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17・決意表明と新たな侍女の獲得

 では、話を通しておきます、とウキウキしながら領地へと戻ったエレオノーラ様を見送った二日後に私はフィニアス殿下から、クレアーレ様が私に会いたがっているので、神殿に一度顔を出すようにと言われた。

 クレアーレ様が以前仰っていた、元の世界に戻してもいいが、こちらの世界を滅ぼすけどどうする? という問いの答えを聞きたがっているのだろう。

 色々とあって、中々クレアーレ様に切り出すことができなかったけれど、答えは初めから出ていた。単純に私の覚悟が足りなかっただけ。

 クレアーレ様の問いの答えがもう出ていた私は、神殿に向かいますとフィニアス殿下に告げた。

 

 それからすぐに私は神殿に向かい、数日ぶりに巫女長と顔を合わせた。

 彼女に連れられ、私は神殿の最奥部へと向かい、クレアーレ様の部屋に繋がる扉の前までやってくる。


「……あれ? 巫女長は最奥部まで入れないんじゃ」


 普通に扉の前まで連れてきてくれた巫女長に疑問を口にすると、彼女はそれはそれは嬉しそうに微笑んだのである。


「それが、フィニアス殿下がクレアーレ様に口利きをして下さったお蔭で、許していただけました。おまけに彼との結婚も許可して頂きました」


 ああ、そういえば、前にクレアーレ様の愛を裏切ったとかなんとかでクレアーレ様の怒りを買ったとか言ってましたもんね。

 だから、私はてっきり巫女長が犯人だと思っていたのよね。

 結果としては違っていたから、彼女の望む形になったのはおめでたいことだ。


「おめでとうございます! 良かったですね」

「ありがとうございます。ですが、巫女の仕事は辞めなければならないのが残念でなりません。幸い、この近くの村に嫁ぐので、神殿に祈りに行くことはできますけれど」

「そのお気持ちだけでもクレアーレ様は喜んで下さると思いますよ」

「だとよろしいのですが」

「きっとそう思って下さいます。お幸せに」


 私の言葉に巫女長は満面の笑みで応えてくれた。

 さて、次はこっちである。


 私は、そっと扉に手を置いて魔力を少し出すと、以前と同じように手を置いたところから光が端に移動していき、扉が自動的に開いた。


「では、行って参ります」


 巫女長に言い残し、私は中へと足を進める。

 長い廊下を歩いて行くと再び扉があらわれたので、私は扉をノックして中へと入る。

 前のときとは違い、今回は最初から部屋に明かりが灯されていた。

 真正面で楽しげに笑うクレアーレ様を見据えながら、私は口を開く。


「クレアーレ様、答えに参りました」

「待っておったぞ」


 こちらに歩み寄ってきたクレアーレ様は、私の手前で立ち止まった。


「待ちくたびれてしもうた。さぁさ、早う妾にお主の答えを聞かせておくれ」


 それはそれは楽しそうに彼女は口にする。

 人の心を揺さぶる彼女に対して、何て女神様なんだと私はため息をつきたくなる。

 でも、その前にちゃんと私は答えなくちゃいけない。


「私は、クレアーレ様に元の世界に戻して欲しいとは頼みません」

「……ほう。して、理由は?」


 答えを予想していたのか、クレアーレ様は特に驚いた様子を見せない。


「私は、この世界の人を犠牲にしてまで帰りたいと思えないからです。召喚されたことは不本意ですし、帰りたい気持ちはあります。ですが、これまで私を助けてくれた人、優しくしてくれた人、協力してくれた人がいっぱいいます。私の世界で生きている人も、こちらの世界で生きている人も感情のある同じ人間です。命の重さは同じです。私が望んだからという理由だけで犠牲にすることはできません。だから、私は貴女の手は取らない」

