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16・エレオノーラ様の本性

 私はクリスティーネ様とジルヴィアさんと一緒にエレオノーラ様が滞在している屋敷に到着した。

 使用人に案内されて応接間へ通されると、少ししてから部屋にエレオノーラ様があらわれた。


「ようこそお越し下さいました。さ、お座りになって。長いお話になりそうですから、ジルヴィアさんもどうぞ」


 座るよう勧められ、私達はエレオノーラ様と向かい合う形でソファに腰掛けた。

 使用人がお茶の用意をし終えると、ふんわりと微笑んでいたエレオノーラ様が口を開く。


「さて、堅苦しい挨拶は終わりましたし、早速本題に入りましょうか」

「本題、ですか?」


 エレオノーラ様から呼び出された理由。多分、フィニアス殿下のことなんじゃないかと私は予想していた。

 ドキドキしながら、私はエレオノーラ様の言葉を待つ。


「ええ。こういうことは、さっさと真実を明らかにした方がよろしいでしょうしね。……ということで、聖女様は私とフィニアス殿下の関係を気にしておいででしょう?」

「いえ、あの……。その」


 予想が当たってしまい、驚いた私が言い淀んでいると、エレオノーラ様は更に笑みを深くした。


「ふふふ。ルネさんは本当に可愛らしい方ですね。つい意地悪をしたくなってしまいます。でも私は、貴女と良好な関係を築きたいと思っておりますの。ですから、貴女を傷つけるようなことを申し上げるつもりはございません」


 微笑みを浮かべながら、エレオノーラ様は楽しげに口にしている。

 初対面のときとは印象が違う彼女の様子に、思わず私は隣に座っているクリスティーネ様を見ると、彼女もその様子を見たことがなかったのか目を丸くしていた。

 エレオノーラ様は、こちらが狼狽えていることなど気にする様子もなく話しを続ける。


「単刀直入に申し上げますが、私がフィニアス殿下の婚約者になることはありません。これは私の意志です」

「お待ち下さい。エレオノーラ様がそう思っても、お父上であるシュタール侯爵は王族に娘を嫁がせたいはずでは?」


 すかさず貴族事情に詳しいクリスティーネ様が疑問を口にした。

 あまり詳しくない私でも、貴族社会というものは親の言うことが絶対で自由恋愛はできないのではないかと思っている。

 だから、エレオノーラ様の意志だけではどうにもできないのではないかと思っているのに、彼女は笑みを崩さない。


「これまでシュタール侯爵家から王家に嫁いだ者はおりませんから、父は躍起になっておいでなのですが、王族に嫁げるのであれば、嫁ぐ人間が私でなくても別に構わないのですよ」

「と仰ると?」

「兄の娘、つまり私の姪なのですが、彼女は今三歳。アルフォンス殿下は七歳。年齢的にもとってもお似合いだと思いませんこと? それにアルフォンス殿下が予定通り王太子になられれば、王弟妃よりも、王太子妃、ひいては王妃の祖父という立場の方が父にとっては嬉しいでしょうしね。父はそこそこ権力欲がある方ですもの。だからこそ、私の申し出に乗ると思っておりました」


 ホホホと扇を広げ、口元を隠して彼女は笑っているけれど、私は申し出という言葉に首を傾げた。


「あの、申し出ということは、エレオノーラ様がシュタール侯爵を説得したのですか?」

「ええ。こちらも色々と事情がありまして、それらを畳み掛けてみましたら、あっさりと諦めてくれました」

「……ということは、エレオノーラ様は王弟妃になりたくないということですか?」

「以前まででしたら、仕方がないと頷いていたかもしれませんが、今は無理ですね。フィニアス殿下が好みではなかったからという理由もありますが、最大の理由は、ルネさんがいらっしゃるから」


