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19・名ばかり、がとれた聖女

 翌日から協力してくれる人達に聖水を飲んでもらったわけだけど、嬉しいことに飲んだ人全員に心が落ち着くという効果が見られた。

 テュルキス侯爵やシュタール侯爵の話はまだ聞けていないけれど、きっとあっちも効果が見られたのではないかと私は前向きに考えていた。

 だって、飲んだ人全員に効果があったのだもの。これは期待しちゃう。

 

 などと安心してばかりもいられない。

 聖水の結果を聞く前に、クレアーレ神殿でのことにけりをつけなければならないのだ。

 戦闘服に着替えるような気持ちでドレスに袖を通し、私は両手で頬を叩き、気合いを入れる。


「では、ルネ。参りましょうか」


 フィニアス殿下に手を差し出され、私はそっとその手に自分の手を重ねる。

 表情を引き締め、私は馬車に乗り込んだ。


 本日、私はフィニアス殿下と共に王城へと向かうことになっている。

 表向きはクレアーレ神殿の報告、となっているけれど、狙いはツィンク伯爵を捕まえるため。


「進行は陛下がする予定なので、ルネは聞かれたことに答えるだけで結構です。心ない言葉を投げつけられるかもしれませんが……」

「大丈夫です。覚悟しております」


 しっかりと口にすると、フィニアス殿下は困ったような表情を浮かべた。


「頼もしい限りですが、あまり無理はしないで下さいね」

「無理はしておりません。だって、フィニアス殿下や陛下、テュルキス侯爵達が守って下さるのでしょう?」


 一瞬だけ目を瞠ったフィニアス殿下は、すぐにフッと微笑んだ。


「ええ。当たり前です」

「なら、何も心配することはありません」


 笑みを浮かべた私はフィニアス殿下と頷き合った。

 そして、馬車が王城へと到着し、私達は謁見の間へと向かう。


 中にはすでに貴族達が揃っており、皆がフィニアス殿下に向かって頭を下げている。

 私の方にまで頭を下げてくれる人はかなり少ないけれど、それでも軽く頭を下げる人、微笑みかけてくれて深々と頭を下げてくれる人がいて、好意的に思ってくれている人もいるのだと知れて、嬉しかった。


