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12・巫女長の訪問と襲撃?

 私がクレアーレ様に気に入られ、会うことができた、という話は、翌朝には神殿中の巫女達の間に出回っていた。

 昨夜、戻ってきたキールから噂を流すということと犯人をおびき寄せる餌にすることを聞かされていたが、噂が出回る早さに私は驚く。

 話を聞いたときは、囮となることに恐怖を感じていたけれど、犯人の目的が私かフィニアス殿下か分からない以上は、早く解決するためにも仕方のないことなのだと、自分に言い聞かせて恐怖に耐えた。


 さて、今日も元気に囮になりますか、と気合いを入れて、着替えを済ませた後で、寝室から出ると興奮した様子の巫女長が部屋に飛び込んできた。


「こんなに早くクレアーレ様のお姿を拝見できるとは、さすがは聖女様です!」


 いつものような落ち着きはなく、巫女長は頬を紅潮させている。

 目には私に対する尊敬の念みたいなものが浮かんでいた。


「聖女様、クレアーレ様にお変わりはありませんでしたか? お元気そうでしたか? 何か仰っておりましたか?」


 迫ってきた巫女長に、私は上体を反らしながら頷いた。


「以前がどのような感じだったのか、存じ上げないのですが、少なくとも私の目にはお元気そうに見えました。それと、王家の方に対して怒りの感情はないとも仰ってました」

「そうですか。それを聞いて安心しました。私は、もうクレアーレ様にお会いすることはできませんから、王家の皆様が訪れず、クレアーレ様のあの麗しいお顔が陰っておいでなのではないかと心配していたのです」


 安堵の笑みを浮かべる巫女長だけど、私は彼女の言葉に驚きを隠せなかった。

 今、巫女長はもう会えないって言わなかった?

  

「あの、巫女長もクレアーレ様にお会いしたことがあるのですか?」

「ええ。初めてクレアーレ様を拝見したのは、十年前でした。あまりの神々しさに感動し涙を流したものです。……ですが、クレアーレ様は数年前から私の前にお姿を見せてくれなくなったのです」


 途端に巫女長は表情を曇らせる。


「それは、どうして」

「私がクレアーレ様の愛を裏切ったからです。他の巫女の前には、お顔を見せていらっしゃるので、私に対して失望したのでしょうね」

「え~と、謝罪すればなんとかなるのでは?」


 表情を曇らせたまま、巫女長は力なく首を横に振る。


「私はもう、クレアーレ様だけを愛することはできぬ身です。それに、こうして巫女長を続けることを許して下さっているだけで十分です」


 悲しげに微笑んでいるけれど、クレアーレ様の愛を裏切って、あの方だけを愛することができぬ身ってことは他に好きな人ができたってことなのかな?

 そういえばクレアーレ様が言っていた、あの言葉。


『……前に妾が気に入った娘が愚かな男に夢中になり、人の道を外れた。妾は失望し、その娘の前に姿を見せぬようになった。男は、自分の望みを叶えるために娘にある願いをして、娘もそれを受け入れた』


 あれって、巫女長のことなんじゃないの?

 だったら、私の食事に毒を盛ったりして殺そうとしているのは巫女長?

 思えば最初から神殿で過ごさせるように言っていたし。

 私は疑いの目を巫女長へと向ける。

 彼女は、私がクレアーレ様と会えたこと、王家の人に対する怒りがないことを我がことのように喜んでいるように見えた。

 とてもじゃないが、私を殺そうとしている人の態度とは思えない。

 でも、条件に当てはまるのは巫女長だし、と悩んでいると、ホッとした様子の彼女が口を開いた。


「これなら再来週の奉納祭の舞は聖女様にお願いできそうですね」

「奉納祭ですか?」


 耳慣れない言葉に問いかけると、巫女長は、まだ申し上げておりませんでしたか? と言って説明してくれた。


「毎年、付近の村から収穫した作物をクレアーレ様に奉納するのです。奉納の舞として、そのときの巫女長が行っていたのですが、今年は聖女様がいらっしゃいますから。それにクレアーレ様に気に入られたみたいですし、お喜びになると思います」

