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4・お勉強と特訓

 フィニアス殿下と契約を交わした翌日から、私は魔法のことや使い方をテオバルトさん、侍女としてのマナーをエマさん、文字の読み書きをフィニアス殿下からみっちりと教えられていた。

 魔法のことを教えてくれているテオバルトさんは、最年少で魔術師になったとても優秀な人で将来は魔術師のトップである魔術師長になるとか言われている人らしい。

 召喚された日は顔が見えなかったけれど、彼は少し癖毛の栗色の髪に赤い瞳の綺麗な顔をした男性であった。

 ちょっと気になって、私が年齢を聞いてみたところ二十歳だと教えてくれた。私と一歳しか違わないのに、物凄く大人っぽいというかしっかりしている。

 ちなみにフィニアス殿下は二十一歳。大学の先輩達と比較しても、この二人は落ち着いていると思う。

 あと、私の年齢を言ったら、テオバルトさんが小声で「意外と年がいってる」と呟いていたけど、これだけは許せない。怖いから文句は言えなかったけれど、私はまだ若いと主張したかった。


 ついでに、召喚直後は私を警戒してきたテオバルトさんだけど、私が持っていた荷物を確認して、本当に異世界人であると分かったことで、最初の態度の件についてはすんなりと謝罪してくれた。彼は忠誠心が高いだけで、悪い人ではないのかもしれない。

 こうして関係がやや改善したテオバルトさんから、私はこの世界の魔法について詳しい説明を受けた。


 テオバルトさんの説明によると、この世界では魔力がそれぞれの属性に割り振られる形になっているらしい。一番多く割り振られている属性がメイン属性となるようだ。

 そして、半能力半魔法属性というのは、単純に魔法と超能力の中間みたいなもの、というのが説明を受けた私の感想である。

 通常は魔術を使う際に呪文を唱えるのが一般的なのだけれど、半能力半魔法属性の場合はいらないのだそうだ。

 あと、分解は魔力の量にもよるけれど、名前の通り、人が作り出したものであれば、ありとあらゆる物を分解でき、吸収は、自分の体に吸い取ったり、物に吸い取らせたりできるのだという。

 魔力の量によってできる範囲は変わってくるが、半能力半魔法属性の人は普通の属性魔法は使えないとのこと。

 本当は属性と魔力の量を検査する魔術装置があるのだけれど、それは大半が敵側に属している魔術師団が管理しているので、持ち出せないらしい。

 つまり、私は未だに自分の属性が何なのか分からないというわけだ。

 これで調べてみたら違ってました、なんてことになったら、屋敷から放りだされるんじゃないかと、私は不安になる。

 私の不安が表情に出ていたのか、呆れたようにため息を吐いたテオバルトさんが口を開く。


「調べたわけではないから疑うのも無理はないが、君は確かに半能力半魔法属性で間違いないと思っているよ。証拠に、君は通常の属性魔法が使えないだろう?」

「……はい。うんともすんともいいませんでした。でも、それで分かるんですか?」


 召喚直後に見たフィニアス殿下の魔法を再現したくて、頑張って氷を出そうとしたのに、いくら頑張っても何も起こらなかった。

 それは他の属性魔法を使ってみても一緒。

 だから、私が半能力半魔法属性ということで間違いないとテオバルトさんは言い切ったのだ。


「まあ、半能力半魔法属性をちゃんと使うには、それなりの魔力が必要なんだよね。だから半能力半魔法属性の人間は基本的に魔力が多いんだ。過去には複数の属性を持った人もいたくらいだからね」


 それなり、というのがどれだけの魔力量か、なんて私には分からないけど、普通じゃないことはなんとなく理解した。


「え~と、それって、魔力が少ないと」

「そういう場合は適正があっても半能力半魔法属性があるとは言えない。かといって通常の属性魔法も使えない。魔法が使えない何もできない役立たずになるね」


 だとするなら、私の魔力量はどうなのだろうか。

 足りなくて使えないという可能性もあるし、そうなった場合は本当に役立たずになる。


「あの、魔力が足りないって場合は増やしたりできないんですか?」

「できないよ。持って生まれた魔力の量は変わらない」

「そうなんですか……。でも、そうなら、かなり多い魔力を持っているアルフォンス殿下が生まれたときは大変だったんじゃないですか?」

「それは大騒ぎだったよ。通常、生まれたばかりの赤ん坊の魔力はほぼゼロに等しく成長に伴って限界値まで増えていくものだが、殿下はかなりの魔力を持ってお生まれになった。当時は次代の王はとんでもない魔力を持ってお生まれになった、と魔術師達も尽力していたのだが……いや、君には関係のない話だったな。忘れてくれ」


