14・奉納祭
あれから、私を殺し損ねたシャウラは妹と共に逃亡したということになり、ヒルデを始めとする巫女や巫女見習い達は神殿の暮らしに耐えられなかったのかもね、などと話をしていた。
ちなみに、私は命を狙われたという事実は知らないことになっている。
私の殺害に失敗したにも拘わらず、未だに食事には毒を盛られているので、あちらはまだ諦めていないみたい。
おまけに、移動中に立てかけてあった物が倒れてきたり、上から物が降ってきたりするようになってしまった。
これらは、キールが物を投げて軌道を逸らしてくれているので、怪我はしていないのが幸いだ。
収束するどころか悪化している状況に、アデーレさんが脅迫されていたから、私を殺そうとしていたわけじゃないのだと判断した。
だって、シェルマのために泣く泣く実行していたなら、彼女がここからいなくなった時点で犯人の脅迫に屈する理由がなくなったのだから、私を殺そうとしないはず。
恐らくは、自らの意志で私を殺そうとしている。
これはシャウラ達を保護してもらっておいて正解だったかも。
シェルマは病気じゃなくて呪いをかけられていて、私がそれを解いた、などとアデーレさんにバラされていたら、こっちが動いていることがあっちに筒抜けになっていたと思うもの。
とにかく、証拠を握るまではアデーレさんにこっちが動いていることを悟られてはいけない。
なので、毒入りの食事などから密かに戦いつつ、私は、巫女長から奉納祭で踊る舞を教えてもらっていた。
舞なんて踊れないし、むしろ盆踊りくらいしかできないし大丈夫だろうかと最初は不安だったんだけど、巫女長が言っていた通り、本当に舞台上をクルクル回るのみというもので拍子抜けしてしまった。
こんなに簡単でいいのかと思いながらも、一日三回のお祈りと舞の稽古に勤しんでいる内に奉納祭の日がやってくる。
私は、舞の時間はまだかと思いながら、待機部屋をうろつきながら出番を待っていた。
ちなみに部屋には、ジルヴィアさんと久しぶりに会うクリスティーネ様がいる。
クリスティーネ様は会って早々に、大丈夫なの!? と私が怪我をしていないのかを心配してくれた。
おまけに、囮にしていたことに憤ってくれて、テュルキス侯爵に物申してくれたらしい。
自分のために何かをしてくれる人がいるというのは、すごく幸せなことだなぁと、ちょっと嬉しくなってしまう。
そんな彼女は、今も忙しなく部屋をうろついている私をジッと見ていた。
「緊張しているの?」
クリスティーネ様の言葉を聞いた私は、顔を強張らせながら頷いた。
「舞と言っても、クルクル回るだけでしょう? 間違えたところで、今年は動きが違うんのね、とか、聖女だから巫女長の舞とは順序が違うのねとしか思われないわよ」
「練習風景を見ていましたが、ちゃんとお上手でしたよ?」
お二人は、私を安心させるために言ったのだろうが、そう簡単に緊張は解けない。
「……ちょっと、外の空気を吸ってきます」
庭へと出た私は、少し歩いて、その場で大きく深呼吸をする。
緊張はしているけれど、医者を騙った呪術師のことも気になる。
計画の通りであれば、キールがアデーレさんと呪術師を捕獲しているはず。
何も協力することができないことをもどかしく思いながら、私は庭に出てきたクリスティーネ様に声をかけた。
「クリスティーネ様。キールやテュルキス侯爵から連絡はありましたか?」
「いえ、まだよ」
報せがないことに私はガックリしていると、クリスティーネ様は、ただ、と口にした。
「フィニアス殿下がいらっしゃっているのは確認しているわ」
良かったわね、と言いながら、クリスティーネ様は笑っている。
ああ、無事に到着したんだ。良かった。
移動中に襲われるという事態にはならなかったことに私は安心した。
安心したけど、そうなると私の舞をフィニアス殿下が見るってことだよね?
今でさえ緊張しているのに、フィニアス殿下にまで見られるなんて、口から心臓が飛び出してしまいそう。
フィニアス殿下に久しぶりに会えることは嬉しいのに……。
…………いやいやいや、ちょっと待って。
私は、フィニアス殿下と距離を置くためにここに来たのよね。
なのに、フィニアス殿下が来るのを心待ちにしているのは本末転倒じゃない?