「……それって再来週に行われるんですよね? これから舞の稽古をしなければならないのですよね? 覚えられないと思うのですが」


 ど素人の私には無理だよ! と巫女長に主張してみたけれど、彼女の表情は全く変わらない。


「問題はありません。舞と申しましても、手首に細長い布を巻いて舞台の上でクルクル回るだけの簡単なものですから。方向は決まっておりますが、覚えるのはそれだけです」


 大丈夫、大丈夫と巫女長は言っている。

 でも、やっぱり不安だ。できることなら断りたい。


「私に務まるか不安です。今までは巫女長が行っていたのであれば、慣例通り今年も巫女長が行った方がよろしいのではないでしょうか?」

「あ、いえ。昔は未婚の王族の女性が、その役目を務める決まりとなっておりましたが……その、ここ五十年ほどお見えにはなっていないので、代わりを巫女長が務めていただけで、巫女長が舞を行うという決まりはないのです。ですから、クレアーレ様に気に入られた聖女様が行うのが一番ではないかと」


 決まりがあるなら、辞退できるかもって思ったのに、これじゃあ、それを理由にすることはできなそうだ。

 それに、前にフィニアス殿下が言っていたけど、今の王族の方に未婚の女性はいないはず。

 だったら、聖女という肩書きのある私が候補になるのは仕方のないことなのかもしれない。

 理解はしたが、じゃあやります! とこの場で言うことはできなかった。

 さすがに、そんな重要なことを簡単に引き受けるわけにもいかないし、誰かに相談したい。

 私にやらせたい気満々の巫女長を説得するのは難しそうだし、一度持ち帰らせてもらいたいです。


「……一度、テュルキス侯爵と相談させて下さい」


 話を聞いた巫女長は、テュルキス侯爵に相談したら断られると思ったのか、悲しげな表情を浮かべる。


「そうですね……。テュルキス侯爵にも許可を頂かねばなりませんね。すぐにでも準備に取り掛かりたいところですが、残念です。私の方からもテュルキス侯爵に話してみます。良いお返事を頂ければ良いのですが」


 テュルキス侯爵が好機だと見て私にやるように言うか、危険すぎるからと断るかは私にも分からない。

 どうなるんだろうと思っていると、それまで静かに部屋に控えていたヒルデから声を掛けられた。


「聖女様、お食事の用意ができました」


 食事がまだであることを知った巫女長は申し訳なさそうに私を見てくる。


「私ったら、何も考えずに来てしまいましたが、食事が済んでいらっしゃらなかったのですね。申し訳ございません」

「いえ、それだけ私がクレアーレ様とお会いできたことが巫女長にとっては嬉しかったのでしょう? 私は気にしていませんから」

「それでも巫女長を務める者として相応しい行動ではありませんでした。大変失礼致しました」


 そう言って頭を下げた巫女長は、いつものような落ち着きを取り戻していた。

 彼女はこちらに断りを入れて部屋を出て行こうとしたが、用意された食事をチラリと見て足を止める。


「あら、今日は野菜のスープではなかったの?」

「そ、その! 聖女様のお食事は皆とは別なのです!」


 巫女長の問いに、ヒルデは狼狽えながら口にした。

 同時に、私は首を傾げる。

 今のところ、一番犯人として可能性が高いのは巫女長。

 その巫女長から毒を入れるようヒルデが命じられているのであれば、彼女がこんなにも狼狽えるのはおかしくないだろうか。

 ……もしかして、悔い改めて毒が入っていない食事を持ってきたのかな?