 そうこうしている内に謁見の間に陛下がやってきたらしく、貴族達が一斉に視線を玉座へと向けて頭を下げ始めた。

 私も慌てて頭を下げていると、陛下の面を上げよという声が聞こえ、貴族達やフィニアス殿下が顔を上げる。

 少し遅れて私が顔を上げると、こちらを見ている陛下と目が合った。


「聖女ルネ。此度のクレアーレ神殿の件、ご苦労であった。其方のお蔭でクレアーレ様がお怒りを鎮めて下さったと聞く」

「……私は何もしておりません」

「何を言う。クレアーレ様が其方を気に入り、クレアーレ様の部屋の入室を許可したのであろう? 王族や巫女以外でクレアーレ様に会った人間は非常に珍しい」


 陛下の言葉に、貴族達が騒ぎ始める。


「クレアーレ様が!?」

「直々に認められたということは、やはりあの娘は特別な何かがあるのではないか?」

「馬鹿を申すな。平民の娘であるぞ」

「だが、クレアーレ様がお姿を見せたのだぞ。無視はできまい」

「静まれ!」


 ざわつく貴族達を陛下が一喝すると、不満そうな表情を浮かべている貴族達は喋るのを辞めた。

 静まりかえる中、陛下が話を続ける。


「其方がクレアーレ様に祈ってくれたお蔭で、首の皮一枚繋がったと聞く」


 貴族達は息を飲み、凄い目で私を見てくる。

 何と答えようかと考えていると、前に視線を向けたままのフィニアス殿下が口を開いた。


「クレアーレ様はそろそろ国を見限ろうかと思っていらっしゃったようで、彼女が祈って必死に頼み込んでくれたお蔭で怒りを静めてくれたそうです」


 ところどころから、おお、という声が上がる。

 他人の口からだと大層なことをしているように聞こえるけど、実際は割とあっさり話がまとまったんだけどね。

 言い方って大事だなぁと思いながら、私は陛下とフィニアス殿下の会話をただ見ていた。


「……ということで、奉納祭の舞ですが、今年は聖女ルネが舞手を務め、無事に終わりました。巫女長の交代などがあるようですが、混乱はなさそうです」

「そうか。ご苦労であった」


 報告は終わりだと陛下が口にすると、貴族の一人が「お待ち下さい!」と声を上げた。


「……ツィンク伯爵、なにか」


 面倒臭そうにテュルキス侯爵が口にする。

 ついにきた、と私は身構える。同時に、ツィンク伯爵とはどんな人なのか気になり、声の主に視線を向けた。


 ……私から見た、ツィンク伯爵は、かなりふくよかで、派手なアクセサリーを身につけた物語に出てきそうな悪い貴族の典型的な中年男性であった。


「その娘はフィニアス殿下と仲が良いと聞き及んでおります。ならば、その娘の報告をフィニアス殿下が鵜呑みにしている可能性がございます。証拠などないのですから、いくらでも騙りようはあります。勿論、お優しく優秀であるフィニアス殿下を疑ってはおりません。私が疑っているのは、その娘ただ一人」


 ツィンク伯爵の言葉に、数名の貴族がそうだそうだと追随する。

 同意する声に後押しされたのか、彼は得意気な表情を浮かべて私と視線を合わせた。


「で、証拠はあるのか?」


 ないのだろう? という声が聞こえてきそうなほど、ツィンク伯爵の顔は自信に満ちている。

 私が嘘をついていることにして、評判を落とすつもりなのだろう。

 私を殺せと命じていた犯人であるツィンク伯爵の言葉に怒りを覚えたが、クレアーレ様と会ったという証拠なんて出せない。

 だってクレアーレ様と会ったことは言葉でしか伝えてないんだもの。

 何も言うことができず、私は口を噤んだ。

 そのせいで証拠はないと分かったツィンク伯爵達は、やはりその娘が嘘をついているのだ! と騒ぎ出した。


「王家に取り入ろうとしたのだろう!」


 フィニアス殿下や陛下が守ってくれると思っていても、やっぱり疑われたら反論したくなる。反射的に違う! と口にしようとしたけれど、なぜか私の口が動かない。

 いや、口どころか手も足も動かない。体が一切動かせない。

 自分の体なのに自分の体じゃないような感覚である。

 目も動かせず、瞼も閉じられない。

 これはなんなの……どうして動かせないの。

 すると、混乱していた私の脳内に、つい先日まで聞いていた声が響いた。


『少し、体を借りるぞ』

(クレアーレ様!?)

『最初は、もう少し後でユリウスの体を借りようかと思うたが、あまりにもお主を侮辱するのでな。我慢の限界がきてしもうた』

(だったら、陛下でも良いじゃありませんか!)

『お主も、彼奴らに物申そうとしておったではないか。妾とお主の利害は一致しておる』

(だからって横暴ですよ!)

『何とでも申せ』


 高らかに笑うクレアーレ様の声が脳内に響く。

 一方、陛下やフィニアス殿下、貴族達は突然動きを止めた私を不思議そうに見ていた。

 私、もといクレアーレ様は陛下、フィニアス殿下を見た後で、ツィンク伯爵の方を見る。

 頬の筋肉の感じからいって、ニヤリと嫌らしく笑っているのが分かった。証拠にツィンク伯爵は馬鹿にされていると感じたのか顔を赤くさせている。


「なんだ、その態度は」

「……随分と、酷い言い様じゃのう? お主、妾のお気に入りに手を出して無傷でいられると思うたか?」


 私の口調の変化に陛下とフィニアス殿下の表情がサッと変わる。

 多分、中身がクレアーレ様に交代していることに気付いたのかも。


「なんだ、なんなんだ! その喋り方は! 馬鹿にしているのか!」

「当たり前であろう。この娘を愚弄することは妾を愚弄することと同義ぞ」


 クククッと笑ったクレアーレ様に陛下が声をかけてくる。


「……まさか、クレアーレ様なのですか?」


 軽やかに振り向いたクレアーレ様は、陛下にニヤッと笑いかける。


「左様。少しばかりこの娘の体を借りたのじゃ。あまりにこの娘を馬鹿にしておったから、腹が立ってのう。それに証拠を見せろと申しておったじゃろう? だから妾が出てきたのじゃ。妾と会った証拠など見せられるものではなかろうて。なんとも意地の悪いことよ、と呆れたわ」