と考えて、私は離れても側にいてもフィニアス殿下に対する感情に変わりはなかったということを思い知った。
「……あんまり意味なかったね」
物理的に離れたら、気持ちが冷めることもあるんじゃないかと思っていたけれど、まったくそんなことはなくて、私は自分で自分に呆れてしまう。
今すぐにでもフィニアス殿下の顔が見たいという気持ちを自覚した私は苦笑した。
距離を置けば、フィニアス殿下に対する恋心が薄れると思っていたのに、実際にはその逆であったのだから。
「ルネ?」
「なんでもありません」
心配するようにこっちを見るクリスティーネ様に、私は微笑みを向けた。
「……少し、村の様子を見て回る? 出番はまだでしょうし」
私のぎこちない笑みに気付いていたらしいクリスティーネ様は、気を使ってくれたのかそう言ってくれた。
私も奉納祭がどういうものなのかと気にしていたので、クリスティーネ様の提案はとても魅力的で、考える間もなく頷いていた。
「では、参りましょう。一応、これを被っていてね」
私はクリスティーネ様から差し出されたローブを身に纏う。
フードを深く被った私は護衛を連れ、三人で村の中心へと向かった。
「ずいぶんと楽しそうですね」
かんぱ~い、と言いながら、上機嫌でグラスを軽く当てている村人達。
昼間にも拘らず、彼らはとてもはっちゃけていた。
「一年に一回のお祭りですから。それに今年は、聖女であるルネ様がいらしておりますし、五十年ぶりに王族がいらっしゃるということもあって、感情が高ぶっているのでしょう」
「そういうものなの?」
どれくらい貴重なことなのか理解できなかったが、ジルヴィアさんは力強く頷いた。
村人のテンションの高さに戸惑いながら、私は周囲を見回す。
供物はすでに捧げているので、村人たちは非常にテンションが高い。
「地元の神社のお祭りみたい」
神輿が近所を回った後、会館で酒盛りをする大人衆の姿と似ている。
ここでは神輿などないので最初から会館の中の風景と同じで、私は懐かしい気持ちになった。
酒を飲んで上機嫌になっている村人を見ていると、後方から黄色い声が聞こえてきて私は振り返る。
「あれがフィニアス殿下? お優しそうね」
「一緒にいらっしゃる方はフィニアス殿下の婚約者なの?」
「お綺麗な方ね。さすが貴族様」
村人の女性たちの声を聞きながら、私は茫然としてしまう。
確かにそこにはフィニアス殿下がいた。
けれど、彼の傍らには穏やかな笑みを浮かべたエレオノーラ様も一緒だったのだ。
仲睦まじげな二人の姿を見て、私はショックを受ける。
「……どうして、エレオノーラ様が」
「奉納祭がどういうものか気になったようで、お父上に頼んでいらしたみたいね」
しまったなぁという表情を浮かべたクリスティーネ様は、言いにくそうに説明してくれた。
私は、フィニアス殿下に保護されている身だ。
彼が誰と一緒にいようとも、文句を言う権利はない。
それに、来ると分かっているなら事前に教えて欲しいとクリスティーネ様に言う権利もない。
私はただの保護されている異世界人でしかないんだから、と自分に言い聞かせた。
「…………そうですか」
「見て回らなくていいの?」
「舞の時間が近いので、練習したくて」
もっともらしい理由を言った私は、すぐに待機部屋へと戻った。
だってこれ以上二人の姿を見たくなかったんだもの。
……どう足掻いても私がフィニアス殿下とどうこうなることはできない。
分かっている。理解している。期待なんてしていない。
なのに、すごく胸が痛いの。
私以外の女性に笑いかけているフィニアス殿下を見るのが辛い。
私の立場ではどうすることもできないことだと分かっているのに……。
「折角、フィニアス殿下がいらしたのに、挨拶しなくてよかったの?」
「……今は、舞のことに集中したいので」
大嘘だ。
本当は今すぐにでも挨拶したい。彼にルネ、と呼びかけて貰いたい。
これまでのことを話したい。
でも、彼の側にはエレオノーラ様がいる。
「そう」
クリスティーネ様は、私の気持ちを汲んでくれたのか、それ以上フィニアス殿下の話を振ってくることはなかった。
しばらくすると巫女長が部屋にやってきて、私の舞の時間だと教えてくれた。
「多少失敗しても、巫女長以外は分からないから大丈夫よ。重要なのはクレアーレ様に対するお気持ちだけ」
「ええ」
私は、色々なモヤモヤを押し込めて自然に見えるように微笑むと、巫女長と共に舞台へと向かう。
楽器を演奏する人達の横を通り過ぎ、一段高くなった舞台へと足を踏み入れた。
演奏が始まり、私は緊張する中、動き始める。