 テオバルトさんは喋るのを途中で止めた。気になったけど、私は余計なことに首を突っ込んで自分の首を絞める破目になるのは嫌なので、素直に、はいと口にした。


「魔力のことは分かりましたけど、正直なところ、私の魔力はどの程度の量なんでしょうか? 魔力が足りなくて使えないとかないですよね?」


 魔力の量を調べる魔術装置は持ち出せないから分からない。

 ちゃんと役に立てるかどうかを確認することができないのだ。

 不安げな私とは違い、テオバルトさんはまったく表情を変えない。


「君は大丈夫だろう」

「ど、どうして分かるんですか?」


 確信しているかのような言い方に私は身を乗り出してテオバルトさんへと尋ねた。


「ちゃんと座りなさい。……正確な数値は魔術装置を使わなければ分からないが、おおよそどの程度か、というのは僕が見れば分かる」

「どれぐらいの魔力を持っているか、魔術師なら見れば分かるってことですか?」

「いや、僕ぐらいの魔術師になれば見ただけで分かるものだよ」


 さらりと自分が優秀だと言ったけど、嫌みに聞こえないのがテオバルトさんの凄いところだ。

 でも、テオバルトさんがそう言うってことは、私の魔力はそれなりに多いということになる。


「君の魔力はかなり多い……。貴族の中でも上位に位置しているんじゃないか? 下手したら王族並なんじゃないの?」

「先生、貴族の中でもと言われても、基準が分かりません」


 真っ直ぐに手を挙げてテオバルトさんに告げると、彼は先生ってなんだ、と言いながらも詳しく教えてくれた。

 詳しくというか、単純に平民よりも貴族の方が魔力が多いというだけである。

 そして、貴族の上位というのは、複数の属性の上級魔法が使えるくらい、と聞いて、私は驚いて立ち上がった。


「そんなに多いんですか!?」

「だからちゃんと座りなさい」


 テオバルトさんは、こめかみを押さえてため息を吐いた。

 慌てて私は椅子に座り直す。


「君の落ち着きのなさを見ると、城でちゃんとやれるのか心配になるな」

「……済みませ、じゃなかった。申し訳ございません」


 ジロリとテオバルトさんに睨まれ、私は言い直した。

 言葉遣いに関しても、うるさく言われているのだ。

 屋敷の使用人の話し方を聞いて勉強しているんだけど、さすがに数日では身につかない。


「一応、君は南の島国・ナバートの出身でこの国に出稼ぎにきたが、盗賊に全財産を奪われてしまいアイゼン公爵領で行き倒れていたところを殿下に助けられ、境遇を聞いて不憫に思った殿下に雇われた、ということになっている。あと、言葉遣いに不備があっても、所詮は平民、と馬鹿にされるだけだから、そこは心配しなくてもいい」