「……クレアーレ様のお気に入りの娘を守れず申し訳ありませぬ」

「妾がこうして出てきたのじゃから、もうよい。人とは難儀なものよのう」


 その通りだとでも言いたげに、陛下が苦笑した。


「……演技だ! 演技に決まっている! 女狐め! そんなに王家に取り入りたいか!」


 ビシッとクレアーレ様を指差し、ツィンク伯爵は激昂している。

 客観的に見ているせいか、血管切れますよ? と冷静に私は脳内で突っ込みをいれてしまう。


『まったく、文句を言うなら相手を選ばねばならぬというのに』

(いや、相手を選んだ結果、思いがけず女神様にケンカを売ることになっているのだと思います)

『……あのような人間は嫌いじゃ』


 ため息交じりにクレアーレ様は吐き捨てた。


『さて、そろそろあれには退場してもらおうかの』


 ツィンク伯爵とこれ以上話したくないという雰囲気が伝わってくる。

 どうすることもできない私は、もう好きにして下さい、とクレアーレ様に後のことを任せた。

 クレアーレ様は顎に手を置いて、楽しげに笑いながらツィンク伯爵を見ている。


「それにしても、この娘の命を奪って、己の娘をフィニアスに嫁がせようと考えるとは、浅はかとしか言い様がないのう」

「な、何を! 知らん! 知らんぞ! 私はそんなことは」


 まさかバレているとは思っていなかったのだろう、ツィンク伯爵は、あからさまに狼狽えている。

 そんな姿を見て、クレアーレ様はクックックと笑い声を上げた。


「神殿の巫女を誑かして愛人にし、お主の雇った呪術師に命じて、この娘の命を狙っておったであろう? 正妻にしてやるとその巫女に申してな。本当に虫酸が走るわ。それに前ベルンシュタイン伯爵と共謀して、貴族からの寄付金をかすめ取っておったな。妾の財産を懐に入れるなど許されることではないぞ」


 クレアーレ様の言葉に、ツィンク伯爵の顔は一気に青ざめた。

 というか、寄付金に手を出していたなんて罰当たりな……。


「誤解だ! 寄付金は前ベルンシュタイン伯爵が勝手にやっていただけだ! 私は、巫女に手を出したと思われ、それを妻にバラすと脅されて言えなかっただけ! 無関係だ!」


 知っていた時点で無関係なんかじゃないと思うんだけど。

 下手な言い訳に私は呆れた。

 クレアーレ様は余程ツィンク伯爵に対して怒っていたのか、それだけでは終わらない。


「それと、お主、使用人に子供を産ませたな」

「なっ!」

「田舎に匿っておろう? 上手く隠したつもりじゃろうが、奥方にはバレておるぞ? 子が女だったから、見て見ぬ振りをしておるだけじゃ」


 事実だったのか、ツィンク伯爵の顔色が更に悪くなった。

 クレアーレ様は陛下に視線を向けて、静かに頷く。


「あとはお主に任せよう」

「はっ。……ツィンク伯、其方の悪事の証拠はここに全てきっちりと揃えてある」


 証拠の一部を持った側近がツィンク伯爵によく見えるように広げる。

 内容を確認したツィンク伯爵の目は泳ぎ、助けを求めるようにシュタール侯爵に視線を向けた。


「言い逃れができると思わないでいただきたい。この他の証拠も陛下にお渡ししている。調べていて、よくもまあ、こんなにしでかしたものだと呆れたものだ」


 味方だと思っていたシュタール侯爵の言葉にツィンク伯爵はこれ以上ないくらいに目を見開いている。


「協力、して下さると」

「それは、これ以上、聖女殿に手出しせぬよう私が手を回しただけのこと。貴方の行動を監視するために近づいただけだ」

「そんな……! 元はといえば、シュタール侯爵の」

「衛兵! ツィンク伯爵を連れて行け!」


 ツィンク伯爵が全て言い終わる前にシュタール侯爵が命じ、すぐさま彼は衛兵によって取り押さえられた。

 彼は掴まれた腕を振り払おうとしていたが、衛兵に敵うはずもなく、恨み言を叫びながらあっさりと謁見の間から連れ出される。

 これで、神殿から続いた事件が終わった、とホッとしていると、クレアーレ様はツィンク伯爵と一緒になって文句を言っていた貴族達に視線を向けた。

 え!? まだ終わらないの!?


