではございません」


 私の話を聞いた陛下は、こいつ何を言っているんだ? という表情を浮かべていた。


「……なら、そういうことにしておいてやる。もう良いぞ。アルフォンスの許へと向かえ」


 この俺の方が折れてやるよ的な態度。

 王様じゃなかったら、陛下の手元にある書類をまとめて空中に放り投げているところだ。

 不敬罪が怖いのでやらないけど。

 なんとなく納得できないまま、私は陛下の執務室を出てアルフォンス殿下の許へと向かった。


 そして、いつも通りアルフォンス殿下の魔力を吸収し終えた私に、同席していた王妃様が声をかけてくる。


「陛下からすでに伺っていると思いますが、エルノワ帝国に外交で向かうのでしょう? 聖水が軌道に乗って、ようやく落ち着けるかと思っておりましたのに、また仕事を頼んでしまって申し訳ありません」

「暇よりは忙しい方が良いと思ってますので、気にはしておりません」


 う~んと言いながら、表情を曇らせる王妃様。

 知らずにおかしなことを言ってしまったのだろうか。


「ルネは働き者なのですね。普通の女性は暇な方を好むと思うのですが」

「そうですね。一般的にはそちらの方が多いかと思います」


 豪華なお屋敷に三食昼寝付きなんて、異世界じゃなかったら絶対に私はニートになっていた。

 でも、今の私はお金を稼いで自立、もしくはフィニアス殿下に渡すという目的がある。

 稼げる話をもらえるのはありがたいことよね。

 たとえ、拒否権が存在していなかったとしても。

 私は、表情を曇らせたままの王妃様に向かって、安心させるように笑みを浮かべた。


「仕事を下さいとお願いしているのは私ですから。あ、そうだ。エルノワ帝国で有名なものがあれば教えて下さいませんか?」


 あんまり長引かせる話でもないかな、と思って、私は王妃様の実家であるエルノワ帝国の話を振る。


「有名なものですか?」

「ええ。お土産を買って参ろうかと思っておりまして。その場所の有名なものがあれば伺いたいなと」

「最近の流行は全く存じ上げないのですが……十年近く前の知識でもよろしいかしら?」

「はい! お願いします」


 私が知りたいのは最近の流行ではなく、昔からある伝統的なものについてだ。

 それに、帝都で流行っているものなら店先にたくさん置いてあるだろうし、取り扱っているお店も多いだろうから、すぐに分かる。

 王妃様からどんな情報を教えてもらえるのか、私はワクワクしながら、彼女の言葉を待った。


「土の神・テラメリタ様がいらっしゃるので、作物の種類が豊富で大ぶりなものが多く、実もつまっていることから、野菜や果物が有名ですね。あと、西方はガラスが有名で精巧なガラス細工が特に人気がありました。これは帝都にも取り扱っているお店があるはずです」