「あの、そこまで話を盛って大丈夫なんですか?」

「ナバートとはそもそも国交はないし、ばれる心配はない。それに、君を異世界から召喚したことは何が何でも隠さなければならない」

「……分かってます」


 異世界から召喚されたと聞いたテュルキス侯爵や帝国から何をされるか分からないし、彼らが敵か味方かも私には分からない。

 何も分かってない状況で、全てを話すのは愚かなことでしかないのだ。


 ということで、魔法の使い方や属性の話を聞いた私は、実践として毒入りの食事を解毒する練習を始めた。

 この練習だけど、解毒が済んだ食事を水槽の中にいる魚に食べさせて毒がなくなったかを確認するのだという。

 分解、もしくは吸収ができなければ魚が死ぬということになり、私はプレッシャーを感じながら、目の前の食事と向き合った。

 最初はスプーンで直接食べ物を混ぜて魔法を使うという感覚を掴み、最終的に器に触れて毒を分解するところまでいって欲しいとのこと。

 テオバルトさん曰く、魔法は想像することが大事なのだそうだ。

 確かに、最初の日にボウルの中の水を動かしたとき、あのとき私は頭の中で水が渦を巻いているのを想像したらできた。

 現時点で、私は分解か吸収かは分からない。

 なので、私は最初に想像しやすい分解の方で試してみることにした。

 頭の中で毒を丸い玉と仮定して、ひとつずつ消していくイメージを浮かべながらグルグルとスプーンでかき混ぜていく。

 執拗に念入りに時間をかけて、私はスープを混ぜ終えた。



 結果として、私は解毒することに成功する。

 テオバルトさんは私が持っていたスプーンをジッと眺めながらボソッと「分解の方だったね」と口にする。

 吸収か分解かどっちだろうと思っていたけど、最初に選んだ方が合ってて良かった。

 魚とはいえ、やっぱり自分が解毒できなくて死んでしまうのは気分が良くない。

 でも、これで私の属性は分解であると分かった。

 吸収よりも分解の方がイメージはしやすいから、良かったと思う。


 それからも頻繁に練習を重ね、ついに私は器に触れて解毒できるようになったのである。

 ホッとした私だけど、教わったのは魔力の使い方だけではない。

 フィニアス殿下から直々に文字の読み書きや城でのルール、振る舞い方も教わったのである。

 といっても、短期間だったので、詳しくは教わってない。

 フィニアス殿下曰く。


 ひとつ、人とすれ違うときは端によって頭を下げる。(相手の身分など分からないのだから、誰が相手でもとりあえず頭を下げておけば揉めることはない、ということだ)


 ひとつ、何を言われても反論しない。(目をつけられると言われた)


 ひとつ、余計な話はしない。(誰が敵か味方か分からないから、無闇に情報を与えるなということである)


 以上を基本として教わった。

 更に、フィニアス殿下から城のことについての説明を受ける。

 どうやら私は週に一度、フィニアス殿下にアルフォンス殿下のことを報告する必要があり、彼が城の執務室にいる日にそこまで行かなければいけないらしい。


「以上です。何か質問はありますか?」


 フィニアス殿下からの問いに、私は首を振る。


「いえ、分かりやすく教えていただいたので、大丈夫です」

「なら、良かったです。それと、屋敷の暮らしはどうですか? 眠れないとか、不安だとか、食事が合わないだとか、使用人の態度が悪いとか、食欲がないとか、何かして欲しいこととかありませんか? 我慢はせずに教えて下さい」


 と、フィニアス殿下が一気にまくし立てる。

 この質問、実は私が召喚されてから毎日言われている。

 フィニアス殿下は私を召喚したという負い目からなのか分からないけど、毎日私の部屋を訪ねて来ては、不自由してないかと聞いてくれる。

 時間の許す限り、彼は私と他愛のない話をしたり、こうして気遣ってくれている。

 それがありがたい反面、そこまで気を使ってもらわなくてもいいのにとも思う。


「いつも、言ってますけど、私は屋敷の皆さんにとても良くしてもらっていますし、不便を感じてもないですから」

「本当ですか?」

「はい」


 心配そうに私の顔を見てくるフィニアス殿下。

 この人は本当に優しい人なのだろう。私の願いを何としても叶えようとしてくれているのが、伝わってくる。

 逆に、フィニアス殿下を利用して日本に帰ろうとしていることに罪悪感を持つぐらいだ。

 だから、私はフィニアス殿下の言ったことが本当なんだと信じたい。

 この国を救うために召喚されて、協力しているのだと思いたい。


「……もっと、我が儘を言ってもいいんですよ? この屋敷で過ごすのもあと数日ですし、城へ行けば、今みたいに会うこともできません。貴女は協力者と言っても被害者なのですから、もっと怒ってもいいんですよ?」

「我が儘と言われましても……今でも十分良くしてもらってますし。これ以上を望むのは求めすぎだと思うんですよね。城での仕事がどうなるのかは分かりませんけど、私が自分で協力すると決めたんですから、怒ることなんてないです」


 そう言うと、フィニアス殿下は驚いたように目を見張った。


「いえ、ですが、不本意な召喚ですよね? 家族に会いたいと」

「ですから、最初の日に怒りました。それですっきりしたとは言いませんけど、怒っても泣いても日本には帰れませんから。それなら、帰るために行動した方がいいに決まってますもん」


