18・顔合わせと聖水作り
クレアーレ神殿での役目を終えて私達が王都へと戻ってくると、すぐに王城から使者が来て、ツィンク伯爵が大人しくなったことと彼に私を殺すよう依頼をしたご婦人が王都からいなくなったことを知らされた。
あと、ツィンク伯爵は貴族を集めてクレアーレ神殿の報告をする場で動きを見せるのではないかと教えてくれた。
それまでは、私が王城に行っても手を出してくることはないだろうとのこと。
ならば早速、と翌日、私とフィニアス殿下は陛下にクレアーレ神殿であったことの報告と、アルフォンス殿下の魔力を吸収するため、王城へと向かった。
シュタール侯爵が説得してくれたとはいえ、念には念をということで、いつもよりも護衛の数は多かった。
少しピリピリした雰囲気の中、陛下への報告を済ませた私はフィニアス殿下と別れ、アルフォンス殿下の魔力を吸収するため、久しぶりに彼の部屋を訪れる。
部屋にいた王妃様によると、アルフォンス殿下は精神的な不安がなくなり、安定した状態になったからか、徐々に魔力の許容量が増えてきていて、このまま順調にいけば二年以内に魔力が安定するかもしれないと嬉しそうに話していた。
何事にもストレスが大敵だとは知っていたけれど、こんなにも早く状況が良くなるなんて、と思っていると、興奮した様子のアルフォンス殿下から声をかけられた。
「クレアーレ神殿はどうだったの? おじ上とルネがクレアーレ様に気に入られたって話を母上から伺っていたから、気になってたんだよ」
「とても静かで落ち着いた場所でした。空気が澄んでいるといいますか、身が清められるような気持ちになりましたね。いずれアルフォンス殿下も行かれるかと思いますので、楽しみになさっていて下さい」
「そうなんだ。早く僕も行って見たいなぁ。そうだ! クレアーレ様はどのような方だったの?」
「とても、お綺麗な方でした。気まぐれなところもおありですが、いつも楽しそうに笑っていらっしゃいましたね。きっとアルフォンス殿下のことも好きになって下さると思います」
私の言葉にアルフォンス殿下は、それは楽しみだね、と口にした。
後は村の様子や、仲良くなった人とかの話を聞かれつつ、アルフォンス殿下の魔力吸収をしてみたが、確かに神殿に行く前に比べると吸収する量が少なくなったような気がする。
そう遠くない内に私の仕事も終わりかな、と思いながら、一ヶ月ぶりの対面は終わった……のだが。
「ルネ、こちらに来なさい」
アルフォンス殿下の部屋から帰る途中で、私はテュルキス侯爵に呼び止められた。
何の用だろう? 用事は全部終わらせたと思うんだけど。
「何かあるのですか?」
「大したことではない。クレアーレ神殿に向かう際にエルツの件で協力して欲しいと儂が言っておっただろう」
「仰ってましたね」
「ちょうど良い機会だから、これからエルツの研究をしている場所までお主を連れて行こうと思っておる。まあ、顔合わせだ。ついてきなさい」
私の返事を待たずにテュルキス侯爵は足取りも軽やかに歩いて行ってしまう。
置いて行かれては堪らないと思い、私は護衛を伴って慌てて侯爵の後を追いかけた。
「儂はあまり研究室に顔を出さんのでな。お主一人で研究者達と顔を合わせることになるだろう。研究者達は皆、変わり者揃いだから苦労するやもしれんが、頑張ってくれ」
「……責任者なのに毎日顔を出さなくてよろしいのですか?」
「別に構わん。研究結果を陛下にご報告するのが儂の主な仕事だからな。儂は他にやることがあるので、現場の方は現場の責任者で研究者でもあるグラナート侯爵に任せておる。よって、お主がこの先、顔を合わせることになるのはグラナート侯爵だ。粗相のないようにな」
「頑張ります。…………あの、グラナート侯爵は普通の方、なんですよね?」
研究者は変わり者揃いって言ってたけど、グラナート侯爵は研究者でもあるんだよね?
その方は変わり者じゃないですよね? と恐る恐る伺ってみると、テュルキス侯爵はそっと私から視線を逸らした。
ちょっと! 目を合わして下さいよ! 否定して下さいよ!
