13・襲撃者の正体
キールに押さえつけられ、痛みに顔を歪めていたのは巫女見習いのシャウラだった。
「なんで……大人しくて人に強く出られない貴女が、どうしてこんなことを」
私の言葉に、キールは鼻で笑った。
「大人しくて強く出られない? こいつのどこがだよ。少なくとも全うに生きてきた人間じゃねぇだろ。素人にしては足音を消すのが上手すぎる」
「え?」
「……離して!」
キールの言っていたことが本当だったのか、途端にシャウラが暴れ出す。
だが、いくら暴れたところで彼の下から逃れることはできなかった。
「殺しに関しちゃ、ど素人だったがな。生活に困っていたとか言っていたし、盗みやスリ程度しかしたことがねぇんだろうが」
「……私は! 聖女様を殺しにきたわけじゃない!」
「ナイフを持って部屋に来た時点で、その言い訳は通用しねぇよ」
「本当に違う! 聖女様に妹を助けてもらいたかったから来ただけよ! 妹が助かれば、あの人も手を汚さずに済むから、だから、私がこの役をやるって言ったの!」
「どういうことなの?」
「おい、耳を貸すな」
キールから注意されるけれど、何か事情がありそうだし、気になる。
「シャウラの話を聞いた後で判断しても遅くはないと思うの。それに、キールが捕まえている時点でどうしようもないと思うし」
「…………勝手にしろ」
私の意志が変わらないと知って諦めたのか、キールは盛大なため息を吐いた。
ごめんね、と口にした後で、私は視線をシャウラへと向ける。
「詳しい話を聞かせてくれる? さっきのシャウラの話だと、妹さんが大変なことになっているみたいだけど」
事情が何も分からない私はシャウラに話しかけると、彼女は苦しげな表情を浮かべて口を開いた。
「……実は、妹が十日前にモルヴォラ病になってしまったんです」
モルヴォラ病?
覚えのない言葉に私はキールを見ると、彼は渋々ながら説明してくれた。
それによるとモルヴォラ病というのは、突然高熱が出て次第に衰弱していき死に至る病気とのこと。
薬を飲めば治るが、かなり高価で平民では手が出せないとも。
いくらくらいかは想像がつかないけれど、シャウラが必死なのを見ると、そうとう高価なのだろう。
「話は分かったけど、それでどうしてここに来たの? 私にお金を貸して欲しかったとか? そのお金で薬を買おうとしていたの?」
「違います! 薬自体はあの人がお医者さんに頼んでお薬を分けて貰っていたんです。だけど突然、お医者さんから薬を分ける代わりに聖女様を殺せと命じられたとあの人が言ってて。あの人には恩があるし、聖女様は分解属性を持っているから妹を助けられるかもしれないと思って、私がやるって言って、ここに来たんです」
分解属性を持っているから? つまり、病気を分解して欲しくて来たってこと?
彼女が言っていることを信じるなら、そのお医者さんが私の命を狙っていたってことになるけど、どうしてその人は突然そんなことを言い出したんだろう。
それに、さっきからシャウラが言っている"あの人"って誰?
その人が私を殺せと命じられていたのなら、私の食事に毒を入れるように命じていた人と同一人物ってこと?。
ウンウンと悩んでいると、私を見ていたシャウラが焦ったような声を出した。
「でも、やるといっても、私は聖女様を殺しにきたわけじゃありません。聖女様と話がしたくて来たんです。本当です! 昼間はヒルデがいるから話せなかったので、今しかないと思ったんです! 信じて下さい!」
シャウラの話を疑っていると思ったのか、彼女は必死に私を殺しに来た訳じゃないと訴えている。
彼女の話を全て信じている訳じゃない。だって、ナイフを持って部屋に来たのは事実だもの。
でも、昼間はヒルデのせいで話をすることができなかったのも事実だ。
今の話が本当かどうかを確認するためにも、私は彼女の妹に会ってみたい。
どのみち、ここで悩んでいたって答えは出ない。なら、実際に見て真実を確かめたい。
「その話が本当なら、協力したいとは思う」
「おい!」
私は止めるキールを視線で制した。大丈夫だよ。さすがに無条件で彼女の要求をのむことはしない。
誰が主体となって動いていたのかを知りたかった私は、条件を口にした。
「だたし、貴女が言っていた"あの人"が誰なのかを教えて欲しいの」
「……それは……」
聖女を殺せと命じていたから、きっとシャウラのいう"あの人"が捕まって罰を受けると思っているのか、彼女は口籠もった。
私の出した条件を聞いたキールはホッとしたように息を吐く。