 と言っているものの、実際、寝る前に携帯に入っている両親の写真を見て泣いてしまうときもある。

 でも、フィニアス殿下に当たってもどうしようもないことくらい理解している。

 それで日本に帰れるというなら、好きなだけ泣くけど、そうじゃない。

 協力すると決めたのは私なんだから、文句はできる限り言いたくないのだ。

 自分の言ったことには責任を持たないと。


「……分かりました。ルネの優しさに感謝します。本当に。ですが、何かあったら絶対に私に言って下さいね。絶対ですよ?」

「はい」


 フィニアス殿下は、口ではそう言っているものの、納得はしていないみたいで深いため息を吐いている。

 私を優しいと言ってるけど、フィニアス殿下も相当優しい人だと思う。

 いくら勝手に召喚したとはいえ、ここまで私を気にかけてくれるんだから。


 ということで、私はすっかり話が終わったものだと思って考え込んでいたけれど、フィニアス殿下は、まだ言っておくことがあるようで「ルネ」と声をかけてきた。


「最後にひとつだけ。王城内では、あまり目立たないようにして下さい。といっても、ルネの容姿で目立つなという方が無理でしょうけれど」

「というと、こちらでは、こういう顔立ちは珍しいんですか?」

「そうですね」


 キッパリハッキリとフィニアス殿下に言われてしまう。

 そうだよね。日本人にしては目鼻立ちのはっきりした顔をしているっていっても、周囲にいる人は皆、外国人だものね。嫌でも目立ちますよ。あと、色素の薄い人達の中で、私の黒髪って目立つだろうし。

 でも、物凄い美女でも物凄い美少女でもない、どちらかというと可愛い方と言われてきた私だもの。

 外国人の美男美女に囲まれて、きっと地味な子という評価で乗り切れるはず!


「影を薄くしてヒッソリと頑張ります!」


 握りこぶしをつくり、力強く言ってのけた私に、フィニアス殿下は一言「頑張って下さい」と返してきた。

 頑張りますとも!



 こうして、私はフィニアス殿下の屋敷で過ごし、ついに王城に行く日がやってきた。


 フィニアス殿下やテオバルトさんに口うるさく注意事項を言われたことで、私は王城を魔窟だと思い、戦々恐々としていたけれど、私の予想に反して王城は至って普通だった。


 いや、普通というのは語弊がある。

 国王派と反発している貴族達に別れていることから、もっと空気がギスギスしていると想像をしていたのだ。

 だけど、王城内は綺麗で豪華で、ちょっと見ただけでは滅びに向かっているようには見えない。

 それに内装も、これぞ西洋のお城! という感じで私は圧倒される。

 田舎者に見られないようにジロジロ見て歩くような真似はしなかったけど、こんなところでこれから働くのかと私は不安になった。


 私は前を歩いている侍女長に連れられ、アルフォンス殿下の部屋へと案内されながら、進むごとに使用人の数がどんどん減ってきていることに気が付く。

 そして、ほとんど人通りのなくなった廊下を歩き、ようやく侍女長が歩みを止める。


「……こちらがアルフォンス殿下のお部屋となっております。お食事は厨房からお運びしますので、こちらで受け取って下さい。午後の二の刻と七の刻にこちらに侍女が参りますので、交代して休憩に入って下さい。休憩は厨房の横にある使用人の食事部屋を利用すること。その際、食事を終わられた殿下の食器を厨房に戻すように。食事が終わり次第すぐに戻ること。いいですね」

「はい」

「それと、週に一度ですがフィニアス殿下にアルフォンス殿下のことをご報告して下さい。フィニアス殿下の執務室は、報告する際に案内致します」


 これは事前にフィニアス殿下に聞いていた通りのことだ、と私は驚くこともなく神妙な顔をして話を聞いていた。


「貴女の部屋はアルフォンス殿下の部屋の三つ隣です。珍しいからとあまり王城内をうろつかないように。……全く、フィニアス殿下もどうして身元の分からない人間を城に連れてきたのか……」


 ため息交じりに言われ、私は口をキュッと結ぶ。

 何の反応も返さない私を一瞥し、侍女長は「それでは」と言って去って行った。

 彼女を見送った私は、扉の前で警護している騎士の人に軽く会釈をする。


「本日よりアルフォンス殿下の侍女になりました。瑠音と申します。よろしくお願い申し上げます」

「……自分は、近衛騎士のオスカー・ブライと申します」


 自己紹介だけをして彼は、すぐに私から視線を逸らし、口を閉ざした。

 仕事中だから無駄口は叩けないよね。

 私は彼に会釈をして、緊張しつつもアルフォンス殿下のいる部屋のドアをノックした。


「アルフォンス殿下、失礼致します」


 どんな人なのか分からないけど、上手く人間関係を築けるといいなと思いながら、私はドアを開けた。

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