テュルキス侯爵をガン見してみるけれど、一向に視線が合わない。
「悪い方ではない」
「答えになってないです」
「…………ああ、そうだ。そうだった。思い出したわ。顔合わせが終わったら、シュタール侯爵が会いたいと申しておったな」
なんとわざとらしい話題の変え方だろうか、と、思ったものの呼ばれた理由が気になる。
シュタール侯爵って確かエレオノーラ様のお父さんだったはず。
「何の用なのか、テュルキス侯爵は御存じですか?」
「エレオノーラ嬢とうちの孫娘とコソコソ悪巧みをしておっただろう。それの打ち合わせだそうだ。まったく、神殿の水を売るなど罰当たりにも程がある」
「あれ? シュタール侯爵も一枚噛んで下さるのですか?」
「一枚噛むとか申すな! 人聞きの悪い……。子供達だけでやらせたらとんでもないことになると思うたから、話を通したのだ」
ああ、頭が痛い、と言いながらテュルキス侯爵はこめかみを押さえている。
クレアーレ様には一応許可を貰っているし、効果があれば販売するって話になっているのだから、そう悪い話でもないと思うんだけど。
「それから、来週になるが、貴族を集めてクレアーレ神殿の報告をすることになった。お主にも出席をしてもらうことになる。心の準備をしておきなさい」
「……ということは、そこでツィンク伯爵を捕まえる予定なのですか?」
「全てはクレアーレ様がお決めになる。どのタイミングでどういう風になさるのかは、知らされておらんが……。まあ、そうなるだろう」
詳細はテュルキス侯爵も知らされていないらしい。
相手は神様だけど、どうやって罪を暴くつもりなのだろう。
そっちも気になるけど、それ以上に私も出席しなければならないのが不安で仕方がない。余計なことはしたくないけど、どういう態度でその場にいればいいのか。
「……あの、ちなみに私は何をすれば」
「何もせずに大人しくしておれ。お主が動くと想定外のことになりかねん」
「了解致しました」
ただその場にいればいいだけなら大丈夫だよね。
きっと陛下やフィニアス殿下がフォローしてくれるだろうし。
こうして私とテュルキス侯爵が世間話をしていると、王城の一角にある二階建ての建物に到着した。看板には『エルツ研究所』と書かれている。
「ここがエルツ研究所ですか?」
「ああ、研究者が十名ほど在籍しておる」
建物の内外に警備をしている騎士が多くおり、受付には女性が座っている。
「騎士が多いですね。やっぱり情報が流出するのはまずいのですか?」
「当たり前だ。ベルクヴェイク王国の貴重な外交手段だからな。これがあるから他国に対して強く出られるのだ」
ああ、エルツって外交カードとしては強力だもんね。
ということで、受付にてテュルキス侯爵が用件を女性に伝えると、彼女からグラナート侯爵は自身の部屋にいると教えてくれた。
お邪魔しますという意味を込めて、私は受付の女性と騎士達に向かって頭を下げて、奥へと進む。
二階の一番端の部屋がグラナート侯爵の部屋らしく、テュルキス侯爵は扉を二回ノックして返事も聞かずに扉を開けた。
「えぇ!?」
勝手に入っていいの!?
唖然としている私を尻目に、テュルキス侯爵はズカズカと部屋に入っていく。
「相変わらず汚い部屋だな。二日前に掃除したばかりだろう? なぜこうも散らかせるのか分からんな」
「返事するまで待て」
「これまで待っていて返事をしたことがあったか? それにいつも居留守を決め込んでおるではないか」
「返事をするのが面倒臭いから仕方がない」
「だから、勝手に入ったのだ」
ソファの上の荷物を床に放り投げてスペースを作り、埃を払ってテュルキス侯爵は腰を下ろした。
私は二人の会話に付いていけず、未だに扉の前から動けない。
「ルネ。早く入ってきなさい」
テュルキス侯爵に声をかけられたことで、ようやく私はハッとして部屋へと足を踏み入れた。
話からして、机に座って書類に何かを書いている男性がグラナート侯爵だろう。
彼はテュルキス侯爵よりも幾分か若そうに見える。
私達がやってきたというのに、グラナート侯爵は視線を書類に落としたままだった。
「そこのが聖女か」
「そことか申すでない。あといい加減に顔を上げよ」
「頭を動かすのが面倒臭い」
「お主という奴は……」
呆れたようにテュルキス侯爵はため息を吐いた。
いや、なんというか、想像以上の方だ。
私、次から一人で来なくちゃいけないんだよね? テュルキス侯爵はいないんだよね?