私の命だけならともかく、フィニアス殿下が狙われているかもしれないんだから、気軽に引き受けないよ。
「言わないんだったら、協力はしない」
ハッキリと言うと、シャウラはしばらく考え込んでいるようだった。
「本当はやりたくなかったんでしょう? でも、こっちもただで協力することはできないよ。だって、命を狙われていたわけだしね。それに犯人の狙いがまだ分からないし。その話が本当なのか確かめたいから」
「口から出任せに決まってんだろ」
「キール」
情報が得られるかもしれないんだから、言いたくなくなるようなことを言わないで欲しい。
キールは軽く舌打ちすると、それ以上は何も口にしないでくれた。
そのまま、私はシャウラへと視線を戻した。
「今回の件だけど、フィニアス殿下の命を狙っている可能性もあるし。私は彼を危険な目に遭わせたくない。貴方だって、妹さんとその人を助けたいんでしょう? 私だったら助けられるかもしれないんでしょう? 言いにくいかもしれないけれど、教えて欲しいの。お願い」
必死に頼み込むとシャウラは諦めたのか、息を吐いて私を見てきた。
そして、ゆっくりと彼女の口が動く。
「……巫女長補佐のアデーレ様です」
言われた言葉に、私は脳内でアデーレさんが誰かを思い返していた。
……確かアデーレさんって、初日に巫女長から紹介された人だったはず。
信じるべきか悩むけれど、苦し紛れにシャウラがでたらめを言っているようには思えない。
何より、シャウラの目は真っ直ぐにこちらに向いている。
嘘を言っているようには見えなかった。
「本当にアデーレさんなのね?」
確認のために尋ねると、シャウラはしっかりと頷いた。
信じてもいい情報かどうか分からず、私はキールを見ると彼はシャウラに視線を向けたまま口を開いた。
「こいつが嘘を言っているようには見えない。それに、巫女長補佐は前伯爵の屋敷に出入りしていたみたいだしな。疑わしいところがあるのは確かだ」
ということは、私を殺そうとしていたのはアデーレさんということ?
私は今すぐにでも、アデーレさんを尋問したい気持ちでいっぱいになる。だけど、それよりも前にやることがある。彼女のことはテュルキス侯爵に任せてよう。今はこっちが優先だ。
それに、ちゃんとシャウラは答えてくれたんだから、こっちも約束を守らないと。
でも、分解と吸収で病人をなんとかすることができるのかな?
…………分解、吸収。……吸収?
そうだ!
「ねぇ、キール。モルヴォラ病は感染病だったりする?」
「いや、感染はしない」
質問の意図が分からないのかキールは怪訝そうな顔をしている。
私はふむふむと頷きながら、さらに質問を続けた。
「薬を飲めば完治する?」
「ああ、そう聞いてる」
「薬はすぐに作れる?」
「……おい、まさか」
ようやく私が何をするつもりなのかに気付き、彼は顔色を変える。
だって、病気を分解するって難しそうなんだもん。だったら吸収した方が早いじゃない?
「半能力半魔法属性っていうのは、人が作ったものに作用するもんなんだ。病気は吸収できねぇと思うぞ」
「でも、やってみなくちゃ分からないでしょ? それに、聖女がモルヴォラ病になったら、絶対に薬は手に入ると思うの。ちゃんとテュルキス侯爵にも後で相談してみるし」
「あのなぁ」
呆れたようなキールに私は苦笑を返す。
すると、私達の会話を不思議そうに眺めていたシャウラが声を上げた。
「……助けてくれるの?」
「うん。だって、貴女はちゃんと"あの人"のことを教えてくれたからね。妹さんを助けられるかどうか分からないけど、やってみる」
微笑みかけると、シャウラは安心したのか大粒の涙を流し始める。
泣き始めたシャウラを見てキールは気まずそうに視線を逸らした。
「とにかく、すぐにテュルキス侯爵と連絡が取りたいんだけど」
ここでキールに出て行かれると、私とシャウラが残されることになる。
さすがにさっきのことを考えると、私と二人っきりにするのはまずいと思う。
誰かいないかな、と思っていると、暗闇から黒服に身を包んだ女性と思しき人があらわれた。
突然の登場に驚いていると、キールがテュルキス侯爵の手の者だと教えてくれた。
そういえば、密偵を忍ばせてるってクレアーレ様が言ってたっけ。
キールは黒服の女性に今の会話をテュルキス侯爵へと伝えるよう頼むと、彼女は頷き再び闇へと消えていく。
「本当にテュルキス侯爵は、ああいう人達を雇っているんだね」
「あの爺さんの立ち位置を考えたら、雇っていても不思議じゃねぇよ」