「よいのか? 折角、元の世界に戻れるというのに」

「構いません。他の方法を探せばいいだけですから」


 私の答えを聞いたクレアーレ様は満足げに笑っている。どうやら、彼女のお気に召す答えだったらしい。


「まったく、人の子というものは面白いものじゃ。感情の変化で、答えが変わるからのう」

「感情があるからこそ、人間と言えるのだと思います」

「その通りじゃ。感情がなければ、ただの人形でしかない。妾は人形に興味など持てぬ」


 言い捨てるようにクレアーレ様は口にすると突然、笑みを消した。


「それと、何か妾に言うことがあるのではないのか?」

「言うこと、ですか?」

「そうじゃ。シュタール侯爵家の娘と面白い話をしておったじゃろう」


 エレオノーラ様? ……もしかして神殿の水を聖水として売るっていう話?

 クレアーレ様に言わなきゃいけない話って……?


「この神殿は妾の住処。妾の持ち物じゃ。まさか、妾の許可なく水を売ろうとしておったのか?」

「え? あ!?」


 ようやく私はクレアーレ様が何を言いたいのかが分かった。

 神殿の水を売ってもいいよ、という許可を取れと彼女は言っているのだ。

 しまった。失念していた。

 慌てて私はクレアーレ様に声をかけた。


「申し訳ありません! そこまで思い至りませんでした! それで、あの、良かったら神殿の水を売る許可を頂きたいのですが」

「湧き水が枯れるほど取らぬのであれば構わぬ」

「ありがとうございます!」


 割とあっさり許可をくれたことに私は安心した。事前に話をしておけば、割と許してくれるのかもしれないけど、神様って何が地雷になるか分からないから怖い。


「後は、人の子同士で話を進めておくれ」

「あらかた決まったら、巫女長に報告のお手紙を出しますね」


 それで構わぬ、とクレアーレ様は言い、この日の対面は終了となった。

 その後、神殿内で夕食を頂き、私は屋敷へと戻ったのである。



 屋敷へと戻ってきて玄関の扉が開いた瞬間、テュルキス侯爵に頭を下げて懇願しているシャウラが私の目に飛び込んできた。


「お願いします! 雇って下さい!」


 これは何事かと私は近くにいたフィニアス殿下に近寄った。


「フィニアス殿下、これはどういう状況ですか?」

「シャウラなのですが、クレアーレ様から神殿に足を踏み入れることは許さないと言われてしまいまして。巫女見習いを解雇されてしまったのです。それで、仕事がないから雇って欲しいとテュルキス侯爵にずっと言っているのです」

「フィニアス殿下がクレアーレ様に頼んでもダメなのですか?」

「理由はともかく、聖女の身を危険に晒したというのが許せないそうです。取りつく島もありませんでした」


 あー……クレアーレ様ってお気に入りの女性しか巫女や巫女見習いにしないらしいから。

 一旦、嫌われてしまうと挽回するのは難しいかもしれない。クレアーレ様は割と潔癖なところがあるし。

 私が気にしないと言えば許してくれるかな? でも結構頑固なところもあるしなぁ。難しいかもしれない。

 

「それで、テュルキス侯爵は雇って下さらないのですか?」

「ええ、ずっと断っているんですよ」


 私とフィニアス殿下が会話している間も、シャウラは必死にテュルキス侯爵にお願いをしては断られている。

 見ているこっちが可哀想になるくらいだ。

 その姿を見ていた私は、ある考えが頭に浮かぶ。

 

 ……今、私の貯金っていくらあったっけ?