上手くコミュニケーションを取れるか心配なんだけど。
グラナート侯爵が口を開く度に、私は不安に駆られるが、テュルキス侯爵は私のことなどお構いなしに話を続ける。
「彼女はルネ・ドージマ嬢だ。謁見の間に来ていなかったグラナート侯爵は御存じでないだろうがな。陛下は研究さえしておれば好きにさせておけと仰っていたが、限度というものがあろう」
「研究は俺の命よりも大事なものだからな」
「その情熱を私生活にも取り入れてくれんか?」
「面倒臭い」
ダメだこれ、という風にテュルキス侯爵が首を横に振る。
とにかく研究一筋で私生活が疎かだというのは理解した。
でも、何だかんだで、ちゃんと返事をしてくれるみたいだし、意思の疎通はしてくれそうな気がする。
研究第一みたいだから、私が平民とか、そういうのは気にしないんじゃないかな。多分。
なら、上手く……は、無理かもしれないけど、何とかやれそうかもしれない。
静かに脳内会議をしていたところ、テュルキス侯爵のゴホンという咳払いが聞こえ、私がそちらを見ると、彼がグラナート侯爵の方へ向かって顎をしゃくった。
自己紹介をしろということだと察した私は、狼狽えつつも口を開く。
「あの、ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。瑠音・堂島と申します。これからこちらにお邪魔させて頂くことが増えるかと思いますが、どうぞよろしくお願い申し上げます」
グラナート侯爵へ視線を向けると、彼は未だに書類に視線を落としたままであったが、しばらくして顔を上げた。
「俺はマリウス。マリウス・グラナートだ。不本意だがグラナート侯爵家の当主をさせられている」
そう言って、グラナート侯爵はため息を吐き出すと、見ていたテュルキス侯爵が眉を寄せた。
「いい加減、侯爵としての仕事を奥方に任せきりにせず、ちゃんとせよ」
「コルネリアは仕事人間だからいいんだよ」
「似た者夫婦め」
「だからコルネリアを選んだんだ」
ああ言えばこう言うという例えがしっくりくる言葉の応酬。
多分、お二人は気心の知れた仲なのかもしれない。
「とにかく! 今後、ルネが研究所に来て、お主に色々と話をしてくれることになっておる」
「え? 私の意見をグラナート侯爵が伺うのですか? よろしいのですか? グラナート侯爵は私の事情を御存じなのでしょうか?」
異世界の知識をって言われたけど、私が召喚されたことは限られた人達しか知らないんだよね?
「エルツの発展のためだ。陛下はグラナート侯爵にだけは話しても良いと仰っていたから、お主が異世界から召喚されたことは知っておる。研究馬鹿だが、口は堅いからな」
「どちらかというと、エルツよりも異世界の方が気になるんだが」
「良いか、ルネ。此奴は絶対に話を脱線させるから、世間話に付き合うでないぞ」
真面目な表情で言ってのけるテュルキス侯爵の後ろで、グラナート侯爵が目を輝かせている。
あれは絶対に話を脱線させる気満々だ。
私、上手く交わせるかな? …………無理だよね。多分無理だ。
なるべく長話しないように気を付けるくらいしかできない。
不安は残るけれど、テュルキス侯爵が気兼ねなく話すくらいだから、グラナート侯爵は良い人だと思うし、やれるだけのことはやってみよう。
力強く拳を握った私は、テュルキス侯爵の方へと体を向けた。
「テュルキス侯爵。私、頑張ります!」
「ほどほどにな」
テュルキス侯爵は額に手を置いていたけれど、いきなり勢いよく頭を上げた。
「良いか、提案だけはするでないぞ! お主の方から提案だけはしてくれるな! 頼むからこれ以上周囲を巻き込んで事を大きくするでない」
助けるのが大変なのだからな! というお言葉を頂戴した。
私って信用ないよねぇ……。
あはは、と私は乾いた笑い声を出した。
「はぁ、胃が痛いわ」
「心配事でもあるのか? 胃薬ならここにあるぞ」
「ずっと大変でしたものね。お医者様に診てもらいますか?」
「お主らが胃痛の原因だ!」
カッと目を見開き、大声で突っ込まれてしまった。
私とグラナート侯爵は互いに顔を見合わせて、クスリと笑い合う。
あ、なんか大丈夫そうかもって、今のやり取りで思ってしまった。
「で、話はそれだけか? そろそろ俺は研究室に行きたいんだが」
「ああ、話はそれだけだ。一応、研究室もルネに見せる。儂らはその後で城に戻るから好きにせよ」
「承知した。こちらだ」
席を立ったグラナート侯爵に研究所内を案内され、顔見せは無事に終了となった。
行きと同じく帰りも受付の女性と騎士達に会釈をして研究所を後にする。
「さて、次はシュタール侯爵達との打ち合わせだ。シュタール侯爵を待たせることはできん。行くぞ」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 歩くのが速いです……!」