「あ、そっか。テュルキス侯爵は、王家を憎んでいるとか言われていたもんね。敵の情報を得るために雇っていても不思議じゃないよね」
「そういうことだ」
という会話をキールとしている間に、先ほどの黒服の女性が帰ってきた。
意外と早い! と驚いている私と違って、キールはやけに冷静である。
彼は黒服の女性から報告を受けると、嫌そうに表情を歪ませた。
「てことは、テュルキス侯爵は賛成ってことか」
「ええ。できれば今日の内にやってほしいとのことです」
え? 今日!? と、戸惑っている間に話はどんどん進んでいき、後ろ手に縄で縛られたシャウラを引き連れて、彼女の部屋へと向かうことになった。
足音を立てないように静かに歩きながら、私達はシャウラの部屋へと到着する。
部屋に入ると、二つあるベッドの片方に寝ている女の子がいた。
息が荒く、かなり衰弱しているように見える。
「シャウラ、あの子が」
「妹のシェルマです」
苦しそうな様子のシェルマを早く治してあげたいと思い、私は彼女に近づいていくと、黒服の女性に止められた。
「ルネ様、お待ちを。もうじき、こちらの部屋にヨアヒム様とテオバルト様がいらっしゃいますので」
「え? テュルキス侯爵とテオバルトさんがいらっしゃるんですか?」
「その様に伺っております。それと、クレアーレ様にお二人がこちらに入る許可をとって頂きたいのですが?」
「許可って、どうやって? ここからクレアーレ様の部屋まで行くの?」
ここからだと遠いんじゃないかと考えていると、脳内に『よいぞ、許可する』というクレアーレ様の声が響いた。
「……クレアーレ様?」
『なんじゃ』
「……脳内に直接語りかけてこられる経験をしたのは初めてです」
『そうか。それは貴重な経験をしたのう』
愉快そうに笑っているクレアーレ様の声が脳内に響く中、私は黒服の女性に話しかけられた。
「ルネ様。クレアーレ様とお話をされているのですか?」
「あ、はい。神殿内に入る許可を貰いましたので大丈夫です」
「では、お二人を迎えに行って参りますので」
そう言って黒服の女性は窓から出て行き、少ししてテュルキス侯爵とテオバルトさんが窓から入ってきた。
まさかの窓からの入室。完璧に不審者である。
というか、テュルキス侯爵は年齢を考えて下さい。
「儂はまだ若い」
心を読まれたようで、テュルキス侯爵にジトッとした目で見られてしまう。
あと、電車内で若者に席を譲られたときの頑固老人みたいな返しをしないで下さい。
「……そう思っているのは本人だけだと思います」
テュルキス侯爵の背後から、コラッと私を叱るテオバルトさんの声が聞こえた。
知らぬ内に声に出していたと知り、慌てて私は口を手で塞ぐ。
「もう遅いわ」
まったく、と言いながら、テュルキス侯爵はベッドに寝ているシェルマの顔を覗き込んだ。
「この娘がモルヴォラ病の?」
「だそうだ」
「ふむ。確かに症状は同じだな。で、そこにおるのが姉か」
話を振られたシャウラは「シャウラと申します」と言って、恐る恐るというように頭を下げた。
「いくつか聞きたいのだが、お主は妹に薬を飲ませたのだな?」
「はい」
「結果、症状に変化があったと」
「熱は多少下がりましたし、会話ができるくらいには回復してました」
「薬を飲ませたのは一度だけか?」
「いえ、何回か。良くなっても、次の日にはこの状態になるので」
「そうか……ルネ」
手招きされ、私はテュルキス侯爵の許へと向かった。
「お主はシャウラを助けたいと思うておるか?」
「思ってます。シェルマも助けたいと思ってます」
「敵だとは思っておらんのか? お主の命を狙っておったのだぞ」
「事情が事情ですから。それに、これだけ苦しんでいる姿を見ていたら、何をしても助けたいと思うのは無理はないかと」
私の話を聞いたテュルキス侯爵は、なるほど、と呟く。
何の確認をしたかったのか分からず、私は首を傾げた。
「であれば、シェルマの額に手を当てて、病を吸収せよ」
「はあ」
この前振りは必要だったのかと思いつつも、私はシェルマの額へと手を伸ばした。
中指がシェルマの額に触れた瞬間、指にバチッという衝撃がきて、私は驚いて手を引っ込める。
「った! え!? なんで?」
なんで今、無意識で魔法が発動したの!?
自分の手を見つめていた私が視線をシェルマへと移動させると、ゆっくりと目を開けた彼女と目が合った。
衰弱しているのは変わらないけれど、明らかに息が落ち着いている。
え~と、これは上手くいったということかな?