「あれが、王都からいらした聖女様?」
「お優しそうな方ね」
「舞も優雅だこと。クレアーレ様のお気に入りだと聞いたけど、納得だわ」
否定的な言葉が耳に入って来なかったから、上手くいっているんだと思う。思いたい。
なるべく笑顔を心掛けて、ひたすら無心で私は踊り終えた。
その瞬間に、私はこっちを見ているフィニアス殿下と目が合ってしまい、気まずさもあり、その場で一礼して彼の視線から逃げるように待機部屋へと戻った。
「クリスティーネ様。私、ちゃんと出来てましたか!?」
私が部屋の扉を勢いよく開けると、ちょうどクリスティーネ様と黒装束の人が話している最中であった。
取り込み中だったかな? と私はそっと部屋を出て行こうとすると、彼女から止められる。
「ああ、大丈夫よ。彼女は報告にきただけ。それにルネにも関係のある話だから」
私にも? と疑問に思っていると、テュルキス侯爵家の密偵の女性が説明してくれた。
「屋敷でこれからのことを話すそうで、聖女様にも同席して頂きたいと主は仰っていました。屋敷までは私が皆様の護衛を仰せつかっております。どうぞこちらへ」
「神殿に戻らなくていいのでしょうか?」
「巫女長からは許可を得ているそうです」
許可が出ているのなら、大丈夫だよね。
私達は用意されていた馬車に乗り、屋敷へと向かった。
屋敷は、神殿にお祈りにくる王族の滞在用とだけあって、かなり大きい。
「申し訳ありませんが、フィニアス殿下がまだ到着されていないそうですので、応接間にてお待ち下さい」
「分かりました」
応接間へと案内された私は使用人が用意してくれたお茶を飲みながら、部屋を見回した。
さすが王族が滞在する屋敷。家具とか飾ってある絵とかが豪華である。
高価な物に囲まれ、落ち着かない私が窓の外へ視線を向けると、庭の奥にある小屋に向かって急ぎ足で歩いているシャウラの姿を見つけた。
「あの、庭を散策しても?」
シャウラと話をしたかった私は、部屋にいた使用人の女性に声をかけて、庭に出る許可を貰った。
私は急いでシャウラの後を追うと、心配したのか後ろからジルヴィアさんとクリスティーネ様が追いかけてくる。
「どうなさったのですか?」
「シャウラの姿を見かけて、少し話をしたかったの」
「なら、そこまで急ぐ必要はないでしょう? それにそちらは屋敷の納屋しかないから、ルネの見間違いだったのではなくて?」
「いえ、あれは確かにシャウラでした」
見間違うはずがない。
それに、シェルマが元気になったのかも気になる。
「それでも、そちらの方に行かない方がいいわ」
「……ごめんなさい」
少し強めに止められ、まあ、後でも話せるしいいか、と私はその場から離れようとしたところ、小屋の中からガタッという音が聞こえてきて足を止める。
シャウラは小屋の方へ歩いて行っていたし、もしかしたら中にいるのかもしれない。
私はクリスティーネ様の止める声を振り切って、小屋へと近づき、入り口のドアをノックした。
しばらくしてから扉が開き、中からシャウラが顔を覗かせる。
彼女は私の顔を見て、とても驚いていた。
「部屋から、こっちに歩いて行くシャウラの姿が見えて、シェルマは元気になったのか気になって話をしたかったの」
「あ、はい。体力は落ちていますが食欲もありますし、大分良くなりました」
それは良かった。食事がとれているのなら、安心だね。
「でも、こんなところで何をしているの?」
私はシャウラに向けていた視線を小屋の中へと移動させると、とんでもない光景がそこにあった。
「……え? フィニアス殿下?」
「お久しぶりですね。元気そうで何よりです。奉納祭でルネの舞を見ていましたが、神秘的な衣装を身に纏った貴女の舞は本当に素晴らしかったです。綺麗でしたよ」
「ありがとう、ございます」
私に向かっていつもと同じような笑みを浮かべているフィニアス殿下。
まだ到着していなかったんじゃ? と戸惑っていたが、それよりも目の前の光景の方が気になる。
「あの、フィニアス殿下。そちらの方は?」
私の視線の先。そこには椅子に縛り付けられている見知らぬ男性がいた。
目を大きく見開き、ガタガタと震えている。
彼の頭上には大きな岩が浮かんでいて、首筋にはフィニアス殿下の剣が突きつけられており、真正面にいるキールはナイフの刃の側面で彼の頬をペチペチしている。
おまけに、剣を抜いて今にも斬りかかろうとしているテュルキス侯爵もいる。
「貴女を殺せと命じていた男です。今、彼からお話を聞いていたところなんですよ」
「穏便にな」
「それのどこが穏便なんですか!?」
思いっきり脅しているじゃないですか!