「お主らも、妾のお気に入りを侮辱しておったのう? この娘が許しても妾は決して許さぬ」

「そんな汚れた血の平民に許されてもな。俺は、平民の言うことなど信じんぞ!」

「たかが平民の分際で我々をどうこうできると思わないでもらいたい」

「王家の皆様が味方だからと、調子に乗るな」


 彼らは、私の演技だと信じ切っているようで、蔑んだ眼差しでこちらを見ている。

 クレアーレ様の機嫌が悪くなったのが、私にも分かった。


「ほう。妾がクレアーレではないと……。ならば妾しか知り得ぬ、お主らの秘密をここで申してやろう」

「俺に後ろ暗いことは何もない! ただの平民が何を知っているというのか!」


 クレアーレ様はかなり強気だったが、対峙していた貴族達はただの脅しだと思ったようだ。


「お主、子供が好きなのは結構じゃが……いささか幼すぎるのではなかろうか? 外国の業者から子供を買い取るのは、この国では違法だと思うのじゃが。それと、お主は適当な薬を作って売っておるようじゃのう。お主は無闇に骨董を買いすぎじゃ。大半が偽物だというのに、騙されて大金を払っておる。最後に、お主は……そうじゃのう。髪の毛が随分と寂しくなっておる。カツラは止めて潔く素肌を晒せばよいのに」


 言われた面々は揃いも揃って顔面蒼白である。

 明らかに犯罪を犯していた貴族達は陛下に命じられた衛兵によって謁見の間から連れ出されていく。

 でも、クレアーレ様。最後の人は可哀想でした。あの人は私に文句を言ってきてない人だったよ!

 巻き込み事故は止めて下さい。


『おや、そうじゃったかのう? 人の顔を覚えるのは苦手なのじゃ』

(まったく悪びれてない!?)

『じゃが、カツラは蒸れると聞くし、頭皮に良くないとも聞く。ここでバラした方が、身も心も解放されるじゃろうて』

(カツラからの解放は望んでないんじゃないですかね!?)


 脳内でそんな会話をしているとは思ってもいない貴族達は、恐ろしいものを見るような目で私を見ている。

 ここにきて、ようやく彼らは私の中身がクレアーレ様だと信じたようだった。

 クレアーレ様はそんな彼らと一人一人目を合わせていく。


「良いか。妾は何でも見ておるぞ。神殿からお主らの行いを毎日見ておる。犯罪を犯しておる者、領民を虐げておる者、己が欲望のために他者を利用しておる者。全て知っておる。じゃが、妾は人の子の争いに口は出さぬと決めておる」

「……ならば、なぜ今回出てこられたのですか……!」

「初めは、あの男の罪を公衆の面前で暴いてやろうと思うておったのじゃが、あまりに妾のお気に入りをいじめたから耐えきれんくなってのう。それに証拠を見せろと申したであろう。よって証拠である妾が予定よりも早く来たというわけじゃ。フィニアスの申すことを信じておれば秘密をバラされることもなかったであろうに……」


 可哀想にとでも言いたげだが、まったくそんなことはない。

 クレアーレ様は脳内でものすごくハッスルしておいでだ。

 あの顔を見たか! あの反応は中々良かったのう、などと言って笑っている。

 本当にイイ性格をしていらっしゃる。ターゲットにされた貴族達に同情するよ。

 貴族達は本物のクレアーレ様の登場に驚いて何も喋れずにいる。

 そんな中、平然としている陛下が口を開いた。


「……説明する手間が省けましたね。ご足労頂き感謝致します」

「構わぬ。今の王の顔を見ておきたかったしのう。あの男と良く似ておるわ。……どのような国になるのか妾は楽しみにしておるぞ」

「胸をはってクレアーレ様にご報告できるよう、精進致します」


 クレアーレ様はニヤッと笑うと私の体から出ていったようで、ようやく自らの意志で体を動かすことができた。

 両手をニギニギして感覚を確かめた後で、私は貴族達へと視線を向ける。

 犯罪とまではいかず、衛兵に連れ出されなかった彼らは呆然として床にへたり込んでいた。

 

「ということで、聖女ルネはクレアーレ様のお気に入りだと分かってもらえたか」


 陛下の問いに貴族達は必死になって頷いた。

 皆さん、どれだけ後ろ暗いことがあるんですか。

 バラされたら困ることがあるんですか、と呆れてしまう。


 何にせよ、私はちゃんとクレアーレ様のお気に入りで、文句を言おうものならクレアーレ様が出てくると周知されてしまったわけである。

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