早足になったテュルキス侯爵に置いていかれないよう、私は慌てて後を追いかけた。
そして、シュタール侯爵の執務室に到着すると、中にはエレオノーラ様とクリスティーネ様が揃っていた。
シュタール侯爵達に挨拶をした後で聖水の打ち合わせが始まる。
「神殿の水はすでに運んでおりますので、すぐにでも製作に取りかかりましょう」
「確か週に一度神殿から運ばれてくるのでしたね。原料は確保しておりますが、どこで作るのですか?」
「それでしたら、父が陛下に話をつけて下さったようで、使われていない建物をお借りすることができました。そちらを倉庫兼製作所として使用することになります。打ち合わせが終わったら伺いますか?」
「はい。善は急げと申しますからね。案内をお願いします。それにしても、何から何までありがとうございます」
「とんでもございません。全てはお金のためですから」
物凄く綺麗な笑みを浮かべるエレオノーラ様。
お金が理由じゃなかったら、うっかり惚れてしまいそうなほど綺麗な笑みである。
「さて、ルネさんが分解して下さるのですが、効果があるかどうか試して下さる方は見つかりましたか?」
エレオノーラ様の目を真っ直ぐ見て、私は頷いた。
神殿に滞在していたときから話をしていたので、協力してくれる人はすでに見つけてある。
「私の侍女のシャウラと護衛のキールがやってくれるそうです。あとお屋敷の使用人も何名か協力してくれると」
「私の屋敷でも十人ほど協力して下さる方を見つけて参りましたし、クリスティーネ様のお屋敷でも同じくらい協力して下さるそうです。ですので、人数は大丈夫ですね。まずは効果があるかどうかを調べましょう。効果があった場合、協力者を増やして、どの程度の人に効果があるのか調べることにしましょうね」
「まずはそこからね」
「ええ。効果がないと、話が先に進みませんからね。本当はどの容器にするか、どのくらい生産するか、入れ物の紋章はどうするか、販売価格の件もお話ししたかったのですが、今の時点では無理ですものね」
ガッカリという言葉が似合いそうなほど、エレオノーラ様の表情は悲しげだ。
お金のためだと知らなければ、労りの言葉をかけてしまいそう。
でも、せっかくここまで話が進んだのだから、上手くいって欲しい。
ダメだった場合のことを考えると色んなところが痛くなるけど。
「もしも効果がなかったら、ここまで決めて下さったのに何も貢献できなくて申し訳ないのですが」
「ルネ、大丈夫よ。これまでも貴女は不可能を可能にしてきたじゃない! だから今回もきっと上手く行くわ」
「聖女の名前は伊達ではないと父達に見せつけてやりましょう」
大丈夫、できるわ、とお二人から励まされた。
お二人の期待に応えるためにも、これはなんとしてでも成功させなくちゃ!
そう決意した私の背後から、シュタール侯爵に話しかけるテュルキス侯爵の声が聞こえてくる。
「お互いに苦労させられますな」
「まったくです。詐欺の片棒を担がされている気分になりますよ」
私はお二人の言葉を聞かなかったことにした。
細々とした打ち合わせも終わり、私達はエレオノーラ様の案内ですぐに倉庫兼製作所へ移動した。
王城の一角にある平屋建ての建物だが、そこそこ広めなので、昔は何かの倉庫として使われていたのかもしれない。
私は入り口にいた騎士に会釈をすると、彼は慌てた様子で扉を開けてくれた。
礼を言って私が中に入ると、使用人達が忙しく動き回っていた。
「皆さん、こちらが聖女・ルネさんです」
エレオノーラ様の言葉に、動き回っていた使用人達は動きを止めて、私を見る。
「瑠音・堂島と申します。よろしくお願い申し上げます」
深々と頭を下げると、慌てたように使用人達も頭を下げ、その内の一人が水瓶は隣の部屋に置いてあると教えてくれた。
「では、ルネさん。よろしくお願いします。分解を終えたら、入れ物に水を入れて下さいませ」
「分かりました。じゃあ、早速やって参ります」
その場にいた人達に告げ、私は隣の部屋へと向かった。
部屋は氷のエルツの影響からか、ひんやりとしている。
真ん中に水瓶が置かれており、使用人の一人が私に向かって大きなお玉を差し出してきた。
「これでかき混ぜれば良いのですね?」
「はい。終わられましたら声をかけて下さいませ」
私は使用人から大きなお玉を受け取り、よしっと気合いを入れた。
以前にやった毒を消すような感じをイメージしながら、私は水瓶に入った水を大きなお玉でかき混ぜる。
しばらくグルグルと執拗にかき混ぜていると、いい加減、腕が疲れてきた。
見た目は全く変化していないけれど、どうなんだろう? ちゃんと分解できているのかな?