その割りに私の体調に何の変化もみられないけど。
「予想通りでしたね」
「話を聞いたときから怪しいとは思うておったがな」
テュルキス侯爵とテオバルトさんの聞き流せない会話が聞こえ、私は振り返った。
「どういうことですか?」
「簡潔に言うと、その娘は病気などではない。おそらくこれは呪術だ。症状が軽くなったのは、術者が一旦呪術を解いたからではないか? そして、また呪術を施したというところか……。酷いことをするものだ」
「呪術!?」
「モルヴォラ病は薬を一度飲めば治る。何度も飲む必要などないのだ」
「そんな……」
病ではなく呪術と聞いて、シャウラは唖然としている。
「話を聞いて、呪術の可能性が高いと判断したから、ルネをシェルマに会わせたのだ。呪術であれば対処は可能だからな」
「病の場合でも可能なんじゃないですか?」
「いや、半能力半魔法属性というのは、人が作ったものに対して効果があるものなのだ。病だった場合は、どうすることもできん。」
私から視線を外したテュルキス侯爵はシャウラに近寄って行く。
「さて、お主の妹の命は助けてやった。知っている情報を出しなさい」
「し、知っている情報、ですか? ですが情報と言われましても……」
「何を言えば良いのか分からんようだな……では、こちらから聞くとしよう。お主は医者の顔を見ておるか?」
「それが……こっそり診てもらったので、ずっとフードを被っていて顔は見ていないんです」
申し訳ありません、とシャウラは頭を下げた。
「医者を探し出して事情を聞こうと思うたが、顔を見ておらんのならば難しいかもしれんな。だが、アデーレと医者を騙っていた呪術師が会っているという証拠が欲しい」
「そういえば、再来週辺りに村で奉納祭があるようです。巫女長と補佐のアデーレが向かうことになっているとのこと。報告のために会う可能性がありますね」
「ならば、アデーレに人をつけておこう」
今後のことを離している二人に向かって、キールは呆れたような視線を向けた。
「よくコイツがいる前で話せるな。アデーレにバラしたらどうすんだよ」
「だから、今から二人を屋敷に連れて行く。解決するまでは保護させてもらう。名目は、聖女の命を狙ったものの、失敗に終わったので妹を連れて逃げ出した、とでもしておけばよかろう」
テュルキス侯爵の言葉にシャウラは目を大きく見開いた。
「なんだ、その反応は。まさか、無事に解放されると思うておったのか?」
「……いえ」
その通りだったのか、シャウラは力なく答えた。
テュルキス侯爵は彼女を一瞥した後、黒服の女性に向かって屋敷に彼女達を連れて行くように命じる。
静かに頷いた黒服の女性によって、シャウラとシェルマは窓から出て行ってしまった。
二人を見送った後で、テュルキス侯爵が口を開く。
「それと、巫女長の方から聖女を奉納祭に出席させて奉納の舞をさせたいという連絡があった。キールと他の者も護衛につけるから心配はしておらんが、気を付けるように」
「やっぱり舞はやらされるんですね」
「クレアーレ様に気に入られた聖女をこちらの者が隠しておくわけがなかろう」
仰る通りで。
「その頃には、フィニアス殿下がお見えになるかもしれん。もう少し頑張りなさい」
「え!? フィニアス殿下がですか!? 命が狙われているかもしれないのに、こちらにいらして大丈夫なのですか?」
私を餌に呼び寄せる可能性があるのなら、フィニアス殿下が危険なのでは? と思ったのだが、こちらを見ていたテュルキス侯爵は、問題ないと呟いた。
「お主の命が危険だといって、お一人で駆けつけるフィニアス殿下を真犯人が狙っている可能性があったが、予定通りいらっしゃるのであれば、騎士団の連中が護衛に付いているので相手も手が出せんだろう」
ああ、元々こっちに来る予定だったものね。お一人ならともかく、騎士達が護衛に付くなら大丈夫かな。
ホッとした私は、久しぶりにフィニアス殿下に会えるかもしれないということに、表情が緩んでしまう。
そんな私を見たテュルキス侯爵は、まったく……と呆れたような声を出した。
「キール。襲撃に使われたナイフを持っておるか?」
「あるぜ」
キールは手に持ったナイフをヒラヒラとさせてテュルキス侯爵に見せた。
「ルネ。刃の部分を分解して柄だけにしなさい」
「どういうことですか?」
「お主の殺害が失敗した理由を作るのだ。刃を突き立てようとしたが、無意識に魔法を使われてしまい、殺せなかった、とな。それをこの部屋に残して終わりとなる。ほれ、さっさとやらんか」
キールからナイフを差し出され、私は気が進まない中、刃の部分だけを分解した。