 好みじゃないって……ここにテュルキス侯爵がいたら失礼だと怒り出しそう。

 ああ、違う、違う。今はそこじゃない。


「あの、私が最大の理由になっているのはなぜでしょうか?」


 私が何かしたのかな? と思っていると、エレオノーラ様は身を乗り出し、ニンマリと微笑んだ。


「まずはそれをお話しする前に、私のことをお話しさせて下さいませ。……私はね、この世でお金が一番好きなのです」

「お金……」

「ええ。とは申しましても、使うのが好きというわけではありません。勿論、お金を使うのは貴族の義務ですから、それなりには使いますけれどね。それよりも、私はお金を稼ぐのが好きなのです。手元のお金が増えるのが至上の喜びなのです。金貨、銀貨、銅貨という貨幣に埋もれたいのですよ」


 私は口をあんぐりと開けた。

 多分、今、私とクリスティーネ様とジルヴィアさんは同じ表情をしていると思う。

 見た目からは想像できないことを言われているのだから、無理もない。

 エレオノーラ様は私達の反応を気にもせず、体を元に戻した。


「あの重み、匂い、丸という完璧な形、口に含んだときの冷たさと舌に感じる微妙な味。落としたときの音や貨幣同士がこすれる音、貨幣が入った袋の感触、全てが私を魅了しているのです。本当に堪りません。特に金貨は……」


 恍惚の表情でエレオノーラ様はお金に対する愛を口にしている。

 儚げで守って上げたいと思わせる令嬢だった彼女の本当の姿は、こんな人だったのかと私は驚きを隠せない。

 私よりもクリスティーネ様の方が衝撃は強かったらしく「あのエレオノーラ様が……、憧れのエレオノーラ様が」と涙目でブツブツ呟きながら、聞きたくないと耳を塞いでいた。

 その手を無理に剥がして、エレオノーラ様のお金に対する愛をこれでもかと主張している声を聞かせているジルヴィアさんっていうか、何してるんですか、ジルヴィアさん! 止めてあげて下さい!

 クリスティーネ様が半泣きじゃないですか!


 私がジルヴィアさんを止めている内に、エレオノーラ様のお金に対する愛は語り終わったらしく、彼女は満足げである。


「あの、エレオノーラ様がお金を好きだというのは分かりましたが、それと私に何の関係があるのでしょうか?」

「大ありです。つまりですね。フィニアス殿下はルネさんを保護し、お金を出しているわけです。そこへ私が嫁いだとなりますと、私が手にできるお金が減ってしまう、ということになるのです」


 これは大問題です、と至極真面目な顔をしてエレオノーラ様は口にした。


「あの、仮にエレオノーラ様が王弟妃になられた場合は、私が他の方に嫁ぐとか、保護者を変更するとかすればよろしいのではないですか?」


 さすがに新婚家庭に居候するつもりはないし、お二人の姿を見るのは精神的に耐えられないと思うから、むしろそうして欲しいとすら思っている。

 なのに、エレオノーラ様はなんだか難しい顔をしていた。


「あのですね、フィニアス殿下はルネさんを手放すおつもりなどないと思います。それに他の方に嫁がせることもないかと」

「そりゃ、私は半能力半魔法属性を複数もってますし、この国にとって重要な人材だと……多分思うので、難しいかもしれませんが」

「……いえ、そういうことではありませんのよ。……あの、貴女は、その……フィニアス殿下をお慕いしているのですよね?」


 なぜか困惑しているエレオノーラ様。

 お慕い……つまりフィニアス殿下を好きかどうかって話だよね。

 す、好き、だけど、ここで言ってもいいものか悩むよ。相手は婚約者候補だの言われてたエレオノーラ様だもん。

 でも、答えないと話は進まないだろうし……。

 しばらく悩んだ挙げ句、覚悟を決めた私は躊躇いながらも頷いた。


「ですが、身分差もありますし、フィニアス殿下に私の気持ちを伝える気はないのです。ですから、エレオノーラ様が気にされることは」

「なおさら嫌です」

「はい?」

「政略結婚は覚悟しておりますが、少なくとも私が尊敬できる相手であり、且つ私だけを見てくれてお金を自由にして構わないと仰る方が良いのです。私が惨めになるだけの結婚などごめんです」