 すぐにおおよその貯金額を思い出した私は今回のお給料を足した額とエルツ研究のお給料額を計算し、これならいけると判断した。

 

「あの、フィニアス殿下。シャウラを雇っても構いませんか?」

「……ルネがそれを望むのであれば可能ですが」

「本当ですか!?」

「ええ。貴女の身を危険に晒したことは許しがたいですが、彼女はルネを救ってくれたこともありますし、貴女に対する忠誠心もあるようですしね。よく働いてくれると思いますので」


 フィニアス殿下から許可を得られ、すぐに私はまだ話をしていたテュルキス侯爵に声をかけた。


「テュルキス侯爵。お話中、申し訳ありません。少しよろしいでしょうか?」

「……この状況を変えることができるのであれば構わん」

「ありがとうございます」


 私はテュルキス侯爵に頭を下げた後で前へと進み、視線をシャウラへと向ける。

 彼女は、自分に話があるとは思わなかったのか、目をぱちくりとさせていた。


「ねぇ、シャウラ。良かったら、私の侍女にならない? 今の私のお給料だったら、キールと貴女を雇うことはできるから。どう?」

「………………え?」


 こちらの話を理解できていない様子のシャウラは呆然としている。

 背後から「貴女が雇うのですか!?」というフィニアス殿下の声が聞こえてきた。

 

「私が言い出したことですし、私が支払いますよ。そこまで図々しくありませんから」


 良い笑顔で親指を立ててみると、フィニアス殿下は何ともいえない顔をして頭を抱えてしまった。

 どういう反応なのかとテュルキス侯爵の方を見て見ると、呆れたような眼差しでこちらを見ていた。


「……ダメでしたか?」

「だめではないが、普通はそう考えん」

「ですが、これは私が個人的にお願いしたことですので。これまで色々と用意してくれている訳ですし、これ以上は悪いかなって思いまして」

「お主は変なところで思い切りが良すぎる」

「ありがとうございます?」

「褒めておらん」


 ピシャリと言われ、私は苦笑する。

 異世界の貴族と日本人の私とでは価値観が違うのが当たり前だし、驚かれるのも無理はないのかもしれないと納得しつつ、そういえばまだシャウラから返事を聞いていないことに私は気が付いた。

 承諾してくれるかな? と思い、シャウラに視線を向けると暗い顔をした彼女と目が合う。


「えっと、どう……かな?」

「お話は嬉しいのですが、私はその気がなくとも聖女様の部屋に刃物を持って侵入した人間です。侍女としてお側にいるのは相応しくないかと……」

「あれは理由があってのことだし、アデーレに騙されていたでしょう? それに、その後は私のためにと動いてくれたじゃない」


 シャウラはまだ不安だったのか、視線を私の背後にいるフィニアス殿下へと向けている。

 私が振り向くと、シャウラに向かってしっかりと頷いているフィニアス殿下が見えた。

 ホッとした私が再びシャウラを見ると、彼女はとても嬉しそうな表情を浮かべている。


「光栄です! 嬉しいです! 聖女様の侍女として働けるなんて信じられません! ありがとうございます!」

「喜んでくれて嬉しいわ」


 すごい勢いで詰め寄られたものだから、つい私は後ずさってしまう。

 まさかここまで喜ばれるとは思ってもいなかった。

 どうどう、と私がシャウラを落ち着かせていると、フィニアス殿下が声をかけてくる。


「ルネ、お金くらい私が出しますよ?」

「いえいえ。悪いです。これは私の個人的なお願いですから」

「ですが」

「それに、上手く行けば一攫千金を狙えそうですので。お金の心配はあまりしていないんです」


 と、私はガッツポーズをした。


「一攫千金?」


 意味が分からないという表情を浮かべているフィニアス殿下に向かって、私はエレオノーラ様とお話ししたことを説明した。


「お主ら、儂の言葉を聞いておらんかったのか」

「でも良い案だと思うんですよね」


 テュルキス侯爵は心底呆れているようだ。

 行きのときにあれだけ注意したのだから、その対応になるよね。

 だけど、やっぱり私は一攫千金の夢を諦められない。

 聖女が不純物を分解して綺麗にした水、略して聖水。別に嘘はついてないもの。

 私はフィニアス殿下に事の詳細を話してみると、彼はそれは良いかもしれませんね、と言ってくれた。

 途端に、テュルキス侯爵がフィニアス殿下! と強めに声を上げた。


「クレアーレ神殿の水は、若干ではありますが心を落ち着かせる効果を持っていますから、ただの水というわけではないでしょう?」

「確かにそうですが、心が落ち着くと感じるのには個人差があるのですよ。聖水として売るとなったら、効果がない者が一定数、出てしまっては聖女の名前を落とすことになりかねません」