過剰すぎて、その人が可哀想になってくるレベルですよ!
「彼がちゃんと聞かれたことに答えてくれれば、穏便に終わります」
それ、答えなかったら穏便に終わらないやつですよね。
うわぁ……と思いながらガタガタと震えている男を見ていると、なぜか興奮した様子のシャウラが口を開く。
「私があの男から密書と指輪をこっそり盗んだんですよ!」
「俺の見立て通り、そいつにはスリの才能がある」
「昔取った杵柄ですが、聖女様のお役に立てて光栄です」
ちょっと待って、キール。
未成年に何をさせてるのよ!
私が文句を言おうとしたところ、椅子に縛り付けられている男が先に喋り始めたことで、皆の意識がそちらへと向いてしまう。
すると、うー! うー! という声と何かが動く音が聞こえ、私が音のした方を見ると、そこには手と足を縛られ、喋れないように猿轡をかまされ、床に転がされているアデーレがいたのである。
ていうか、彼女も捕まえていたの!?
驚く私に構わず、フィニアス殿下は男に説明をするようにと命じている。
男が喋ろうとするとアデーレが暴れ始めるが、手も足も口も塞がれている彼女に為す術はない。
早く言えとテュルキス侯爵に急かされ、男は口を開いた。
「ツ、ツィンク伯爵から、命令されたんだ」
「……確か、ルネを神殿に向かわせるよう陛下に進言した貴族ですね」
「あの方は奥方から、友人でもある、貴族のご婦人から、その方の娘をフィニアス殿下に嫁がせるために、聖女が邪魔だから殺すようにとお願いされたんだ。そのお願いを叶えるために殺そうとしていた。俺は神殿内の協力者との橋渡し役をしていただけで、俺が聖女を殺せと命じていたわけじゃない!」
実行犯ではない、と必死に男は言っているが、剣を突きつけているフィニアス殿下の表情は全く変わらない。
「そうですか。あと、神殿内の協力者はアデーレだけなのでしょうか?」
「ああ。あいつはツィンク伯爵の愛人だからな。聖女の暗殺が上手くいけばツィンク伯爵の妻になれると言ったら、喜んで協力してくれたよ」
全てばらされたことで諦めたのか、それまで暴れていたアデーレさんが静かになった。
「他に協力者は?」
「知らない……。尤も、あいつが聖女を殺せと命じてた巫女や巫女見習いはいただろうが、誰かまでは知らない」
「そんな」
事実を知ったシャウラは明らかにショックを受けていた。
尊敬していたアデーレに騙されていたのだもの。
「ア、アデーレ様は、母を亡くして盗みをしながら生きていた私達姉妹を拾って、神殿に迎え入れて下さったのです。とてもじゃないですが、信じられません」
そう呟いたシャウラは、床に転がっているアデーレさんに視線を向けた。
締め方が緩かったのか自力で解いたのか、アデーレさんの猿轡が外れており、彼女は凄まじい表情でシャウラを睨み付ける。
「お前が聖女にバラしたのか、この裏切り者! お前が裏切ったせいで、私は伯爵の妻になり損ねたじゃないか! 誰がお前を拾ってやったと思ってるんだ! 恩を仇で返しやがって、恥を知れ!」
裏切り者の辺りで、私は慌ててシャウラの耳を塞いだ。
愛人だった伯爵の妻になりたいという一方的で自分勝手な理由で命を狙われていた私は、その言い分にとんでもなく腹が立った。
「恥を知るのは貴女よ! そんな勝手な理由で人の命を狙っておいて、神に仕える巫女としてあるまじき行為じゃない! それにシャウラは、妹を助けるために私に助けを求めてきただけよ! 弱みにつけ込んで脅迫して言うことを聞かせようとする貴女の行いこそどうなのよ!」
以前のアデーレさんがどういう人なのか知らないけれど、恋に狂っただけだとしても私は彼女の行いを許すつもりはない。
自らは手を汚さないというのは卑怯だ。
鋭い目でこちらを睨み付けているアデーレさんの目から私は視線を外さない。
耳を塞がれていたシャウラは、私の手を掴むと、もういいです、とハッキリと口にした。
「アデーレ様。私と妹を救って頂いたこと、今でも感謝しております。ですが、どうしても貴女の願いを叶えて差し上げることはできませんでした。妹に呪術を使ったこと、それによって私を脅したことは、もう忘れます。お役に立てなくて本当にごめんなさい」
