15・事件解決?の報せと殿下のおねだり
あれから、アデーレから協力者を聞き出していたフィニアス殿下達は、私の命を狙っていた巫女や巫女見習い数人を捕らえるために神殿へと行っていたが、当日中に帰ってくるだろうと思っていた予想とは裏腹に、彼は中々屋敷に戻ってこない。
その間に私はエレオノーラ様に会いに行く約束をしていた私は、結局どうなったのかも分からず数日を過ごしたのである。
そうしてエレオノーラ様に会いに行く約束をしていた日に、彼はようやく屋敷へと帰宅したのだが、かなり疲れており、私との挨拶もそこそこに、応接間のソファへと座り込んでしまった。
「神殿内で何かありましたか?」
「……クレアーレ様にお会いしました」
はぁ、と息を吐いたフィニアス殿下。
本来の目的でもあるクレアーレ様に会えたのに、どうして浮かない表情なのだろうかと思ったけど、あの女神様は割と自由なところがあるので、真面目なフィニアス殿下は振り回されてしまったのかもしれない。
お疲れ様でした。
「クレアーレ様にお会いしたということは、気に入ってもらえたんですよね? おめでとうございます」
「クレアーレ様にお会いできたのは良かったのですが、ツィンク伯爵を捕まえるのは待つようにと言われてしまいました」
「え? ツィンク伯爵が計画していたのですよね? どうして、クレアーレ様は止めたのですか?」
「それが、過去に神殿内で勝手をしていたことや、お気に入りであるルネを殺そうとしたことをクレアーレ様はとても怒っていらっしゃいまして。『衆人観衆の中で罪を暴いてやるのじゃ』と仰っていたのです」
フィニアス殿下は頭を抱えていたが、私はクレアーレ様の言葉を疑問に思った。
「あの、クレアーレ様は人の争いに口出しはしないと仰っていましたが、本当にクレアーレ様が手を出すと仰ったのですか?」
「ええ。神殿はクレアーレ様の住処です。その住処に手を出しておいて、見過ごせるわけがなかろうと。動きたくても、ご自分が率先して動くわけにもいかず、我々、人がツィンク伯爵の悪事を暴くのを待っていらしたようです」
なんというタイミングで私達は神殿に来てしまったのだろうか、と私は遠くを見つめていると、フィニアス殿下は色々と説明をしてくれていた。
それによると、ツィンク伯爵に対しては、彼の知人でもあるシュタール侯爵が協力者を装って近づき、私がクレアーレ様に気に入られたことを伝えて、殺害するのではなく貴族が集まった場で私を糾弾し名誉を失墜させる方向に持っていくようにするとのこと。
上手く行くのかと思ったが、そもそもツィンク伯爵はシュタール侯爵と親しくなりたいらしく、いつもご機嫌取りをしていたので、その彼が自分から近づいてきてくれたのだから、きっとこちらの案に乗るはずだとフィニアス殿下は言っていた。
ちなみに、彼に私の殺害を頼んでいたご婦人は、王家とシュタール侯爵が協力し、表舞台から隔離することになっている。
ツィンク伯爵を捕まえるのがまだ残っているけれど、神殿内で協力していた人も捕まったし、私が殺される可能性はほぼなくなった。
つまり、神殿は安全な場所になったというわけである。
私は説明をしてくれていたフィニアス殿下に向かって満面の笑みを浮かべた。
「これで、安心して神殿に戻れますね」
「戻るつもりなのですか!?」
「え、ええ。」
ひどく驚いた様子のフィニアス殿下に問われ、私は戸惑いながらも答えた。
だって、まだお祈りは終わってないじゃないですか。
それに、私はまだクレアーレ様にあの件に関しての返事をしていない。
自分の中ではもうすでに答えは決まっている。ただ踏ん切りがつかなかっただけ。