「でしたら、ルネが不純物を分解した水を試しに飲んで貰いましょう。それで飲んで貰った全員に何らかの効果が見られた場合は、売り出すということでどうです? だめだった場合は、話はなかったことにしますから」


 それならいいでしょう? とフィニアス殿下はテュルキス侯爵に笑顔を向ける。

 こめかみを抑えていたテュルキス侯爵は、苦い顔をしながらしばらく悩んでいたが、最終的には了承してくれた。

 やった、一歩前進!

 喜んでいた私だったけれど、フィニアス殿下が心配そうな表情を浮かべながらこっちを見ていた。


「ところでシャウラの件ですが、本当に私が雇う形にしなくて良いのですね」

「ええ。私が言い出したことですので、私が責任を持ちます。ただ、もしものときは彼女のことを託す形になりますが」


 もしも元の世界に戻れるとなった場合、シャウラをアイゼン公爵の屋敷で雇って欲しいと思い、私は言葉を濁しながらお願いした。


「……その場合は、そうしましょう」


 フィニアス殿下は、あまり乗り気ではないのか、声のトーンが落ちている。

 でもシャウラの働きっぷりは見ていたから、私は心配していない。きっとフィニアス殿下も満足してもらえるはず。

 言葉遣いとか貴族のルールとかはジルヴィアさんから教わればいいと思うし、ちゃんと身につけられたら私がいなくなっても、侍女としてやっていけると思う。

 なんとなく重い空気が私とフィニアス殿下との間に流れる中、おずおずとシャウラが口を開く。


「あの、図々しいお願いだとは思うのですが、妹のシェルマは」


 あ、シャウラを雇うことに意識を向けていたからシェルマのことまで頭を回していなかった!

 ……三人、私の給料で雇えるかな?

 どうだろうと考えている間に、フィニアス殿下が先に話し始めてしまう。


「シェルマは神殿で巫女見習いのまま働くことになります。クレアーレ様は貴女を解雇しましたが、シェルマに関しては特に何も仰ってはいなかったので。……妹と離ればなれになりたくないのであれば、ルネの侍女として働くという話はなかったことになりますが」

「いえ、妹の働く場所があるのなら構いません。昔のように姉妹揃って路頭に迷ったらと思って焦っていたので。あの子の居場所があるのなら、良かった……」


 シャウラは安心したように微笑むと私の方へと向き直る。


「改めまして、聖女様。これからよろしくお願い申し上げます」

「こちらこそ、よろしくね。でも、神殿で巫女見習いに戻りたいって気持ちがあるなら、私からクレアーレ様に頼んでみるけれど」

「殺す気が無かったとはいえ、クレアーレ様は私をお許しにならないと思います。それに、私は聖女様のために働けるということが何よりも嬉しいのです。聖女様に降りかかる火の粉は、私が命に替えても払ってみせます!」


 シャウラは力強く宣言したが、シャレにならないと私は慌てる。


「良い侍女を得ましたね」

「……願わくば、何事もなく日々が過ぎていって欲しいものです」


 残念ながら、フィニアス殿下もテュルキス侯爵も私の言葉を肯定も否定もしてくれなかった。

 ということは、揉め事の種が埋まっているということだろう。


 あ、一応、その後にクレアーレ様にシャウラを許してって言ってみたんだけど、嫌じゃの一言で断られてしまった。

 クレアーレ様の怒りは根深いらしい。

 ということで、シャウラは正式に私の侍女となった。


 こうして、クレアーレ神殿でのお仕事は終了したのである。

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