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番外編・お酒はほどほどに

 アイゼン公爵邸での食事会の翌日、儂はいつまで経っても起きてこないフィニアス殿下を叱りつけるため、部屋へと向かった。


「失礼致します」


 ノックをして部屋に入ると、フィニアス殿下は起きていたが、ベッドに腰掛けて頭を抱えていらした。

 二日酔いによる頭痛なのだとすぐに分かり、侍女に頼んで水を持ってくるようにと伝える。


「殿下、おはようございます。昨晩のことは覚えておいででしょうか?」

「……昨晩?」


 掠れた小さな声であった。

 どうやら、かなり二日酔いが酷いらしい。

 まあ、調子に乗って度数の高い酒を飲まれておりましたからなぁ。


「ご自分の部屋へ戻る途中のことです。覚えておりませんか? ルネにお会いしたでしょう?」

「……ちょっと待って下さい。夢じゃなかったのですか!?」


 慌てた様子で顔を上げたフィニアス殿下は、自分の声が頭に響いてしまったのかうめき声を上げて頭を抱えてしまわれた。

 水はまだか。


「昨晩、途中でルネに会っておりました。儂が確認しております。……その反応をなさるということは、何をしたのか覚えていらっしゃるご様子ですな」


 フィニアス殿下は、あれが夢ではないと理解したようで、一気に顔が真っ青になる。

 酔っ払っていたとはいえ、未婚の女性に口付けするなどとんでもないことだ。


「まさか、そんな。……夢だと思ったから、つい」


 うわあああと言いながら、フィニアス殿下はベッドの上で転がっていらっしゃる。

 落ち着いて下さいませ。


「どうして……! どうして現実だと思わなかったのですか! なんて勿体ないことを……!」


 ええい! 堪能しなかったことを後悔するのではなく、未婚の女性に口付けしたことを後悔なさっていただきたい!

 大体、王族ともあろう方が、軽率すぎますぞ!


「テュルキス侯爵。ルネはどのような反応をしていましたか?」

「呆然とした後に、可哀想になるくらいに狼狽えて、顔を真っ赤にさせておりました」

「……なぜ、私はその場にいなかったのか」

「未婚の女性に対して軽率な行動を取ったことを反省して下され!」


 ついに我慢ができなくなって、大声を張り上げてしまう。

 無論、フィニアス殿下とて、そのようなことは百も承知であろうが、それでも好いた女に触れてあっさりと離れてしまったことが悔しいのだろう。

 気持ちは分からなくもないが、さすがにあの場のルネの反応を見た身としては、フィニアス殿下に同調することはできん。

 と思っていると、フィニアス殿下が真剣な眼差しで儂をジッと見てこられた。


「ルネは泣いていましたか?」

「……泣いてはおりませんでしたな。混乱していただけのようです」

「そうですか」


 ホッとしたようにフィニアス殿下は安堵の息を漏らす。


「フィニアス殿下は、ルネをどうしたいのです」


 儂の問いに、殿下は困ったような笑みを浮かべておる。


「どう、したいのでしょうね」

「儂は、ご自身の妃に迎え入れたいと思っているとばかり思っておりましたが」

「……驚きましたね。テュルキス侯はご自分の経験から、私がルネと親しくするのを反対していたのでは?」

「クレアーレ神殿に向かうまでは、そう思っておりました。ですが、クリスティーネに妻とルネを同一視するな、と叱られてしまいましてな」


 苦笑しながらそう言えば、フィニアス殿下はクリスらしいと笑っておられる。

 確かに、以前まではフィニアス殿下とルネの距離が近くなることを反対しておった。

 それは、平民であった儂の妻が貴族達から嫌味を言われ苛められ、徐々に精神を蝕んでいったのを見ていたせいもある。

 けれど、今のルネの状況と、妻の状況とは似て異なることに気付かされたのだ。


「元より、儂は国を救ったあの娘に感謝する気持ちはあれど、悪く思う気持ちなど微塵も持ってはおりませんからな。王家に半能力半魔法属性の血をいれることができますし、何より、フィニアス殿下ご自身が望まれているのですから」

「そのようなことを思っていたのですか」

「大体、王妃の地位を脅かさず、控え目で出しゃばらない。頭も悪くはない。自分の立場を良く分かって、それでも人のために行動しようとするルネは王弟妃として相応しい器であると儂は思っております」