その踏ん切りもフィニアス殿下と再会したことでついてしまった。
「神殿の協力者はいなくなったのですから、問題はありませんよね?」
「……まあ、それはそうですが。一応、ツィンク伯爵への報告の手紙には、貴女は神殿にいることになっているので、本人が確認しに来ない限りは、こちらにいても問題はありませんが……」
「ですが、ツィンク伯爵が密偵を雇っていたら、神殿にいないことはバレてしまいますよ?」
「そこは心配いりません。ツィンク伯爵が雇っている密偵はすでに調べてシュタール侯爵が買収しているはずですし、これ以上、彼に他の者を雇える余裕はないはずですから」
「もうすでにそこまでやっていたのですか!?」
立ち上がり突っ込みをいれると、何が可笑しいのかフィニアス殿下は笑い出した。
真剣に言っているのにと私は頬を膨らませる。
「ああ、すみません。貴女との久しぶりの会話が楽しくてつい」
本当に嬉しそうに口にするものだから、私は嬉しさと恥ずかしさで顔が熱くなる。
そうですか、と返すのがやっとだった。
視線をテーブルに向けていた私が、視線を感じて顔を上げるとフィニアス殿下がジッとこちらを見つめていた。
「あの、私の顔に何かついていますか?」
「いいえ。貴女の命が狙われていると報告が来ていなかったので、キールが付いているとはいえ、無事で良かったと思いまして。無理をして仕事を早く終わらせて来て正解でした。テオバルトもテュルキス侯爵も何を考えているのか……」
「お二人共、色々と動いて下さっていたので、フィニアス殿下にお知らせするのを忘れていたのではないでしょうか?」
「だとしても、王家が保護しているのですよ? 私に報告する義務があるはずです」
「だ、だったら、陛下に報告が行っているのかもしれないですね」
一応、私の一番上の上司は陛下だもの。
すると、私の話を聞いたフィニアス殿下はガックリと肩を落とした。
「フィニアス殿下!?」
「大丈夫です。……ただ、貴女を守るのは私でありたかったと思っただけです」
うっ、今の台詞はものすごくキュンときた。
狙って言っているのだとしたら、とんでもない人だよ。
でも、フィニアス殿下はそういうことは考えていないんだろうな。
誰にでも言っているとは思っていないけど、私は明らかに身内枠に入っているはずだもの。
勘違いしてはいけないと言い聞かせ、私は未だに落ち込んだ様子のフィニアス殿下に視線を向けた。
彼はかなり落ち込んでいるようで、時折ため息を吐いて哀愁を漂わせている。
そんなに落ち込むなんて、と心配になった私は、ほぼ無意識で項垂れているフィニアス殿下の頭に手を伸ばし、ゆっくりと撫でた。
「そう仰って頂けるだけで十分です。ありがとうございます」
私がそう呟いてフィニアス殿下の頭から手を離そうとすると、ガバッと顔を上げた彼に手を掴まれてしまった。
予想外の行動に私は驚いたが、すぐに自分がフィニアス殿下の頭を撫でていたことに気付き、一気に血の気が引く。
完全に無意識だった! 日本にいたときと同じ調子で励ますために頭を撫でちゃった!
相手が王族だということをすっかり失念していた私は慌てる。
「あの、フィニアス殿下。いきなり頭を撫でてしまって申し訳ありませ」
「ということは、やはり今、貴女は私の頭を撫でていたのですね」
若干くいぎみに言われ、私は無言で頷いた。
なんだかフィニアス殿下が興奮しているように見えるのは気のせいだろうか。
私がこんなことを考えているなんて思ってもいない彼は、真剣な眼差しをこちらに向けている。
「もう一度、お願いできますか?」
……………………はい?