気になった私は、近くにあったグラスに水を入れて飲んでみた。
う~ん。特に味はしないし匂いもない。普通の冷たい水だ。
だけど、冷たい水を飲んだはずなのに、胃の辺りがなんとなく温かくなった気がする。
もしかしたら、私の気のせいかもしれないと思い、別のグラスに水を入れて使用人の一人に差し出した。
「よろしければ、飲んでみて下さいませんか?」
「自分がですか? よろしいので?」
「はい。少し意見を伺いたくて」
「……では」
使用人は興味があったのか、いそいそと私からグラスを受け取り、水を飲む。
ゴクゴクと一気に飲んだ彼は「冷たくて美味しいです」と笑いながら言ってくれた。
「何か、他に変化はありましたか?」
「変化ですか? そうですね……。何となくホッとするような感じは致します」
「ホッとする?」
「はい。色々と私生活で不安に思うことがあったのですが、なんとかなるのではないかという気持ちになりましたね」
残りの使用人達にも飲んで貰ったが、全員同じようなことを言っていた。
ちゃんと効果があった! と思ったが、そもそもクレアーレ神殿の水は心を落ち着かせる効果があったことを思い出す。
今回はたまたま彼らに作用しただけかもしれない。
まあ、他の人にも飲んで貰うし、その内どんな効果があるのかとか分かるでしょ。
「貴重な意見をありがとうございます。特に問題はなさそうですので、瓶に水を入れましょう」
「では、人を呼んで参ります。ここは寒うございますので、聖女様は隣の部屋でお待ち下さいませ」
「では、よろしくお願い致します」
使用人に声をかけ、私は皆が待つ隣の部屋へと戻った。
二の腕をさすりながら部屋に入ると、テュルキス侯爵に声をかけられる。
「どうであった?」
「試しに飲んでみましたが、胃の辺りがなんとなく温かくなる感じがしました。部屋にいた使用人達にも飲んで貰いましたが、全員から何となくホッとするような感じがする、という意見が出ましたね。ただ、クレアーレ神殿の水の効果と同じですので、たまたま彼らに作用しただけかもしれません」
報告を受けたテュルキス侯爵は難しい顔をしていた。
「その可能性も否定はできんな。それに新たな効果があるやもしれん。まずは一ヶ月後だな」
「どうなるのか楽しみですね」
効果があるといいな、と思いながら、私はテュルキス侯爵とエルツの話をしながら瓶が用意されるのを待った。
さすがに本数が多かったので少し時間がかかったが、木箱に入れられた瓶が九箱、部屋に運ばれてきた。
「一箱に二十四本入っております。三箱ずつお渡し致しますので、全部で七十本。一日一本飲まれると伺っておりますから、七日分になります」
「ありがとうございます」
「勿体なきお言葉でございます」
私が礼を言っている最中、エレオノーラ様はてきぱきと箱をそれぞれの家に送る手配をしていた。
「さて、次は六日後になりますが、来週は貴族を集めてクレアーレ神殿の報告があるのでしょう? 日が被らないようにしないといけませんが、日にちは決まっているのですか?」
エレオノーラ様がチラリとシュタール侯爵に視線を向けた。
「安心しなさい。貴族が集まるのはそれよりも前だ。六日後は一日空いている」
「それなら大丈夫ですね。ルネさんは午前と午後のどちらがよろしくて?」
「できれば午前中にエルツ研究所に伺おうと思っておりますので、午後からでお願いします」
「では、そのように」
次の予定が決まったところで、その日は終わりとなり、運び出される木箱を見送ると私は王城からフィニアス殿下の屋敷へと帰った。
出迎えてくれた使用人に、王城から持ち帰った木箱を屋敷の食料貯蔵庫に運んでくれるように頼む。
「それじゃあ、今日から協力してくれる人達に出してもらえますか? 夕食のときに一緒に出してもらえると助かります。あ、でも、明日からは朝食のときに出すようにして下さい」
「かしこまりました」
エマさんに頼んだ私は自分の部屋へと戻り、一息ついた。
とりあえず一歩前進だ。
ここまできたら、飲んだ人全員に何らかの効果はあって欲しい。
後は、来週の報告だよね。
何もしなくていいとは言われているけれど、絶対にツィンク伯爵は私を糾弾するだろう。
味方が沢山いるから窮地に陥ることはないと思うけれど、気を引き締めて挑もう。