「テュルキス候にそこまで言われるとは。クレアーレ神殿で何があったのか非常に気になりますね」


 話を聞きたそうにしているフィニアス殿下に向かって、儂は曖昧に笑って誤魔化した。

 儂の話よりも、フィニアス殿下の話だ。


「それで、フィニアス殿下。どうしたいのか分からないとはどういうことです?」


 言おうかどうかを悩んで、たっぷりと間を開けたフィニアス殿下がゆっくりと口を開いた。


「私は、できることなら彼女を元の世界に帰してあげたいと思っています」

「帰す方法などないはずでは?」

「そうですね。でも、帰りたいと泣く彼女の願いを叶えてあげたいと思うのです。反面、このままこちらに残ると決意してくれればとも思います」


 なるほど。

 二つの思いで板挟みになっておいでなのか。

 中々、本格的に口説こうとしない理由はこれか、と儂は納得した。


「そんなもの、フィニアス殿下が残ってくれとルネに伝えさえすれば、あの娘は頷くでしょう」

「ダメです。それだけはダメです。彼女が自分の意志で残ると決めなければならないのです。誰かに言われたからでは、いずれ彼女は残ったことを後悔することになります。私は彼女を幸せにする自信があります。何不自由ない暮らしをさせることも可能です。ですが、彼女の心を全て見通すことはできないのです。ほんのちょっとの後悔が、いずれ大きな溝になり、彼女が壊れてしまうきっかけとなるのを私は恐れているのです」


 なんとも、難しい話である。

 フィニアス殿下の言い分も理解はできる。色々と諦めなければならない環境で育った殿下だからこそ、唯一欲したルネを失うのが必要以上に恐ろしいのだろう。

 愛する者を喪う悲しさは、誰よりも儂が良く知っている。ここで大丈夫だと無責任に背中を押すことはできん。

 これ以上は堂々巡りにしかならんと判断し、儂は前から気になっていたことを聞こうと口を開く。


「……では、話を変えましょう。キールとジルヴィア、それにシャウラをルネ付きにさせたのは、殿下の策でしょうか」

「なぜ、そのように思ったのです?」

「外敵はキールが排除し、貴族としての礼儀作法はジルヴィア嬢が教え、令嬢達からの攻撃からも守ってくれるでしょう。それにシャウラは、キールが入り込めない風呂場などでルネの身を守れますからね」


 フィニアス殿下は儂の答えを聞いて、満足そうな笑みを浮かべた。

 どうやら儂の答えは合っていたようだ。


「キールとジルヴィア嬢に関しては当たっています。私はずっと側にいることはできませんからね。だからこそ、自分の身を挺してまで彼女を守ってくれる存在が必要でした。キールは良く働いてくれています。私の想像以上に」

「シャウラは違うのですか?」

「あの子は想定外です。まさかルネが自分のお金で雇うなんて言い出すと思いませんでしたよ。行く宛がなければ、アイゼン公爵邸で使用人として雇おうかと考えてはいましたが」


 そもそも、彼女のことを知る時間もなかったでしょう? とフィニアス殿下は笑っておられる。

 確かにその通りだ。


「結果的に、彼女を守ってくれる人材が増えました。ルネの人徳の賜物なのでしょうが。なにせ、あのテュルキス侯爵からお褒めの言葉をいただいているくらいですからね」


 殿下の言葉に儂も頷いた。

 ルネには何か不思議な魅力があるように思う。それが異世界で生まれ育った者が持つものであるのかは分からんがな。

 なんにせよ、聖女として名を上げたルネには、フィニアス殿下の妃になって欲しい。

 そのためにも、お二人には後戻りできないくらい近づいてもらう必要がある。

 昨日の出来事でぎこちなくはなるだろうが、殿下は酔ったら記憶がなくなるとルネには話してあるので、そこまで関係にヒビが入ったりはしないはず。

 ああ、そうだ。フィニアス殿下に申し上げるのを忘れておった。 


「殿下、上機嫌なところ申し訳ないのですが、昨夜、ルネに殿下は泥酔すると記憶をなくすのだと申してありますので、ルネに会った際は、いつも通り接して下さい」


 何を言われたのか把握できなかったようで、フィニアス殿下は口をポカンと開けている。


「決して、昨夜のことを聞こうとなさらないように。ルネとの間に溝ができてしまいますぞ」


 では、と言って、儂は言い逃げし部屋をでた。

 扉を閉めると、フィニアス殿下のくぐもった声が聞こえてくる。


『どんな顔をして会えばいいというのですか!』


 さあ、殿下。頑張って嫁取りして下され。

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