戸惑っている私に向かって、フィニアス殿下は身を乗り出してくる。
さあ、早くやれと言わんばかりの態度だ。
「ルネ」
急かされ、私は深く考えないまま、再度フィニアス殿下の頭に手を伸ばしてゆっくりと撫でた。
先ほどとは違い、フィニアス殿下が顔をこちらに向けて、ジッと見つめられている。
見られていることに緊張して、私の表情が強張る。
何度か頭を撫でて、もう良いかな、と手を離そうとしたけど、彼にあと少しだけ、と言われ止めるタイミングを失ってしまう。
しばらくそうしていたところ、ようやくフィニアス殿下は満足したのか満面の笑みを浮かべながら、ありがとうございます、と口にした。
「すみません、困らせてしまったでしょうか?」
「いえ、てっきり、怒られてしまうかと思っていたので驚きました」
「怒るなどとんでもない。実は、以前アルフォンス殿下の頭を撫でていたのを見て、羨ましいと思っていたのです」
あのとき、やけにジッと見られているなと思っていたけど、そんなことを考えていたの?
唐突な告白に私は目を見開いた。
「羨ましいって……。フィニアス殿下にだって頭を撫でられた経験くらいおありかと」
「ありませんよ。母はとても厳しい人ですから、子供を褒めることなどありませんでしたし。なのでなおさら羨ましかったのです。ありがとうございます」
「お役に立てて、光栄です、と言って良いのでしょうか」
「ええ。もちろんです」
フィニアス殿下は晴れやかな表情をしていたので、本音なのだろう。
何にせよ、怒っているわけではないと知って、私はホッとした。
ホッとしたついでに、私は先ほどのフィニアス殿下の頭を撫でたときの感触を思い出してしまい、一気に顔が熱くなる。
物凄く髪が柔らかかった。細くてサラサラしていた。
ていうか、よく私、フィニアス殿下に触れたよね。
……しまった! もっとよく堪能しておけば良かった! フィニアス殿下に触れられる機会なんてそうそうないだろうし、勿体ないことをしてしまった。
なんて無駄な時間を過ごしてしまったの……。
戸惑っている場合じゃなかったよ。
「ルネ、大丈夫ですか? 頭を撫でて欲しいと聞いて、子供っぽいと呆れてしまいましたか?」
突然黙ってしまった私にフィニアス殿下は心配そうに声をかけてきた。
実際はさっきのことを反芻して顔を赤くさせたり後悔したりしていただけである。
こんな変なことを考えていたなんて、絶対に言えないけど。
「そんなこと思っていませんよ」
「本当ですか? ただでさえ、ルネが大変なときに何もできず、貴女の信用を裏切ってしまったかもと思って不安に思っていたので、さらに評価が悪くなったのではないかと」
「有り得ません! 私はフィニアス殿下を信用していますし、信頼も揺らぐことなどありません。私はフィニアス殿下が守って下さると信じていますから。だからこそ安心して私は無茶ができるんですよ」
フォローのつもりで言った台詞だったのに、フィニアス殿下はサッと顔色を変える。
「また、無茶をしたのですか!?」
「今回はしてません! 食事の毒を分解したり、ちょっと病気を吸収して助けようとしただけです! ちゃんとテュルキス侯爵に伺いを立ててましたし」
必死に言い訳をしたけれど、フィニアス殿下は私の言葉を疑っているようで、大きなため息を吐いた。
「……やはり、貴女から目を離すことはできませんね」
こちらの寿命が縮みます、と言われ、私は気まずくなってフィニアス殿下から視線を逸らした。
その視線の先に置かれていた時計が指し示した時間を見た私は、慌てて立ち上がる。
約束に遅れちゃう!
「ルネ?」
フィニアス殿下に声をかけられた私は、彼に向き直り頭を下げた。
「申し訳ありません。そろそろエレオノーラ様のところへ行かなくてはならないので」
「ああ、もうそんな時間なのですね」
実は、これからエレオノーラ様の滞在するお屋敷に向かうことになっている。
時間に余裕があるから、フィニアス殿下と話をしていたら、出発ギリギリになってしまった。
侯爵令嬢であるエレオノーラ様を待たせることはできないと、私はフィニアス殿下に断りをいれて、クリスティーネ様とジルヴィアさんと一緒に馬車に乗って彼女が滞在している屋敷へと向かった。
引っ越しの準備があるため、15日の更新はお休みします。
次回更新は22日。2話更新予定です。