 それで、巫女長にばれそうになって慌てたとか。

 ちょっと期待して、私はスープにそれとなく触れてみるが、バッチリ今日も手に静電気のような刺激がきた。

 私が遠い目をしていると、巫女長は、ごゆっくりと言い残して、部屋から出て行く。

 さっきは巫女長が犯人の可能性があるって思ってたけど、ヒルデの様子を見ると彼女が犯人と決めつけるのは早いかもしれない。


「ルネ様、食事が冷めてしまいます」


 ジルヴィアさんに声をかけられ、私は考えるのは後にしようとテーブルまで向かう。

 椅子に座る直前に視線を感じてそっちを見ると、私を心配そうに見つめるシャウラと目が合った。

 彼女は私と目が合うとすぐに逸らし、モジモジしながら床を見ている。

 時折、こっちに視線を向けているのを見ると、何か私に話したいことがあるのかもしれない。


「シャ」

「聖女様、何かご用でしょうか?」


 シャウラの隣にいたアデーレがサッと彼女の前に立ちふさがり、笑みを浮かべている。


「いや、あの。シャウラが私を見ていたから、何か話があるのかと思ったんだけど」

「そうなの? シャウラ」


 ヒルデが問いかけると、シャウラは顔を上げて私とヒルデを交互に見た。

 話そうかどうかを悩んでいるように見えたが、しばらくすると彼女は小さな声で「何もありません」と口にする。


「だそうです。シャウラは、人の顔をジッと見る癖があるので、今回もそうだったのでしょう。ね? シャウラ」

「……はい」


 目を伏せたシャウラは戸惑いがちに呟いた。

 その態度を見ると、癖でつい私を見ていたように思えない。

 初日に何かを言いかけていたし、私に話したいことがあるんじゃないかとは思うんだけど、ここでは話を聞けなさそうだ。

 シャウラに話しかけても、今みたいにヒルデが答えてしまったら意味ないし。

 あまり自己主張ができない大人しい子みたいだし、人が先に喋ってしまったら遠慮してしまうのかも。



 なんてことがありつつ、犯人の動きがあるか警戒していたんだけど、こっちが拍子抜けするほど何も起こらなかった。

 命を狙われるのは嫌だけど、こう静かすぎると、私もテュルキス侯爵達も動きようがない。

 証拠を得られるチャンスがないってことだもの。

 このまま、何も起こらずにフィニアス殿下が神殿へとやってきたらどうなるのだろうか。

 狙いがフィニアス殿下だった場合、こっちに来るのは危険なんじゃないの?

 何とかして、フィニアス殿下が来る前に犯人を見つけたいんだけど……。


 ……結局、犯人側の動きがないまま夜になり、睡魔に勝てず眠っていたところ、寝室にあらわれたキールに私は起こされてしまった。

 寝惚けたまま、何? と尋ねると、彼は珍しく焦っているようだった。


「さっき、ナイフを持ってこっちに向かって来る奴を見た。こっちに隠れとけ」


 私はキールに腕を掴まれ、扉の死角になる場所に連れて行かれる。


「そこでしゃがんでろ。いいか、絶対に声を出すなよ。物音ひとつ立てるな。分かったな」


 早口で言われた言葉に、一気に目が覚めた私は緊張しながらも頷く。

 私をその場に残して、キールはベッドにクッションを置き、上からシーツを被せて人が寝ているように偽装すると、物陰に隠れた。


 しばらくして、寝室の扉が音もなく開き、人が入ってくる。

 足音がしないので、裸足なのかもしれない。

 暗いこともあって私がいる場所からは顔が見えないけれど、服装の感じからして巫女か巫女見習いの誰かだと思う。

 緊張しながら私が侵入者を見ていると、彼女はベッドを見て息を荒くさせた。

 ナイフを持っている手が物凄く震えている。明らかに殺すのを迷っているように見えた。

 彼女は立ち止まってジッとしていたが、少しして殺そうと決心したのかベッドへと近寄って行く。


「聖女様」


 消えそうなか細い声。聞いたことのある声だったような気がするが、か細すぎて特定できない。

 まるで私を起こそうとしているようで、殺しにきた筈なのになんで? と疑問に思う。

 彼女は、そのままゆっくりとベッドへと近づいていき、もう一度、小さな声で何かを囁いた。

 そして、キールが隠れている場所を通り過ぎようとした瞬間、彼はナイフを持っている相手の手を思い切り蹴り上げたのである。


「っ」


 手からナイフが落ちて相手が反応するよりも前に、キールは足払いをして侵入者を俯せに倒したあと腕を捻り上げた。

 痛みに呻く相手の声が聞こえる。

 

「明かりを」


 キールに言われ、私は部屋に置かれていた明かりがついた燭台を持って近寄った。


「そこでいい。それ以上は近づいてくるな」


 立ち止まった私は少し体を動かして、捕まっている侵入者の顔を見て息をのんだ。

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