シャウラはその場で一礼し、後ろへと下がった。
私がアデーレと話していた一方で、フィニアス殿下達は別の話を進めていた。
「確か、ツィンク伯爵は中立派でしたね」
「叩けば埃が出てくるかとは思いますが、時間がありません。聖女殺しの件だけでは弱いですし」
「私としては、彼を排除したいと思っているのですがね」
「フィニアス殿下、私情を挟むのはお止め下さい」
テュルキス侯爵の注意にフィニアス殿下は苦笑いを返した。
どうやらあちらは行き詰まっているようである。
ウンウン唸っているのを見ていたところ、小屋の扉をノックする音が響いた。
テオバルトさんが扉を開けると、彼は、どうして貴女様がここへ? と驚いたように声を上げる。
気になって振り返ってみると、扉の向こうにはエレオノーラ様が穏やかな笑みを浮かべながら立っていた。
私と目が合うと、彼女はさらに笑みを深くして軽く頭を下げ、小屋の中へと入ってきた。
「……これはエレオノーラ嬢。このような場所に何用ですかな」
「うちの手の者から、皆様がツィンク伯爵家の呪術師を捕まえた、との報せが入りまして、参りましたの。私は父から、本当にツィンク伯爵が今回の件の犯人であった場合、証拠を提供せよと命じられておりましたので。先ほど、王都にいる父から証拠が届きましたので、お渡ししようと思いまして」
ゆったりと優雅に歩きながら、エレオノーラ様は持っていた手紙をテュルキス侯爵へ差し出した。
剣を収めたテュルキス侯爵が差し出された手紙を受け取り、中身を確認するとニヤリと笑う。
「感謝する。だが、よろしいのかな? ツィンク伯爵夫人とご令嬢はシュタール侯爵夫人と貴女のご友人だったはずだが」
「あら、私は彼女を友人だと思ったことは一度もございません。母と親しくしていたので幼い頃から顔を合わせていただけですもの」
ですから、どうぞお好きに、とエレオノーラ様は淡々と口にした。
「しかし、なぜシュタール侯爵が?」
「個人的にツィンク伯爵の動きに不審な点があると気付いた父が密かに調べておりましたところ、彼が聖女様を殺害しようとしていることを突き止めたのです。私の母とツィンク伯爵夫人は友人関係にあり、おまけに王城内では私がフィニアス殿下の婚約者になるのではないかという噂が広まっておりました。時期的に無関係のシュタール侯爵家が関与しているのではないかと思われては困るので、こうして証拠を持って参りました。ギリギリになってしまい、申し訳ありません」
凜としたエレオノーラ様の態度から、それが真実だと私は思った。
「それと、それらの証拠を提供したのがシュタール侯爵家であると公表して頂いても構いません。シュタール侯爵家は未来永劫、国に忠誠を誓っております。国に害をなす者は誰であっても許しません」
力強い眼差しであった。
最初に見たときは、エレオノーラ様を華奢で儚げな容姿で思わず守ってあげたくなるような女性だと思っていたけれど、今の彼女の姿は真逆である。
もしかしたら、こちらが彼女の本当の姿なのかもしれない。
「勿論、儂らはシュタール侯爵を疑ってなどいない。こちらの証拠はありがたく使わせて頂く」
「お役に立ててようございました。では、私はこれにて失礼致します。……それと聖女様」
突然、エレオノーラ様に声をかけられ、私は慌てて返事をする。
「一度、ゆっくりとお話がしたいと思っておりますの。ですから、私の滞在する屋敷の方へ顔を出して下さると嬉しいです」
「は、はい」
では、と言って優雅にエレオノーラ様は小屋から出て行った。
話ってなんだろう。もしかしてフィニアス殿下から離れろとかそういう話なのかな?
何を言われるのか分からずに私がビクビクしている間に、フィニアス殿下達は今後のことを話し終えたようだった。
椅子に縛り付けられている男とアデーレさんをそのままに、数名の見張りを残して私達は屋敷へと戻る。
部屋へと入り、フィニアス殿下から言われたことによると、私はしばらくこの屋敷に滞在することになるらしい。
数日中に全てを終わらせますからね、と笑っていたけれど、どことなく目は笑っていなかったような気がしたのは私の気のせいかな?