 どういう意味なのか分からなかったけれど、エレオノーラ様はフィニアス殿下と結婚するつもりがまったくないことだけは分かった。


「それから、今のお話はこの場だけのものと致しますので。ルネさんのお気持ちを誰かに伝えるような真似は致しませんから、安心して下さいませ。ですので、私がお金を愛していることは秘密にして下さいね」


 こっちは言わないから、そっちも言わないでね、ということだね。

 分かりました、という意味を込めて頷くと、エレオノーラ様がホッとしたように息を吐いた。


「本日は、ルネさんの誤解を解いておこうと思って、お呼びしましたの。私は、貴女と良い関係を築きたいと思っていますので、誤解されたままですとお近づきになれないでしょう?」

「……お言葉はありがたいのですが、どうしてそこまで」

「夜会で、私は貴女に私の好きな匂いがする、と申し上げましたね」

「はい。覚えております」


 思えば、エレオノーラ様は最初から私に対して好意的であった。

 何か理由があったということなの?


「あれは、貴女からお金の匂いを感じ取ったからです」


 話を聞いたクリスティーネ様とジルヴィアさんは飲んでいた紅茶を同時に吹き出した。

 貴族令嬢と元・貴族令嬢としてやっちゃいけないだろうと冷静に思いつつ、私は言われた言葉を何度も頭の中で反芻させていた。

 

「聖女という称号を使って、共にお金を稼げると思ったのです。シュタール侯爵家が経営しているマッセル商会は王国内でも一、二を争う大商会。外国との取引も頻繁に行っておりますの。聖女印の○○とか商品を売り出せば、稼げること間違いありません。なんせ、クレアーレ様に認められたお方なのですから、信心深い貴族はこぞって買うに決まっています」

「い、意外と本格的な金稼ぎですね」

「当たり前です。中途半端が一番嫌いですもの。やるなら徹底的に、がシュタール侯爵家の家訓ですから」


 エレオノーラ様は力説している。

 この方もこの方で規格外のご令嬢でしたか……。

 貴族令嬢の憧れと言われていた方の裏の顔を見て、私は見てはいけないものを見てしまった気持ちでいっぱいだった。

 そんな私の脇腹を立ち直ったのかクリスティーネ様がツンツンと突いてきた。


「クリスティーネ様?」

「ほら、行きの馬車で話していたじゃない。あれをエレオノーラ様に申し上げてみたら?」

「あら、お金のお話ですか? 聞かせていただけます?」


 身を乗り出したエレオノーラ様を見て、どんだけ貪欲な方なのかと私は遠くを見つめる。

 現実逃避をし始めた私に変わって、クリスティーネ様とジルヴィアさんが神殿の水を汲んだものを私が分解して、聖水として売るという話をしていた。


「……なんという素晴らしいお話なのかしら」


 目をキラッキラさせたエレオノーラ様は体を震わせている。

 とんでもなく興奮している様子なのが伝わってくる。


「早速、マッセル商会に話をして、どの層に対して売り出すのかも含めて相談してみます。そうそう、水をつめる容器が必要ですね。良い入れ物がないか尋ねてみます。あとは……効果があると宣伝する人材も必要だから……。うふふ。忙しくなりそうだわ」

「良かったわね。一山当てられるかもしれないわよ」


 ポンとクリスティーネ様に私は肩を叩かれた。

 意外なことにエレオノーラ様がやる気になっているし、協力して下さるなら、こんなにも心強いものはない。


「では、改めて。聖水販売の件、よろしくお願い致しますね」


 惚れ惚れとする笑みを浮かべたエレオノーラ様を見て、こうなったらやるしかないと私も腹を決める。

 そっと差し出されたエレオノーラ様の手を私は両手でしっかりと握った。

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