「野菜や果物は氷のエルツがあるので持って帰れそうですね。ガラス細工は見るのが楽しみです。良い物があったらアルフォンス殿下にお土産でお持ちしますね」


 一緒に興味深そうに王妃様の話を聞いていたアルフォンス殿下は、私の言葉に表情を綻ばせる。


「いいの?」

「はい。アルフォンス殿下の喜ぶお顔が見たいので」


 パァっと顔を明るくしたアルフォンス殿下は嬉しそうに私と王妃様を交互に見つめた。


「ご迷惑でなければ、王妃様にも何かお土産をと思っているのですが」

「あら? 私にも頂けるの?」


 予想外だったらしく、王妃様は目を丸くしている。


「王妃様が生まれ育った国のものですから、珍しいものはお渡しできませんが……」


 なんていうか、すごいお節介かもしれないけど、生まれ育った国の慣れ親しんだものを王妃様に渡したかったのだ。

 異世界にきてしまった私が日本に戻りたいと思うのと同じで、王妃様も寂しい思いをしているんじゃって思ったんだよね。

 この世界に里帰りなんて風習ないだろうし、そもそも事情が事情だから結婚してから親や兄弟にも会えなかっただろうし。

 懐かしすぎて国に帰りたいっていう逆効果になる可能性もあるんだけど。

 王妃様はどういう反応をするだろう、と思った私は様子を窺う。

 こちらの勘違いでなければ、王妃様はすっごく嬉しそうな表情を浮かべている。

 おまけに目が潤んでいるような気もする。


「……嬉しいです。本当に、本当に嬉しいです」

「そう仰っていただけてホッとしました。希望があれば、そちらを買って参りますね」

「いいえ。エルノワ帝国のものをお土産にもらうことだけに喜んでいるわけではありません。それ以上に提案して下さったルネの優しさが嬉しいのです」


 王妃様から手をギュッと握られて熱弁され、私は気恥ずかしくて視線を床に落とした。


「……貴女がずっとこちらにいることになればよろしいのに」


 続けて言われた言葉に私はドキリとする。

 こっちに留まることを前向きに検討してはいるものの、やはり日本へ帰りたいという気持ちも捨てきれない。

 留まる、とハッキリ言うことができず、私は日本人必殺・曖昧な笑みを浮かべることで乗り切った。


「えっと、出発は来月だそうですので、次に王城まで伺った際に希望を伺いますね」

「ええ。考えておきますね」

「よろしくお願い致します。それと皇帝陛下なのですが、どのような方なのでしょうか?」


 話題を変えるついでに皇帝陛下のことを聞いてみる。

 厳格な人じゃなければいいな。

 王妃様は、父ですか? と口にして少し考え込んだ。


「……そうですね。責任感の強い方です。あまり冗談を口にするほうではございませんね。ただ、宰相のヴェレッド侯爵とは幼馴染みということもあって、軽口を言い合っている姿を拝見することはございました」

「厳しい方なのですね」

「そうでもありませんよ? 他者が失敗したとしても、経緯をちゃんと伺った上で判断なさいますから。それに情に厚いところもありまして、父の妹であるヴェレッド侯爵夫人のベアトリス叔母様がお子様を亡くされた際は、叔母とともに泣き明かしたこともありますし」


 なるほど。タイプ的にはユリウス陛下と似ているのね。

 なら心配することはないかも。

 無礼を働かなければ、普通に顔を合わせるだけで終われそう。

 私がホッとしていると、苦笑している王妃様と目が合う。


「今回はフィニアス殿下がついていらっしゃるのですから、心配なさることはありませんよ」

「そうですね」


 王妃様の言葉に微笑みながら、そう返すと、側に控えていた若そうな侍女が狼狽えた。


「どうかしましたか?」


 目に入ってしまった私が侍女に尋ねると、彼女は狼狽えたまま、何でもございませんと口にした。

 私が口にしたことで、彼女の様子は王妃様も知るところとなり、狼狽えている己の侍女に理由を尋ねる。

 しばらく黙っていた侍女であったが、私と王妃様の視線に耐えられなかったのか言いにくそうに話し始めた。


「先日、陛下の執務室から、この世の終わりとでもいうようなフィニアス殿下が出ていらっしゃったみたいで。何があったのかと城内で噂になっているのです。それで、今し方ルネ様と共にエルノワ帝国に向かわれると伺って、陛下から個人的なお願いをされてそのような顔をなさったのでしょうか? と」

「そうだったのですか……。話してくれてありがとうございます」


 ここ数日、フィニアス殿下は屋敷に戻ってきていないから全然、知らなかったけど大丈夫かな。

 また陛下から無理難題を吹っ掛けられたのかなと思った私と違い、年配の侍女は噂話に興じるなど、と言って彼女を叱責しだした。

 冷ややかな目でその光景を見ている王妃様の姿に、これはいけないことだったのだと気付く。

 涙目になった若そうな侍女は他の侍女に連れられて部屋を出て行った。

 なんともいえない空気が流れる中、先ほどのことなどなかったかのような柔らかな笑みを浮かべた王妃様が口を開く。


「帝都には有名なお店がたくさんありますから、フィニアス殿下とお出掛けになったらいかがかしら?」

「……出掛ける時間があれば良いのですが」

「二週間も滞在するのでしょう? 時間ならあります。私から父宛に手紙を送っておきますから、調整して下さると思います」


 だから、楽しんできて下さいね、と言われ、私はぎこちなく頷く。

 やはり大国の皇女殿下だっただけあって、優しいだけの人ではないのだと分かってしまった。

 王妃様の意外な一面を知って驚いている中、部屋にやってきた侍女から陛下がこちらにいらっしゃるという報せを聞き、アルフォンス殿下の魔力吸収が終わっていた私は退室し、陛下が寄越してくれた使用人に連れられて王城を後にした。

 途中で誰ともすれ違わなかったのが、ちょっと不思議だったけど。

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